第5話 瞬の秘密

「さて、僕は瞬の話が聞きたいな。」



霜月は不気味な笑顔を貼り付けながら間合いを詰めると瞬を見下ろした。

瞬が顔を上げて霜月を見る姿は、獅子の目の前に転がり込んできた子ども狼のように見える。瞬は霜月をちらっと見て、下を向いて自分の手を見た。どこからか話すべきか。白龍の里の白龍に霜月の事を恩人だと言い、そして恩返しをしたいと言ったときから霜月の味方になることを決めていた。瞬はゆっくり深呼吸を一度してからちょっと思い出すように下を向きながら話をし始めた。



「初めて諒に会った時、俺は諒とぶつかって思わず⋯⋯」



霜月の手が瞬の目の前に出る。びっくりして瞬は思わず口をつぐむ。

霜月が瞬の話を遮ると瞬に背を向け森の中に声をかけた。



「瞬、ちょっと待ってて。

⋯⋯おい白龍の者たち、僕は機嫌が悪いんだ。これ以上邪魔するな。皆殺しにしても良いんだぞ。」



瞬は霜月との話に夢中で敵の気配を感じ取れなかった。瞬が気配を感じようと前を見ると森の見えるところにもやがかかりはじめた。靄は濃くなり、夢の中のように感覚が鈍くなる。水の中のように自分の身体がうまく動かせない。霜月はスッと前に歩いて森の中へ入っていく。白龍の忍も瞬と同じくうまく身体が動かせずにいた。一番前にいた男に近づくと声をかける。



こいつは昨日瞬と諒を白龍の家まで案内していた者だな。この中で一番強いのだろう。霜月は顔をその者に近づけ耳の近くでこう問う。



「白龍殿のしわざか?」

「ちっ違う⋯⋯私たちはただ⋯⋯」



その者は緊張してうまく話せない。圧倒的な力の差を感じ恐れているのだろう。



「自らの意思で動いたと言うことか。」



その者は霜月と目を合わせる。同意の目だ。顔面は蒼白している。



「これ以上やるなら白龍殿に君たち皆の首を届けても良いんだよ?僕の言ってる事、伝わってるよね?」



霜月はニッコリする。その者は霜月の話を聞いて目を合わせると本気だと感じ、目をつむり顔を下へ向けた。霜月の言葉で死ぬことを覚悟した行動だと霜月は理解した。霜月が話した者もそこそこ腕のたつ者のようですぐに霜月との力の差を感じ、こちらの意図もすぐに汲み取ったことが分かり少し怒りが和らいだ。



「⋯⋯わかった、白龍殿には貸しだよ。この者以外は早く帰りな。

君は昨日二人を白龍の家に案内していたね。名は?」

「⋯⋯烏斗からとと申します。」

「そうか。烏斗、君は居残りね。」



残りの者たちは慌てて逃げて行く。転ぶものもいたが怪我など構いもせず必死に走り去った。しばらくすると靄が晴れていった。霜月は瞬のいる方向へ向き直ると歩きだした。



遠くに見える瞬は虚ろな目をしている。まだ意識がしっかり戻っていないのだろう。瞬は右手でクイナを取り出した。霜月はそれを見ると駆け出した。

瞬は左手に向かってクイナを押し込もうとしている。すんでのところで霜月は瞬の左手を内側から外側へ押して瞬の動きを止めた。



「馬鹿者!今のは僕の力だ。痛みで無理矢理意識を引き戻す必要はない。」



瞬に向かって大きな声で言った。

すると瞬は意識がだんだんはっきりしてくると霜月を目で捉えた。



「あっ霜月さん、俺⋯⋯」



瞬は言いかけて何かの気配を感じ左奥を見た。霜月もそちらの方を見た。



「ようやく気配に気がついたね。君と諒を白龍殿の家に案内した烏斗だ。

二人には本気で戦ってもらいたいんだ。

でも烏斗、手加減したら僕が君の首をはねるよ。」



霜月は黒い笑顔を烏斗へ向けた。

瞬は霜月の方を見る。



「話は戦いの後ってことか?」

「そうだ。」

「勝ったら望むことがあるんだけど⋯⋯。」



瞬は霜月に言いかけて霜月の目を覗き込んでいる。霜月は瞬に耳を近づけて小声で瞬から内容を聞くと烏斗に提案した。



「烏斗、君が勝ったら今日のこと君の仲間のことも含めてなかった事にする。白龍殿にも告げ口はしない。どうかな?」

「願ってもないことです。」

「ま、生き残ったらね。」



霜月はその一言で二人をどん底へと突き落とした。

瞬と烏斗はお互い見合うと構えた。先に瞬から動いた。クイナを烏斗の足元に投げた。烏斗は瞬から目を離さないまま、軽々と避けると手裏剣二枚を瞬に投げる。一つは心臓に直撃するように、もう一枚はそれより少し前方に投げる。避けるために速度を上げた場合に備えてだ。



