第50章 に於ける任意の変更は三分の三参事会娘らの所業、附其の他の事共。
LA INGENVA HEMBRA DOÑA QVIXOTE DE LA SANCHA
清廉なる雌士ドニャ・キホーテ・デ・ラ・サンチャ
Compuesto por Salsa de Avendaño Sabadoveja.
POST TENEBELLAS SPERO LVCELLVM
A Prof. Lilavach
Los personajes y los acontecimientos representados en esta novela son ficticios.
Cualquier similitud (o semejanza) a personas reales es involuntario (o no deliberado).
第五十章
に於ける任意の変更は
Capítulo L.
De las discrecionales alteraciones que las tres tercias canónigas tuvieron, con otros sucesos.
[訳註:西canónigo《聖堂参事会会員、律修司祭》、(sexta) canóniga《教会法第六時課≒
県境の峠を通る国道の長い
「――ラ・サンチャの暴れ蜂は儚くも中折れせしその猛々しき尻の針をば高らかに掲げるや、《サンチョよ見たか、ドニャ・キホーテは誓約通り静かなる岡を下り切るまで吾が聖槍をこの腰から抜か……》」従士は馬上の主人に成り切って
「……分かってるよ風呂屋で見てんだから。あの
「さよう……《この腰から抜きはせなんだぞ?》」千代さんは一際右腕を頭上へと伸ばしつつ以下に続ける。「次いで惨めたらしく地にひれ伏すハダカデブネズミを見下ろすなり、《さて羽なしの血吸いコウモリ、歯抜けのネズ公め、頼みの綱のチョウチョの羽をわが白蝙蝠に噛み千切られた今ねえどんな気持ち?》」
「騎士さまはそんな小物臭い下卑た物云いはなさいません」王女は細首をやや捻り、定距離を保ちつつ直ぐ後ろに控えていたドニャ・キホーテを見遣った序でに軽く会釈してから傍らの従士に視軸を戻した。「そのチョウチョってのはこう、」
「そりゃ録音してたわけじゃねえもの百パー同じセリフなんざ再現できんがな」
「――ペン回しみたくクルッと、割り箸みてえな柄の部分が回ってチャキーンて刃が出てくるバタフライナイフってヤツか」
「出っ歯の持ち主はどっちかってえと蛙泳ぎの方が似合ってましたし――」
「平泳ぎだろ……犬掻きじゃないんだから」[訳註:西語での名称は《
「――エビフライならバターよかタルタル、ナイフ出すなら同時にフォークも所望したきところですけども」
「
「さ――すが水風呂クレイジーなソルトナイトの旦那ャ……」
「ラ・サンチャ殿が好まれるのは水風呂じゃのうて
「――と申し上げたきとこだども」サンチョは番人の片目が
「なんだ変なスティーブってな?」[訳註:西訳では「
「それはジョブズとかスピルバーグでしょ」好き嫌いは兎も角、幅広い世代が影響を受け恩恵(と弊害)を享受していることに間違いはない!「チョップスティッカーのことでしょ」
「脳天をステッカーでチョップされたのはお前だろ」
「いややったのはアンタでしょ……」
「……なあに、海老といや端っこの尻尾を抓むものだし、他ならぬイングラテンプーラのエビザベスの王冠にも」[訳註:西Inglaterra《英国、アングル人の地》/Gran Bretaña《大ブリテン島》]
「「えびざべす?」」
「ええ、それが大プラテン島の処女王が芳名だとのこと」これは一昨夜の隻眼神が足下で、出会ったばかりのドン・ジョヴァンニに教わった知識である。[訳註:第二十三章参照。但しその時耳にしたのはそれこそ名称のみなので、以後エビザベス陛下の外見等に関する知見をどの時機に得たかを類推するならば、考え得るのは昨晩入場券を購入して塔内部へと進入した際に視界に入った広告や土産物売り場に置かれていた商品といった可能性くらいだろう]「――冠というのは物の
「シャチとエビ略してシビってこと?……シャビなのでは?」
「それサッカーの人だわ」シビは《
「大胸の両端ってのは[訳註:西cumbrera para techo《
「天守っつってんだろ」構わず前進を再開せし王女の分厚い大胸に弾き飛ばされた従士は、縞馬の背へとあわや尻餅を突くところであった。「お城の屋根の一番上だバカ、ほらここは
「どんな殿様商売だ……て、店主を呼べ!」
「お前
「ひっで!……あとバックすんのはベアードまででもう懲り懲りですわ」
「野蛮な西洋人らしく大人しくフォーク使えばとも思うが」
「いや全員日本人だよお箸の国の人たちだものよ!」小走りに対岸へと渡った従士が踵を返し、既に点滅している信号にも何ら気兼ねすることなく悠長に横断するふたりの義姉を急かす。[訳註:実際には十歩も掛けずに渡り切れる横断歩道だと思われる]「そこはフォークじゃなくてロックだからくらい言ってくれや」
「まあフォークじゃシャチじゃなくてイルカか……でロックと箸で何の関係があんねん」
「だからフォークじゃ石ころは突き刺せんけど」突き刺せずとも細かい砂利でもない限り、匙の要領で掬い上げることは出来よう。「――お箸ならこやって挟めるでしょが」
「雄雄しく噛み付いたのでは牙も欠けようが、大きな紙なら包んで勝てると踏んだか!」
「ドニャキ様の仰る通り、固い意志にも打ち勝つのはチョップなスティックもしくはペーパーというんがテンプレ……あエビザベス出てきたかわいい」
「どれ、どんな?」先を歩く妹の端末を肩越しに覗き込むギネア姫。「おお……石垣にちゃんとスカート感出てるじゃん」
「プリップリの天むすが主食なプリテン島の女王なのに頭に乗っけてんのはエビフリャーなのな」
「尻尾は赤いんだからそこまで……この辺だよな」御子神嬢が一旦足を止めて周囲を見渡した。「また気付いたらこのまま一駅戻ってたとか御免だぞ」
「真ん前にバス停立ってるはずだしも一個向こうなのでは?」千代さんは背伸びをして北の果てを臨んでみたものの、車道や並行して伸びる通りの対岸からなら兎も角も同じ歩道から停車場の道標や屋根を視認することは難しかろう。「何の……どこまで話したっけ?」
「バターナイフ……違うわバタフライナイフだよ」ギネアは末妹の手から奪い取った箒の房でその臀部を一発打擲すると、即座に持ち主の手に返却して以下に続けた。「オモチャのではなかったんだよな?」
「手で触って確かめちゃいないんで断言は出来ませんがね」ドゥランダルテで応戦した際、蝙蝠の羽を小刀で裂かれたのではなかったか?[訳註:第十六章の描写は飽くまで著者による状況推測に過ぎない]「オモチャだとしてもありゃ殺傷能力のあるオモチャでしたな」
「そんなん大人のおもちゃの範疇を越えてるが」さしづめ
「お分かりいただけたようで何よりな、身寄りなき耳寄り情報でした」
「歯なし羽なしどころか下手すりゃお前自身が耳なし
「泣きっ面に蜂の巣の次は八つ当たりかよ。そんなんオヤツで食中りした方がマシだよ」
「昨夜は猫が歩いて棒に大当たりしたばかりだものな!」氷菓の送り主――彼は行き掛けの駄賃で奇特にも従士の母驢の欠けた蹄鉄すら瞬く間に修理して帰ったのだが――は終ぞ姿を現さなかった。「とはいえ陛下、大勝利などと嘯きましてもそれは飽くまでそれがしとチヨさん自身に限ってのこと。互いの
「互いの?……ああ」
「ネズ公に
「はいはいドニャキ様の愛刀が天に召されたのにゃ哀悼の意を表しますし、天にスッ飛ばした実行犯もどうせこのサンチョにございますよ」筆者の記憶が正しければ騎士が真夜中に単身で峠を再訪した折、例の三人組の目の前でその白蝙蝠の方も――蝶型小刀もその場に留まっておれば、自分の数倍の高度から落下し瀝青道路に強かその身を打ち付けた好敵手の惨状を目の当たりにしてさぞや胸の空く思いを味わえたであろうに!――一旦は地上へと降りてきた筈である。[訳註:第十九章を再読すると、テッシーこと従士グワディアナ自身の証言によりドニャ・キホーテ不在の間にも一度彼女の日傘は地上に落ちていたことが判る。つまり白蝙蝠は都合三度――先ず破落戸との戦闘時に千代の手からスッポ抜け、次に事故で落下したのをテッシーが再度放り投げ、最後に単車乗りの計らいで花の手に戻った後、結局は「
「関空のカンて何なんだか考えて物云え」
日本の猫がその狭き額で考えている間に、日本語の話者ではないながら一応人間ではある筆者が解説しておこう。カンクーのカンは《
では今東国の猫たちが徘徊中の地域ではどうかと言えば、物語が展開している夏から丁度十年と半年前伊勢湾海上の人工島に開設された名古屋空港があり、こちらは《
「バス停があってセブンがあって――[訳註:著者は自ら俎上に載せたCentraeroとこじつける為、宮跡正門前に到着した御子神嬢に«Sin traer nada, sin llevar nada...»《
「«La... portate ogne speranza,...»」騎士は傍らに立つふたりの目に付かぬよう、控えめな所作で
「これって別に今降りてっても怒られませんよね」夜間であれば煌々と灯っていたに相違ない照明が朝方の今は消えているのだろう、千代さんは地底の宮殿へと続く階下を一旦は見下ろしながら、四角く切り取られた闇に吸い込まれるような心持ちを掻き消すかの如く仰々しく首を振ると、偶然視界に入った地上の対象物で不安を紛らわせる。「このおじさんにでも引っ掛けとくとか」
「いやそっちのが誰かに持ってかれる可能性高いべや」
「いやいや下のハコの備品だって書いてんの見りゃ判んだから、少なくとも勝手には捨てやせんでしょ……仲好いかまでは別としても顔見りゃ挨拶くらいはすんだろうし」ともすれば親切心から地下会場の係員在席時を狙って彼女らの代わりに返却してくれるかも知れない。「って別にリアル床屋の人までこんなアフロっつかパンチ?とは限らんだろうに」
