ジト目口悪ぶかぶかビキニアーマープリンセス戦士賢者に白衣とメガネが追加されてから
偽もの
第1話 くっころ
ダンジョンの中腹にある、入り組んだ複数の洞穴の中。
そこはオーク種族の拠点になっていて、奥にある鉄格子がハメられた幾つかの部屋はオークが獲物を監禁する牢屋であり、
その中に閉じ込められているビキニアーマーの美女が私だった。
「くっころせ!」
複数のオークが邪悪な表情を浮かべて私を見ている。いや暗いしオークの表情っていまいちどういう感情かよく分からないが、多分エロい目で見てる。
恐らく私のエメラルドグリーンのふわふわ癖っ毛ロングヘアがちょっと緑っぽい肌のオークどもにめっちゃ好評なんじゃないだろうか。自慢だが我が瞳はルビーのような赤目で色合いも映える。スリムな健康ボディはさぞかし劣情を煽るだろう。
貞操の危機である。
『コレ、どうやって食うんダ?骨シカナイ』
「は?」
やばい。貞操の危機じゃ無いかも知れない。
どういうことだろう。オークって捕まってもビキニアーマーの美女だったらえっちな事されるだけの筈では。いや全然されたくは無いんだけど、殺せとはいいつつ本当に殺されたら死んじゃうが。
まさか暗くて私が美女なのが見えていないのか?
『両面真っ平らでオスかメスかも分カランゾ』
「うわあああ!?はい侮辱罪!はい有罪!!ふざけるなよオークども!!!法定で会おう!!!!牢屋にぶちこんでやる!!!」
『なんか牢屋デ喚いてる』
「だれかああああ!だれか来て!最悪助けなくていいからこいつらを今すぐぶっ殺して!!!!」
どうやらオークには美的センスも知的な会話をする知性も無いらしい。許すわけにはいかない。存在を消すしか無い。
どちらかと言えば大ピンチではあるが、今の私に必要なのは助けではなくこいつらを殴る権利だ。
「くっ…ころす!!」
「ちがああああああう!!!」
「!?!?」
私の怒りが頂点に達したと同時に、突然知らない男の人の声が鳴り響いた。
『グワァアアア!!』
突然吹っ飛ぶオークの声。
た、助けが来た!?ラッキーすぎる!オークをぶっ飛ばしてくれるのも望み通りで完璧な展開ではあるが、正直な気持ちを言うとやっぱり一旦助けて欲しい気がしてきた。
「た、たすけてえええ!」
「黙れ!!!」
「だまれ!?!?!?!」
やっぱり助けじゃないかも。今日はどうなってるんだ。魔物も人間も美女に厳しすぎる。
暴れまわる男の人の怒声が更に続く。若干赤みのある黒髪の長身男。ゴツいって程でもなく、一見ふつうっぽい奴がふつうじゃないと怖いよねって感じだ。こわ。
「何もかも!何もかもが違う!いや惜しかったのに全然違う!!!バカ野郎どもが!!」
『ち、違ウッテ何が?』
「違うって何が?」
突然の暴虐に怯えるオークと困惑している私の声がハモる。
男の人から放たれる尋常じゃない魔力と明らかに話が通じ無さそうな不審者オーラによって、本来わりと好戦的なオーク達が下手に反撃せず腫れ物に触るような態度で男の人と私をチラチラ見ながら後ずさりしている。
こいつら私を差し出して厄介者を追い払う感じになっていないか。なんだその別にそんなに要らないみたいな態度は。ふざけるなよ。
「くっころまで!!!くっころまで来たのに!!バカどもが!!!メスを犯さず何がオークだよ!!」
『おい失礼ダロ!差別だ!!いや侮蔑!!!侮辱罪ダゾ!!』
「女は女でひょろひょろじゃん!!半端に夢を見させやがって、なんでくっころビキニアーマー女戦士がムチムチじゃないんだよ!!支えるもの無かったらそのブカブカの胸のカップいらねーだろ!紐でも巻いてろよ!!」
「おま……っ、おまえええええ!!?ライン越えたな!!えっ嘘でしょ!?そんなにライン越えられるんだこの現代で!!もうお前を裁くのは法じゃないぞ!!私がお前を殺す!!!」
カス男とカスオーク共が失礼なやつら同士で殴り合いをはじめ、檻をガチャガチャしながら絶叫する私。
