第6話 推理、そして挑戦 (2)

 押っ取り刀で文芸部のドアを開けると、他の部員や玉木、江波はすでに集まっていた。江波がぎろりとこちらをにらんできたが、ぼくは気にせずに中に入り、彼女の隣に座っている玉木に声をかけた。

「小野寺さん、どんな具合だ?」

 彼は首を振って、

「依然として、容体は変わらないそうです」

「そうか……それにしても、いったい何があったんだろうな」

「それについては、この子たちには話したんだけど、もう一度、私から説明するわ」

 江波が話を引き取った。

「知ってのとおり、小野寺はきのう、劇団の手伝いに来てくれていた。開場は午後六時、公演が六時半から八時まで。もちろん、彼女はその前からホールに来て、開演の準備を手伝ってくれていたんだけど、体調が悪そうだったので、準備が一段落したところで家に帰ってもらったの。それが六時頃、普通に電車で帰ったら、六時半には家に着いたでしょう。実際に、娘の体調を心配した小野寺の母親がその時間に電話をかけたところ、もう家のすぐ近くまで戻っているからだいじょうぶ、との答だったらしい。ところが、団員の一人が七時少し前に電話した時には、応答がなかった。この六時半から七時の間に小野寺は襲われたのだろう、と警察は見ているようね。

 そこで、念のために聞いておたいんだけれど。松戸さん、あなたは昨日のその時間、何をしていた?」

「ちょっと待て。どうしてぼくが疑われるんだ?」

 ぼくは思わず、大きな声を出してしまった。が、ぼく以外の四人に動じる気配はない。玉木も、やや苦い顔をしたものの、小さくうなずいて、

「それがですね。実は由貴ちゃんの部屋、荒らされた跡があったらしいんです」

「強盗か。闇バイトのやつらにでも、押し入られたのかな」

「いえ、どうやらそうではなさそうです。お店に置いてあった金には、まったく手がつけられていませんでした。なくなっていたのは、由貴ちゃんが書いたノートだけだったんです」

「ノート?」

「はい。先輩は、由貴ちゃんがパソコンやスマホではなく、ノートに小説を書いていたのは知ってますよね。そのノートが、ごっそり無くなっていたんだそうです」

「なんだって? 犯人はどうして、そんなものを──」

 ぼくの質問をさえぎって、江波が説明を続けた。

「問題の時間、小野寺の携帯には、両親以外と通話やラインなどをした形跡は残っていないらしい。つまり、彼女が帰宅することを知っていたのは、両親と劇団の人間だけだった。おそらく犯人は、彼女が帰ってくるとは思わずに、小野寺家に侵入したんでしょう。そして、偶然に帰宅した彼女と遭遇し、争いになってしまった……。

 家族の留守を狙って侵入したことからすると、犯人の目的は、最初から盗みだったんでしょう。そして、犯人は高校生のノートという奇妙なものを盗んでいき、しかもそれ以外になくなっているものはない。となれば、犯人の狙いはそのノートだった、と考えるのが自然よね。

 でも、どうしてそんなものが狙われたのか? この答は、私たちには想像がつくんじゃないかな。そう、例の新人賞の件よ」

 江波の語気が強くなった。木葉でさえ、表情を硬くして彼女の言葉を聞いている。

「でなければ、ただの高校生が自作の小説を書いただけのノートが、わざわざ狙われるとは思えないもの。

 あなたたちには言わなかったけど、私も、部員の誰かがあの賞を受賞した可能性は、とても高いと思っている。それが誰がといえば、まず小野寺以外にはないでしょう。そんな彼女の原稿が狙われたのなら、動機はおそらく、新人賞がらみの、何かなんでしょうね。具体的にどんなことがあったかはわからないけど、こんな手段をとるところを見ると、何らかのトラブルがあったのかもしれない。でも、ここで重要なのは具体的な理由じゃないの。

 今の考えが正しいとすると、容疑者の範囲がかなりしぼられてしまう。なぜなら、受賞作が部誌の課題と同じ文を使っていることは、文芸部関係者だけしか知らないからよ。次の部誌のテーマなんて、まだ発表してはいないんだから。