「下のってか床屋も同じB1ぽかったけど、てめここまでご足労しといて何で階段の二十段かそこら下りるの面倒くさがってんだ今更……」
「えっとメンドーサだかメドゥーサだかが勝ったというよりですね」従士は車道の方へと目を逸らした。「……ヤバキチョーが」
「いやそんなヤブキジョーみたく――歌舞伎町?みたく云われましても」
「成程《藪を突付いて》とは云い条、此方の
「ドニャキ様がお降りになるのでしたら
「Para servirle, mi Señora...」ドニャ・キホーテは王女を背に庇うような格好のまま徐ろに腰の物を抜くなり、極めて慎重な足取りで深淵への下降を再開した。「お足元、何卒お気を付けなさいますよう」
「……やだやだ」半坐家の長女は地上階の低い天井を仰ぎつつそのような
拙著の読者にはその著者とは対照的に学識に富んだ方が多いだろうから既にお気付きのことと思うがこのyadaという単語、日本語では«iyada»の省略で《
阿僧祇花は元より、半坐千代もこの階段を下るのは初めてだった。
「まァ普通に開いてないわけだが」
「このタイミングでしみじみ言われてもな」昨夜はアマデウスの調べの代わりに
「え、えろすんまへん」長姉は頭を掻きながら低頭した。「……お前そこまで云うならいっそ《一発でイ――》」
「気に病むには及びませぬ陛下、何せ黄色はキの字ともキ印とも申しますでな」同じ音でも《
「やれやれきび太郎印のももだんごの在庫はお腹のポケットどんだけまさぐってももう品切れなんですから、ご入用なら未来デパートなり過去アパートなりに発注してくださいな」手持ち無沙汰の千代さんが非常口表示の誘導灯くらいの照明しか点灯していなさそうな地下の床面を、矢張り些か乱暴に掃き散らしながら少しずつ凹みつつあった自身の腹部を叩いた。「退治しようにも鬼はなし
「むしろ穴しかないのがカンガーンなんだし[訳註:宦官が一瞬だけ話題に上がったのは第三十六章の客室内だが、去勢というのは何も外性器の全てを切除する処置ではないわけだから、穴しか残っていないという発言は些か偏見に満ちている]、だいたい過去のアパートじゃ発注どころか発送先に指定しても受取人不在じゃねえか」猫型機械人形が未来の通販に頼んだ商品は現在の住居に送られてくるわけだが、未来から見れば現在が過去に当たるという理屈を踏まえれば強ち間違いではない。「いやさ、そいえば今回の冒険の一部始終は東京に凱旋したサンチョが残りの夏休み潰してラノベ化するって話だったから」
「しねえっての! ラノベ化もヘノベ化もせんですってばどこまでニコ助のテキトーな思い付きを引っ張るねんな!」
「ヘノベて何やねん、素麺かいな」王女はもう一度《
「まァここならいちいち降りてきてこんなもん盗んでく輩も居ないですかな」
「あっ思い出した、電話した時パロミちゃんが言ってたんだけどさ」通路脇に――恐らくは
「おキャット様?」従士にとって、少なくとも月面よりは歩き慣れているに相違ない!
「ランウェイっつうんか、あそこ上がって満場のお客ん前で何か英語で、演説だかお芝居だかしたらしいじゃん」同僚の歌唱中に突如現れたトルデシーリャスの女王フアナが客席で見上げる千代さんを拉致し舞台裏へと連れ去った直後、それを救出せんと花道に攀じ登った騎士が観客の視線に応えて披露したダンマルク王子の長口上のことだろう。[訳註:第十八章参照。英戯曲『ハムレット』第三幕第二場冒頭からの引用]「直に目撃してたんは他のオカマ様でパロミソは、マイクが拾った音声聴いてただけっぽいけど」
「ああ……やっぱアレは旦那ャ様でしたか」千代が肩を竦める。「楽屋にモニタありましたけど私ゃそれどこじゃなかったもんで」
「それなら従者ちゃんもさぞかしそのおキャットアイで拝見したいことでしょう!」その
「ウマウマ……ウッウッウマウマか、何だっけそれ」
「それはバルサミコ酢不要なヤツやろちょっ黙っとれや」聖母像を前に懇願するかの如く両手の指を組み合わせて、「願わくば……あ、憚りながらニューギニア女王戴冠式の大切な余興に、妾だって是非とも眼福……耳福?――に肖りたいですわ!」
「何と?」これも何処かで聴いた科白であった。[訳註:第二十三章の電視塔下で、花の独白を盗み聞きしていたドン・ジョヴァンニが発したもの。日本語同様に《
「私だったら大福でもたらふく食べた方がお多福顔にもなりそうってなもんですが」
「どぞどぞ……土足でも問題ないっしょ」牝牛の王女は机上に残されたままであった、今後予定される公演の宣伝だろう、
「いや自分で脱ぐというか、外せるっしょキッツキツのコルセじゃあるめえし」
「お前いっそ東京戻るまで装着しとけよ何で外しちゃったの?」ギネアは千代の空きっ腹を叩いた。「また気ぃ緩めてっと静岡ん時にも増し増して下腹部がオタフク顔になんで?」
「だから増してとか言われてもアレで女子中坊の平均値だってのに何センチだか憶えてないけど!」
「忘れたい記憶だから?」体重と違いそうそう頻繁に計測する機会――せいぜい年に一度の
「殿下の胸囲みたいな驚異的な数値じゃないからでしょ[訳註:西tamaño de busto《
「ささキーキーうっさいサンチョさんは放っといて……フットライトは携帯のしかご用意できませんのが心苦しゅうこざるが」
「参りましたな」
「オンドリ……メンドリにではなく?」
「キキリキーならもうこ結構」夜を徹して行われた寺墓地の清掃を思い出して身震いする猫の従士。「だいたいバッテリーすぐ切れるようになったんはあの夜からなんですぜ?」
「どの夜?」寿司を食べて別れた夜である。「コケッコーなら朝じゃないんか」
「朝までコースですわ……慈善事業して呪いというか仏罰?受けてちゃ世話ないや」
「いやね、」騎士は机の
「ポニョに乗る?……変態じゃないか!」
「えっ別に変態ではないだろ」ポニョとは
「ポヨというのは石の縁台ですじゃて」嘗ては多くの家屋で玄関扉の脇に設えられていたものなのだ。[訳註:つまり民家の軒下で一段高い所に上がり、通行人相手に演説を打つ様子から《騒ぎ立てて悪目立ちする》といった意味合いで使われるようになったものだろう。後に先述の
「それ言ったら花束は花壇よりも終演後の舞台役者にこそ相応しいんじゃなくて?」
「サンミコもいい加減しつっこいお方だね」いつしか
「そういうお前の太腿の間はトイレットくらいしか付き合いがねえだろ」
「またそれか……頻尿で貧乳なのは別の中坊だっちゅうの」仮令
「サリエリのヤツ?」
「そう――ラ・サンチャのドニャキが模範とする『アマディス』ってな、アレは多分『ドン・キホーテ』と同じで小説なんですよ」
「しばいたろか~ってアマデス?……坊さんではなく?」
「ディスですって。ディスらないでくださいよ」
「だからデスっただけだろが……メガデス的な意味で」
「死ねってか、尚のこと悪いわ」主人に死なれては従者も
「いやアメダスみたいで何か人の役に立ちそうじゃんアマデス……アメダスの名称が何を指してるかは知らんが」これは《
「飴を出そうが鞭を入れようが役立たずは役立たずですがな!」
「ドMなら全然立つだろ!」
「何が!」
「やめんか」口論に励む姉妹の間に割って入るドニャ・キホーテ。「姫姉様もそのくらいでお控えくだされ」
「ひっひめねえさま……感動の余り青き衣まくり上げて
「嬉ションじゃねえか、こんなところでやめてくれ警察呼ばれる」その場合は《
「暁とか曙とか謂うからにゃ、青よりは赤に近い白み具合であろうよ」爽やかな一日の始まりにそぐわぬ遣り取りに思わず騎士は相好を崩した。尤も《
「モンタルボでもモモタロボーイでもいいけどもキビダンゴやミートボールは別口で調達してくださいな」筋骨隆々の
「よく知ってんな。生まれてないだろまだ」ここに安藤部長が控えていたらきっと《グレタ・ガルボでも》と口を挿んだことだろう![訳註:ガルボ最後の出演作は一九四一年公開の『奥様は顔が二つ』なので、女子高生が生まれるより半世紀以上昔に活躍した女優ということになる。尚、第三十二章は名古屋電視塔の下で蓮嬢が発した英語の台詞「パリ市民がエッフェル塔に上るのは~」の引用元である『ニノチカ』は三九年の映画]
「一度バカ売れした曲なら金になる内は団子がカピカピになってさすがに食えなくなるってくらいまでは売られ続けるものです」
「いや自分らで売れ残り食う分にはいいけどあくまで商品として出すなら賞味期限過ぎた時点で下げろよ」
「まァ嫌なら買わなきゃいいわけで、食中りってのはあっても曲中りってのはそうそうないでしょうからな」寧ろ著作権が切れてからが勝負である。「つまりアンパンマンやアンマンパンみたく、我が身を削って文字通り身を切ってまでカバオくんだのカバジェーロだのの畜生を養う気なんかはさらさらパウダーシートって話よ」
「何だアンマンパンて、アンマンをパンで包んだもんか?」
「モチのロンもといもちもちのパンです。アンパンマンだってアンパンをマンで包んだものですから」
「¡Eso me basta a mí...!」ドニャ・キホーテは靴を履いたまま、薄っぺらい舞台上へと片足の踵を載せた。「おふたりともパパゲーノの
「ありゃ、乗るんですかチキンに?」
「待ってました」
「アマディスの右腕ガンダリンも、ゴンドリンの名剣
「なるほどゴンドーラじゃガンダーラにも辿り着けまいしな」慥かに
「然り――こいつなら燕返しや目眩まし、延いては枕返しまでも警戒せにゃならん気疲れとて省けましょうぞ」
「サンチョのシャルロッテにってんならまだしも、他のオスの上に跨っちゃったらイポグリフォが嫉妬しますぜ!」
「跨ってはねえよ座ってるだけ」
「いや間違っちゃねえけど、騎乗するならせめてダチョウかチョコボ――」
地面から見上げると長身の少女騎士が机の上で立ち上がれば天井に頭が閊えてしまうのではと危ぶまれたに違いないが、妹にとっては鶏の
J'aime, hélas! c'est assez pour être malheureux.
