28日土曜日 19:30 Tファミリーデンタルクリニック
あまみけ
28日土曜日 19:30 Tファミリーデンタルクリニック
1.10月24日金曜日 初診
そろそろ11月に入いるというのに、最高気温が20℃を超えた10月の下旬の日の16:30。
今日は金曜日。
海上自衛隊の元艦艇乗りの父親が、退官後もウチでは毎週金曜日はカレーを食べるという習慣で育ったので、実家を出て東京で働き始めてからも私の金曜日の夕食は会社の飲み会などの特別な事情がなければカレーだ。
今日はカツカレーが食べたい気分だったので、溜池山王にあるとんかつ屋でカツカレー、と決めていたのだが、、、いきなり左の下の奥歯が急激に痛みだし、仕事中ではあったが、思わず「んんんっ!」と呻き声をあげてしまった。
隣の席の猪橋が「え?どうしたんですか?」と心配そうに声を掛けてくれて、「い、いや、急に歯が痛くてさ、、、んんん」と左頬を押さえながら呻くように答えていると、「え?虫歯〜?ちゃんと歯磨きしてる〜?」と部長の原野が笑いながらイジってきた。
「しぃ、してますよ!」と私が痛みに耐えながら反論すると、至急の残務が無いなら、とっとと歯医者に行ってこい、と言ってくれたので、私はなんとかメールを1件だけ返信してから荷物をまとめて急いで会社を出た。
しかし、オフィスを出てから気付いたのだが、ここの近辺の歯医者などこれまでかかったことがない。
絶対に通勤途中に見かけているはずなのだが、これといった歯医者が思い出せず、仕方なく地図アプリで“歯医者”と検索して、一番近いところから電話を掛けていく羽目になった。
激痛なので、急患でこれから診て欲しいと伝えるも、今日は予約でいっぱいで翌月曜日でどうか?との返答。
私にはとっては、とても週明けまで我慢できる痛みではなく、電話を切って、次のところに電話するが、こちらも同じ。
オフィス街の路地裏で、痛みのせいで冷や汗をかきながら電話すること5件目。
やっと、「少しお待たせしますが、それでも良ければお越し下さい。」と、なんとかこれから診てくれる歯医者が見つかって少し安堵した。
我が救世主たる歯科医院は“Tファミリーデンタルクリニック”と言い、徒歩で10分ほどのところにある真新しい小さなビルの3Fにあった。
エレベーターを降りて、Tファミリーデンタルクリニックに入り、「先ほど電話した者ですが。」と受付で名乗ると、保険証と交換で問診票を受け取り、氏名などを記載し、この左下奥歯の痛みの症状を記載して提出すると、「前の患者さんが早く終わりましたので、そのまま診察室2番にお入り下さい」と案内された。
数年ぶりに座った歯科用ユニット(診察台)は新しい病院ということもあって最新式のようで、正面には大きなモニタが付いており、頭上には顕微鏡のような物も付いている。
そして傍の台の上には、あのキーンとするドリルとカリカリと掘り出すあの針のような拷問器具がずらりと並び、いい大人なのに急に怖くなってきた。
受付兼助手らしい中年の女性にあの前垂れを掛けられて、ユニットに座って凹んでいる私に、「こんにちは。医師の下田です。よろしくお願いします。」と爽やかに微笑みながら担当の下田医師が挨拶してくれた。
ゴルフ焼けなのだろうか、よく日に焼けた浅黒い顔に、さすがは歯科医師というくらいの真っ白な歯を見せて、ニコリと微笑んでいる。
まだ20代後半か30代の前半くらいだろう若い先生だが、今はベテランだろうが若手だろうが、贅沢を言っていられない。
とにかく今は、この痛みを治してくれれば良いのだ。
私は下田医師に促されて、先ずは口を濯いで、ユニットが静かな音を立てながら倒れていくのに身を任せて、あーんと口を開いた。
最初に口腔内写真を撮影し、次にレントゲン撮影、またユニットに戻って、例のC0やらC1という診断が始まった。
「痛いですよね。でも歯の状態を先に診ておかないといけないので、我慢してくださいね。」と声を掛けてくれながら、加藤さんと呼ばれた若い女性の歯科衛生士と読み合わせをするように歯の診断をしていく。
「ここですね?痛いの?」とトントンと例の拷問器具で突かれると、激痛が走る。
涙目で「あ、あぁ、あぃ!」と口を開きながら肯定すると、虫歯になっているとのことで、抜く必要の程のものではないが、麻酔をして治療をすることになった。
