見習い魔導士とドリームボックス
路地猫みのる
ラトゥア王国首都リクルス
新年!
どんなに世間に無関心な人間でも、1mmくらいはテンションが高まるであろうこの季節。
ラトゥア王国首都リクルスでも、夜通しお祭り騒ぎが繰り広げられている。
トレフル・ブランと二人の仲間たちが歩いていそたのは、リクルスでも有数の観光名所「赤い宮殿の広場」と呼ばれる場所。現在は博物館になっている旧王家の赤っぽい宮殿があることが名前の由来で、現在では大きな噴水のある公園、市役所を中心とした官公庁、美術館や図書館などの文化施設、百貨店などの複合娯楽施設、宿泊施設などあらゆる機能が集まっている。少し南下すれば
街灯は洋々ときらめき、街路樹は赤と金の玉飾りで装飾され、広場に面する建物には大きなリボンやタペストリーが飾られたり、魔法で明るくライトアップされている。紺色の夜空には、ロープに連なったたくさんの国旗と、その合間を縫うようにひらひらと舞い上がる紙吹雪。ほのかな発光はやはり魔法によるものだろうか。
そんな美しい夜景を目当てに集まった、人、人、人。カップルが多いようだが、今夜は夜更かしの許可が出たのだろう、大きなぬいぐるみを抱えて歩く子どもや、のんびり手をつないであるくお年寄り、喧騒に負けない大声で笑い合いながら通り過ぎる若者の団体もいた。
(これではライトアップを見に来たのか、人間を見に来たのか……やっぱり俺だけでもホテルで寝てた方が良かったかも)
仲間とともに散策を始めてからわずか15分で、トレフル・ブランは音を上げそうになっていた。
彼は、新年の祭りだとかある聖人の誕生日だとかの行事にほとんど興味がなく、それ以外にも観光や食事、衣服などにも興味がないので、せっかく遠い北国の観光地に来たというのに、放っておけば一日中部屋で本でも読んでいることだろう。
見かねた仲間が夜の観光に誘い、彼はしぶしぶ暖炉のある暖かい部屋から出ることを承知した。
トレフル・ブランは16歳。耳にかかる程度にカッティングされた硬い鳶色の髪と、深い森のような緑色の瞳を持つ。年齢相応の平均的な身長、どちらかと言えば瘦せ型で筋肉の乏しい体格。顔つきは年齢相応に幼さが残っているが、性格は「めんどくさがり、理屈屋」と評されることが多い。
今日は、腰までカバーする緑色のポンチョと暗い色のズボン、ベルト、ブーツを着用している。ポンチョは高級な厚手の生地で、ベルトとブーツにも銀の装飾が施されている。身を飾ることに興味がない彼に代わってコーディネートを担当したのは、同行者のキーチェという名の少女である。
キーチェ・アウロパディシーは15歳。一行最年少の女性で、最も美容と礼儀にうるさく、同行者が無精をしていると細い眉を吊り上げて怒る。
月光色の金髪と宝石のような紫紺の瞳を持ち、細身で背は低い。十人に訊けば九人くらいは「美少女」と答えるであろう
袖と襟に刺繡がほどこされた青系のダブルボタンジャケット、滑らかな素材の黒いミニスカートにタイツ、動きやすい高さのヒールの青い靴を履いている。ヒール部には螺鈿の細工がある。細かいところまでオシャレ心を忘れない。つい最近、魔獣の被毛を加工して作った白くなめらかな素材のコートが大変なお気に入りだ。
「まぁ! 見事な藍色のティーカップですこと。この窯は、かつての皇帝の専属磁器工場として設立された最古のものですのよ。近年になって輸出が解禁されましたが、なかなか手に入らない逸品……ちょっと、トレフル・ブラン。この美しい陶磁器を前にして、そのつまらさなそうな表情はどうにかなりませんこと?」
「えーと、生まれつきだから」
「嘘おっしゃい。気になるタイトルの本を見つけた時には、目が輝いていますわよ」
紫紺の瞳からなにか鋭いものが飛んできた気がするが、トレフル・ブランはさりげなく顔を背けて躱した。
「あれ全部干し肉か? なになに、好きな種類の香草を選んで白樺細工のカップで乾杯……最高じゃないか! 一杯やろう!」
そう言って走り出そうとするもうひとりの同行者、ユーリ・フラームベルテスクを、キーチェが止める。
「待ちなさい! 貴方まだ19歳でしょう。この国の成人年齢は20歳ですことよ」
「今夜だけ! 一杯だけ!」
「ダメです。そんなに飲みたいなら、今すぐ魔法でキンキンの氷水を作って、口の中に流し込んで差し上げますわ」
「……そうだな、決まりごとは守らないといけないよな、うん」
そう言ったユーリだが、視線は未練がましく、吊り下げられた肉の塊と酒のボトルを追っていた。
ユーリ・フラームベルテスク。創世の家門として有名なフラームベルテスク家の傍系であり、五人兄弟の長男。特徴的な赤い髪は癖っ毛で、背中であちこち跳ねるので三つ編みにしている。黒いインナーとズボンに茶色いブーツ、そして黒茶のファーがついた赤いコートを羽織るという派手な格好だが、下品にならないのは理知的な輝きを灯す黒い瞳とさわやかな笑顔のおかげだろう。大家族で育った彼はとても人当たりのよい性格で、特に年下にはめっぽう甘い。
キーチェが水の魔法を得意とする魔導士だということは当然ユーリも良く知っていたので、寒がりの彼はどうにか酒への未練を断ち切り、キーチェの言葉に従った。
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