のっぺらぼうの、お正月!

崔 梨遙(再)

1話完結:2000字

 京本暇太(きょうも と ひまだ)は40代のサラリーマン。嫁も恋人もいない、寂しいサラリーマンだ。彼は社内で“変わってる”とよく言われる。誰がどんなことを言おうが、どんなことをしようが“それは個性だ!”と言って終わらせる。そんな彼のことを変人と社内の人間は噂する。そんなことでは社内恋愛など出来ない。かといって、社外で女性と知り合う機会も無い。もう何年も恋人のいない生活を続けている。


 暇太は1LDKのマンションで1人暮らし。年越し蕎麦はカップ麺だった。元旦は焼いた餅をインスタントの味噌汁に入れて雑煮として食した。そして、暗くなってから寝正月を過ごすための買い出しに出かけた。


 スーパーとマンションまでの近道をしようと、公園内を通過する。すると、ベンチに横たわって苦しそうな息をしている和服の女性を見つけた。駆け寄る。


「どうしました?」


 和服の女性は顔を手で覆っている。


「気分が悪くて」

「救急車を呼びましょうか?」

「私に、そんなに優しくしていいんですか?」

「苦しんでいる人を見かけたら、誰でも優しくするでしょう」

「これでもですか?」


 女性は顔を覆っていた手を離した。顔がみえた。目も鼻も口も耳も無い顔だった。和服の女性は“のっぺらぼう”だったのだ!


「……」

「……」

「あの、驚かないんですか?」

「うん、顔が無くても実害は無いやんか」

「普通、驚きませんか?」

「何が普通なのか? わからへんけど、僕は驚かへんよ」

「はあ、すみませんでした。では、出直して来ます」

「あんた、他に芸は無いんか?」

「あ、私、自分の顔は無いですけど、誰の顔にでもなれますよ。ほら」


 のっぺらぼうは、有名人気女優の顔になった。


「ふーん、便利な顔やな」

「あれ? これでも驚きませんか?」

「あなたは驚かせたいの?」

「はい、驚かせたいです」

「驚かせたら金でももらえるんか?」

「いいえ、そういうわけでは……のっぺらぼうは驚かせるのが仕事なんです」

「要するに暇なんやろ?」

「え! そうですね。特に予定はありません」

「あんた、料理は出来るんか?」

「はい、料理には自信があります。和食が1番得意ですが、最近は洋食も作れるようになりました」

「そんなに暇なんやったら、僕に手料理でも作ってくれや。僕、1人暮らしが長いから手料理に飢えてるねん」

「はあ、そのくらいならいいですけど」

「ほな、買い物や。僕、インスタント食品しか買ってないから」

「買い物についていけばいいんですね」

「人に見られるから、なんでもええから顔を作ってや。流石に人前でのっぺらぼうはマズいやろ」

「じゃあ、これで」

「アカンよ、国民的人気女優さんの顔やんか。大騒ぎになるわ。もっと庶民の顔を作ってくれ」

「じゃあ、これでは?」

「うん、芸能人の顔ではなくなったな。それでOKやけど、僕が連れ歩くには美人過ぎるけどな」

「じゃあ、行きましょう」



「美味い!」

「良かったです」

「もう、元の顔に戻ってもええで、2人だけしかおらんから」

「目も口も鼻も耳も無いんですよ」

「それが素顔なんやったら、それでえやんか。気楽にしてくれたらええで」

「あなたは変わってますね」

「よく言われる」

「はい、元の顔です。確かに、素顔の方が楽なんですけど」

「今夜はこの部屋で寝たらええねん。公園に潜んでいたら寒いやろ?」

「はい、寒かったです」

「ベッド、使ってくれたらええで。僕は床に寝るから。僕は毛布だけあれば眠れるからな。なあ、そうしてくれや」

「うーん、私が床に寝ます」

「ほな、一緒にベッドで寝ようか? セミダブルやし」

「え! 一緒に?」

「なあ、あんた僕の嫁になってくれへんか? 僕、胃袋を掴まれたわ」

「私も結婚願望があるし子供を産みたいので、嬉しいお誘いですけど。相手が私でいいんですか?」

「あんたやからええんや。僕もそろそろ独りが寂しくなってきたし。あんたが嫁になってくれたら嬉しいわ。毎日食事を作ってほしい」

「作りますよ。掃除も洗濯もします。じゃあ、私と結婚してください」

「ほな、今夜は初夜やで!」


「なんでベッドに来ないの?」

「あの……私、初めてなので優しくしてくださいね」



「本当に、のっぺらぼうの私が嫁でいいんですか?」

「ええねん、ええねん、あんたはええ嫁さんや。悪いけど外に出るときだけは顔を作ってくれ。流石にのっぺらぼうの姿で外に出たら騒ぎになるから」

「家の中では、素顔でいいんですね?」

「うん、その方が楽やろ? 家の中では気楽に過ごしたらええやんか」

「私、名前も無いんですけど」

「好きな名前は?」

「ありません。決めてください」

「じゃあ、紡(つむぎ)ってどう? 紡ちゃんって良くない?」

「いいですね。気に入りました」

「じゃあ、今日から僕等は夫婦やで」

「あ! どうしましょう?」

「どないしたん?」

「子供がのっぺらぼうに生まれてきたらどうしましょう?」



「大丈夫、顔が無いのは個性やから!」







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のっぺらぼうの、お正月! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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