手裏剣が瞬に迫ってくる。瞬は腰に差した短剣を引き抜くと柄の端にある丸い穴に人差し指を入れると円になるように回転させ手裏剣を弾き飛ばす。瞬は烏斗から離れないように戦った。対人戦闘を実践するためだった。瞬は弧を描いて相手の背面に近づき、くるっと回転すると相手の背面に背を向け回し蹴りを相手の脇腹の方へ入れる。相手は脇腹近くに両手の平を出しながら後ろに飛んで威力を消す。



しかし瞬の蹴りの力は強く烏斗は自分で後ろに飛んだ以上にふっ飛ばされ森の奥へがさっと入ってしまった。木と草に隠れているのか烏斗の姿がよく見えない。瞬は烏斗に近づき畳み掛ける。しかし相手からは鎖鎌が飛んできて瞬は間合いを取るしかなかった。



瞬の方へ前から手裏剣が飛んでくる。瞬は持っていたクイナで弾くと左から烏斗が飛んで出て瞬を押し倒す。先程の手裏剣には紐がついていた。先程のは瞬が前方に意識をしているうちに左側に移動して瞬を押し倒した状況になったのだ。



相手が上に乗っていて思うように力が出ない。顔にいくつものパンチが降り注いでくる。ガードするので精一杯だ。なんとか身体をねじり隙間のできたところに足を引っ張り出し蹴りを繰り出す。相手にあっさり避けられ上から勢いのついた肘打ちが瞬の腹に直撃する。あまりの痛さに瞬はくぐもった声を出し身体を縮こませる。しかしその瞬間に瞬は烏斗の頭を両手で掴むと力の限りは頭突きした。


霜月にも瞬のおでこが烏斗のおでこにぶつかる少し重たい音は聞こえた。

相手が痛みに身を縮こませると瞬は烏斗の下から器用に出て来ての背中に乗り短剣を烏斗の首に突きつけた。霜月は声を上げた。



「そこまで」

「よしっ!」

「まあ引き分けだね。」

「えっなんで?」



瞬は完全に勝ったものだと思っていたので、腑に落ちない顔をしている。



「瞬、自分の右太ももを見ろ。」

「太もも?」



瞬は下を見ると烏斗が瞬の太ももに針のようなものを刺そうと手を構えていた。



「おそらくその針の大きさで十分ならかなり強い毒、しかも致死量は優に超えているだろうな。」

「そうです、蛙から採った猛毒です。」

「使う気はないとはいえ、それを出せちゃうところは白龍の里の者だな。」



烏斗はそう言いながら立ち上がった。

瞬は悔しい気持ちを外に出さんとしている。

瞬と烏斗が立ち上がったのを確認すると霜月は口を開いた。



「さっきの戦いは引き分けだけど、お互い勝者の条件を飲むのはどうかな?」

「異論はありません。」

「俺もだ。」



霜月は瞬と烏斗を見た。



「二人ともお疲れ様。僕の所感を伝えるよ。

まずは瞬。

自分の特技に頼らず特訓の成果である対人戦闘で挑んだのは良かった。僕に特訓の成果を見せるためだったんだね。

烏斗、君は初手で勝負を決められた⋯⋯でもやらなかった。本気でやれと言われたが、瞬に経験値を積ませたいというこちらの意図を汲み、対人戦闘に合わせた戦い方は見事だった。実力は瞬より対人戦闘は随分上だね。でも引き分けに持ち込んだ。その姿勢はとても評価する。」



烏斗はたらっと汗をかいた。自分の意図がすべて読み取られている、しかもそれを口に出すことで牽制してくる⋯⋯これが里長である白龍殿と互角の交渉をするだけの実力なのかと怖れを感じていた。

瞬が話に割って入る。



「待って、初手で勝てたってどういうこと?」

「それもわからないなら、かなり特訓しなくちゃだなぁ。」



霜月は意地悪そうな顔を瞬に向けてこう付け加える。



「例えば初手で吹き矢を使って毒針を刺されたら?勝てる相手との勝負をわざわざ引き分けに持ち込むくらいの実力だから、毒針が効くまでの間にもし相手から攻撃を受けたって死ぬほどじゃないはずだ。いくら毒慣れしてても白龍の毒は全く別物だ。瞬も剛から食らって死にかけただろう?