 そのことを知っているのは、部の関係者だけ──したがって、小野寺を狙う理由があるのも、部の関係者だけ、となってしまうの」

「正確には、ぼくたちの誰かが他の人に話していたら、その相手も容疑者になるんですけどね。さっき確認したところ、誰もそんなことはしていないとの答でした」

 玉木が捕捉した。ぼくも、賞のことを他に漏らしたりはしていない。それは玉木とも話したとおりだ。江波は続けた。

「犯人はおそらく、この中にいる。だから、今日は急いで集まってもらったの。みんなに、自分の身に十分注意してもらうために。そしてできれば……犯人に、できるだけ早く、自首してもらうために」

「だからアリバイの確認、ってわけか。他のみんなにも、アリバイを聞いたんだよな?」

 ぼくの質問に、江波はうなずいた。

「ちょうど、その話をしていたところよ。まず言い出しっぺの私から言うと、もちろんずっと劇場にいたわ。役者としての出番もあったから、団員以外にもたくさんの人が見ているはず。舞台から引っ込んでたのはせいぜい十分くらいだったから、小野寺の家まで往復できるような時間はまったくなかった。自分で言うのもなんだけど、完璧なアリバイでしょうね」

「あたしは、中華料理を食べに連れていってもらってました。一緒だったのは家族だけだったけど、警察が調べたら、すぐに裏が取れるんじゃないかな。あそこは知り合いのお店で、挨拶もしたし」

「ぼくは璃子たちの劇を、ちょっと遅刻して見に行っいたけど、一人だったからなあ。証言してくれる人はいないね。これも警察が調べれば、ぼくのチケットの半券が、受付に残っているかもしれないけど……」

 江波に目で促されて、まず岩瀬が口を開き、続いて玉木も昨夜の行動を説明した。これではアリバイとして弱いと思ったのか、玉木は昨日の劇がどんな内容だったかについても話してみせたが、これでも裏付けとしては、やや弱いだろう。小野寺あたりに脚本を読んでみたいと言えば、貸してくれたかもしれないのだから。だが、ここで江波が助け船を出した。

「安心して。うちの団員で、あなたを見た人がいるから。入り口で受付をしてくれた子が、あのT大生の人が少し遅刻して来てたよ、って私に教えてくれたの。良かったわね。T大生って、意外ともてるみたいよ」

 江波は皮肉めいたセリフを吐いたが、珍しいことに、玉木は押し黙ったままだった。

 最後の木葉の話は、いつもの彼女とは違って、少々はっきりしないものだった。

「私もあの晩、知り合いと食事をしてました」

「知り合いって、誰と?」

「いや、そのあたりはですね。ちょっと秘密というか、ここでは話せないというか……」

 そう言って、それ以上を説明しようとしなかったのだ。秘密の知り合い、って……まさかこいつ、パパ活とかのヤバい方面に手を出しているんじゃないだろうな? だが、江波はそれ以上突っ込もうとはせず、改めてぼくに質問を投げかけてきた。

「と言うわけで松戸さん、あなたの番よ。あなたは何をしていたの?」

「ぼくも玉木と同じで、劇を見に行っていたよ。ただ、最初の三十分ほどで帰ってしまったけれど」

「陽太とは顔を会わせなかった?」

「ああ。正直言うとあまり興味がなくて、見に行くかどうかも、決めていなかったからね。こいつと待ち合わせもしてなかったんだ」

「すると、あなたが劇場にいた、という証人もいないわけね」

「そうなるね。そうだ、ぼくが劇場を出る時、ひどく雨に降られたよ」

 ぼくはこう付け加えたけれど、江波はたいした反応を見せなかった。昨日の市民劇場周辺は七時頃に雨が降り始め、かなり激しい勢いだったが、五分ほどで止んだ。その後は雲はかかっていたものの、降雨はなかった。だから劇場を出る時に雨にあったという証言は、ある程度の裏付けになるものではあったのだけれど、江波はこのことを知らなかったんだろう。

