忍の里編

第1話 暗殺の瞬へ守人の依頼が来る

この物語は戦乱の世に忍の間で知らない者はいないといわれる暗殺の瞬が名を捨てるまでのお話である。それは表舞台で華々しい歴史が作られている同じ時、裏の世界では一人の少年が過酷な現実を突きつけられていた⋯⋯。


この少年は一体どうやって生きていくのであろうか⋯⋯。


時は戦乱の世、忍の里に生きる水無月瞬みなづきしゅんは両親をほとんど知らないで育った。

暗殺の瞬と呼ばれるようになる人生最大の転機が訪れた。

それは瞬がちょうど物心が付き始めた8歳になる頃、育ての親として世話になったじいちゃんの死に目にあったのだ。


いつもより少し帰りが遅くなり薄暗い夜道を走って帰ると、なんだかいつもと違う感じがした。なぜかわからないが少しも寒くないのに全身にざわっと鳥肌が立つ。

そして家の前まで帰ってくると正面から入らず、音を立てないように裏手に回り縁側からそっと中の様子を覗き込んだ。覗き込むことは容易かったのだ。

それは障子がほとんど開け放たれていたからだ。部屋の中は闇に飲み込まれていた。それに物音一つしない。


直感がいつもと違うと告げてくる。すると身体が強ばりはじめた。それでも自分自身を偽り、大丈夫だと言い聞かせるように胸の奥まで息を吸ってゆっくりと吐く。そっと中を覗き込むとそのまま瞬は勢いよく部屋の中に飛び入った。その時、縁側に足の甲を派手にぶつけたがそんなことは気にしていられなかった。


急げ、急げ!!全身が瞬に伝えてくる。


部屋の中へ勢いよく入ったものの、目の前に広がる光景に全身の血が逆流したように息が苦しく身体が石のように動かなくなった。


嫌なのに目が離せない⋯⋯。じいちゃんは床の上にあぐらを少し崩しながら座り胸の真ん中あたりに刀が刺さっていた。

じいちゃんの胸を貫き背中から飛び出た刃先は濡れているようだった。


それを見た瞬の目は左右に細かく揺れる。

目の前で起きていることは嘘だ。幻だ。全身がそう思うことに賛成している。目を閉じたら目の前から幻は消えるかもしれない。


しかし目は自分から切り離された存在のように見開いている。

自分の目はしっかりじいちゃんの様子を観察してどうなっているのか状況を掴もうとしている。

こんな状況になっても“じいちゃん”と声をかければ“なんだ”と返ってくると自分自身は信じたがっていた。


「じいちゃん⋯⋯」


すがるように瞬の口から言葉がこぼれ落ちる。じいちゃんのまなこは分厚い鉄の扉を下から開けるように開き、瞬を捉えた。

すると口をもごもごと動かす。

瞬は全身の神経を目と耳に集めるように集中させる。それを見てじいちゃんはもう声が出ないのだと瞬は悟った。

瞬はじいちゃんの唇の動きを一時も逃さないように見つめる。その唇の動きは多分こうだった。


誰よりも強くなれ


それがじいちゃんから受け取った最期の言葉だった。



それから毎晩じいちゃんは瞬の夢に出てきた。いつも胸に刃を刺している。触れることも出来ない刃。手を伸ばしてもいつも届かない。なぜじいちゃんが死ななければならなかったんだろう。僕の手のひらには何も残っていない。なんの為に強くなるのか。


瞬はじいちゃんの亡霊を頭から追い出すように生活の全てを任務にあてた。

瞬は暗殺の才能をめきめきと伸ばした。

瞬を見た者はいないと言われるくらいの速さで依頼の標的を殺していった。

そのうち瞬は周りの人からこう呼ばれるようになった。


暗殺の瞬


通り名がついた頃からようやくじいちゃんの亡霊は瞬の夢から出ていったのだった。


ここで瞬の生きる忍の世界の話をしておこう。

この国にはいくつもの忍の里が存在するが代表する大きな里は赤龍の里、緑龍の里、黄龍の里、白龍の里そして影なしの里だ。忍の里では通常、表舞台からの依頼をこなす。

依頼は諜報活動、護衛、身代わりなどだ。ある里を除いて。

その里こそ瞬のいる影なしの里である。


影なしの里は一体何をするところなのか。

忍の里はある共通のルールを基に活動している。共通の絶対ルールは任務を遂行することだ。任務中の死や大怪我を除いて逃げ出すなど抜け忍と呼ばれる未許可の脱里や任務が完了できなかった者、つまり任務不履行を行った者は消さなければならない。それを行うのが影なしの里はである。よって影なしの里に来る依頼はほとんど暗殺である。