冷静で知的な私がこんなに感情が動く事態に巻き込まれたのは始めてだ。こんなにも許せないものが世界にあるなんて知らなかった。冒険に出て良かった。平和って幻想なんだってよく分かった。大体気に食わなかったんだよね、平らで和むわって文字列がよ。
ガチャッ
「あれ?今鍵が」
「静かに。黙って逃げて下さい」
いつの間にか牢屋が開けられて、側にフードで身を隠した女性が居た。恐らく気配を消して姿が見えにくくなる魔法のローブとかそういうやつだと思う。
「はっそうか分かってしまった、わざと騒ぎを起こしてドサクサで逃がしてくれるわけか。何だそういう事だったのかありがとう本当に感謝するけどアイツは殺す」
「あの人を悪く言うなら私今ここで死ぬわ」
謎の女性が唐突にナイフを自分の胸に向ける。
「こっわ!?なんで!?メンヘラ!?」
「そうだよね、私の言うことなんて誰も聞くわけないんだ。居なくたっていいんだ私って。ううん、違うね、居ないほうが良かったんだ私なんか。」
「メンヘラだ!!!待って!逃げる!逃げます!あのカス男もぜーんぜん悪くない!いやー感謝しか無いわ!」
必至に説得を試みるが明らかに話を聞いていない。自分の世界に入ってる。どいつもこいつもどうなってるんだ。
「逃げるから一旦刃物やめよ!?良くないと思うなーそういうの。そういうの癖になっちゃうんだから。あれだよ、日光に当たって散歩とかしないと……」
なんとか女の人から狂気と凶器を取り上げようとして、その刃物の飾り……いや、聖剣の紋章に気づいた私は、今までの熱を帯びた感情が嘘のように消え失せる。
まさかこんなにあっけなく見つかるとは。
それは私の冒険の目的の一つであり、この聖なる短剣を持つ女性が居たらそれは私の重大な探し人の一人。
「聖女様?」
「……………………」
突然フリーズするメンヘラ。フードの奥に微かに見えた金髪。失われた聖剣の一つ、聖乙女の短剣。行方をくらました聖女。間違いない。
私は昔一度直接お会いしているのだ。勇者を召喚する前の聖女様に。なんせ私は美人で賢いだけではなくわりと立場も偉いパーフェクトレディであり、結構交友関係とかも凄い。
だからこそ実際に色々見て知っている私が自分で探す羽目になってるわけだが。見たこと無い知らない人を探すのって難しいもんね。
「聖女様、ほら、前に王都の聖堂でお会いしましたよね。探しておりました、私」
「……あれ?待って!ちょっとこれを見て下さい!」
「えっ!?何!?」
聖女様が慌てて突然腰の袋からメダルを取り出して、指で上に弾く。
くるくると飛ぶメダル。上を向く私。
「マジカル催眠術!!!!」
「スヤーーーっ!!?」
突然凄まじい眠気に襲われて倒れる私。
「大丈夫ですか!?いけない、医者か宿屋に運ばなきゃー!」
いや絶対今あなたに魔法で眠らされたけど。
遠のく意識。私を抱えて凄い勢いで洞窟から離脱しはじめる聖女様。まだ遠くで殴り合ってるカス男とオーク達。謎の爆発音。
ひ、ひどい。
私の……初冒険…………
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……あたたかいふとん。あたたかい光。鳥の声。やわらかな朝の気配……。
「はっ夢!?」
目が覚めるとそこは宿屋のベッドだった。
確か初冒険にして大活躍の果てにいきなり目的の一つである聖女様と聖剣を見つけた気がしたが、夢だったようだ。
まぁさすがに現実のわけが無い。あそこまで良識もコンプラ意識も無いカス男とオークが今の時代に実在してよいわけ無いもんね。
階下に降りて食堂に向かう。長時間捕まっていて何も食べずに眠らされたような空腹感があり、寝起きながらとんでもなくお腹が空いているのだ。
「おはようございます!朝食もらっていいですか!」
「おはようございます痴女様。お代は貰ってるのでどれでも好きにとって食っていいすよ」
「今痴女様って言った?」
「おはようございますお客様。お代は貰ってるのでどれでも好きにとって食っていいすよ」
なんだ聞き間違えか。まさかビキニアーマーくらいで痴女呼ばわりされるわけないもんね。
