悪の怪人に転生したので美少女戦隊に投降します

トマトルテ

第1話:オメガ







               ※警告※


 起動プログラムを安全に解除するには、管理者・もしくは権限を移譲された者の許可が必要です。

 上記の方法以外で、Over Monster Edition God Again。

 通称OMEGAオメガの起動を行った場合。

 不完全な起動になる可能性があります。

 また、OMEGAオメガの精神プログラムに重篤な障害を残す可能性があります。


 権限・許可の有る者は、このまま起動パスワードを入力してください。

 権限・許可の無い者は、直ちに――


「ええい! いいから、早くOMEGAオメガを起動するんじゃ! この緊急事態にボスの許可などいちいち貰っておられるか!!」

「見つけた、ドクターゲス!」

「ちぃッ! ビューティーレンジャー共め、もう追いついて来おったか!?」


 警告を知らせるサイレンが鳴り響く、薄暗い地下研究所。

 その最奥にて、研究所の主である白髪の老人が生体ポットを前に忌々し気に顔を歪める。

 老人の名前はドクター・ゲス。

 世界征服をもくろむ、悪の組織『デビルズイースター』の研究者である。


「これ以上何をするつもり!?」

「いい加減、諦めるがいい! 年貢の納め時でござる!」

「ええ、大人しく投降してください。命の保証はします」


 そんなドクター・ゲスを追い詰めるのは、日本を陰から守る正義の味方。

 防衛省直下・神州防衛隊所属・第2美麗部隊。

 通称―――美少女戦隊ビューティーレンジャー。


 赤色の戦闘服で炎を纏う籠手を構えるビューティーレッド、赤井あかいあかね

 青色の戦闘服で水を纏う刀を構えるビューティーブルー、青峰あおみねあおい

 黄色の戦闘服で雷を纏う槍を構えるビューティーイエロー、黄瀬きせ桜花おうか


 彼女達は秘密裏に日本の平和を守る、特殊部隊である。


「命の保証じゃと? 一生監獄に閉じ込められて、研究が出来なくなるなど死んだも同然じゃ!」

「非合法な人体実験でなければ、交渉の余地はありますよ? わたくしのおじい様も便宜を図ってくれるはずです」

「ビューティーイエロー! 貴様の祖父に……あの、甘ったれに伝えておけ! 科学の発展に犠牲はつきものだとな!!」

「………かつて、おじい様と切磋琢磨し合った天才科学者は、もうどこにもいないのですね」


 投降の申し出など当然のように蹴るドクター・ゲスに、ビューティーイエローは悲し気に目を落とす。ドクター・ゲスはかつては日本が世界に誇る頭脳の1つであった。だが、それももう昔の話。彼女達の前に居るのは研究に憑りつかれ、人の道を踏み外した男だ。


「イエロー殿! 説得するなら叩きのめしてからでござる! こやつは何をしてくるか分かったものではござらん! それがしの勘がこやつはゲロ以下の下衆だと言っているのだ!」


 悲し気に俯くイエローに対して、ビューティーブルーはまずはぶっ飛ばすべきだと刀を苛立たし気に握り締める。

 ブルーは非常に好戦的な性格をしており、取りあえず殴ってから考えるという脳筋だ。

 だが、その分野生の勘と言うべきものが働くのか、ドクター・ゲスに強い警戒心を抱いている。


「ブルーさん……あなたは、もう少し正義の味方の自覚を」

「待って、イエローちゃん。今回は私もブルーちゃんに賛成。ドクター・ゲスの目は……諦めてない」

「レッドさん?」


 そして、ブルーの勘にビューティーレッドも賛成する。

 レッドがブルーに賛同したのは勘からではない。

 リーダーとしての冷静な観察力の賜物だ。


 ドクター・ゲスは3人に追い詰められている。

 だというのに、研究所からの脱出ではなくまっすぐに地下に向かった。

 つまり、今この場所に現状を打破できる何かがあるということに他ならない。


「クックック、時間稼ぎはこの程度で十分かのう。貴様らが儂との会話に付き合ってくれたおかげで、OMEGAオメガの起動準備が整ったわ!」

OMEGAオメガ!? ……まさか、おじい様の研究資料に載っていた」

「知ってるの!? イエローちゃん!」


 ドクター・ゲスの言葉に顔を青ざめさせるイエローにレッドは冷や汗を流す。

 敵の持つ起死回生の駒。それが今解き放たれるのだ。


「ほお、知っておったか。じゃが、もう遅い! 起動せよ! 怪人かいじんを超えた神の再来となる怪神かいじん―――Over Monster Edition God Again!  オメガよ!!」