花は一旦中断すると、口を閉じたまま二三度喉を鳴らしてから――想定した音階から外れていたのだろう――矢張り同じように空咳を零し暫く瞑目したが、やがて両手を――ドニャ・グリコ宛ら――天井を支えるかの如く突き出すなり
Ah! que l'amour paraît charmant!
Mais, hélas! il n'est point de plus cruel tourment.
Que je trouvais d'appas dans ma naissante flamme!
Que j'aimais à former un tendre engagement!
Je payerai bien chèrement
Les trompeuses douceurs qui séduisaient mon âme.
[訳註:「愛しい、口惜しくも!充分だろう不幸の理由としては/吁!愛の斯くも惹き付けること!然れど、口惜しい!残虐な拷問以外の何物でもない/如何なる魅惑を見出だせよう我に芽生えし炎の中に!/喜びだったのだ恋の約束を取り交わすのが!/対価など申し分なく払おうではないか/我が魂を惑わせし
「――このくらいにしておきましょう」
劇場玄関の外に設えられた
「……
「……ご覧アンドお聴きの通り、エコヒイキな天が粋な計らいで
「俗物とはいえ生まれた時点でお陀仏は切ないな」
「リュリとキノーによる歌劇ですじゃ」歌詞の中で何度か繰り返された
「じゃやっぱ最後のはモナム~って云ってたのね」
「御清聴の通りで[訳註:正確にはmon amour《
「言った言った!」演劇ではないが――ドン・キホーテを扱った別の著名な音楽劇も[訳註:英題«Man of La Mancha»]人名そのものではないにせよある種の
「つまりバレエの『ドン・キホーテ』があるんだから『アマディス』だってドフラ……フラメンコにくらいなってるぞと」
「いやこの距離で視えてなかったんかお前そんな踊っちゃいなかったろうが」この足場で激しい舞踏を演じれば最悪雄鶏の背骨を砕くことにもなりかねない。最後の
「ああ……何でしたっけシンゴだかセンコーだか?」
「カトリだそれは……いや違うキトリか、あの後気になってググったんよ」[訳註:静岡篇の第十章に加え、五条橋上でサラマンドラと一戦交えた第四十章でも言及があった]
「なるへそメンドリなら卵も生むけど、オスだから焼き鳥一択ってわけですな」雄鶏の背に――跨るのではなく――直立したままの主人を仰ぎつつサンチョが
「箱根と違って着衣でもってどういう意味だおい、そこ詳しく」
「てことは何だ、昨晩の閣下はきっと我が主ドニャ・キホーテに歌姫――歌騎士か――の素質を見抜いたというかおメガネ……お耳、お補聴器?――に叶ったからこそのあの一場面てのが、まァどうやら事の真相なようですな」
「お補聴器って何やねん……
「デーバ――出っ歯?ってワードが出てきた後じゃあんまし神々しく響きませんがの」
「もう止してくれ」ラ・サンチャの蜂――はて彼女の
「ちょちょちょいやいやプリマドンナの振りだけしといてプリマハムの方は割愛ってんじゃ」銭湯でも聴いた社名だが、この
「何云ってんだお前」
「やだから脱が……装備を解いておあげになるんでしょうや」
「ああ、そういう文脈だったか」それがシェーンブルン再訪の目的であった。
「別におっぱいが無いならオッペラ……オペレーターになればいいじゃない的な動機じゃなかったはずでしたよ」
「それだと逆に
「オペリスタでしょうな」但し伊語ではヴェルディやプッチーニ等
「オペリスタでもオベリスクでも何でもいいけど――」
「相分かった」
「路上からでも聴こえてたかな……まあ車のがうるせえだろし。朝飯食ったらカラオケ行くか外ちんたら歩ってても暑いだけだし」伊勢海に吹く
「オッペケ……そいつァなんのムーサです?」《原爆の父》オッペンハイマーに
「お前はもちっと日本の文化史を勉強しろな」ミコミコーナはいざ執刀を開始せんとする間際の外科医よろしく両手の指先をピンと天井に向けて伸ばしたが、やがてそれら十指は
「カンカンムーサはたしかアフリカ史でしたぜ」マリとギネアならば国境を共有する隣国ですらある。
「カンカン娘は日本だろがい」因みにcancánと綴ると仏人娘たちによる
「お手数お掛けします……立つならオベリスクの如くと仰せかな?」
「そりゃもうオベリスクでもアラベスクでも如何様にも……」
「ブルクミュラー――つまり城詰めの粉挽きに成り切るも良しと[訳註:独作曲家の姓BurgmüllerがBurg+Müller《城+粉屋、製粉業者》に由来することから]」
「何を回しとるんですかそんな踏ん張られてもハムのラベルがズラしづらくなるだけで、太腿はちっとも太まりませんぜ?」従士は自分の目の高さにあった主人の膝小僧を軽く小突いた。「そんな屈伸せずにあの……アレ、ミケのビデ像みたいなポージングをしたらよろしかろうに」
「何だビデ像て、それ絶対座ってるポーズだろうが」王女は特に今触れる必要のない騎士の脛廻りを両掌で艶めかしく擦りつつ横目にて猫の従士の軽口を戒めた。「全裸は全裸でもミケのランジェロじゃなくてロダンの方だわ」
「時短のために濁音一個省略しただけでしょ!」ほんの半秒でも早くこの場を脱したい、或いは朝食の席に着きたいサンチョはそう云って口を尖らせる。「誰か来たら注意されるか注意されずにいきなり110番かの二択なんですからね……分かったよじゃあラ・サンチャの旦那ャ様や、ビビデバビデ像の――」
「なっが、字余りが過ぎる」着衣はもとより今度は
「ビビデ……こんな感じかの」ドニャ・キホーテはまるで楽団の指揮者のように高低差を付けて両手を持ち上げた。
「あっ、これ持ちます?」手荷物の
「忝のうございます」
「ちょい待ち」千代が片手を翳して背中掻き棒の手渡しを遮った。「持つならというか差すならお腰の物になさいませ……そう、今貴女さまが腰にお差しになってる方です」
「屋根があるのにかね?」
「トトロだってバスの中でも差してたでしょうが」雨中の停留所で父親の帰りを待つ幼い姉妹が、父の為に持参した雨傘を偶さか出会した
「チムチムじゃニーだから兄貴じゃねえか、チェリーだし」
「じゃあチムチムネーになさいよもう細かいな。ゴツい戦国武将やら三国志の武人どもだって美少女化される世の中だ」わざわざ女体化せずともメアリー・ポッピンズは初めから女性である。「そもそも名古屋のハコ再訪の目的の半分はそのスーパーカリフラジリスティックを花開くことで《シェーンブルンの》を名乗らせる大義名分を付与する為だったのをよもやお忘れではございますまい」
「やれやれ雄鶏に乗ったら蜂の頭が鳥頭になっておったわ」騎士は自戒の念を込めたのであろう、引き抜いた腰の得物で己の額を軽く打った。「猫の額のその奥にしこたま詰め込まれたとみえるおぬしの聡き物覚えには此度もよくよく助けられたぞ」
「鶏は三歩歩けば忘れるっていうが猫だって三日で恩を忘れるんじゃなかった?」
「端から感じてないもんをどうやって忘れろってんです?」人の財布で散々飲み食いをしておきながら、流石《
「――ん?」
「ふふ、《
「昨日は出待ちの奇跡でバタバタしてたし忘れるのもまァやむなしだったかもとはいえ、三度目はございませんからな」今晩には発つのだから、同じ日に二度までもアマデウスの去った宮跡を訪う謂れはない。「あれ、まだ眺めとるんかい……まァ開いて差すのも閉じたまま振るうのもご本人の自由だが。ではミコミコーナ電光石火……ミコさん?」
預言者の首との接吻を待ち切れぬ
御子神はやがて懐中から自身の端末を取り出すと照明機能を起動させ、薄暗い地下空間を探検中に古代文明が残せし
「何やってんのアンタ……こんなとこで何かに目覚めないでおくれよ怖いからさ」千代は彼女が脱着を担当すべき側の脚へと向き直った。当の持ち主こそ
「梢を縛ったことで
「いっそ収穫してもいいくらいと思いますがね」
「疾うに慎みが過ぎていたらしい!」[訳註:直前の《花を賞するに~》から。満開どころか実が成ってしまった後ではいくら花見をしようにも遅きに失するという理屈]
「ちょっと引っ張りますよ……さっきの話ですがね」騎士の太腿とそれを囲む