「カップがブカブカで見えちゃうんで服着てもらっていいすかね痴女様」
「おい侮辱か!?むしろ見えたら喜べよ!」
別の配膳中らしき店員さんにも普通に痴女扱いされる。
「やめてください!変なもの見ちゃってセクハラとか痴漢で捕まったらこっちが困るんすよ!」
「変なもの!!?」
「逆にセクハラっすよ!!」
宿の従業員達にことごとく批判され、しぶしぶローブを巻いてきてから朝食を済ませ一旦部屋に戻る。記憶に無いが十日分くらい借りていたらしい。
「さて……」
ベッドに腰掛け、起きたときには無かった手紙と謎の袋に手を伸ばす。
『─昼飯時、冒険者ギルドの秘匿会議所で待つ─ あと口止め料と慰謝料ねそれ』
持つとまぁまぁ重くてジャラジャラと鳴る袋。中は宝石や金貨。魔法石もいくつか。見た感じ恐らくあのダンジョンのものだ。
「宝石は傷ついたり割れたりすると大変だからこういう扱いするなってなんどもアピールしてるわけだが、一向に採用される気配が無い。」
ぱぱっと鑑定してざっくり値段を確認する。まぁまぁまぁ。知的で鑑定とか出来ちゃうすごい私は騙されないが、どうやら騙す気は無いようだ。
裕福さも併せ持つ知的完璧無敵美女なので残念ながら別にお金には困っていないのだが、なんやかんやで結局一番の誠意は金額である。その金額で出来ることと選択肢の全てが誠意なのだから、その金で買える単品や行為は下位互換。
なるほど。なるほどね。
「いや途中から薄々気づいてたんだよね。夢じゃないかもって。」
巧妙な罠にあやうく騙される所だった。
夢じゃないとわかれば殺ることは一つだ。
==============
昼食時の冒険者ギルドは飲食店みたいというか飲食店そのもので、なんなら珍しい食材も食べられる有名レストランみたいになって外まで机が並べられ大繁盛していた。
オマケがメインより儲かるやつになりそうだなこれ。
「まぁでもそうだよね。狩猟や採取もある冒険者の組合所で冒険を金にするって言ったらこれもありか。肝心の冒険者の待合室が足らなくなってる気もするけど」
ギルドの受付のおっさんに手紙を見せて会議所とやらに案内してもらう。高級防音魔法の部屋でフリータイム料金は貰っているがドリンクを頼まなければならないらしい。
「商才ありすぎて逆におかしくなってないかこのギルド」
扉の開閉に魔法陣が組み込まれた防音扉を開き、奥に男が一人だけ座っている広い部屋に招かれる。
「この中で揉め事やエロい事すると即座に中の映像が表に晒されて系列ギルドに共有されるのでお気をつけ下さい」
「晒す方向なんだ怖い」
「清掃の問題もあるのでエロい事したかったらそういう休憩所をご利用下さい」
「エロい事はしないけど一回だけ晒さず内緒で中の男を攻撃する許可が欲しい。この賄賂で。」
「わかりました」
「反撃されたらむしろ一方的に私が攻撃された感じで晒して男を社会的に殺して欲しい。この賄賂で。」
「わかりました」
よし、完璧だ
「本人の目の前で邪悪な計画を話すな」
「生きて出られると思うなよカス男」
「こちらご予約の緑髪ひょろひょろジト目痴女様をお連れしました。フリータイムですので時間までご自由に」
「まさかそれ私のことじゃないよね」
扉が閉められる。名乗りも不要で案内されるから関心していたが、仮に、もしも、私の見た目と予約名が一致してると判断して迷わずここに案内したのなら、予約したやつも案内したやつも別途法廷に引きずり出さなければならないかも知れない。
まぁ後にしよう。一つずつ解決していこう。いちいちカードゲームの呪文みたいに行動に割り込まれてたらアタックまでが遠くなりすぎる。一旦除外しておいて後で順番にまた殺そう。
「では改めて。先日はお世話になりましたねカス男さん。実は私は冷静で知的なので救助された恩は恩で認識しています。ありがとうございました。お礼に遺言は聞きます」
「まぁまぁまぁ。いや、まずは俺の失言を詫びよう。ごめんなさい。一旦弁解の余地が欲しい」
ほう?
