夏に逃げる
久火天十真
夏の想い出
風鈴の音がする。
蝉の声がする。
草木の揺れる、夏風の音がする。
陽射しが窓から差し込む。
その陽射しが木に染み込んで、夏特有の、夏の匂いともいうべきものが家に溢れる。
蚊取り線香の煙が立って、鼻をくすぐる。
入道雲が山の先から伸びている。それはまるで綿菓子のようで、甘い夏の風物詩だった。
縁側に出て、寝転がる。視界には木目の天井と、かすかに揺れる風鈴が映る。
それを見ながら、ゆっくりと瞼を閉じて、暑さに汗を流しながら、風に身を任せる。
気が付くと、夕暮れの闇が体に差す。夕ご飯の匂いがして、寝転がった体を起こして、部屋に集まったみんなのところに行く。
長机をみんなで囲んで、ご飯を食べる。
皆が思い思いに色々な話をして、大人たちは酒を吞んで、それを少し羨んでいると、父の大きな手が頭を撫でてくる。
ご飯を片付けて、机には大人たちだけが残って、酒盛りを始める。
仲間になれない僕はつまらなくなって、また縁側に出て、今度は夜の空を眺める。
蝉の声は止まって、鈴虫だろうか、蟋蟀だろうか。りりりりり、と虫の綺麗な声がする。
星は煌めいて、ずっと見ていると夜空の闇と星の輝きに飲み込まれてしまう気がして、それが何とも怖いくらいに美しくて。
そうしていると、女の子が来て、僕を夏の夜に連れ出してくれる。
いいの?なんて聞くと、内緒だよ、なんて言って、星を見る穴場に連れて行ってくれる。
草木に囲まれて、少し広場のように切り拓かれた山の斜面に出て、そこに寝転がる。そして、空を指差しながら、星やそれにまつわる話をしてくれて。
暫くして、帰ろっか、なんて言葉と共に、僕らはそこから出て行って。
帰ってきた僕を待っているのは親戚たちからのお説教で。
怒られながらも、僕は綺麗な星の瞬きを脳内に描き出していて。
夜、みんなが寝てしまった後はやけに静かで、虫の声しかしなくて、時折流れる風に草木が揺れていて。それを聞きながら僕は、明日は虫取りにでも行こうかな、それとも川に魚を掴みに行こうかな、何をしようかなんてことを考えて、静かに夢の中に落ちていく。
そんな夏の日を、僕は未だに。
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