第3話 私の考案した呪い

 ジー…ザザザザ…

 ノイズ音が次第に小さくなり映像が映し出された。


 暗い室内に、水の流れる音が響いている。キッチンか、浴室だろうか。タイル張りの背景に、誰かがこちらを見ている。暗く、表情は分からないが、長い髪と、僅かに映る首筋の皺の様子からは中年の女性のようだ。


 『私は田邉と言います』

 嗄れた声で女が話した。


 『私は、キノシタソウイチロウを。呪います』

 『私は、キノシタソウイチロウに騙されました。だから、宜しくお願いします』


 そこで映像は終わっていた。

 虎元は胸に込み上げてくる不快感を我慢するのがやっとだった。


 「あああ…やっぱりみるんじゃなかった…ちょっと泉名さん、これキツイですよ」


 「まあ気持ちのいいもんじゃないね。それにしても何がしたいんだろう。キノシタソウイチロウって人を呪おうとしてるのは伝わったけど。


 それから、そののっぺらぼう男はでいらぼっちのつま先を舐めるように移動してたんでしょ。テープは薬指と小指にもあったんだろうね。残り二つのビデオテープは掘り出せたのかな」


 「こんなの埋めるほうも探すほうも理解出来ない行為ですよ。ああ、映像を撮るのもですね。ん?泉名さん聞いてます?」


 泉名は視線をPCの画面に向けて何かを調べていた。


 「ええと、呪い…呪い…ああ、これだこれ。ほら、呪い専門のブログ」

 泉名が何かを見つけた。


 「前にどこかで見かけた気がしてたんだ」


 「なんでそんなもの見てるんですか」


 「もちろん、情報収集の一環だよ。この人のブログで紹介している呪いの作法、やけに独特なものだったので覚えてたんだ。いつかこんな事にならなきゃって思ってたんだけどね」

 

 そのブログにはこう書かれていた。


 ******


 【私の考案した呪い その5】

 2024/2/3 0:10:00

 

 皆さんお久しぶりです。呪術師の月岡あーやんです。最近めっきり寒くなりましたね。あーやんの住んでいる山も雪が降り積もって、誰かを呪うにはいい季節になってきました。


 今日は、この冬に発明した特別強めの呪いをご紹介します。自己責任ですのでよく理解した上で実践してみてくださいね。


 それじゃあ、行ってみましょう!


 一つ、巨人の足跡を探す。大きければ大きいほど呪いの効果は大きくなる。

 ※身近なところに無ければ自分で作ってもいいですよ!

 

 一つ、それぞれの指に位置する場所に親指から順に呪いの言葉を埋める。出来るだけ多くの人間が呪いに関与すること。そうする事で怨みの集積が積み重なり、強力な言霊となる。呪いの言葉を埋めるのは必ず丑三つ時であること。

 

 一つ、それぞれの指に呪いを埋める際は必ず一ヶ月の期間を空ける事。これは呪いが熟成し身を結ぶために必要な期間である。一度埋めた言霊は定められた期間が経過するまで決して掘り起こしてはならない。途中で掘り起こしてしまった場合はまた埋め直してから一ヶ月時間を空けること。

 

 一つ、一度始めたら最後までやり切ること。途中で辞める、又は、手順を間違えると呪いは成就しない。それどころかその呪いは逆流し呪いをかけた者へと返ってくることとなる。


 手順はたったこれだけです。皆さん如何でしたか?面白そうですよね?


 順番だけ気をつければ安全に楽しめる呪いとなっていますよ。


 足跡なんてどこにもありますからね。


 それじゃあ皆さん、また次の呪いでお会いしましょう♪

 

 ******

 

 「呪い専門のブログですか…趣味悪いなぁ。しかし、こんなもの信じる人なんているんですかねぇ」


 「そう思いたい所だけどね。現に誰かがこれを見て試したんだろうよ。


 ああ、そののっぺらぼう男、ひょっとして薬指の所にあったテープを掘り起こしてたんじゃないかな?公園に泥が散乱している日を見ると、ちょうど一ヶ月ぐらい間隔を空けてるでしょ。ところがここ。