「成程、ガリアじゃ
「ラフレシアかはともかく……まァせいぜい盛って目立ちたがり屋でしょう」
「でなけりゃ恥ずかしがり屋か寂しがり屋だが」花は漸く傘の留め具を外した。「猫が狼の従士でないのと等しく蜂だって獅子の騎士ではないさ」
「つまりもし、仮にですよ、カリオペーにあやかるのはカリオケーに入ってからに限るって条件付きではありますが」千代は恐る恐る
「フロランタン!」紅紫陽花の騎士は思わず膝から崩れ落ちそうになったものの、偶然その位置に
「まァ騎士ではなくて菓子かもですが」ビスケはビスケでも
「そりゃオリアーナと
「まあまあ、
――
開かれたのは地下一階に設けられた別の入口であった。主従の視線が一斉にそちらへと注がれる。
「お早いお着きで」「お?……はようです」
「……おはようございます」
「――御精励のところ頭が下がる思いにござるが、」ドニャ・キホーテは戸口から首だけ出した闖入者をかなり高い位置より見下ろしつつ以下に続けた。「朝早うから騒がしゅうて申し訳ないことです」
「……いえ、大丈夫です」
「ご親切に……」戸板に隔てられ既に届いてはおらぬであろう相槌を打ってから、改めて蜂の騎士を見上げる猫の従士。「不法侵入してるのに逆に心配されてしまった。お店の人ですかねアフロの?――いやパンチパーマか」
「アフリカは陽の当たる場所を意味するアプリークスが元とも謂うが」日傘の布はまだきちんと折り畳まれたままである。「――ベルベル人の言葉でイフリといや洞窟を指すとも聞くから、まあ確かなことは分からぬな」
「へえ……アメリカの語源がアメリゴ・ヴェスプッチってのは世界史の教師が解説してたの憶えてますけど、」おお女王の
「ヴェスプッチならそれがしの親戚筋やも知れぬがね!」[訳註:伊vespa《蜂》>Vespucci]
「じゃあプッチーニともいとこのはとこの男の女くらいではありそうですな」
「乙子の対なら乙女なのではなかろうか」
「まァ、息子の反対が娘ってんならそうなんでしょうが……ところで、ちょいとそこの」千代さんは首を真横へと捻った。「挨拶くらいしときなさいな現状アナタがいっちゃん怪しげに映ってんだから」
「ちょっと見てみ」
「ちょっと見てみじゃないよ実際お立ち台乗ってる脚長モデルさんよかこんな、薄暗い場所でそのデルモの柔肌だか、毛穴だかを超接近かつライティングしてガン見……何?」
「いやこっち来んな」顔を寄せてきた末妹を押し戻すミコミコーナ。「てめえのライトで見ろって、お御足さまはきっかり二本あるだろがい」
「わての携帯今やライト十秒ごとに十パーずつ……よっと」二灯の脚光が少女の大腿部の同じ位置をそれぞれ照らしている。仄暗い地下空間では慥かに異様な光景であった。
「バカか、毛穴探すなトゥルットゥルだよハナやんのハムは」
「探してねえよ?」
「お前自分で膝まで下ろしたんだろが」
「パンツみたいに言うなや……えっと」従士は端末を
「フロランタンてアーモンドとかをキャラメルでコーティングしたみたいなヤツやんな」
「聴こえてたんかい聴こえてたならお店の人無視すんなや」前提として挙動が不審なのだから、せめて
「ここ地下室だけど明かり近付けて書いてあんの読んでみそ」
「目ぇ悪くなるよ上居る時に言えばええのに……あぁぁ、ナンバー」
「ナンバーはUとERだろが救急救命室送りにすんぞ」ウルガンダ[訳註:アマディス・デ・ガウラとも親しい魔女でオリアナとの結婚式にも参席する仲であった。第九章では小説『ドニャ・キホーテ』の執筆者候補としても名が挙がっている]の
「――あっ、《ナンバ》なのね。いや敢えてローマ字表記なのかと」
「この子らここのハコのパスじゃないってこった」
「それに気付くタイミングが何故今なんだ……生死不明な箱の中の猫じゃあるまいに、明るいとこで見りゃ一目瞭然な情報を昨日の晩から三人も雁首揃えといて、」従士は今一度唇を動かして書かれた羅甸文字を読み上げた。「ナンバ……《なんばしよっと》って九州でしたっけ? 九州救命室でしたっけ?」
「九州というかそれ博多弁とかだろ」九州は日本列島を構成する四つの島の内で南西端に位置する。南部という意味ではアンダルシア地方やカナリア諸島の方言を想像すればよいだろうか。「つか福岡も熊本も長崎も……佐賀は言うに及ばずだが、アマデのツアーにゃ入ってねえんじゃねくて?」
「そりゃ名古屋ならまだしも、九州まで飛ぶんじゃ交通費だけで大赤字でしょうよ」
「ナンバ歩きじゃ能に狂言、歌舞伎に文楽かね」花は狭い長机の上を
「ちょちょちょい、動かない動かない」転落せぬように偶然居合わせた第三者から気遣われたばかりである。「ナンパして歩くなんてのは騎士道精神の風下にしか置けぬ、又はカミカゼにさしてもオッケーな下ネタ野郎のシモーヌシニョウ漏れですぜ」
「誰だよシモーヌ」観覧車の吊籠に乗り込む間際ドゥルシネーアが口にした往年のイタリア女優の名である。[訳註:第三十一章参照]「つかサンチョ無しのうちらふたりだけで名古屋歩いてたら二秒に一度はナンパしてくる輩を千切っては投げ千切っては投げ……最終的にはふたりで契りを交わすハッピーエンディングと相成っておっただろうよ」
「いや部長さん帰った途端ネトラレっつかネトリ宣言かよ大胆だな」
「そりゃもうネットリとな!」
「ナンパにはございませぬ陛下。このナンバは俗に南蛮風すなわち平素とは異なる所作が由来とも、難場すなわち難所を進むための足捌きに端を発するとも」騎士は半端に下げられたままであった
「浪速って大阪か」
「理解が遅いな」
「地球の歩き方の国内版に『難波の歩き方』ってのが……ん?」どうやらこの娘、長期記憶する容量には恵まれていた一方で、それを呼び覚ます為には些か時間を要する性質だったようである。「――《シェンよと》の東名阪ってそうだ、渋谷名古屋難波だったわ」
「つまりそういうこっちゃ」出し抜けに御子神嬢が騎士の太腿に張り付いたままの通行証の裏側――指輪なら
「……なんば、ゆうとっと?」
「あらかわいい」愛嬌のある博多訛りに緩んだ頬を上辺だけでも取り繕うようキュッと引き締めるギネア王女。「可愛く云ってもダメだ」
「可愛く何を云っとるんです?」千代さんは長姉に通訳を求めたが、返事を待つ間にもう一度主人の太腿へと手を伸ばす。「早く済ませちゃわんとまたぞろミコさんにむしゃぶりつかれますぜ」
「武者震いは騎士さまの専売特許だし、それを云うならかぶりつくだ――ろ?」
不意にフロランタンの騎士が、想像するに従士の手による執拗な追跡を逃れんとしてなのだろうけれども、雄鶏の背から飛び降りたものだから、義理の姉と妹は泡を食いながらも咄嗟に左右へと飛び退くようにして彼女が着地する為の足場を空けたのである。
留め具が外れたままであった故に花弁の一枚一枚はハラハラと棚引いたもののまだそれは所有者の手により開花されてはいなかったので、メアリー・ポッピンズ愛用の
「あぶなっ!」
「おっとっと」細い両足首に掛かる
「びっくったァ~!」あわや地上に立っていた従士の方が尻餅を搗くところであったが、こちらは背後の壁――或いは旧シェーンブルンの内扉――が支えてくれたお陰で踏み止まれたものとみえる。先刻床屋の従業員が顔を出した方の戸口を二三秒見詰めてから、「……出てはこないか」
「お前のが声でかいよ」
「いや何語ですよ! イタ語でもスペ語でもないでしょ今のはポルトギャル語か?」
「だから博多弁だって」南蛮渡来の
「早口言葉かい!」日本語の《
「……ポッキーを……違うな、ブラックサンダー?」
「しるこサンドじゃなくて?」
「《キットカット――》」
「だッ!」
「《――買っとかんといかんかったのにアンタが買っとかんかったからいかんかったんだわ》」(Lit. «El Kitkat(barritas de galleta recubiertas de chocolate) era lo que deberías de haber comprado, pero tú no lo hiciste y la culpa es tuya.»)
「そりゃきっとカンカンだ、被告はカンクン送りかさもなきゃリストカットもんだぜ!」刑罰であるならアカプルコに送るべし――先刻物された宣言に基づけばそうなるのでは?