素直に謝るなら減刑もやぶさかではない。絶対謝らない感じのカスだと思っていたが意外だ。
むしろ迷わず土下座の体制を取るあたり只者ではない。謝罪っていうのは武器であり防具。メリットしかない便利道具。それが分かっている者の動きだ。
「誤解があった。あくまで俺がムチムチのビキニアーマー美女のくっころを夢みていただけなんだ。」
「今のところ何も誤解は無いけど続きをどうぞ」
「つまり巨乳と貧乳に優劣をつけたわけじゃないんだ。あくまでビキニアーマーにはムチムチであって欲しかっただけで、中心はビキニアーマーなんだ。」
「今のところ何も誤解は無いけど続きをどうぞ」
「だからあんたにはブカブカの白衣を着てメガネをかけて欲しい」
「何を言っている?」
「ひょろひょろジト目のメガネ博士だ」
「何を言っている?」
謝罪と弁解という話だった記憶があるのだが、聞いている限りでは罪状が増えつつある。
「俺はあくまで、くっころビキニアーマーならムチムチ美女が見たかったんだ。だがひょろひょろジト目のメガネ博士もエロくて好きだ。」
「お前の好みとか本当に全く聞いてないんだが」
「素材を活かすべきなんだ!ぺたんこジト目はビキニアーマーじゃないんだよ!!」
なるほど。なるほど。分かったぞ。さてはこいつバカだな。
つまりテーブルに置かれている袋には白衣とメガネが入っているわけだ。
となれば私が殺る事は一つ。
「石つぶて!!!」
「ギャアアアア!!!」
本当は爆発する魔法石にしたかったが、余計な損害を出すわけにもいかないので、痛撃の魔法石を買い漁ってきて投げつけた。
痛撃っていうのはつまりやたら痛いってことだ。
「いっっった!!なにこれ痛ぁあああああ!!!」
「よし、気が済んだので本題に入ろう」
「怖!痛がってる人間にそんな無反応になれるか!?本当にめちゃくちゃ痛いぞこれ!」
「報復ってさ、ここまでやったら気が済むってラインを決めるのが大事だと思うんだよね。それですっぱり終わる。復讐はダメとか法に任すとかじゃないんだよやっぱり。」
ゴソゴソと袋に入っていた白衣をビキニアーマーの上に羽織り、メガネを着用する。
「な、んだと…!?」
「救出のお礼に一つ言うことを聞くつもりだったが、勝手に変な要求してたからそれもこれで終わりね」
実はカスながら命の恩人の可能性も無くはないので、本当はもうちょい真面目なお礼も必要なのだけれど、言動から察するに要求を聞こうとすると貞操が危うい。
ムチムチのビキニアーマー美女がオークにくっころされてるところが見たかったわけでしょ。そんなやつに何でもするなんて言おうものなら触手の洞窟に放り込まれかねない。
「待ってくれ!触手は!触手はオプションに入らないか!?」
「しね」
危なかった。こいつほんまに。
「で、本題なんだけど。聖女様はどこ?」
「あー。うーーーん。」
言い淀む感じか。まぁ行方をくらましたわけだから何らかの訳ありなのは当たり前だ。
「私は国の存亡をかけた重大な任務により聖剣と聖女を探しています。聖女様はどこですか。」
「うーーーーーーん…」
なるほど。完全拒否じゃなく悩む感じ。
本当に事情があるが、絶対に交渉の余地が無いほどでも無いと。
「次向かうダンジョンにはエロい触手が出るという噂がある」
「聖女はそこだ。気配を消す魔法で隠れてる」
べしっという音がした。多分頭をはたかれたらしい。
「聖女様、せめてそのまま話だけ聞いて下さい。南に大規模な襲撃の可能性があります」
返事は無い。無いが、黒髪の男は腕を組み目をつぶっている。二人共話を聞いているというポーズだと思われる。
「モンスターの軍勢だけではなく、邪竜が現れると推測されています」
「!」
カタンという音。男は微動だにしていないので、聖女様が反応したのだろう。やはり交渉の余地が全く無いほどの拒絶じゃないのだ。それならそれに賭けるしか無い。
「推測ってのは?」
「南は学問の国で、気象とかなんかそういうやつで傾向とかが分かるんだよね」