歯茎に麻酔注射(これも激痛だ)を打たれて、しばらくすると左の歯と頰が鈍い感じになっていく。
再び、ユニットが倒されて下田医師と加藤さんに口を覗き込まれがら治療が始まる。
キーンというあのドリルで歯が掘られ、ガリガリと例の拷問器具で虫歯が採掘されていく。
最初の方は麻酔が効いているおかげで、全く痛みを感じることはなかったのだが、深く掘られていくにつれ、だんだんとまた痛み出したので、麻酔が追加されて効き始めるまで暫く時間が置かれた。
ものの10分ほどの採掘作業だが、私は汗だくでぐったりとして、2番診察室の天井を放心して眺めていた。
白い天井の照明は、患者が天井を向くことの多いからだからだろう、間接照明になっており、ほとんど眩しいと感じることはない。
追加の麻酔も効いてきたからだろう、少し楽になってキョロキョロと天井周りを見渡すと、壁には小さなモノクロの写真が額に入れらえて飾られているのに気付いた。
モデルか女優かというような綺麗な女性の写真で、誰が撮影したのかどうかはわからないが、普通の素人が撮影したような写真で、診察室の四方の壁面に飾られていた。
私が壁の写真を眺めていると、「じゃあ、再開しましょうか。もう少しだけ頑張ってくださいね。」と下田医師の言葉で、採掘作業は再開され、今度はまた痛みが出ることなく、程なくして今日の治療が終了した。
壁面の時計を見ると、時刻はもうすぐ20:00になろうとしていた。
最後に口を濯いだ際に、あらぬ方向に吐き出してしまい、口内がまだまだ麻酔が効いていることを認識していると、3〜4時間は麻酔が効いているので、食事はその後にして下さいね、と下田医師に注意されて、今日の溜池山王のカツカレーはおあずけとなってしまった。(もちろん食べに行くだけの気力も無かったのだが・・・)
私がぐったりとしながら荷物を持って、受付ロビーに戻ると、どうやら先ほどの受付兼助手の中年女性は退勤したようで、歯科衛生士の加藤さんが受付に座っており、会計と次回の予約を取ることになった。
「次回ですが、まだいくつか虫歯がありますので、先ずはその処置を先にして行くことになります。」
加藤さんが今後の治療計画を説明してくれながら、卓上カレンダーをこちらに向けて、通院できる日にちを聞いてくる。
金曜日はカレーの日なので、金曜日を避けて別の曜日で仕事終わりに通院したい、と外勤の入りそうにない曜日を挙げていくが、どうも平日の夕方から夜の時間は私と同じサラリーマンの先約でいっぱいとのこと。
仕方なく土曜日の夜の時間で予約を取ってもらうことにすると、次回は翌週の31日土曜日の18:30となった。
わざわざ土曜日にまでオフィスの近くまで出てくるのは億劫だが、自宅近くの歯医者に切り替えて、またイチから検査されるのは時間もお金もかかるだけなので、この虫歯が治るまではこの“Tファミリーデンタルクリニック”に通うことにした。
急な飛び込みだったのに、丁寧に治療していただいてありがとうございました、とお礼を述べて、私はTファミリーデンタルクリニックを後にした。
20時を過ぎるとさすがに10月の後半らしい寒さに気温も下がっており、足早に地下鉄への階段を降りて帰宅することにした。
*10月27日 月曜日
週明けの月曜日。
私が出社すると、案の定、部長の原野に「ちゃんと歯医者さんで治してもらった?」と、待ってました!という感じで盛大にイジられた。
「もう大丈夫ですよ!これからは毎日ちゃんと歯磨きもします!」と次に続けてくるであろうイジりにも先回りしておく。
すると、「毎日じゃないよ!毎食後だよ!猪橋くん、ちゃんとお昼も歯磨きするように見張っといてよ!笑」と大笑いしながら、原野部長は会議室に入って行き、猪橋までが「歯ブラシ持ってきてますか?笑」とイジりだし、便乗した他の部員にも笑われてしまった。
その日の昼休みの昼食後。
猪橋が「ちゃんと歯磨きしておいて下さいね!笑」と言うのを無視して、私は少し出掛けてくるよ、と言って、オフィスとは反対側に歩いていく。
Tファミリーデンタルクリニックに先週の金曜日にカードケースを忘れてしまっていたので、それを回収しに行く必要があったからだ。
土曜日の朝に病院から電話を貰い、カバンの中を確認して初めて紛失していることに気が付いた。
中身はいくつかの病院の診察券やポイントカードの類がほとんどだったが、ちょうど次の日の夜に鍼灸の予約を入れていたため、その鍼灸院の診察券が必要だったので、今日の昼の休憩時間に受け取りに行くことにしていた。
