もふもふがひざを占拠しておられる。「クリスマスの悲劇」

TSUKASA・T

「クリスマスの悲劇」

 もふもふがひざを占拠しておられる。

 ねこさまにふりまわされて、いきている。――字余り。


 もふもふがひざを占拠しておられる。

ねこさまにひざを占拠されてはやどれだけか。ニンゲンの足は極限まで忍耐を強いられているが、それは些細な問題にすぎない。

 無論、ねこさまが満足しておねむりになっておられる以上、この家で一番地位の低い場所に所属しているニンゲンは、単なる下僕にすぎず、ねこさまの上意にさからうなどもっての他なのである。

 最近でも、それを象徴する事件が起こった。

 仮に、それを「クリスマスの悲劇」と呼ぼうか、―――。



 クリスマスの悲劇。

 それは、十二月二十五日。

 クリスマス当日に起こった。

 この話を語る前に、まずこの家の構成を話す必要があるだろう。

 この家を占拠しているのは、三匹のネコ達である。

 第一位は、ミケさま。

 この近辺の女王様であり、いまはこの家に仮住まいを定めておられる三毛猫である。

 第二位は、ミケさまの息子の王子。

 王子は、クイーンの息子であるが、甘やかされてはいない。

 むしろ、同じ家に住まうこととなっても、ネコ族の定めとして「オスはなわばりをもって独立しなければならない」という法がある為に。

「何故、独立しないで、うちに一緒にいるの?!」

とミケさまに猫パンチにされて、いまも同居しながら、ごはん第一位はミケさま、何事においても一番はミケさまにゆずる、という一点で逃げを第一にすることで、何とか生存圏を確保している王子様である。

 そして、第三位は、外様の小娘、三毛猫の福姫。

 福姫は、ある日、ミケさまの居住なされている家の外に突然現れた桜猫である。

 耳をカットされたネコは桜猫と呼ばれて、地域で増えすぎないよう避妊手術をされて地域で世話をされているネコ、というのが通説だが。

 どうにも、誰にもごはんを貰えていないのか、ミケさまが観察していた窓外に現れた福姫は、当時ぼろぼろのやせぎすであった。あまりの痩せ方に、ミケさまの世話をさせているニンゲンが、あまったご飯を運んでやるのを、ミケさまが見逃したくらいである。

