イングリド

三好ハルユキ

1.


 

 視界の端に淡い光を拾って、目を覚ます。

 部屋のカーテンが順番に開かれてく。

 光はだんだんと広がって、目の前が明るくなっていく。

 と言っても、私の目が拾えるのはそこまで。

 この両目は何年か前から、もう、明るいか暗いかを判別する程度の機能しか持ち合わせていない。

 ベッドに沈んでいた上半身を起こして、ちょっとだけそのままぼーっとして。両手を上げて伸びをすると、喉の奥から少し声が漏れた。

 「おはようございます、お嬢様」

 「うん? うーん、うんうん」

 ベッドのすぐ横辺りから声が聞こえて、とりあえず顔をそっちに向けた。まだむにゃむにゃしている頬と口元はきっと他所様には見せられないことになっている。

 「おはよう、イングリド」

 掠れた声で挨拶を返すと、ふっ、と空気の漏れる音が聞こえた。

 「え、いま笑った?」

 「いえ。朝食の用意を致しますね」

 一拍置いて、気配が離れていく。

 足音はしなかった。それどころか、物音も。私の侍女はいつでも物静かだ。

 正門から本館を挟んで庭園を抜けた所にあるこの離れには普段から私と侍女の二人きり。

 前髪が揺れる感覚と頬を撫でられる感触で、部屋の窓が開かれているのが分かる。かすかに鳥の鳴き声も聞こえる。聞こえてしまうくらい、ここは静かだ。

 カーテンレールを走る音も窓を開け放つ音も感じさせない侍女と、光と音だけが頼りのたよりない私。

 この二人だから静かなのか、その二人のための静けさなのか。

 「……ふぁ、あ」

 まあ、どちらでも、いいのだけれど。

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