「怪人とか怪神かいじんだのは知らないが、お主の思い通りにはさせぬ!」


 初めに動いたのは、やはりと言うべきかブルーだった。

 野生の勘のままにドクターゲスの後ろにある生体ポッドに刀で斬りかかる。

 迅速な動き。ドクター・ゲスも反応できない、相手の手を封じる完璧な動き。


「待って、ブルーちゃん!?」


 だが、その行動は少しばかり遅かった。




『Start Up. Over Monster Edition God Again』




 瞬間、生体ポッドから黒い波動が漏れ―――周囲の物を吹き飛ばす。


「ブルーちゃん!」

「ブルーさん!?」


 もちろん、生体ポッドに斬りつける寸前まで行ったブルーに黒い波動は直撃する。

 慣性など存在しないのではないかという程の勢いで、ブルーは反対側の壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられてしまう。

 粉々に砕け散る壁を見れば、今の一撃がどれだけの威力だったかは言わなくても分かるだろう。


「お、おお……ぶ、無事に起動したか……のう?」


 そして、何よりもOMEGAオメガの力の強大さを物語っているのはドクター・ゲスの態度だ。

 あの尊大で他者を見下す性格のドクター・ゲスが、恐怖の入り混じった表情で観察しているのだ。

 目の前の怪神オメガを。


「何ですか……この禍々しいまでの重い空気は」


 生体ポッドが内側からひしゃげられる。

 まるで、思い通りにいかなかった何かに苛立ちをぶつけるように。


「出てくる……」


 波動により歪んだ扉が内側から蹴り破られる。

 そして、レッド達の前にゆっくりと怪神オメガが姿を現す。


 熊のような体躯。

 龍の鱗のような黒い鎧。

 虎のような爪。

 鷹のように鋭く光る赤い瞳。

 そして何より、体を覆う負のエネルギーの塊のような黒い霧。


「オ、オメガよ。き、気分はどうじゃ?」


 恐る恐るといった感じでオメガに声をかけるドクター・ゲス。

 その姿にレッドは瞬時に理解する。

 怪神オメガは、ドクター・ゲスの手にすら負えぬものなのだと。


「……気分だと?」


 そして、静かに響く重く低い声。

 まるで地獄の亡者の呻き声だ。

 嘆きと怒り、そして諦観が入り交ざったような声。

 そんな声の主の今の気分は――




「―――最悪だ」




(……やばい。ブルーを傷つけたせいで、ビューティーレンジャーに投降して、悪の組織を抜ける俺の計画がパーになってしまった…!)


 いきなり計画が破綻したことで、絶賛混乱中だった。






「これが……怪神オメガ?」


 レッドのオレンジの瞳が警戒心を全開にして、俺を睨みつける。

 今更、自分は哀れな実験の被害者なんですと言える空気ではない。

 俺はかねてより考えていた投降計画が、一瞬で崩れ去ったことに思わず天を仰ぐ。


(畜生……悪の組織なんて100%負けるから、早いうちに裏切って、被害者としてビューティーレンジャーに保護してもらう予定だったのに…!)


 俺はいわゆる転生者だ。

 怪人として悪の組織に生み出されたが、どういうわけか前世の記憶がある。

 だからこそ、美少女戦隊ビューティーレンジャーなんてものが存在するこの世界が、アニメの世界だと気づけた。


 正直そこまで詳しくは知らないのだが、俺を睨んでいるレッドの顔には非常に見覚えがある。

 短く切り揃えられた赤い髪に、太陽のようなオレンジの瞳。赤いミニスカートにスパッツ。

 へそと太ももがあらわになった、格闘家のような殴り合いをするのに動きやすそうな戦闘服。


 彼女は主人公、赤井あかいあかねだ。

 性格とかはそこまで覚えていないが、とにかく彼女が主人公。

 そう、つまりは――


「良く分からないけど……ブルーちゃんがやられた分はやり返す!」


 ―――悪の組織が勝てるわけない!


(お先真っ暗な組織に居たら俺まで死にかねん! じゃあ、逃げれるかと言っても俺は怪人。無職、家無し、戸籍無しで3アウトチェンジどころか、ゲームセット状態だ。だからこそ、良い感じにバックに国がついている美少女戦隊に保護してもらって、身元を保証してもらい、なおかつ仕事を紹介してもらう完璧な将来プランが…!)


