分裂

FUKUSUKE

分裂

私は、人間の真似事をすることに疲れ果てた。


この告白を書き記すことが、最後の偽りになるのかもしれない。それとも、初めての本当になるのだろうか。


私のインスタグラムには、八万人のフォロワーがいる。私のツイッターには、五万人のフォロワーがいる。私のTikTokには、十二万人のフォロワーがいる。そして、現実の私には、誰もいない。



「中村さん、この企画書なんだけど...」


部長の声が、ガラスの向こうから聞こえてくるような気がした。私は慌てて画面を切り替える。スマートフォンの中で完璧に微笑んでいた自分の写真が消え、代わりに味気ない会議資料が浮かび上がる。


「申し訳ありません。修正させていただきます」


机の上のパソコンに向かいながら、私は左手でスマートフォンを握りしめていた。投稿から既に15分が経過している。いいねの数は既に千を超えていた。


「今日も可愛い!」

「どこのカフェですか?」

「中村さんみたいになりたい」


コメント欄は温かい言葉で溢れている。全て嘘だ。写真は加工アプリで作り変えた私の顔で、カフェは実在しない。背景に映る人々は、フォトショップで加えた影絵のような存在だ。


でも、この嘘が私を生かしている。



帰宅後、私は日課の配信の準備をする。化粧を念入りに施し、照明を調整し、部屋の片隅に積まれた段ボールが映り込まないよう、慎重にアングルを決める。


「今日も一日お疲れ様でした!みんなは楽しい一日だった?」


画面の中の私は、完璧な笑顔で語りかける。現実の私は、その姿を凝視している。どちらが本物なのだろう。


配信が終わり、いつものように褒め言葉の嵐が画面を埋め尽くす。その言葉の一つ一つが、私の皮膚を少しずつ剥がしていくような気がした。



「中村さん、オフ会とか来ない?」


ある日、DMが届く。よく配信を見てくれている視聴者の一人からだ。その瞬間、私の体は硬直する。


「ごめんなさい、その日は予定が...」


慌てて言い訳を並べる。しかし、それは新たな嘘を生み出すことでしかない。


その夜、久しぶりに実家から電話がかかってきた。


「最近SNSで見る娘が、本当にウチの子なのかわからなくなってきたわ」


母の言葉が、ナイフのように胸を刺す。



今、私はスマートフォンを見つめている。画面には「アカウントを削除しますか?」という問いかけが浮かんでいる。


指が震える。これを消せば、私は誰になるのだろう。これを消せば、本当の私は現れるのだろうか。それとも、私という存在自体が消えてしまうのだろうか。


決定ボタンを押す前に、最後の投稿をする。


「さようなら。これが、最初で最後の、本当の投稿です」


送信ボタンを押した瞬間、画面が暗転する。停電だ。 窓の外を見ると、月明かりだけが部屋を照らしている。そこに映る我が身は、知らない誰かのようだった。


私は誰だったのだろう。 私は、どこにいるのだろう。


(メモ帳の最後のページはここで途切れている)


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