「キットカットと名古屋関係なさそうだが」これは英国生まれの
「勝てば慰労会、負けても当節は人道回廊なる処置が施されると聞きます[訳註:西訳では
「えっ……そりゃまあそうですわね」ミコミコーナはその手を取って誘われるままに上昇通路を上り始めた。
「ちょ、ちょっと」
「晴れて
「しかり……アマデウスの亡骸の傍らに葬られたなら」生き埋めなればこれこそ由緒正しき《
「そっ、そんなご無体な――!」
残り数段というところで足を踏み外した従士は、膝や脛を
「何這いつくばってんだ下から覗いてんなよ」
「ちょっと……ちょっとっと」心做しか動悸が収まってきたように思われた千代さんは咳払いして仕切り直さんと試みるが、まだ立ち上がるには
「それじゃヘソまで見えてるやろがい。ワカメ先輩でもそこまで攻めの姿勢見せんわ!」
「――ってもうキレイに折り目正しく巻き直してらっしゃる」歩道に敷かれた石畳の上を踏み付ける長い脚に向けた視線を徐々に上昇させると、一度は開花寸前まで漕ぎ着けた晴雨兼用傘が元の円筒形へと
「まァバスもパスもガス爆発は不発ってことならうちらは命拾いしたんじゃないか」
「いやパスの方は爆発する要素ないだろ」燃やして燃やせないことはないだろうが、直接肌や衣服に貼り付けられる粘着紙製であるならまだしも、
「大阪や言うとるやろがいどアホ」
「四百日本円あれば普通に郵便で送れてたのでは……?」[訳註:名古屋市交通局に拠れば、二〇一五年八月時点での市内乗合路線自動車および地下鉄道の運賃はそれぞれ二百十円均一/初乗り二百円だったとのこと。前年四月に消費税率が5%から8%へと引き上げられたことによる値上げもあったようだ]
「吾が友チヨさん、大事はないかね」手際良く得物を腰に差し戻した蜂の騎士が、依然として階段上部の
「この子はどっちかってえと足よか口を滑らせがちじゃありませんこと?」
「はぁどうも……大事の前の障子に耳があるなら」引っ張り上げてもらい漸く立ち上がる千代さん。車道を挟んだ対岸の建築物に反射する陽光が暗所に慣れた両目を射抜く。「――壁の後の階段に目がないとも云い切れますまい」
「何、暗がり繋がりで怖い話? ジュンジ的な、夏の風物詩ですかな?」
「会談もとい密談じゃな……壁の物言う世とも謂う」
「階段というか昇段というか、昇級の目はまだまだ消えてないって云っとるんです」この中学三年生は休み明けの
「大分良くなった。勝負事にゃまだちと早いかも知れんがの」
「負けたらアカプルコですし、ここは慎重に回復を待つべきでしょうね」
「君ら水着持参でしょ?」静岡の
「いいですけどお高いでしょう……市民プールみたいんだと数百円すかね?」
「地元だとそんなだよな」
「最後のやりたいのは貴女様でしょ」昨夜《寝台に向けて為されるべきもの》と嘯いたのはミコミコーナ自身[訳註:第四十六章終盤を参照のこと]である。
「ドニャキ様ならさしづめムシャサビ……いやフトモモンガ」
「ふふ、
「そりゃ笑える時にゃ笑ってりゃいいと思いますけど、そもそもうちらよそもんにも門戸は開かれておりますかいね?」市民税の納付者か否かを検査する為とはいえ、よもや子供たちに逐一顔写真や住所の記載された身元証明書等の提示を求める
「持ち歩かねえわグラドルかよ」
「常に下に着ている?」
「それしてたのお前らだろ」ヌマンシアの海岸で溺れかけた日の晩は着替える場所もないまま野宿した故、御子神嬢と邂逅した銭湯で脱衣するまでは恐らく三十時間前後もの間水着を着用したまま過ごしていたのであった。[訳註:第八~十章を参照されたい]「この下に装着してたらマイクロ通り越してナノビキニなの」
「ほらチラ見えしてんの下着だと見せかけといて実はって可能性も」季節柄露出の多い出で立ちではあるのだろうが、彼女
「――じゃないから恥ずかしくないもん!って?」
「うちら同伴の時にトップレスとかパンツレスで泳がれますのはちょっと……」
「パンツレスって何だボトムレスと云え……いやアシャ田舎の川とかで遊んでる幼児かよ」女子中学生はともかく花の水着姿が拝めるのであればこの界隈の量販店にて購入するのも吝かではなかろうし、場合によっては現地で貸し出しもしているかも知れない。「……まァその前に宿を引き払わにゃ延滞料金取られかねんし……あっ、その前に朝飯食っとくんだっけか」
「朝飯前の一仕事が見事空振りだったからって、朝から唐揚げだブリ照りだってのも重いですが……よりにもよってビーフケーキってのはねえ」
「パンケーキちゃうんか」そちらであれば若年の婦女子が摂る朝食としても至極似合いの一皿であろう。「ハムだベーコンだソーセージだってんならともかく朝チュンな時間帯からマッチョ食いたいとか、色欲旺盛なパロミちゃんでもよう言わん思うわ」
「ああ、チーズがビーフ食ったら共食いんなっちゃうもんな」正確には《
「人をチー牛みたく定義すんなよ」ミコミコーナは周囲を見回した。「またどっちかの駅まで歩くか……」目の前の停留所に視点を定めて、「――折角だしこっからバスるか」
「バスはパスりましょう。さっき殿下がおっしゃってたようにジモテー以外がうかつに路線バス乗るのは危険が危ない」
「訳分からんとこ降ろされて近くに地下鉄の駅もなくて結局タクシーとか財布が死ぬしなあ」昨夜は夜行乗合の出発時刻に急かされていたエル・トボソの主従に同乗し
「そんまま歩いちゃって結局ホテルまでとかは無理ですからね」
「いや普通に十一時に間に合わんくなると思うが」
「あとコージの粉はパスで。わざわざ東京にもある店で
「ハナちゃんは昨日おらんかったやろ」尤も支店こそ違えど、紫陽花の騎士も昨朝は同じ珈琲店で――
「めっちゃ朝マックに指差さっちゃってますのが」
「したら大須から地下鉄乗って十時半前に戻れればチャチャッとシャワーだけ浴びてチェックアウチジャスト時間に出てこれんでないの?」
「不測の事態さえ起こらなければですが……いや自らフラグ立ててくスタイルはやめよう」
「攻めの姿勢か。進路の第一志望当たり屋ならお前だけここ突っ切ってもいいぞ」
「いやそこは普通にみんなで横断歩道渡りましょう」ドゥルシネーアと四つ目嬢を見送る際もやや離れた信号のある位置まで移動してから車道の対岸へと渡ったのであった。「まァ三人いるから場合によっちゃタクった方が安く付くのかも……」対話を切り上げたふたりは恐らく昨晩と同じ道筋を辿らんとして数歩だけ進む。それから末妹が振り返り、「あれ付いてきとらん……ドニャ・キホーテ様よ?」
「今や伽藍の
仮に命運尽きて地獄の業火に焚かれたのであれば、今時分は蛇穴や地下鉄道より猶も深き
縞馬の尻尾より渡り始めて
「だめだもう赤やん」
「赤で何があかんの?」大津通西側の歩道に乗ったギネアが末妹の袖を引く。「とりま渡り切れや轢かれんぞ」
「や、そのパスがここのハコのじゃなかったっても紛失したのはここなわけなんだから」騎士の両腿を顎で示しながら、先程まで
「相変わらずバカだねサンチョは」
「なんだと……いや
「考えてみ、今こんまま匿名であそこ置いてってみ?」構わず行軍の再開を促すミコミコーナ。「《あれ、こんなとこあった》で終わりだぜ」
「えっ、一件落着じゃなくて?」
「うちらの――つかアタシはどうでもいいけど、アンタの手間は水泡に帰して
「攻撃の機会を……棒に振る?」千代は歩きながら箒を構えた。「当たるのではなく?」
「当たらねえわ、フルスイングで空振りよ……このアマデーモン閣下のドジっ子属性が生み出した偶然の産物っつか、何だ不慮の事故自体がなかったことになんだからな」
「アーモンド効果みたく言わんでくださいよ飲んだことないけど」
「お前だってさっきフロランタン云うとったやろがい」この場合は
「はい」
「サンチョがちゃんと何百円か自腹で出して宅急便か……こんなうっすいのなら封筒ブチ込んで切手貼っても届くか」路上に設置された
「キンブンキン」
「高島田はええて……[訳註:《
「三軒茶屋に三丁目無いんだわ」
「知らねーわそこまで」ラ・サンチャの名で呼ばれる地域は《
「なるわ」
「でゆうメールだかネコポスだか――」
「何だネコポスってネコバスのボスか」
「ネコボスじゃねえよそこはどうでもいい、で差出人と住所書いてあったら――」
「ちょ待って、恩着せがましく名乗っちゃうのは厚かましいというかおこがましくないですか?」
「カマカマうるせえな匿名で荷物送られてくる方が怖いわ、読まずに食べんならマシな方で最悪開けずに廃棄だろ? ライブハウスとか病んだバンギャが何送り付けてくっか分かったもんじゃねえし」
「納得できる」《
「おま名前だけじゃ偽名使い放題じゃん何も信用でけんわいな。それに――」王女は蹌踉けるようにして横から従士の肩にぶつかって、「住所書いてあったら《拾った高島田ちゃん、後は名古屋のハコ任せにせんで自分で送料負担してわざわざ送ってくれたんだし、何かお礼とかしとくか》ってなれば何かレアな……サイン付きチェキとか何か非売品の――」
「あ!」
「それこそ使用済みピックとかさ」
「策士ミコミコーナ……」鼻息荒く腕組みをする千代さん。「作曲の方も含め是非ともトータルプロデュースでお任せしたいところだ」[訳註:「
「ぶっちゃけサンチョの百八の煩悩満たすんはどうでもいいんだがね」御子神嬢は警護役として如才なく周囲に目を光らせながら三歩後を歩く阿僧祇花――読者諸兄は思い出してくれよう、この付近には
「別にそんままパクったところで大した罪には取られませんでしょうけどね」
「大した積み荷でもないわけで……ハン――ドニャ・キホーテ様」
「如何なされましたかなミコミコーナ様?」
「そちらの」御子神嬢は
「トイレット?」
「いや
「神童からの預かり物ですじゃて、天賦の才と等しく何れはお返しせねばならぬ品にはございますが」
「コイサンマン?……そいやコイサンマンって何だ?」これはアフリカ南部の砂漠地帯に住む狩猟民族コイコイ人とサン人の総称だ。大ミコミコン王国とは多少距離があるので王位継承権を持つ女子大生が
「お気持ちウレPことこの上なくあの下ある感じではございますけどその所有権はこの箒の名の下に放棄し、ヴンダーキントに返却するその日までご主人様の手元に、もといお足元――オモモモト?にて厳重保管しといてくださることを強く所望しますよ」察するに彼女の関心を惹くには
「御厚意に甘えよう」騎士は片手を上げて敬礼し従者への謝意に代えると、そのまま歩きながら以下に続けた。「
「真夏に腹巻きって何かのコートワッザですかね?」
「