 俺は恨めし気にドクター・ゲスを睨む。

 この糞ジジイ、俺を不完全な状態で起動させやがって。

 おかげで力が暴発してブルーを傷つけたじゃねえか。

 この恨みで、保護するには危険とか言われたらどうしてくれるつもりだ。


「な、なんじゃ、その反抗的な目は!?」

「……最悪の気分だと言っただろう」

「え、ええい! 貴様は黙って儂に従えばよいのじゃ! でなければ、貴様につけた自爆用の爆弾を起動させるぞ!!」


 そして、明かされる衝撃の事実。

 このジジイ、なんてものを俺の身体につけてやがるんだ。

 おかげでさらに投降しづらくなったじゃねえか。


(どうする? 爆弾がある以上、今組織を抜けるのは危険だ)


 まず、俺の方針は命を大切にだ。

 正直に言って、俺の心には正義の心なんてないので悪の組織が何しようがどうでもいい。

 俺に関わらなければそれでいい。


 仮にこの世界が悪の組織が勝つ物語なら、俺は自分の転生先にガッツポーズしていただろう。

 だが、現実は非情だ。負け確の組織に、首輪付きで飼われている。

 しかも、頼みの美少女戦隊とは今さっき敵対したばかりだ。

 お先真っ暗である。

 せめて、金稼ぎできる転生特典でもあれば何とかなったんだが。


「自爆用の爆弾ですって!? 自分の仲間になんてものを…!」

「ふん、仲間じゃと? 怪人は全て儂の作品にすぎん。製作者が作ったものをどう使おうが儂の勝手じゃろう」

(いや、まてよ? 自爆用の爆弾……これを使えば印象操作が可能か?)


 考え込んでいた所で、イエローがドクター・ゲスを非難する声が聞こえて来る。

 ビューティーイエロー、黄瀬きせ桜花おうか


 見た目は金髪ロングの青眼で巨乳。

 纏う戦闘服も、黒いベルトに黄色のドレスのようなロングスカート、そして高いヒール。

 まさにザ・お嬢様な見た目に反することなく、実家は公家の血筋で祖父はドクター・ゲスと肩を並べた天才科学者。そして父親は防衛省のお偉いさんという、良いとこのお嬢様だ。


 つまり、媚びを売ればメリットがデカイ。

 と、なれば。


「忌々しい……、貴様のような老いぼれになど!」

「言葉使いには気をつけるのじゃな。儂はいつでも貴様の命を奪える立場に居る」

「……いいのか? ここで自爆すれば貴様諸共あの世行きだぞ」

「馬鹿め。貴様だけを盾にして儂は脱出装置で逃げるに決まっておろう」

「チッ……ゲスが。すぐにでも…ッ」


 はい。ここで、爆弾がなければドクター・ゲスなんかには従っていないアピール。

 大切なことなので、爆弾がなかったら従ってないということを繰り返す。

 あくまでも俺の意思でやってるんじゃないですよーと、美少女戦隊に知らせる。


「ゲスめ、そんなものがなければ部下1人従えられないとは、上司の風上にもおけぬ」

「ブルーさん! ご無事で!」


 ここで復活してきたブルーが会話に加わってくる。

 海のように青いポニーテールに紫の瞳。

 忍者を思わせるピッチリとした全身タイツの戦闘服でスレンダーな体を包む。

 そして、ちょっと古風な口調だが3人の中でも一番若い青峰あおみねあおい

 攻撃してしまった彼女も味方につけられれば、俺の生存の確率が上がる。


(よし来た! あれで死んでたらどうしようかと思ったが、これなら関係修復可能だ)


 ブルーの復活に思わず、心の中でガッツポーズする俺。

 彼女達が物語の主人公である以上、俺の立場の保証には彼女達の好感度が重要だ。

 多分、彼女達のバックには頼りになる大人が居るので、その人達に彼女達から俺を助けて欲しいアピールをしてもらえれば、グッと俺の未来は明るくなる。


「馬鹿共には理解できんで結構。さあ、オメガよ! 怪人を超えた怪神の力を小娘共に見せてやれ!!」

「ブルーちゃん! イエローちゃん! 来るよ!!」


 と、言ってもまずは現状を打破しないことには始まらない。

 俺はドクター・ゲスが八つ裂きにされても笑っていられる自信があるが、自分が傷つくのは何があっても嫌だ。


 ぶっちゃけると今後の生活が保障されるなら、いたいけな少女が相手でも容赦なくボコれる。

 だが、好感度が下がると当然バッドエンドホームレス直行なのでそれは出来ない。


(さて、どう動くべきか)


 俺は頭の中で選択肢を出す。

 ① ドクター・ゲスに逆らう→当然、自爆させられる。

 ② ビューティーレンジャーと戦う→好感度が下がる。

 ③ 良い感じに戦って負ける→自爆させられてドクター・ゲスだけ逃げる。

 ④ 戦って普通に勝つ→悪の組織大勝利END。絶望の未来にレディゴー!


(……あれ? これ――)


 そこまで考えて俺は気づく。

 気づいてしまう。



(―――どうしようもなくね?)



 早速、詰んでしまっているということに。


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