「お、う。そっかぁ」
「なんだその目は。私はその学問の国の知性の具現化だぞ。アホを見る目をやめろ。」
「そっかぁ…」
ナチュラルに失礼なやつすぎる。一度報復しても時間経過と共に次の罪が増えてくからキリが無いぞ。
「というわけで、残りの聖剣は私が必ず集めます。事情があって隠したのはわかりますが、事情があるので集めます」
「……」
無言。
「だからお願いします聖女様」
「……」
無言。
「再び勇者を召喚して下さい」
「あのね」
「はい」
「次同じこと言ったら私死ぬね」
「なんで!?」
全然ダメだった。交渉失敗した上に再交渉を禁じてきた。
身隠しのローブらしきものを取り去って聖女様が現れる。まっずい。また聖剣を胸に当ててる。もう基本ポーズみたいになってて怖い。
「聖女様、せめて駄目な理由だけでも教えて下さい!どうしてそんなメンヘラみたいになっちゃったんですか!?」
「理由を知られても死ぬね」
「終わったーーー!詰んでる!!」
あかん。これ本当にまずい。事情次第ではなんとかなると思っていたけど、勇者の召喚自体に問題があって聖剣隠して聖女が行方をくらましたならそう簡単には再召喚してくれないだろう。
一度は勇者が現れ、邪竜を倒し、国を一つ救ったのだ。もう一回くらいいいじゃんと思っていたが、やっぱり何かが駄目でこうなったんだなぁ。
「国が懸かっているので簡単にそうですかと諦めるわけにはいかないんですけど、事情も聞けないとなると……」
「……その事情なら代案はあります」
男が何か言おうとするのを遮って、聖女様が前に出る。うーん。この人を悪く言うと死ぬって言ってたし、明らかに守ろうとしているし、この男をなんとかすればまだチャンスは残ってそうなんだよね。まだ情報が足りないので今ではないが、場合によっては。
「条件を満たせば王都と教会から兵を出します」
「うえ!?」
「一つ。モンスター群の規模と邪竜の証拠を説得力ある数字で教会に提出する事」
「あっ、ちょ、ちょっとまってください!メモします」
思わぬ展開になった。まさかそれほどの事情だとは。王都も教会も勇者と聖女に負い目があるのか?
実際に邪竜を倒したのだから勇者が一番信頼出来る対抗策だが、何らかの負い目が発生する手段でもあるとすると、派兵という具体的かつ王都の威信的にも負けられない加勢は悪くない気がする。
仮に駄目だった場合でも、避難への協力が約束されているようなものだ。
なんてこった。私は常に正解しか引けないのか。天才すぎる。
「二つ。今後南の国は勇者召喚を求めないと署名する」
「お…」
「三つ。今後南の国は自国を自分で守れるまで国防費を増強し王都から兵の指導を受けると署名する」
「おお…」
業務モードの聖女様ってこんな感じなんだ。っていうかそういう業務するんだ聖女って。
「最後に。これは条件ではありませんが、私達にあなたが見つけたアーティファクトを今後共有して欲しい。まさかダンジョンで聖女や聖剣を探していた訳ではないはず。」
「なるほど…。」
私がダンジョンで探していたのは聖女様や聖剣だけど、どうやら普通はダンジョンでは会わないし、聖女様はダンジョンでアーティファクトを探していたらしい。
あえて言わないが、これが私が天才たる所以である。聖女様からしたら普通ダンジョンに居ないだろって感じなんだろうけど、結果的には私は実際にダンジョンで聖女様を見つけて、次は勇者が召喚出来なかった場合の代案まで手に入れた。
あまりにも賢すぎる。過程は謎でも答えが分かっちゃうんだよね、効率的な選択の答えってのがさ。
「あのー…俺からも一応聞かせてもらっていいか?」
「いいよ」
「その署名とかって出来るもんなのか?」
「できるよ」
そうか。そういえばそうだった。短髪男に聞かれるまで完全に忘れていた。まぁ聖女様と私は面識があるからだけど、こいつと私はお互い素性も名前もなんも知らないままだった。
