忌み人形アリス —縁切りの呪法 弐—

碧絃(aoi)

第1話 呪物のサイト

『会議で遅くなるから飯はいらない』


 夫から届いたメッセージを、確認するのも面倒に感じてしまう。


「会議の多い会社ね。月曜日と水曜日も会議って言っていたから、今週は3回目か。すぐに嘘だってバレるのに、分からないのかな……」


 今年で38歳になった夫は、昇進して課長になった。その頃から、急に『会議だ』と言って遅い時間に帰るようになったのだ。最初は信じていたが、段々と回数が増えて行ったことで、何かがおかしいと気が付いた。


「この時間なら、もう退社しているはず。今日はどこへ行ってるんだろう」


 追跡アプリを開くと、ホテル街を歩いているのが分かった。


「やっぱりね。今日もパパ活かな。まるで繁殖期の猿……あぁ、それは猿に失礼か」


 夫はAホテルに入って行ったようだ。友達に勧められて探偵事務所に調査を依頼しているので、証拠写真を撮ってくれているだろう。


 ——でもなぁ……。


 パパ活は、相手から慰謝料を払ってもらえないケースが多いと聞いた。パパ活をする男は、自分が既婚者だなんて相手に伝ることはない。慰謝料を支払ってもらうには、パパ活をしている男が既婚者だと、相手が知っている必要があるのだ。しかもその時だけの相手で、証拠が掴みづらい。


「お父さんは、今日も帰ってこないの?」


 7歳の息子、悠太が腰に抱きついてきた。


「うん、そうみたい。……寂しい?」


 訊くと息子は、キョトンとした顔で首を横に振る。


「別に? お父さんはいつもいないし、ご飯を作ってくれるのも、宿題を教えてくれるのも、遊んでくれるのもママだもん。僕はママがいてくれるだけでいいよ」


「そっかぁ……」


 ——本当に可愛い子。


 頭を撫でると息子は、へへっ、と笑って抱きついている腕に力を入れた。


 小学生になると反抗期を迎える子も多いと聞くけれど、息子は毎日、その日にあったことを話してくれるし、とても素直で、こうして甘えてくれたりもする。あの男の子供だとは思えないほど、可愛い。


 だからこそ、子供と遊ぼうともせずに、パパ活をやっている夫が許せない——。




 息子を寝かしつけた後、ユリコはパソコンを開いた。


「諒子さんから教えてもらったサイトは……あぁ、これね」


 同僚の諒子は1ヶ月ほど前に、夫を亡くしている。ただ、その夫の死に方を、ユリコは不自然だと感じた。


 最初は、トラックに積まれていたパネルが落ちて、脚を骨折したと聞いた。それからしばらくして、今度は割れた窓ガラスで手首が切断され、治りかけていた脚も折れてしまったと聞いた。諒子の夫は長い間入院することになり、やっと退院したと思ったら、ビルから鉄板が落ちてきて亡くなってしまったのだ。


『ついていない』の一言で済ませられないほど、悲惨だ。


 そこで、亡くなった『本当の原因』は何だったのかと諒子に聞いてみると、あるサイトを教えてくれた。


「嫌いな人と縁を切ることができる、呪物のサイトかぁ。同僚から聞いたサイトじゃなかったら、絶対に開かないな」


 どう見ても怪しい。詐欺サイトにしか見えない。


「あ、本当だ。諒子さんが着けているアクセサリーがある」


 彼女が使ったのは、大昔に存在した、弥咲姫という女性にまつわる呪物で、黒い石がついたアクセサリーを身につけて、まじないの言葉を唱えていると、縁を切ることができるらしい。


 諒子は夫を呪物で呪い殺すことで、縁を切ったのだ。


「他の人たちも、縁が切れたって喜んでいるみたい。でもなぁ、死なれると困るんだよね。諒子さんの息子はもう成人しているからいいけど、うちの子はまだ小さいし、貯金と保険金だけじゃ生活できないもん。他に、何かないかな……」


 サイト内の商品を一つずつ見ていく。


 持ち主が8人死んだ仮面、吸血鬼の頭蓋骨、31人を惨殺したナイフ、猿の皮で作られた帽子、処刑台に使われていた板。


「えぇえ……。家の中に置くのは嫌だなぁ……」


 画面をスクロールしていくと、悍ましい商品の中に、のほほんとした顔をした、女の子のぬいぐるみを見つけた。茶色の髪は二つに分けて、三つ編みにしてある。赤いチェックのワンピースと同じ布で作られたカチューシャが可愛い。


「名前も可愛い。アリスのカントリードールだって。これは、怖くなさそう」


『アリスのカントリードール』をクリックすると、写真が表示され、その下には説明文がある。


『悪魔の子だと言われた少女が、大切にしていた人形。アリスという少女は、翌日の天気を言い当てたり、家族が無くしたものを、探してもいないのに見つけ出したりする不思議な子だった。その噂は町中に広がり『予言の子』として有名になる。しかし、立て続けに人が死ぬ予言が当たってしまったことで『悪魔の子』と呼ばれるようになった。アリスが予言したせいで、人が死んだと噂されるようになったのだ』


「酷いなぁ……。アリスちゃんは予言しろって言われたから、予言しただけなのに……」


 自分にも子供がいるので、子供を傷つける人間には腹が立つ。


 説明文はまだ続いている。


『アリスの一家は迫害され、母と祖父母は首を吊って自殺。父は行方不明に。アリスは心を病み、町の広場で「みんな死ね!」と何度も叫んだそうだ。そして、アリスの力を恐れた男に銃殺された。この時、アリスはカントリードールを抱きしめて死んでいたと言われている』


「なにこれ、酷すぎる……! アリスちゃんが死んだ後に、町で疫病が流行って、たくさん人が死んだって書いてあるけど、全然可哀想だと思えない。可哀想なのはアリスちゃんだよ!」


 町の人々に振り回されて、悲しい最後を迎えたアリスの姿を想像すると、胸の奥が締め付けられるように痛む。のほほんとした顔だと思っていたカントリードールが、悲しげな表情をしているように見えた。


「アリスちゃん……うちに来る? 私が一緒にいてあげる」


 ユリコは『購入』をクリックした。

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