純愛さんぶんこ

天沼ひらめ

【1】

P001 春らしい陽気に当てられて、少しお喋りが過ぎたのかもしれなかった

 春らしい陽気に当てられて、少しお喋りが過ぎたのかもしれなかった。


 神戸の女子校に通う朝希子あきこは、クラスメートたちから真顔でつめよられ、まごついていた。


「三姉妹で一人の男と〈結婚〉するう? あんた正気で言っとんか」


 普段は滅多に喋らない子たちだったが、休憩時間に理想の結婚について意見を問われ、我が家の事情を話してしまったのだ。


 やってもた、と思ったが遅かった。


「どういう意味って、うちらは三人で同じ男性ひとと〈結婚〉することに決めとうから……」


 喋り終わる前にクラスメートの顔が強張っていく。そんなにおかしなことを言っただろうか。


「朝希ちゃんたちは一卵性の三つ子やろ? その三人が、いっぺんに一人の男に嫁ぐいうとんか?」


「うん、さっきからそう言っとうで」


「江戸時代やあるまいし! そんな側室みたいな制度は今の日本にない」


 ちっちっち、と舌を鳴らしながらリーダー格の華代はなよが人差し指を動かす。


「側室っていうか、全員正室やねん。籍のことはまだ話してへんけど、四人で住むことになっとう」


「なっとうって、誰と? もう相手いるってことか?」


 華代を頂点としたグループの仲間が一斉にどよめいた。


「いる。隣に住んではる幼馴染みのしゅうお兄ちゃん」

「お兄ちゃん……」

「うん。三つ年上でなあ、今は関学かんがくに通っとう」

「ほんまか! 同じ顔した女三人と住みたがるなんて、その関学生も物好きな男やなっ」


 侮辱されてむっとする朝希子の前で、女生徒らは三つ編みを揺らしながら口々に、「進んどうなあ」とか、「でも男にしたらお得ちゃうの?」と下世話な話で盛り上がっている。


 朝希子は他人に打ち明けたことを後悔していた。こんなに理解されづらいことだったなんて……。


 お兄ちゃんと呼んではいるが血縁関係なんか一切ないのに。どこがおかしいというのか。


「その男、イケメンか?」

「絶対うまく行かんわ〜。やっぱし長女のあんたが正室になって側室らをびしっと仕切らんと」

「顔が一緒すぎて誰が誰かわからんくなったら? 髪型で見分けんの?」


 心無い言葉をサンドバックのように受けながら、「わからなくなったら美容整形するからいい!」と憤怒の思いでうつむいた。秘密を漏らした自分にも舌打ちしたい気分だ。


〈まひるちゃん、今すぐ助けに来て。この子ら鬱陶しい〉


 怒りでぶるぶる震える手を抑えつけながら、隣の三年Bクラスにいる次女にテレパシーを送ってみたが、反応はまだない。


 朝希子は肩を落として、クラスメートたちの興奮が静まるのを待った。


 長女といっても三姉妹はほぼ同時に生まれているのだ。数秒先に腹の外へ出ただけで、まとめ役なんてできないし、期待しないでほしい。


「朝希ちゃん、体操着の上だけ貸してえ!」


 まひるに送ったメッセージが間違って届いたのだろう、Cクラスに通う末っ子の夜乃よるのが、くせ毛を跳ねさせながら教室のドアからぴょこんと姿を現すと、華代らがまじまじと自分と妹の顔を見比べて、息を呑む気配がした。

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