「あまりにも酷い出会いだったので失念してた。カスでも一応恩人かも知れないのに名乗ってなかったわけね。」
「…まずい、ちょっと待て、じゃあ名乗ったら分かるレベルって事か?」
「私は南の第十七王女タリア。聖女と聖剣を見つけ出し、勇者を召喚して国の危機を救うことで、民の評価を得て国王になる予定の知的天才プリンセス戦士だ。」
「うわーーー!!知的と天才が並んでるだけでもうバカっぽい!!!プリンセス戦士…プリンセス戦士!?!?!?」
「王女と名乗っても怯まず不敬とはやるじゃないか死ね!!!」
痛撃の魔法石を投げつけるが、空になった袋でガードされる。
「てか国を救うためとか言って普通に私欲漏れてるじゃないか!!お前が王は無理だよ!!!」
「こ、こいつ!!!!!」
「それ以上は私の命が無いわよ!」
「うっ!?」
魔法石を直接口にねじ込もうと思ったのだが、聖女様が割って入る。とんでもない脅し文句で。
……。
いや待てよ。ここまで来るともうこの男の正体ってあんまり疑いの余地も無くないか。
一応ギリギリまだ別の可能性はある。勇者が実は女でこの男がその婚約者で聖女様がそれを奪ったとかそういう。それじゃ再召喚したく無い辻褄も合いそうだが、この仮定だって勇者の召喚が一時的でどっかに消えたり帰った場合の想定だ。
「……勇者ってさ」
ビクッと震える二人。嘘でしょ。よくそれで今まで騒ぎにならなかったね。
「数年前、中央の方で邪竜による緊急事態が発生してさ。伝説の勇者召喚儀式が行われたんだよね。で、勇者ってさ、召喚されてすぐさま邪竜を討伐したらしいじゃん」
「ソウ・・・らしいな。きゅうになんのはなし。」
男と全く目が合わなくなった。こいつ生きるのが下手すぎる。
「教会の話では神の使いみたいなノリでさ。一時的に顕現して役目を終えたら消えるみたいな話になってるわけよ」
「そうですね。この話やめません?本当に私死ぬわよ?」
聖女とも目が合わなくなった。こっちは普通に怖い。
「しかもそれがあまりにも強すぎたから、よっぽどの緊急事態でも無い限り頼っちゃダメだって流れになって、聖剣が封印されて、聖女様も行方をくらましたらしい」
「……」
「……」
こいつら。
「よっぽどの緊急事態ですけど。」
「……」
「……」
こいつら。黙ってやり過ごす子供みたいになってきた。
「……ま、まぁでもね。そんなわけないもんね。仮にそのカス程度が勇者なら邪竜に勝てるわけ」
「勇者様を舐めるなよ!」
突然興奮した聖女様が座ったまま聖剣で思いっきり自分の太ももを突き刺そうとして、慌てて男と私が止める。あぶねー!男の反応が早くて助かった!
「怖い!怒って自分刺すの怖すぎる!!」
「おい痴女一旦やめろ!一旦やめろ!一旦なぁなぁにしておこ!!」
「勇者様を舐めるなよ!!!」
「うわーーー!!!うそうそ冗談!南国ジョーク!!まぁ勇者の話とか一旦どうでもいいなぁーー!」
胸を刺す脅しもやばいが、ノータイムで振りかぶって思いっきり太ももに刺そうとしたからね。怒った時に反射的に自分を全力攻撃する人やばすぎんか。
必至になだめる事でこの場を切り抜ける。
「一旦ね、一旦私も署名とか色々やってくるんでね。勇者とか頼らなくてもなんとかする方向でね。だから勇者の話ももうしないかな」
「そうね…そうよね。良かった。もしこの人が勇者だってバレたり勇者がバカにされて終わったら私多分今日この部屋から生きて出ることはないもの。」
やばい。ほんとに。
「もー。まさかそんなわけ。さっき約束したじゃないですか。勇者に頼らない。その人が勇者なわけも無いし。いやー署名とか準備しないとなー。」
「そうよね。そうですよね。」
ほんとにやばい。勇者も冷や汗ダラダラでオロオロしてるし、本当によくなんとかなってたなこれ。というかまさか色々バレてるけど触れられないんじゃないか。実際私もそうなるぞ。
もう十分成果は得ているので無理しない方がいい。