「おしりからは一回離れよう、しばらく距離を置こうええ加減」
「平たく申しますと陛下もお召しになりたいということにございましょうか?」ドニャ・キホーテは一旦足を止めると片脚に嵌められた通行証に手を掛けた。
「いやいや滅相もナッシング」サンチョ独りを差し置いて、
「朝飯代わりにもなりますかね」
「ならんね」東国の一行は未だ朝食を供するような喫茶店や食事処に行き着いておらぬらしい。「いやメーシングというかネーミングというか」
「何おっしゃってんだアンタ」
「君らチュウ……セイの騎士とか、異世界の冒険者とかってこう、とにかく自分自身とか敵だけじゃなく武器とか防具とかにもやたら二つ名付けたがるやん動物なんかのさ」例えば《
「滑空してきた忍者風のネズミが髪に張り付いたみたい」
「だからエクステだろそれは……どうすんだその後張り付いてから爆発すんのか?」流石は
「おっとここでついにテロリスター誕生?」CIAの目やNSAの耳を忘れた従士が失言を物する。「もうオクトパスとサロンパスで良い気もするぞ」
「サロンパスはともかくオクトパスじゃあと六枚要るやん」となると現状では《
「おじいちゃん?」
「こちらがモモングヮならば」ラ・サンチャの蜂は一方の太腿をピシャリと平手打ちすると、他方の通行証を指し示した。「――こいつは差し詰め《ハムスターリング》と呼ぶのが宜しかろうと存じます」
「ああ、ハムスト……なるほどね、延々車輪回し続ける奴らの脚力には」それこそ大風車の羽根を回転させる巨人ブリアレオスの膂力と比して勝るとも劣るまい。「――目を瞠るものがあるしな。こう部屋の隅から隅までヒュッて」
「スプリント勝負じゃかの害虫ゴキブリーノともいい勝負でしょうな」
「ザ・ムライだったんか知らんかった。つかアムステルダム、」港町の旧市街であることを鑑みれば、(愛玩動物ではない)害獣としての鼠は相当数に上りそうだ。因みにムライとは《
「スペイン――の首都ではないでしょうがね」八十年戦争でホラント州他の独立を許すまでならば、一応ハプスブルク帝国の領土ではあったかも知れぬ。「今は昔ハム公がダムを築いて出来た都市であることは容易に推理できよう」[訳註:存外当たらずとも遠からずで、地名Amsterdamは
「ダム作るのはビーバーとかだろうに」
「ビーバーなんだからカリちゃんでしょ」大ミコミコンはギニア湾沿いの地域に版図を持つ王国だが、幼少の砌より
「役に立たん猫やな……ネズミ嫌いのドニャえもんの子分つか妹なら寝てる姉貴を守って寝ずの番でもしてろや」
「私ゃ黄色くないっちゅうに、イエロースなのは殿下じゃないか」青猫の従士は隣で交互に前進する
「和名じゃ
「ほんに生きペディアよのう……」
「ほんだらモモンガは《生モモの鼠》でハムスターは《干した生ハムの鼠》だな」
「何だナマモモて。桃は普通生で食うだろうに」
「いや煮てジャムとか……コンポート?とか」
「そりゃそうか、妾が間違っておりました」
「許してつかわす。にしても旅の途中じゃ我等に牙を向いて襲いかかってきた羽なしコウモリというかハネモゲラ面のドブモグラどもが――」千代さんは左右に軒を連ねる建物から腹拵えに適当な食事処を探すその目を暫し晴天へと投げ掛けた。「我々に成敗されて今やこんな愛くるしいネズミ属性に転生したと思ったら何とも感慨深いというか、母性に目覚める心持ちでありますことよ」
「ハナモゲラってのは聞いたことあるが……」
「やれやれ、トビネズミにカクシネズミ、サンダネズミにクラネズミとな![訳註:これは順に
「そりゃもう寝ずにね……試験日の前夜に現実逃避でやるヤツやそしてそのまま潔く就寝する!」哀しいかな、これは明後日に控える模試を念頭に置いた進級前従士――彼女は騎士叙任前でもあるのだが――の決意表明であろうか?「猫は寝込む……ニコは煮込んでも大した出汁なんざ取れなそうだども」
「ダメだ四十八手いうたら逆に寝技しか思い浮かばん」
「ふむ、クラネズミの方は
「何が飛び級か!……サンチョは一段ずつ確実に昇級できりゃすこぶる満足だし、いきなり高二になんざ持ち上げられた日にゃ一学期の中間で全科目ゼロ点という前人未踏の大記録を叩き出す羽目になりますわい!」大半の日本人は《
「サンチョは借りパクよかモグモグパクパクだものな――って何だかんだでもう結構テクテク歩いてきちゃってるが」両乳房の隙間に挿まれた
「まァ単純に日陰寄り歩いてた流れでしょうけども」千代さんが
「ちょい待って……昔こっち来た時はこんなテキトーに徘徊しなかったしな」ミコミコーナは端末に指を這わせる。「……この一個前の通りが赤門通らしいから――ん?、違うふたつ前か……そこが商店街のひとつなんじゃねえかな知らんけど」
「赤門って東大だっけ?」
「いや名古屋だし名大じゃねえの?――つか君に関係あるとすれば赤点の方だろ」
「そいや駅にも赤福売ってましたね」
「うん、赤福名古屋じゃないらしいけど」赤福は三重県伊勢市の和菓子屋である。
「いやこちらは青くない、」傍らの主人に掌を差し出して、「赤きドニャえもん様にあらせられますから、略したらアカモンでげしょ」
「ドニャ様がご進学召されるのはトンキンなんかじゃなくて」この場合、別段
「そりゃ私のキボンヌってだけだ」
「ははは、キボンヌって久々聞いた――つか口で言うの聴いたのは初めてかも」
「¡Cuidado con caballos!, ...」
「――えっはい?」「くいだお――れ?」
「...saltando.――いや、ロベール・ド・ソルボンでもカルロス・デ・ボルボンでも宜しいが」足のみならず口までも道を逸れ始めた義理の姉妹の間に割って入るドニャ・キホーテ……それはそうと、先程乗った
「間違いない」ギアナは先導するように、取り敢えず目の前の十字路を右折した。「いやサンチョがハーラーヘッタラーうるさいから」[訳註:西訳では《
「歌ってない歌ってない」千代さんは
「ボンレスハムは骨無いと思うが……ああ、ハムステルね」[訳註:千代「Bourbonless hamstealth《ボルボン無しの隠密性豚腿?》だろうがalitas de pollo furtivo《潜行型手羽先》だろうが」に対し、御子神「
以上のような或いはそれに類する遣り取りを交わしながら、
郊外の背景音に耳を傾ける限り、その周辺は観光地というよりは閑静な住宅街といった風情で、休日の朝でありながら一旦大通りから距離を取ると、時折擦れ違う駆動音を除けば却ってしんと静まり返っているようだった。
「なんか大須はプチ秋葉っぽい感じなのよね……電気街っぽいというか」
「メイ喫すか?」
「いやまァあってもそんな朝キャバみたいのやってるか分からんけども」ギアナ王女が歩みは止めぬまま背後を振り返る。「さっきのペンギンのが開いてりゃドンキ繋がりでこいつは朝から縁起物だったんだが」
「シャッター降りちゃってましたからねえ……大須シャッター街」
「いやシルエットになってたっしょ」
「いちおPG12はクリアしとりますのでな」映画協会の評価でいう《
「えっ、サンチョ中三ちょでしょ? R15もイケるっしょ……あっ誕生日まだ?」
「えっ私いくつに見えます?」
「うっざ何、それそんなピンポイントの年齢当てさせるフリちゃうと思うが」真実必要な場合を除き個人的な興味本位で他者の年齢を訊ねる行為は日本に於いてもそれなりに無遠慮と受け取られる筈だが、ある程度親密な相手から問われた際には
「脳年齢が見えるかい!」
「ノーネンレナには見えんがな……あくまでクソアマサンチョだ五十路の」
「ガ~ラガ~ライソジンジン――てまだただいま~の前ですわ」明朝の今頃には翌日の模試に備え、自宅で
「湧き水よかワキアセが気になるお年頃だよね」
「だったらさらパウ分けてえな」
そう、ここは紛うことなきボルボンドの噴水池であった。[訳註:直近の会話からBorbónとBorlandoを混同したようだ]
「頼む二三分でいいから木陰で休ましちくり」
「ハーラー、ヘッタラー」
「今歌うなこのヘッタレーが[訳註:先述の《
「宜しも狼煙も陛下が断りを入れる必要などございませぬ、此れなる大須の
「いや飲みはしませんけども」そう断ると、ミコミコーナは蜂の羽音に連れられるがまま園内へと進入し、木洩れ陽も涼やかな池の縁石に腰を下ろした。「……あああ、折角わざわざ湧いてくれたってのに素通りしちゃあ失礼に当たるからな」
「陛下、敷物を――」
「お気遣いなく……おおお大須区で~生まれた~あ~、女や、さかい」行政上の地名は大須区ではなく中区大須であると謂う。「……ほんま~かいな、そうかいな」
「うむ、頭も湧いてますな」ひとり遅れて園の中央へと歩み寄ってきた千代さんが襟ぐりを抓んで胸元に風を通しながら、四方を取り囲むように植樹された木々の揺れる枝葉を見上げる。「バンギャの頭、馬鹿あたま、推せば
「頭に湧くのは泉じゃなくて虫かなんかだろ」夏は
「こんだけ暑きゃ真っ裸になりたくもなるわな」そう零して噴水中心に立つ彫像を一瞥するサンチョ。「……ドニャ・グリコならR15で済むだろうけど、こういう明らかに十二歳未満ぽいキッズが公衆の面前でこうも丸出しにしてんのは今の時代、仮にX指定でもアカンのやないですか」
「天使パイセンに年齢の概念あんのかい……《見た目は大人、頭脳は子供》な奴が狭い了見で判断するもんじゃないよ」ギネアは縁石の上に寝そべった。「……ああ冷た気持ちい。ばってんこの暑さはどげんかせんといかん……でごわす」
「何だごわすて。お得意のベートー弁てヤツですか?」
「とーとーとって博多弁でしゃべっとーと」[訳註:九州弁ではあろうが博多弁ではない]
「つか中坊で大人なの交通機関の料金くらいだわせからしか」
「せからしかじゃねえわこのイノシカサンチョめ――つかイシカタッ、ダメだ」暫く横臥するもミコミコーナは顎下に力を込めて自身の後頭部を持ち上げた。「ハニャ様、頭が痛うございましゅる」
「色んな意味でイタい光景ですよ!」
「それがしの石頭ならいざ知らず、止事無き御婦人方が石に枕し流れに
「今のミコ陛下には――」暑気に
「こ、こやつ……昨日の観覧車と合わせて部長さんとドニャ先輩の、幼馴染美人膝コンプするつもりでいやがる!」入れ替わりに立ち上がった千代さんが、眼下に眠れる美女を悪し様に罵りつつ指差した。「犯人はいつもひとり!……この中におまわりさんこいつです」
「
「ピザの具がハムだろがベーコンだろがソーセージだろが、はたまた果物の方の桃だろうがハニャ先輩から出たチーズならば滴らせる自信がある」