 納得してくれる代わりに、江波は再びにらむような目つきを向けてきて、こんなことを言った。

「犯人は、あなたじゃないのね?」

 このまっすぐな言いように、ぼくは怒ることも忘れて、絶句してしまった。玉木が取りなすように間に入る。

「璃子。さすがにそれは失礼だよ」

「そう? さっきも言ったとおり、犯人はこの中にいる可能性が高いのよ。だとしたら、一番疑わしいのは彼でしょ。小野寺にも、ずいぶんとご執心だったようだし」

「あれは、たぶんだけど女性としてではなくて、彼女の文学的才能に惹かれたんだと思うよ」

「それでも話は同じね。これもさっき言ったとおり、動機は彼女の原稿絡みの可能性が高い。だとしたら、やっぱり怪しいのは、松戸さんじゃない」

「おいおい、みんなの前でそう言う話は──」

 ぼくが止めるのもお構いなしに、江波と玉木は言葉を続けた。二人の間で、なし崩しに議論が進められていく。

「原稿に絡む動機、っていうけどさ。具体的には何だよ」

「あの賞を獲ったのが小野寺なら、原稿にもそれなりの価値は出ると思ったのかもしれない。あ、お宝鑑定団みたいな価値でなくてもいいのか。もしかしたら、自分の名前で投稿したくなった可能性もあるわね。そうすれば、自分も作家になれると思ったのかも知れない。むしろそっちかな」

「盗んだ原稿を使うってこと? それって盗作じゃないか。そんなことをしたら、受賞した後で問題になるだろ」

「小野寺なら許してくれると思ったのかもしれない。彼、一時期は小野寺と盛んに小説の話をしてたから、彼女とずいぶん親しくなったような気持ちでいたんじゃないの。実際にどうだったかは別として」

「そんなことしても、作家になった後で困るだけじゃないか」

「よっぽど自分の実力に自信があったんでしょうね」

「自信があるなら、自分の作品で応募すればいい」

「だから、自信だけはあったのよ。だけど、何度応募しても、落選ばかりが続いていたとしたらどう? 彼女の才能への嫉妬もあわさって、犯行に及んだとしても不思議じゃあない」

「だけど、受賞者が由貴ちゃんだとは、まだ決まったわけじゃないんだよ」

「受賞者でなくても、それだけの実力を認めていれば同じことよ。彼、あの子の才能を、高く買っていたよね。小野寺とのことを問いつめられたら、自分が興味があるのは彼女の文才だけだ、なんて言ってた。これって、犯人の行動そのものじゃない? 小野寺の書いた原稿を奪って、あの子は殺そうとしたんだから」

「いや、それはあまりにも──」

 玉木はあきれた声を出したが、こんなうがった見方をされるとかえって、ぼく自身からは反論することができなくなってしまった。江波という女性には、どうも苦手意識がある。それは玉木も同じなんだろう。いや、正しくは苦手とは真逆の意識なのだろうが、いずれにしろ口でかなわないのは同じだった。二人の舌戦はその後も続いたが、玉木は次第に押され気味になっていく。形勢はこちらの不利のままに、議論はいよいよ煮詰まってしまった。しまいには、江波はこんなことまで言いだした。

「私の考えが絶対ではない、と言うなら、それでも構わない。犯人がこの中にいたら危険だから、みんなに注意してもらいたい、というのが一番の目的なんだから。

 でも、この目的を第一に考えるなら、犯人は松戸さんだ、と仮定して行動してもいいんじゃないかな。あくまでもこの部の中では、の話だけれど」

 この言いようには、さすがのぼくも頭に血が上ってしまった。ぼくは江波をにらみつけたまま、無言で立ち上がった。そして部室のドアを開けて、廊下へと出て行った。ぼくを止めようとするものはいなかった。けれども、廊下を一、二歩歩いたところで、部屋の中からこんな声が上がった。

「あの!」

 それに続いたのは、驚くべき言葉だった。


「あれをやったの、実は私なんです……」




【 作者への挑戦 】


 ここに、謹んで作者諸君の注意を喚起する。


 最後のセリフに至るまでに、諸君は本事件を解決するために十分な情報を入手しているはずである。正確には、事件解決の直接的な証拠ではなく、「明らかに嘘をついている」あるいは「事実上、犯行を自白している」人物を特定するための情報であるが、本作においては、その点の指摘をもって事件解決として良いこととしよう。

 もしかしたら、諸君は「読者」としての経験から、既に犯人の目星はついているかもしれない。だが、問題はその根拠だ。どうか明確な根拠を示して、自身が、作者としての十分な知識を備えていることを証明していただきたい。



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