虚飾悪女のウェンデッタ ~断罪で死に戻ったら元凶皇子の【甘々溺愛ルート】で破滅確定なのですが……性悪聖女とも手を組んで暗躍しまくってるのに、なんで婚約破棄してくれないの⁉~

鳴海なのか

第1話「愛は憎しみへ、少女は悪女へ(1)」


 せいアマツミヤ皇国こうこく


 わずかな光すらも許さない灰色の空。

 分厚く垂れこめる暗雲。

 重苦しく湿った外気。


 皇宮こうきゅう前広場を埋め尽くさんばかりの群衆。

 彼らは、怒りに怒っていた――


 ――処刑台の罪人4名私たち親子へと。





「理不尽よ……どうして、こんなッ……」


 ひときわ高い処刑台に“主犯”として拘束された私は、震える声でつぶやいた。


 私、不知火シラヌイウェンデッタは、元・貴族の令嬢だ。

 自分で言うのもなんだけどだったと思うのよ?

 皇太子の婚約者として、この国で最高峰の皇妃教育を叩き込まれていたんだもの。


 ……ま、今は見る影もないけど!

 身にまとうのはドレス――じゃなくて薄っぺらい囚人服ただ1枚。

 それすらも無数の拷問でボロボロに裂け、染み込んだ血が乾いて硬くなっている。


 18歳を迎えたばかりの私にとって、現実はだった。




『我らが光、皇帝陛下を暗殺するなんて』

『この許されざる“悪女”めッ』

『いいからとっととっちまえよォッッ!!』


 飛び交う罵声ばせいの嵐。

 それが仮に“事実”ならば、まだ諦めもついたでしょうが――




わたくしは……わたくしは、殺してないッ――を着せられたのよッ!」


 朦朧もうろうとした意識の中で、ぼんやりと思い出す。

 “殺人犯”との罪を着せられ、この数日は必死に無実を主張したことを。


 しかし、疑いは晴れず。

 それどころか私の血族までもが罪に問われた。

 即日にして爵位剥奪のうえ、公開処刑されることが、異例の早さで決定したのだ。


 父が、母が、まだ幼き弟が――


 ――立ち並ぶ処刑台へと拘束され、ぐったりと力なくうなだれる。

 昼夜問わずの拷問で殴られ、蹴られ、心も体もすっかり壊れてしまったのだろう。

 ひどい、ひどい、ひどい、あまりにもひどすぎる。

 “主犯”だって濡れ衣なのよ…………彼らは無関係に決まってるでしょ⁉




「……いったい、どこで、間違えたのかしら?」


 かつての私たちは何不自由なく暮らしていた。

 この国を守護する誇り高き『皇国五大貴族ファイブガーディ』の1人として、先祖代々受け継がれてきた“魂”に恥じぬ生き方をしてきたつもりだったし……これまでも、これからも、幸せな日々が続くとばかり信じていた。


 そんな平和が、急転したのは――




 **




 数日前。


「……――え?」


 薄暗い部屋の中。

 気がつくと私はドレス姿のまま、冷たい床へと倒れていた。


「わ、わたくし、うっかり寝ていた……なんてことは無いわよね?」


 乾いた笑いが思わず漏れる。

 なぜなら選ばれし淑女しゅくじょとして徹底的に礼儀と作法を学んできた自覚があるから。

 その象徴ともいえるドレスをこんな風にシワだらけにしたり、ベッドでもないところで寝転がるなどありえない――


 よほどのでもない限り。



「気を失っていた、何らかの要因で……そう考えるのが自然かしら。も漂ってるし、穏やかじゃないことだけは確かよ……」


 ひとまず上半身を起こそうとした瞬間――




「――くッ!」


 後頭部がズキッと悲鳴をあげた。




「どこかにぶつけた? ……いや、殴られたわね」


 背後からを食らったような記憶がある。

 その相手が誰かまでは、さすがに思い出せないけど。


「とはいえ、犯人にはがありすぎるわ……なんたってわたくしは、皇国五大貴族ファイブガーディがひとつ『不知火シラヌイ家』の長女ですもの。敵対勢力を数えようにも、両手の指じゃ足りないわよ……はァ……」


 溜息まじりに愚痴りつつも、おぼろげな記憶を手繰り寄せていく。




 そもそも私が倒れていた場所。

 薄暗く見通しは悪いが、このやたら高い天井には見覚えがある。

 加えて皇族天ツ宮家だけに許される伝統模様の床タイルとくれば――


皇宮こうきゅうの……謁見えっけん、よね?」


 倒れる前の記憶と照らし合わせても、矛盾はない。


「そう。わたくしは、皇宮で“結婚式”に“出席させられた”のよ……わたくしの元・婚約者だった皇太子アルスと――あの忌々いまいましいッ聖女クロエとのッッ!」


 憎き恋敵こいがたきを思い出した瞬間。

 私の瞳にが宿る。


 次期皇妃の座は、この私のものだった……本来ならね。


 建国時から皇国五大貴族ファイブガーディの1つである我が不知火シラヌイ家は、屈指の権力を持つ名家。

 この数百年の伝統にならい、私は「生まれた瞬間に満場一致で次期皇妃として内定した」と聞いている。



 確かにわたくしの生まれは恵まれているわ。

 それは認める……。


 ……だけど地位だけに甘んじたわけじゃない!