しないほうがいいが、一応ギリギリいけそうなところまで行っておこう。
「あのー。聖女様。一応確認なんですけど、その人の名前も秘密なんですかね。私と聖女様は面識あるし、さっき私は名乗ったので、そのー、一応礼儀というか」
「偽名じゃ駄目ですか」
「偽名って言わないほうが良かったかもですね」
勇者と聖女を交互に見る。うーん。ちょっと気が引けるか。実際隠しておいた方が良いが、礼儀を破ってまで隠す理由が思い当たらないんだろう。善良。
民の命が懸かってるので私も私に出来る最大限の事をしたいが、正直この二人と違い善人というわけではない。というか学問って善と悪みたいなものに引っ張られちゃダメなので。だから善悪や感情よりまず具体的なメリットを優先してしまう。
「ヤマト。フジ=ヤマト。あの、あれだよ。冒険家だ。アーティファクト探しの。」
「ヤマト。報復はしたし白衣も着たし一旦仲直り。一旦協力関係の仲間って事でいいかな。」
「おう」
握手して、お開きの空気。二人共ホッとしている感じがする。
非常に申し訳ない。申し訳ないが、チャンスを逃すわけにはいかない。
「中央の王都に向かう私と、恐らく王都方面から来た二人が会ったという事は、南側に用があったりしないかな。一度署名のために私も南に帰るんだけど、同行するなら旅費と護衛費と南のダンジョンの情報を渡せるよ」
気軽な感じに話を振る。二人が実際にどこに向かってたかは分からないが、どちらにしても二人には南に来てもらう。
「それに学問の国だ、目当てのアーティファクトの情報を探すために資料を融通したっていい。だいぶ下位とは言え王女レベルの閲覧権限資料だ」
理屈的な餌はまぁどうでもいい。聖女アネモネと、勇者ヤマト。名前から得られる情報というのは本当に多い。
天才の考えが凡人には分からないなどと愚かな話だ。
天才の私にも天才の自分が何をどう考えて答えを出しているかよく分からない。多分あれだよ。分かる程度じゃ天才じゃないんだって話よ。
最初のダンジョン挑戦でいきなり目当ての聖女と聖剣を見つけた挙げ句、召喚しなきゃいけないと思っていた勇者も目の前に居るように、天才っていうのは最短で答えが分かっちゃうもんなわけ。なんでって言われても私にも分からんが。
ここで私が手にしている答えは、エロカス勇者の自覚していない真の欲求と、その中で南の国にだけあるもの。
勇者が南の地域を自発的に守りたいと思ってしまうもの。
「中央には無い珍しい食べ物だってあるぞ」
何気なく勇者を見る。やはり自覚してないというか、無いという思い込みで諦めているのか。
「例えば、白米。」
「……ぇあ!?」
勝った。
一瞬遅れて小さく変な声を漏らす勇者。
「豆類の様々な発酵食品。魚の塩焼き。野菜の漬物。南も地域ごとに気候が違うから特産物も色々で、中央と大差無いものも多いが……特に湿度の差は保存食を変え、食文化を変える。興味があるなら自慢の我が国を案内させて欲しい」
僅かな沈黙。だがもう答えは出ている。行くかどうかでは無く、素直に頼むか弱みを見せぬよう急にがっつかないようにしてるか考えているだけなんだろう。無駄だよ。本当に欲しいチャンスを大した理由も無く後回しにして失うのは怖いだろう。
「…頼む。同行する方向で話を進めてくれ。アネモネもお願いだ、少し興味があるんだ」
「常に従います」
あ、そういう感じなんだ関係性。
ふふ。いやしかし。少し興味。少しね。
知的天才プリンセス戦士を舐めるなよ勇者。私は学問の国の知性の具現化だぞ。
まさか王都と教会の兵を借りた上で召喚済みの勇者を呼べるとは思わなかったが、これぞ知の勝利。
途中式無く答えを得る者。賢さの加護を受けし者。
賢い者と書いて賢者。この世界にただ一人の加護持ち賢者様だぞ。
人呼んで全知無能の大賢者タリア様だ。多分悪口だから言われたら殴るけど。
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