まぁいくつか違う毒も用意してるんだろうけど。烏斗、そうだろう?」

「⋯⋯はい。しかしそれ以上は任務に差し支えます。ご容赦下さい⋯⋯。」

「分かった。その話はこれまでだ。

それはそうと瞬、烏斗に勝ったらやりたいことがあったんじゃないの?」

「そうだ烏斗さん、あの⋯⋯手を見せてもらえませんか」



瞬は照れているのか少し頭を横に下げて烏斗と目の高さを合わせる。意外なお願いに烏斗は面を食らってしまった。瞬のあどけない表情がまだ子どもの面影を残していることに気がつき思わずこう聞いた。



「瞬、齢は?」

「情報が正しければ15になります。」



霜月は瞬の返答を聞き自分より強い者には相応の言葉遣いに変えているのかと考えた。



「悪いが右手は勘弁してもらえないだろうか?」



そう言いながら烏斗は左手を差し出した。利き手が右手なのだろう。タコの出来具合や硬い部分など使う武器や戦い方で独特な者が出来上がる。かなり重要な情報というわけだ。



「構いません。」

「瞬、君は強くなるよ。15歳で貪欲な吸収力、それを実践する勇気を感じた。近くにいたらもっと手合いをしてやりたいな。」



瞬は両手で烏斗の左手を包み観察していたが、顔をあげて烏斗に目を合わせるとこんな人が近くにいたら良かったのにと思った。



「こんな兄貴がいたら良かったのにな。」



瞬は微笑んだ。それを聞いた烏斗は目を丸くした。そして瞬は烏斗の目が優しくなったように感じた。烏斗が口を開くより前に、にこにこと笑顔を貼り付けながら霜月が二人の間に無理やり入ると烏斗の方を向いた。



「烏斗、僕達側に引き抜かれないか?

僕は君を気に入っちゃったんだ。白龍殿が反対するなら白龍殿と戦っても良いよ。」

「霜月さん、やめて。烏斗さんは絶対に白龍殿から離れない。烏斗さんを困らせないで。」



瞬は冷たく霜月を突き放す。霜月は瞬を見るとあからさまに不満そうな顔をしていた。戦いが終わったと思ったら突然、烏斗に兄貴だったらいいのにだの言い、肩入れして、そう思うと霜月は面白くなかった。

烏斗は汗をかきながらどう返答して良いやらあぐねていた。正直者で真面目なのだろう。



「烏斗、冗談だよ。」



まぁ半分本気だったけど、と続く言葉は言わなかった。

ようやく烏斗は霜月から解放され帰路についた。烏斗の姿が小さくなるのを見届けると、霜月はくるっと瞬に向き直すと笑顔の下に般若をちらりと覗かせる。



「さっきのはなんだ?」

「だって霜月さんが烏斗さんをいじめるから。」



瞬は不満そうに口を尖らせた。霜月は瞬の右手を手首を掴むとねじりあげた。



「いっ!」

「それは君が烏斗のことを⋯⋯いや、烏斗のことはもういい。それでこの手はなんだ?何を企んでいる?自分で説明しろ。」

「⋯⋯たぶん相手の手に触れるとその人の記憶が見える。」



霜月はそれを聞くと瞬から手を離した。



「まだ推測なんだけど諒とは初対面の時に転んだ諒を引っ張って起こそうとして手を掴んだ時に走馬灯のように今より小さい諒のいろんな情景が見えた。

⋯⋯悪いと思ったが霜月さんの手も試させてもらった。⋯⋯でも白龍殿とのやり取りの一部しか見えなかった。」

「本当にそれだけだな?」



瞬はひどく怒られた子どものように目を見開いて深く頷いた。怒っているような顔をしているが霜月はまだ閉口している。もう瞬の話が終わるまでは口を開かないようだ。



「さっき烏斗さんの記憶も見た。諒と同じようにかなりの数の情景が見えた。」

「二つ伝える⋯⋯。一つ、その話は誰にも言わないこと。それは諒にもだ。その時が来るまでは秘匿しろ。二つ、俺の手は探るな。もう二度とやるな。」



瞬はたじろいだ。そしてひりつく空気に霜月さんは相当怒っていることを感じとった。



「ごっごめんなさい。二度とやらないと誓う。誓います!」



瞬は頭を下げて霜月に謝った。そこで霜月は瞬を見て何かを考えている。

瞬の目の前に霜月の手が出てきたので顔を上げ霜月を見た。瞬は混乱していた。⋯⋯試されてる?



「今は許可する。瞬、手を握ってごらん。」



いつもの落ち着いた霜月の声が聞こえる。瞬は霜月の目をじいっと見たが真意は全くわからなかった。とにかく霜月さんが良いのなら、手を握るしかないと思い、瞬は霜月の手を握ってみた。何も見えない。そこで握った手を見る。その後、瞬は顔を上げて霜月を見る。そして瞬が口を開くより早く霜月が言った。



「やっぱりね。何でかは、教えてあげないよ。」



【次回予告】

次回は玄磨たちとの接触がありますね。ようやく瞬の暗殺の本領発揮でしょうか?

次回の作者にすみイチオシの台詞↓

「玄磨の周りには取り巻きもいてちょっと邪魔なんだ。瞬はその取り巻きを片付けに行く。諒、君には玄磨を倒してほしい。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る