日本全国ヤマダ化計画!

平繁無忙

第1部

第1章

第1話

 午前三時。コンビニエンスストアの蛍光灯が、ゆらめく虫の影を床に映していた。レジカウンターの向こう、制服姿のナオミは、商品棚の間を行き来する深夜の客たちを、ぼんやりと眺めていた。


「いらっしゃいませ」


 声を出す度に、ナオミは考えていた。この国の人々は、なぜこうも画一的な挨拶を繰り返すのだろう。まるで、みんなが同じプログラムで動いているみたいだ。


 昨日、実家の近所で偶然会った幼なじみのタロウの話を思い出す。超有名大学で社会学を学んでいる彼は、「人々は無意識のうちに、既存の社会規範に従って行動しているんだ」と、いつもやけに難しい話をしていた。そう、まるで全員が同じ人のように─


「あっ」


 ナオミは思わず声を上げた。深夜のコンビニに漂う微かな空調音と、商品の整理音だけが響く静寂の中で、突拨な考えが閃いた。


 全員が同じ名字になればいい。


 そう、全ての人が同じ「ヤマダ」になってしまえば、既存の社会階層や偏見も、きっと変わるはずだ。タロウの受け売りの知識が、ナオミの頭の中で思いもよらない方向に展開していく。


「ふふっ」


 思わず吹き出しそうになって、慌てて口を押さえた。バイトの時間中に笑い出すわけにはいかない。でも、この考えは面白い。タロウが言っていた「思考実験」というものなのかなとも思う。


「次のお客様、どうぞ」


 機械的な声を出しながら、ナオミの脳裏では計画が形になっていった。行政手続きの簡素化、社会的差別の撲滅、新しい共同体意識の形成─。これを聞いたらタロウは何て言うだろう。フリーターの突飛な思いつきを、きっと笑うに違いない。


「やばい、やばい」


 ナオミは首を振って、妄想を振り払おうとした。でも、一度芽生えた考えは、もう止められない。レジを打つ手が、いつの間にか早くなっている。この考えを誰かに話したら、タロウでさえきっと笑うだろう。でも、もしかしたら─。


 深夜のコンビニで、社会を変える夢想が静かに育ちはじめていた。ナオミにはまだ分からない。この些細な思いつきが、やがて日本中を巻き込む大きなうねりになることを。そして、その時、タロウが思いもよらない形で協力者になることも。

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