「意味は分からんがもう一言一句が変態臭いな殿下は」寧ろ照り付ける陽光で暖められた外気熱により
「まあまあチヨさん、《我が涎ぞ常ならむ》と物のいろはにも謳われておるではないか」
「それはアレですか? ヨダレだって放っておきゃいつか乾くんだから気にすんなってな意味ですかね」池の水とて未来永劫満たされているわけではない。この地区が真に幽霊街となれば自然と干上がるであろう!「もっとこう、《諸行ムーチョの響きあり》的な解釈なんじゃござんせんこと?」[訳註:《
「おっと匂い立つ色も散る花も、夏枯れした老木には期待してくれるなよ?……元より此の対のネズ公は置かれた姉君が御頭からその形善き猫耳を噛み千切ってズラからぬとも限らんでな」
「ナポリタンならトマコロールだしむしろ――」従士がそう云いかけたところで不意に長姉が腰を上げる。「いや立つんかーい」
「すまんな……今はモチモチよりカリカリの気分やさかい」
「誰がモチモチ……いや枕せんけども――いやさせんけどもね」
「卑猥な……いやだからあんま寝心地いいと起きらんなくなるでよ」銭湯で垣間見たよりも従者が幾分細身になった点について――腹枕としての品質低下の観点から――昨日苦言を呈したばかりである。「オアシスも満喫したことだしそろそろ大須ブラーブラーしますかね仲睦まじく」
「急にどした……パイセンに限ってブラが大き過ぎるなんてこたないでしょうが、試しにそこに投げ入れてみたら」従士が波紋の行き交う水面を顎で指示した。「――泉の女神ならぬ天使さんが新発売の天使のブラとでも交換してくれるのでは?」
「《貴女の脱ぎ捨てたブラはこの金のブラですか銀のブラですか》って?……何その銀ブラそんなん装着して人前出れんのガガ様ぐらいじゃねえか」その場合は池に投げた
「ピーチパイ? そっちの桃はパイじゃなくてケツだってばよ……あ、ピーチクパイ?」
「ピーチじゃなくてアレはピークだったと思うけど」調べてみるとpie[訳註:西語《
「それとも金のエンゼル一枚か銀のエンゼル三枚……五枚?――とエンゼルパイ交換してもらうかだな」
「チョコボールの景品は別に、同じ森永製品と交換してもらうシステムではねえだろ。ピンキーパイならかわいいけど……おっと」尻に付いた砂を払い落としたミコミコーナが、噴水池中央の彫像をやや険しい顔付きで見詰めている騎士の姿を目に留めた。「裸族の三天使に見惚れておられる……意外と小さい子が好みなんかな」
「変な言い方すなや……あっコイ、錦鯉めっちゃ放し飼われとるわ」千代さんが縁に膝を付いてナルキッソス宛ら水面を覗き込んだ。「来い来い来い……盗まれんのかしら。こういうの一匹何百万とかすんでしょ」
「何百万するヤツを放し飼いにはせんだろうけど……まァコイ泥棒だってコイのキューピッズが見てる前ではそうそう悪事も働けんのでは?」僅かばかり残された良心に訴えんが為の意匠であったか……尤も天使や女神の視線を背に感じながらする
「そういう意味かよエゲツな」従士は指先を水に浸した。給餌を期待した魚が寄ってくるのかも知れぬ。「シャチホコと違ってリアルの、ガチ鯉勢なら食べることもできるらしい」
「……変な云い方すんなよ」但しエル・トボソによれば淡水魚は泥臭いとのことだ。[訳註:第三十四章参照。安藤嬢は続けて、鯉の魚体を持つとはいえ金のシャチホコならば無味無臭かもという仮説を物している。鯱瓦の複製は表面に金箔が施してあるし、実物の方も純金ではないにせよ十八金の金板を貼り付けてあるからには味も匂いも殆ど無さそうだ。尤も池の鯉とて――調理に際し鱗を除くか除かぬかの選択は好みに依るだろうが――食べるのは身だろうし、そうなると外皮の素材よりも金鯱内部が木造であることの方が余程問題となるかとも]「天罰下るで。目からビームで消されるで」
「エンゲルが消~す~」夜更かしが堪えたか欠伸を噛み殺す猫の従士。「――何でしたっけ昨日アンドーさんが言ってたあの……物騒な天使?」
「天使なのに坊さんなんか。何だっけブッ殺――《殺し屋の天使》?」
「お坊さんが殺しちゃダメでしょ神父さんとか牧師ならともかく」この
「――《皆殺しの天使》」
「「それだ!」」寝台の上で
「«Las crías habrán tenido sus razones para marcharse…»」ラ・サンチャの蜂は羽の生えた幼子たちを水面の向こうに望みながら――これが羽の生えた鼠であれば蓋しこの池を渡り中央の舞台へと上ることも難しかったに違いない![訳註:蝙蝠≒吸血鬼として、穢れを浄めてしまう流水を渡河することが出来ないという民間伝承を引いているのだろうが、上空を飛んで渡ることの可否については扱う作品によって解釈が分かれよう。尤も鏡に姿が映らぬ為に正体が露見するのを恐れるという要素を持ち出せば、水上を飛行する行為に対しても忌避感があっておかしくはない]――、然も感慨深げに推論を展開した。「«...¡Sí!, las razones que tienen los ratones cuando sienten que se hunde el barco.»」[訳註:《
サンチョとドロテーア嬢は騎士がイスパニア語での
「おぬしらが今も留まっておるのを鑑みるにどうやらこの
「モモ太郎とハム太郎が肌に馴染んでるようですな」
「
「キュアエンジェルなんて居ましたっけ? 最近の?」
「サンチョは現役で視てそうだが……十歳くらいじゃ微妙か」まだ
「よく憶えてますねマジで。ちゃんと学校の勉強もしてます?」
「ドニャ・キホーテ様、両腿に装着された伝説の防具の付け心地は如何ですか?」
「キホーテの
「ティソーナとコラーダだそうな……そのお御足で一歩踏み入れば、泉の水はたちまちピニャコラーダへと変ずるのだそうな」
「特売の安い輸入肉もコーラに漬け込むと神戸牛ばりに柔らかくなるんだそうな」
「まァいうて柔らかけりゃいいってもんでもないが……コーラゲンたっぷりの霜降りになるでもなし」和牛はその肌理細やかな肉質により、筋繊維の間に網の目状の脂肪が行き渡り、結果として口溶けの良さと優れた旨味を齎すのだという。「昨日の牛すじワイン煮込みは美味かったけどな」[訳註:第三十七章参照]
「では今日はそのカバだかサイババだかに漬け込んだお肉を頂きにとっとと参りますかね」
「お?……炭酸水に漬けるまでは許せるが発泡酒となるとさすがに気が抜け――引けるな」
「えっと
「君らふたりは歩きだからって飲ませませんよ」法律では飲酒した未成年自身より、側に居ながらそれを看過した大人の方が罪も重いのである。
「飲まねえわ。我ら主従がチャリオットで貴女だけ徒歩ってんじゃ集団行動できねっぺ?」昨日シャルロッテの出番が日の落ちるまでやって来なかったのも、偏に予期せぬ来客を東京から迎え彼女たちと同行する運びとなったからに外ならない。「尻軽だからって足軽扱いは忍びのうござるよ」
「そっただこと云ってグデングデンに酔わせた挙げ句そんまま飯屋に置き去るつもりじゃなかっぺ?」
「いやいやどんだけ呑みますつもりなのか!」昨夜の醜態が脳裏を過ぎる。
「着飾ってたんは昨日の夜限定だったくせに」
「そん節はお世話になりましたッ!」昨夜は着付けだけでなく化粧係も担当してもらったのだから頭が上がらぬのも当然といえば当然であろう。「まァ無理にとは云わんけど飲める時っつか、飲みたい時くらい好きにお飲みなさいな……私なら特に食いたくなくても、目の前の鼻先に出されちゃったらついつい口の中へと運んでしまうでしょうがな――」
「チヨさん!」
「ちょっ、はい?」ギアナ姫と
「
「ほ、骨身はともかく脂身の方はお会いした頃よりも削ぎ落とされてるつもりですが?」
「Bebo cuando tengo gana,...」阿僧祇花はひょいと
「美貌……は食わねど……団子を?……ミルクチョコレートもか」
「ああ、今度はギアナじゃなくてガーナなんね」
「...por no parecer o melindroso o mal criado, que a un brindis de un amigo, ¿qué corazón ha de haber tan de marfil... no,」失礼、演者の集中を乱してしまったようだ。[訳註:著者が御子神の発言に対して余計な解説を挿んだ為、花が《
「はぁぁ、よかった~」ミコーナが安堵の吐息とともに両肩を下ろす。仮に彼女の
「テンゴ、ガーナ……でんがな?」
「ベーボ」見えぬ酒坏を口元へと近付けた手を、下顎を上げると同時に傾け――「クワンド・テンゴ・ガーナ」
「……おいらは、飲みますぜ……飲みたい時に」
「――イ・クワンド・ノ・ラ・テンゴ、」次に首を左右に振る。
「たとえ飲みたくなかろうが――って、ちょ?」
「おら、」ミコミコーナが末妹の柔らかい臀部を軽く蹴り上げた。「主従の
「……ああ、俺もこれに乗れって?」
「――イ・クワンド・メ・ロ・ダン」見えぬ酒坏を持った両手を差し出し、そのまま受け取る側に転ずる――今や
「……《俺の酒が飲めねえのかああん?》って言われちゃ」円環状の舞台に上った従士は彫像を挟んで騎士とは丁度正反対の縁の上を、方位磁石の赤い針に対する青い針よろしく同じ速度で前進した。「――空気を拝読して素直に乾杯つかまつりまっする」
「¡Ay, caramba!...algo más, ¡¡carambola!![訳註:卑語の婉曲表現に由来する
[訳者補遺:花が引用した«bebo...»に始まるサンチョ・パンサの台詞を小説『ドン・キホーテ後篇』第三十三章から逐語訳すると、「おいらは飲みますぜそうしたい時に、そうしたくない時だって、盃を差し出された時にゃね、そうすりゃ堅苦しいとも
「お褒めに預かりサンチョめもますます素振りに精が出るってなもんで」従士は棕櫚箒を天高く構えると、
「たかが悪臭騒ぎなんぞで駆り出される戦隊ヒーローも切なみ深えな」噴水音の邪魔をそれほど被らずに聴解することが叶ったミコミコーナは、子供たちの憧れたる架空の英雄たちが
「使用済みピックでも加工済みピッグでも返礼品ってことならありがたく頂戴しますし、やれ栗はイヤだ[訳註:西criada?]の柿はヤダだの、秋刀魚や松茸なら遠慮なく貰うだのってバチ当たりな要求はしませんよ。スペインの高級ハムさんだって生前は贅沢のひとつも言わずに出されたもんを黙って貪り食っとったと聞きます」
「イベリコ豚が食ってっるんはドングリだと思うがな」充分に
「中でも
「ツァ……チャリーちゃん?」もうカエサリーナでもシャルロッティーヌでも構わぬ!
