第2話 証言する餅、語らぬ家族
浅葉光一は、黒革の手帳を手に居間の長椅子に腰掛けた。周囲は未だに新年の余韻を引きずりつつも、家の中にはどこか冷たい空気が漂っている。山本家の家族は、探偵の前でそれぞれ違う形の緊張感を滲ませていた。
「では、皆さんから少しお話を伺いましょう。」
浅葉の声が低く静かに響く。
美咲の証言
最初に浅葉が目を向けたのは、孫娘・美咲だった。二十歳を迎えたばかりの彼女は、手をぎゅっと握りしめ、目を伏せたまま何かに怯えているようだった。
「あなたがこの餅をついたんですね?」
「……はい。祖父のために、心を込めてつきました。」
「餅の材料や作り方、何か変わったことは?」
美咲は浅葉の鋭い視線に一瞬躊躇うが、首を横に振る。
「特別なことはしていません。もち米もいつも通り。お母さんが手伝ってくれて、ちゃんと臼と杵でつきました。」
「では、なぜ作った餅を食べてもらう時に、あんなに緊張していたんですか?」
浅葉の言葉が鋭く刺さった。美咲はハッと顔を上げ、しどろもどろに口を開く。
「それは……その……祖父が、餅を食べるのは危ないんじゃないかって少し思って……」
「ならば、なぜ止めなかったんです?」
「お祖父ちゃんは、『わしの正月は餅がなきゃ始まらん』って、聞かなかったんです……。」
美咲の声はか細く、まるで罪の意識に苛まれているかのようだ。浅葉は何かを考える素振りを見せたが、すぐに次の人物に目を向けた。
和男の証言
長男・和男は頬を紅潮させ、どこか苛立った様子で椅子に座り直した。
「探偵さん、こんなこと聞いて何になるんだ。親父は餅で死んだ。それでいいじゃないか。」
「それなら、なぜ『餅が殺した』と大騒ぎされたんですか?」
浅葉が和男を見つめると、彼はギクリと肩を震わせる。
「……あれはついカッとなって言ったんだ。だがな、考えてみろよ。あんな硬い餅を食わせるなんて、殺意に近いだろう?」
「和男さん、あなたは徳次郎さんとの関係があまり良くなかったと聞いていますが。」
部屋の空気が一瞬凍りつく。和男の妻が慌てて止めようとするが、浅葉は続けた。
「遺産相続のことで何度も口論になっていた。そうですね?」
「……そりゃ、親父が頑固すぎたからだ!」
「頑固な父親をどうにかしたかった?」
「違う! 親父は長生きしてほしかった。ただ、俺のことを認めてくれなくて……」
和男は視線を逸らし、口を噤んだ。
順子と妻の証言
次に妹の順子と和男の妻からも話を聞いたが、どちらも平凡な答えしか返ってこなかった。
「和男が騒ぎすぎなんです。本当に困った人です。」
「私たちはただ、お父さんを悼みたいだけで……。」
だが、浅葉はその中で何か“違和感”を感じていた。
餅が証言する時
「皆さん、ありがとうございました。」
浅葉は立ち上がり、徳次郎が喉に詰まらせた餅の残りが入った箱を取り出す。遺族たちがその白い塊に目を向けた瞬間、探偵は低い声で言った。
「餅が罪を背負うなら、誰が餅を動かしたのか。それを知る必要がある。」
浅葉は餅を手のひらに乗せ、じっと見つめる。
「この餅は、ただの餅ではありませんね。」
「……え?」
美咲が息を呑んだ。浅葉は続ける。
「なぜだか分からないが、この餅には“細工”が施されている可能性がある。」
遺族一同が息を呑む中、浅葉は美咲を見つめて問いかける。
「あなたがついた餅は、本当に“純粋なもの”だったのか――それとも、何者かの悪意がこの餅に混ざったのか。」
美咲の手が震え始める。その震えを誰もが見逃さなかった。
浅葉の目には、餅がまるで何かを“証言”しているように映っていた。
その証言はまだ完全ではない。だが確かに、家族の誰かが“餅に罪を背負わせた”のだ。
「真実は、この餅が知っている。そして次は、その真実を明らかにしましょう。」
探偵の言葉に、山本家の誰もが息を詰まらせ、言葉を失った――。
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