 このアマツミヤが、より素晴らしい国となるように。

 この地に生まれた人々が、より豊かで幸せな日々を過ごせるように。

 それだけを、切に、切に願って、高潔なる不知火シラヌイの名に恥じることなく、ただひたすらに歯を食いしばり、血のにじむ勉強漬けの日々に耐えていたのに……。


――クロエはッ! わたくしを奪いやがってッッ!!」




 ――3年前、15歳だった


 順風満帆だった私の人生は、一変してしまった。



 それから始まったのは。

 理不尽な仕打ちだらけの日々。


 涙をこらえながらもどうにか耐えられたのは、優しい“味方”がいたから。

 父、母、弟。

 そして我が家に仕えてくれる使用人たち。

 私にとってはみんな大切で、かけがえのない“家族”なのだ。


 だけど時々、ふと思う。


「忘れもしない3年前の…………もし、もしも……アルスが、クロエに一目ぼれなんかしなければ……今日の結婚式は、わたくしが主役のままだったかしら……?」


 私の脳裏に浮かんだのは――


 ――皇太子アルスの、屈託のない



 初めてアルスに会った日、私は一瞬にして心を奪われた。

 ひとめぼれ、というやつである。


 最初で最後の初恋相手。


 3歳年上の彼はいつだって私を大切にしていた。

 忙しい後継者教育の合間、毎週のように会いに来てくれて。

 流行の菓子や紅茶を囲みながら、国や自分たちの将来を語り合う。

 時間は短いながら、とても幸せなひとときだった。

 だからこそ「アルスも自分と同じ想いだ」と信じて疑わなかったのだが――






「ううんッ! 今となってはどうでもいいわッ!!」


 ぶんぶん首を横に振る。

 再び蘇りかけた“邪念”を跡形もなく消し去るように。


「そりゃ捨てられた直後は、アルスの心を取り戻そうとあがいたわよ……でも全部が無駄だった。お父様もお母様も両陛下でさえもわたくしに同情してはくれたけれど、誰も彼もが言ってきたわ……『諦めて、別の幸せを探しなさい』とね」


 必死にすがって、布団で泣きはらして、考えて。

 ようやく私もを悟ったの。


「――だから誓った。『今日の結婚式に出たら、すっぱり諦めて、違う人と結婚しよう』って。お父様にお願いすれば張り切って探してくださるわ……“あんな浮気皇太子”なんかより、ずっと、ずっと、ず~っと素敵で、わたくしだけに一途な旦那様を――――さすがに不敬すぎる発言かしら、フフ……」


 苦笑いし立ち上がろうとしたところで、床に転がるに気付く。


「あら、何かしら……?」


 何気なく拾い上げてみる。

 薄暗い中、よくよく目をこらすと――




 ――



「しかもこれ、じゃないのッ! ま、まるで誰かをとしか――」





「白々しいぞ、ウェンデッタ」


 の声。




 部屋の照明がパッと灯る。

 振り返った私が、目にしたのは。


「アルス様、それにクロエ――」

「やめろッッ!!! の分際で彼女の名を口にするなッ、汚らわしいッ!」


「……え?」


 吐き捨てられた言葉に、私は耳を疑った。



 だが勘違いではないらしい。

 皇太子、聖女、2人に従う大勢の騎士たち――


 彼ら全員の視線は“憎悪そのもの”だったから。




 な、何この状況? まずいわね……。


 でもこういう時こそ焦らず騒がず、落ち着いて対処しなきゃ。

 なんたって私は誇り高き貴族令嬢なのだから!


 どうにかこうにか焦る心を抑えこむ。

 それから現状を把握すべく、冷静を装い、言葉を返すことにした。



「……“犯罪者”とは、どういうことでしょうか?」


「ふざけるなッ!」

「ウェンデッタ様、これ以上“嘘”という罪を重ねてはいけません。どうか、お認めになってくださいませ」


 皇太子アルスと聖女クロエに非難されるのは、これが初めてではない。

 2人が親密になってから、何かと理由をつけ私へ文句をぶつけてきたのだ。



 また言いがかり?

 いい加減に放っておいてほしいわ……。


 心の中で溜息をつきつつ、私は困った笑顔で答えた。


「認めるも何も……心当たりがございませんもの」

「であれば教えてやろう! 貴様は、我が父をッ――皇帝陛下を殺したのだぞッ!」


「なッ…⁉」


 かつての婚約者、アルス。

 怒り心頭の彼から聞かされたのは、まったくもってだった。

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