「――チャリーチャでもあられるカルラマーニャ陛下を厩に押し込め馬草を食わせておきながら斯様な申し出は心苦しくもあるのだが、」
「は――」――グルルルルル。[訳註:西gruñir《動物等が唸る》]
「はっ、腹で返事すな!」テンゴギアナ王女が天使たちの排水にも勝る勢いで噴き出した。
「……いや、あの」余りに調子の合った相槌に自分でも半笑いとなる千代さん。「ドングリコがお池にハマるだけならまだしも、希望の泉のドニャ・グリコさんまでハメられてまうのには抵抗がある」
「何だっけ?……《胃の中のカワズは恥知らず》だっけ?」[訳註:第十一章参照]
「たい……大概はな」
「へ~そうなんだふーんキュアベリーリスペクトですが何か?」
「じゃあキュアバストもリスペクトしてポロリもあれば?」
「おやめなさいな御両人」
「えっとそれは……エベレストに登るまでは腹の中の猫の生死が分からねえとかそういうヤツでした?」
「腹じゃなくて箱じゃねえのか……して何でエベレスト……気圧差?」高地では空気が薄くなる故に、胃の中に閉じ込められた猫が(胃酸で溶かされる前に)酸欠で死ぬかも知れないと?……いや、銭湯の玄関前で内部の様子を窺っていた際、花が手短に講釈したエヴェレットの
「ロクに勉強もせんで、オウムさんが鳴きますよ?」
「そんなおふくろさんが泣くよみたく云われても」
「シュレディンガーってのは名前からしてドイツ人でしょ」ナチ党に占領されていた期間を除けば――《神童》と同じく!――
「ヒマラヤの方がもっと大変だろうに」そもそもヒラリーとテンジン・ノルゲイが初登頂を果たしたのも二次大戦後のことである。[訳註:一九五三年五月。猫を使った思考実験を含む論文が発表されたのはポルスカ侵攻以前の三七年だ]「山登りしてる暇なんざないわ」
「いやでも日本よりは近いし……」
「ドイツ人ならブロッケン山で我慢してろや」
「ブロッケンって山のことだったんかい……そもそもエベレストって何語よエベーレスティング[訳註:
「名前はあるだろっつかサンチョお前リア小の時にMXで視てたくせに知らないのは無いだろ?」[訳註:第三十八章終盤に言及がある]
「何の話よブロッケン?――は弟が……『キン肉マン』?、視てませんよ私は」
「チョモランマって何語?」これは《
「あっ、チョモランマは聞いたことある。あれエベレストのことだったんかい」
「ティベットの言葉でしょう。ネパールでは《
「下がるのか!……《小股が切れ上がったいい女》ってのは江戸っ子の好みだそうだけどそうか、下がっちゃってるのか……」《マタ》とは
「高低差ハンパないな」麓まで転げ落ちるのに果たして何時間を要するだろうか?「サケマンというか
「《
「ひっで、息子さん逃げてー!」それでは《
「夜這いをするにゃ気が早過ぎましょうし」騎士は得物の柄を伸ばしては縮めてを二三度繰り返してから以下に続けた。「――このまま猿芝居を続けても蟹の横這いというもの。我が
「えっとちょっと待って……こっちまっすぐで大須本通」携帯端末に目を落としながら先ずは正面を、それから左側を指差して、「――こっち行くとマンマツデラ……
「マツの付く通りはデラやめときましょう。でら縁起が悪い、ずら」
「どっちに飯屋が多いか分からんけど。まァ駅はどっちからでも近いだろうから」
一行は直進を選んだ。公園の敷地外に出る刹那もう一度噴水の周辺を見回してみたものの当然そこにボルランドと両淑女の姿など見当たらぬ……羽の生えた
大須本通までは牛の歩みで進んでも物の一分と掛からないようだった。
「ベーボくんがドリンクならイートは何ちゃんでしたっけ?」従士は穂先を担いでいるのとは逆の肩越しに主人を顧みて訊ねた。
「《
「コーモ、コーモ・ロコモーコ」それは
「Viva, tienes las de ganar.」
「ぞうはババール……コメ兵あったじゃん」御子神嬢は昨朝千代と再会した直後――そしてエル・トボソと馬のババール嬢と出会う直前――に口にしていた[訳註:第二十四章の名古屋駅構内横断中の場面を参照されたい]、
「ケーキならおとなしくチーズケーキ頼むわ!」
「知らんけど、朝飯はある程度セーブしとけよ。今から米俵一俵分食うとか無しな」
「た~わら~のね~ずみ~じゃあ~るま~いし!」これは
「いやヒョーてフライングバルセロナアタックかよ、バルで酔っ払ってんのか俵の鼠」読者の中にはこの
「どっちでもいいっすよ。ネズ公どもの世話なら今は私よかドニャ様が当番ですからな」
「ハニャ様はワンピだったけどお前さん、――」御子神嬢が従士の背後に片手を回し、襯衣越しに
「ちょって!」一瞬だけ胸部を圧迫されて喉を詰まらせる千代さん。殿の騎士が後ろに蹌踉けかけた従者を支えてやる。「――あ、ありがろんごぜえま……ちょまッ!」
「ガリア理論?」
「――ビキニだったしょや」
「マリアちゃん? どこのマリアちゃん? マリア充として名高い?」
「ほら処女懐胎」自分の凹んだ臍の前に大きな半球を描くミコミコーナ。「マグロの解体なら好きだろうけど」
「グロいつか、見たことねえわ生では」サンチョは
「室内プールもあっかもだし、塩味優先なら海水浴場検索するって案もある」
「ないない、こんな天日干しされたらシオシオんなる」それとなく
「水練にゃ些かの心得はあるつもりだがね」
「睡蓮……レン姫さまのお心を得てるからって?」
「水泳の練習のスイレンだろ」
「えっと浜辺に駆け付ける救急車が鳴らすのはサイレンでしたっけ?」
「
「そりゃ朗報ですけど、夜明けを待たれちゃ人間に戻る前にバスが出ちゃいますぜ」
「おぬし、ビキニが気に食わぬというならば」次女が歩速を上げて、先を歩くふたりの間に割って入る。「――食われる前に食うてしまうという手もあるぞ」
「食われる前に何を食うんですかね」御子神が花の接近と接触を歓迎して動こうとしないものだから、千代さんは少し脇に避けて花の分け入る隙間を作った。「ニキビは御免ですけどお気にのビキニなら気に食わなくもない……ですがキビダンゴみたく丸めて食えるもんでもないでしょうに」
「食える下着って何かなかったっけ?」
「それはただのパン……いや、ランジェリーだからジェリービーンズで出来てるとかのオチじゃないのか?」
「いやもっと普通の、メン製というか」
「パスタ的な意味で?」
「いやコットンの方の」それは
「箪笥の虫食いを見れば食えないこともないんでしょうがね」それは虫(
「さあ……災害用とか?」
「食いもん無くなったらはいてるパンツ脱いで食うの?……自分のでも使用済みはイヤだなあ洗濯だってしてる余裕ないだろうし。そもそも消化できないんじゃ栄養にもならんわけだし」まだ食用の野草を探して齧った方が生産的かも知れぬ。「あっでも空腹を紛らわす的な効果があるか」
「«Veni, vidi, vici...»」上と下の姉妹の会話の妨げとならぬよう今度は一歩前を歩き二人を先導する形となっていた騎士が、前方を向いたままふと呟いた。
「あっ、ウィキで調べてみ……《食えるビキニ》」
「――否、«veni, vidi, vendi...»とも謂うくらいじゃからの」花は古典式発音に倣って«v»を/u/、«c»を/k/と読んでいた。「
そう嘯くとラ・サンチャの蜂の騎士は空きっ腹の従者にも況して精力的に、太平洋上の
アフリカの王女が凛として延びた背筋のドニャ・キホーテから目を離さぬまま、傍らを歩く
「本当に出てきたらお前が先に食えよ」
「何? 何の話です?」眉を顰める千代さん。「ビキニなんか出すカフェがありますかよ……最悪海の家なら水着で接客する姉ちゃんとかも居るかもですけど」
「メイ喫でもビキニデーとかあるかもよ?」
「あってもオプションだろ……いや朝からお帰りなさいませお嬢様で出迎えられたかないわ」こっそり玄関から忍び込むところをうっかり
「中身なら相手によっちゃイケる気すっけどな」成る程、
「いや実験動物じゃねえか!」
「騎士さま?」王女は声量を上げて先を飛ぶ蜂を呼んだ。「モルモットもネズミでございますわねえ……何ネズミ? モルモンってのは地名なんだっけ?」[訳註:末日聖徒イエス・キリスト教会に於いては預言者の名前]
「は――て、」ドニャ・キホーテは忙しなく辺りを見回しながら無い顎鬚を扱いた。「……テンジクネズミかと」
「西遊記じゃねえか」
「西遊記だと猿がメガネでサンチョは……豚だっけ?[訳註:第二十六章の牙城一階玄関口の遣り取りを参照のこと。御子神嬢は河童]」天竺……
「¡¡Pufff!!」虚を突かれた騎士が噴き出してから酷く咳込みその場に蹲ったものだから、後ろのふたりが俄に狼狽して駆け寄り、彼女の一転して丸まった背中を擦ってやる。
「「どしたどした……」」
[訳者補遺:ここで煩雑な本章の章題に関して見立てを追記しておきたい。先ずalteraciones discrecionales《自由裁量の変更》とは当然、折角早朝から足を運んだ在矢場町の公演会場では件の通行証を返却せずに持ち帰ったことを指していよう。問題は続く«las tres tercias canónigas»だ。分解すると《
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