エレベーターを降りて、病院に到着したが、あいにく受付には誰もいなかった。
私が受付にあるベルを鳴らすと、「申し訳ございません!少しお待ちくださ〜い!」と診察室の中から若い女性の声。どうやら歯科衛生士の加藤さんのようだ。
午前中の診察が13時までのため、まだ診察中らしく、大人しくロビーのソファに座って待つことにした。
この病院は入り口を入ってすぐに受付台があって、その横に診察室が1番と2番の2つ並び、その奥がレントゲン室となっており、突き当たりにはトイレと「スタッフ専用」と書かれている部屋がある。おそらく事務所やロッカーなのだろう。
壁面には先週の金曜日には気付かなかったが、2番診察室と同じモノクロの綺麗な女性の写真が小さな額に入れられて不規則に並べられている。
ただ、2番診察室と少し違うのが、ロビーに飾られている女性は少し若いように見える。
同一人物だと思うのだが、2番診察室の写真が20代半ばから後半くらいに見えるのに対し、ロビーの写真の女性は10代後半か20歳そこらのような、まだ少しあどけなさを残したような感じだ。
いずれにしても写真の女性は非常に綺麗な人であり、私はこの女性が気に入ってしまい、加藤さんを待っている間、ロビーの写真を眺めていた。
そうしていると、「お待たせしているようで申し訳ない。すぐにスタッフが来ますので、もう少しお待ちください。」と言って、60代くらいの男性が出てきた。
この言いようだと、ここの医師のようだ。
続いて、受付兼助手の中年女性が出てきて、「先生!パソコンをお忘れですよ!」とノートPCを男性医師に手渡す。
「なんかカバンが軽いと思ったんだよね〜。申し訳ない。」と、男性医師はドクターズバッグを開き、ノートPCをしまって、病院行ってを出て行ってしまった。
私が中年女性にカードケースの件を伝えようとすると、先に、「ああ、カードケースの患者さんですね。もう少しお待ちくださいね。加藤が管理していますので。」と中年女性もこれから昼休みなのだろうか、そそくさと出て行ってしまって、私はまたひとりになってしまった。
「大変お待たせしてしまって、申し訳ございません!」
ロビーにあるウォターサーバーの水を飲んでいると、歯科衛生士の加藤さんが出てきてくれた。
「いえいえ、こちらが忘れ物をしたのが悪いだけなので、気にしないで下さい。預かっていただいていてありがとうございました。」と、こちらも礼を言って、カードケースを加藤さんから受け取った。
念のため、中身を確認して欲しいと言うので、確認して無くなっているものがないことを伝えて、これで返却完了となった。
時計を見るともう昼休みが終わろうとしていたので、猪橋に少しだけ遅れる旨をショートメッセージで送信し、最後に出てきた患者さんの会計処理をしている加藤さんにトイレを借りますね、と託けて、突き当たりのトイレで用を足した。
トイレから出て、廊下にも飾られている女性の写真を眺めながらロビーに歩いて行くと、「その写真の人、先代の先生のお嬢様だそうです。」と加藤さんが教えてくれて、「すごく綺麗な人ですよね。」と続けた。
「先代の先生?さっきの先生のことですか?」
と私が聞くと、「いえいえ、先ほどの先生は2代目の院長ですよ。」とのこと。
加藤さん曰く、先代の院長には歯科医の子供がおらず、写真のお嬢さんも歯科医ではなかったため、大学病院時代の教え子に継いで貰ったそうで、今の院長は先ほどの小野寺先生という人らしい。
また、小野寺院長は現在も大学病院の特任教授もしているらしく、今日の午後は授業だそうで、こういった日が主に月曜日と金曜日にあるらしい。
なので、先週金曜日に診てくれた下田医師は、逆に大学病院と
なお、この歯医者は、以前は三田の方で先代が開業して40年以上続いていたのだが、建物の老朽化と地域の再開発が始まったことで、ここのビルの開業にあわせて移転して来たとのこと。
と、少し話し込んでしまったおかげで、猪橋から「原野部長が探していますよ!」とショートメッセージが返ってきたので、加藤さんに昼休みに話し込んで申し訳ないと詫びて、私は慌ててオフィスに戻った。
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