八月朔日夜桜の解剖学教室

ぜろ

第1話

「はいな八月朔日ほずみ


 電話を取った夜桜よざくらちゃんは眠そうな声でそれに答えた。事実眠いんだろう、俺があれこれ質問するから終電を逃して時間は夜半を回っている。もっとも今日は宿直だから良いらしいけれど、あの広い家に葉桜はざくらちゃん一人っていうのも心配だな、なんて思った。葉桜ちゃんは司法試験一発合格の才媛な弁護士さんだ。恨みも買っている。彼女の裁判は厳しいと有名だ。


 妹の夜桜ちゃんも検死医なんてしてるから、方々に敵は多い。俺はといえばまだ医者の卵にもなっていない十七歳だから、相方のアーサー――朝比奈禄あさひな・ろくと組んでいる探偵での推理ぐらいしか心当たりもない。そして捕まえた人間は檻の中だから平和なもんだ。かちゃん、と受話器を置いた夜桜ちゃんが、どろんっとした目で俺を見てくる。


 なんだろう。事件だろうな。しかも死亡事件。じゃなきゃこの部屋に電話なんて掛かってくるはずもない。


「変死体が一つ出てる。見るだけ見てく? 他には秘密でね」


 くすっと笑った目はちょっとだけ悪戯気。

 うんっと頷いて、俺――百合籠天斗ゆりかご・たかとは笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る