 その後、紆余曲折があり、福姫はミケさまが仮住まいするこの家に保護されることとなった。

 つまり、いまこのミケさまが支配する家には、ネコが三匹くらしている。

 下僕はニンゲン達が進んで行っている。

 ニンゲン達の地位は、当然ながらミケさま達より下である。一番下が、ニンゲン。

それは、ゆるがぬ事実である。

 故に、そう、そのクリスマスの悲劇は起こったといってよかろう。

 そのとき、ニンゲンは浮かれていた。

 クリスマス、とかいう季節商戦にのっとった世間を浮かれさせる商法に、ニンゲン達はのせられやすい。

 かくして。

「ミケさまたちに、クリスマスのプレゼントー♪」

と、脳天気にニンゲンがある品物と普段より豪華なごはんを用意したりとしていたのだが。

 クリスマスの悲劇は、こうして起こった。



「…ミ、ミケさまー!ど、どうして、―――逃げないでー!」

 イヤそれは無理、と速攻でミケさまが思ったかどうかは定かではないが。

「…せっかく、おいしいごはんも用意したのにー」

がっくりと肩を落とすニンゲンにあるのは善意だが、善意だけがあればニンゲンがゆるされるといったものでもない。

 クリスマスの夜、ニンゲンが肩を落とすのを一顧だにせず逃走したミケさまがいる。

 ミケさまだけではない。

 保護して、大切に大切に。風邪がなおるまで別の部屋に大事にしている福姫にも、ニンゲンは逃げられている。

 ニンゲンの手許には、美味しそうなご飯――ネコ用だが――が乗ったお皿。

 むなしく、ごはんだよーおいでー、と呼ぶニンゲンにも寄り付かず、ミケさまは安全と判断されるまでお隠れになることに決めていた。

 ニンゲンの手がけして届かない辺りで、潜伏する。

 まったく、油断ならない、とニンゲンのことをミケさまは思っている。

 それは、別の部屋で隠れている福姫も同じだ。

「ニンゲンなんて信用できないにゃ」

 人語が話せるなら、確実にそういってニンゲンを拒否したろう福姫の鋭い視線と逃げる速度の速さ、何とかつかまえてその「プレゼント」をなんとか処置するまでの騒動――。

 福姫にいわせれば、否、福姫と不倶戴天の敵として、けしてこの仮住まいに受入れる姿勢をみせていないミケさまとて、これには同意していたことだろう。

 つまりは。

 人族であった処で、例えば、背中の首筋あたりに、冷たいしずくを突然落とされて、うれしいものがいるだろうか。ひやっとして冷たいものを突然背と首筋の境につけられるなど、御免被る、というのが本当ではないか。

 ニンゲンだって嫌なものは、ねこさまとてイヤなのだ。

 つまり、レボリューション。

 或る程度良いお値段がして保険がきかない――予防の観点からつけるくすりは、保険対象外である―――三匹分のお薬を、クリスマスプレゼントとして、おいしいご飯の他にニンゲンは用意していた。

 三匹分の、レボリューション。

 それは、もふもふなネコ族にとって必須の、ダニ予防のお薬である。

 室内だけで生きているなら大丈夫だが、最近まで外にいて、ようやく室内に保護された福姫がいる為、お薬をつけて予防する必要があるのだ。

 それは、しつこいようだが保険適用外である。

 福姫を保護するとニンゲンが決めたとき、動物病院で風邪をひきかけていた福姫に風邪予防のお薬を打ち、ついでにそのときレボリューションも打っていたのだが。

 残念ながら、一ヶ月に一度はこの予防薬は打つ必要がある。もっと長い期間効くタイプもあるのだが。ワクチンを打った当初でもあり、様子見で一ヶ月分のものを打つことにしたのだ。

 その期限が、そろそろ切れようとしていたのがクリスマスだった。

 保険適用外である為、それなりに三匹分となれば費用もかかる。

 ニンゲンは、財布と相談した結果「クリスマスプレゼント」として、レボリューションネコ三匹分、を用意したのである。ネコの為だったのだ。

 ニンゲン用予算が非情にも削られるという悲劇もまたその裏には起きている。

 だがしかし、理解はされなかった。

 美味しいご飯を用意しても、背中にいきなり冷たいしずく――レボリューションは滴下型のくすりである――を投下されたうらみは忘れられない。

 かくして、ミケさまと福姫に避けられたニンゲン。

 おいしいごはんだよーと用意したお皿も無視されて。

 (のちほど、無事完食していただいたが)

「…ミケさま、…逃げなくても、…---」

 くすりが駄目なのはわかるけど、と。

 がっくりと肩を落とすニンゲン。

 かくして、「クリスマスの悲劇」は引き起こされたのだった。

 クリスマス。

 ネコ達に囲まれて、おいしいご飯を食べるネコ達と平和で楽しいクリスマスを夢見ていたらしい、ニンゲン。

 確かに、レボリューションでダニ予防は大事とはいえ(暖房もきいた室内では完全にダニを駆除するのは難しい――特に、福姫を迎えて掃除を徹底したとはいえ)

 先に、冷たいしずくを滴下してから、ごちそうなんて呼んでもそれは無駄である。

 しばらく、絶対に、ミケさまたちはニンゲンの前に姿を現わさないであろう。

 かくして、訪れた「クリスマスの悲劇」。



 離れた場所で、のんびりと。

 実は、先に動物病院に連れて行かれて、そこで上手な先生の手でレボリューションを打たれた王子が、ゆったりおやつを食べたあと、のんびり毛づくろいなどをしている。

 クリスマスの悲劇におちいったニンゲンをながめて、思う。

 ――ニンゲンって、なにかまちがってるよね。

 そう考えて、ゆっくり温かい部屋でねむることにした王子はさわぎを他所に丸くなっている。

 ニンゲンを警戒して隠れているミケさまと、福姫。

 ごはんだよー、といってなげいているニンゲン。

 「クリスマスの悲劇」

 その夜は、こうして暮れていくのだった。――――




 なべて世は、こともなし、…――?


                           「クリスマスの悲劇」

                                    了



 

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