 薬指にテープを埋めたのが11月14日、そして木島さんがのっぺらぼうを見たのが12月8日で一ヶ月経っていない。


 しかも丑三つ時ではなく朝の六時前後であることから呪いのテープを埋めるのではなく掘り起こしていた、これは間違いなさそうだ」


 「えっ、それじゃその呪いを失敗させようと?」


 「そうそう、一度掘り出してしまったら、また呪いのテープを埋めて、一ヶ月待たなければいけない。最初から埋めていないことになる。


 そうとも知らず呪いを掛けたい人間は、12月14日に最後の小指の場所にテープを埋める。そうすると──」


 「順番が入れ替わって、呪いは失敗、という訳ですね。結果、呪いをかけようとした人々に呪いが返ってくる。小指のテープは見つかっていないだけでまだ池の底に沈んでいるのか」


 「一番呪いの成就を防ぎたかった人は誰だろうと考えると。一人しかいないよね」


 「キノシタソウイチロウ、ですね。じゃあ、そののっぺらぼうの正体もキノシタで決まりか」


 「そう。キノシタソウイチロウ、ええと、ちょっと待って」

 そう言うと泉名が再び何かを調べ出した。


 「これだ、木下総一郎だね。検索したらすぐヒットしたよ。同じ市内の病院に勤務する医師だ。●●総合病院、聞き覚えあるでしょ?」


 「あっ、確か医療事故を起こして問題になっているっていう」


 「そう、木下はその前に務めていた医院でも問題行動を起こしていた医師のようだね。つまり、人の恨みは山ほど買っているって訳だ」


 「それじゃ、木下の医療行為によって迷惑を被った人々が恨みつらみを重ねていて、そのうちにこのブログを見つけて呪いを実践したと。そういう事ですか」


 「今のところ可能性が高いのはそのセンだね。ん…、あ、ちょっと待って。さっきのブログにコメントがついてる、ええと」

 

 2025/1/14 12:23:05 シマフクロウ

 月岡あーにゃん様

 いつも楽しく拝見させて頂いています。シマフクロウと申します。


 実は先日、このブログにある内容を実行しまして、その、手順に不手際があって失敗してしまったんです。途中までは順調だったんですが…。


 具体的には、薬指の呪いだけが失敗してしまいました。呪いは私たちの元に来てしまうのでしょうか。どうすればよいでしょうか、どうか助けて下さい。

 

 2025/1/14 17:14:30 月岡あーにゃん

 コメントありがとうございます。月岡あーにゃんです。


 シマフクロウ様、呪いに失敗してしまったのですね。残念ですが一度吐いた呪詛の言葉を取り消すことは出来ないんです。


 でも大丈夫、途中まででも効き目はあります。呪いたい対象も含めて、みんなで平等に不幸が訪れるでしょう。人を呪わば穴二つ、これは大切な掟ですからね。


 引き続き呪い生活、楽しんでいきましょうね♪

 

 ******


 「ああ、これ、薬指のテープが回収されてることに気づいたんだね。1月14日に書き込まれているから、小指のテープを埋めてからちょうど一ヶ月が経った頃か。


 うーん、呪いがかかったか不安になって調べたらテープが無い事に気づいたのかな」


 「あ、それじゃあ木島さんに話しかけてきた変な連中って」


 「中年の夫婦にも見えた二人組でしょ、親指のテープの男性と、中指のテープの女性かもしれないね」


 「ひょっとして管理棟に侵入して監視カメラの映像を見たんじゃ…12月8日の映像には出勤中の木島さんの姿が映ってるはずですし。


 公園が泥まみれになっていた日だって日誌か何かで知る事は出来たでしょうし」


 「ああ、そうだね。でもそれじゃ偶然通りかかっただけの木島さんの事を逆恨みしてる可能性もある。


 とりあえずここまでの調査結果は木島さんに報告するのと、あの公園にはしばらく近づかないように伝えておこう。


 なんなら家も特定されているかもしれないから、ほとぼりが冷めるまではどこか別の場所に避難しておいたほうがいいと思う」


 「ほとぼりがって、どう言うことですか」


 「だから、その連中が呪いを成就するか、呪いなんて出鱈目だったって気づくまでさ。呪いっていうのは対象がそれを知ってしまってからが本領発揮だからね。


 その連中だって、木下本人だって呪われた事を知ってしまったんでしょ。信じてしまったなら良くないことも起きる。と言うか良くない事が起きると呪いのせいだと思い込む」


 呪いを間に受けている訳ではなかったが、その後虎元は依頼人の木島に調査の内容を伝え、しばらくは安全な場所へ避難することを勧めた。


 探偵による調査はここで一旦の終わりをみせたのだった。

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