瞬は体躯の良い185cmを少し超える大きな体はまだ15歳だと言うのに大人かと多くの人を勘違いさせる大人びた容姿をしている。暗殺の時、瞬を見て生き残っている者がいないため、どんな見た目をしているのかさえ知らない。髪を結わえているが髪がとても硬いため結わえた髪が三座の山のように分かれている。


瞬には影なしの里より依頼が来るので暗殺の依頼しか行ったことはなかった。

しかしある時変な依頼が来た。


影屋敷からだ。


影屋敷と言うのはおとぎ話のような架空の組織で忍の間で恐れられている組織として知られている。つまり誰も知らないし見たこともない組織なのだ。

その影屋敷からの依頼である。


普段であれば依頼内容も聞かずに即刻断るだが、この時ばかりは昨日さくじつ久しぶりにじいちゃんの亡霊が瞬の夢に出てきたこともあり、頭からじいちゃんを追い出すためどんな依頼なのか知ることとなった。

そして瞬は依頼の内容を知ると異邦人にでもあったかのような驚きと呆れと疑念が入り混じったような顔になった。


「護衛?俺のことちゃんと知ってんのかよ。間違いなんじゃないか?」


暗殺の瞬へ架空の組織・影屋敷から護衛の依頼が来ているのである。瞬はとんだ茶番だと呆れていると、ある影が視界の端を捉えた。


ふと木の下を見ると、この世のものとは思えないふわふわして可愛い天使のようなものがトコトコ歩いていた。三角の耳が生えていて頭に黒い三本の縦線の柄がある。可愛らしい四本足をとことこと動かしている。ふわふわの毛並みは尻尾まで続いており気ままにゆらゆらと動いている。


昼の明るい時間帯は人の見えるような地面にはあまり降りずに鬱蒼うっそうと茂っている木の上にいることが多いが、このときばかりは違った。もっとよく見たい。その衝動が身体を勝手に動かし、木から降りて近づいた。


この時まで瞬は猫というものをみたことがなかった。心臓が何かに貫かれたのかというくらい自分の身体が操り人形のようになり制御出来なくなってしまった。

あまりの衝撃から周りに気を配るのも忘れてしまったせいで、背後から来た何かがぶつかってきた。


ドシン!


大きい身体をもつ瞬に勢いよくぶつかり跳ね返ってどてっと足を空へ投げ出して地面を転がるのは、光に当たると銀色に輝く髪を一つに結わえた小さな男児だった。よく見ると長い袖を外に折り曲げ肩の部分で紐を結わえた和装をしていた。瞬にとってその男児はとても小さかったので心の中でちびすけと呼ぶことにした。このちびすけにどうするべきか困っていた。


こんなとき任務の標的なら首を掻っ切るか胸を一突き、いや、後頭部を叩いて気絶させてから急所をと考えんがえたところで頭を横にぶんぶんと振ると我に返った。


今は助けるという行為が必要だと考えた。助けるというのは一般行動手引きの256項目にあった手を差し出して握手をして引っ張って起こすというのが妥当だろうと判断した。”相手がどんな者か分からない場合に身体の接触で一番相手と距離と取ることが出来てかつ双方で誤解の生まれにくい方法”だと書いてあった。


じいちゃんからはそういう方法も世の中にはあるが手には流行り病の原因になったり、呪いをもらったりするから絶対に触るなと言われていた。


しかしいつだったか村の子どもが置き忘れていった一般行動手引きを盗み読みした際じいちゃんに聞かされたこととは大きく異なっていたのだ。村の子どもが誰かの手を触るところを見たこともあったが流行り病になどなった者もいなかった。それについて直接じいちゃんに聞くことは出来なかったが、じいちゃんに言われているようなことにはならないと軽く考えていた。


そしてちびすけの手をつかんで起こそうと思い、ちびすけの手をつかむと現実にはない、いくつもの幻が目の前に広がった。夢の中に引き込まれたようにそこには居ない感覚になった。幻は目の前にいたはずのちびすけがさらに幼子おさなごとなってその父親らしき人物と風呂に入ったり遊んだりご飯を食べたりしていた。

それだけじゃない。その後誰かにちょっかいをかけられたり目の前で悪口を言われたり殴られたり誰かからいじめられにいるような光景が⋯⋯ちょうどちびすけの記憶のように⋯⋯。

はっと現実に戻ってきた。

目の前には先程より大きいちびすけがいる。


「さっきのちびすけは⋯⋯」

「ちびって言ったなぁ!僕はりょうだ。そしてちびではない。成長が遅い方なだけだ!」


諒が大声できっぱり言うと言い切るのが先か後かというタイミングで諒のお腹が返事をした、ぐうううう。


「あっちにある神社で握り飯やるよ。成長が遅いだけだもんな。」

「⋯⋯そうだ。」


考えればこの時から諒と昔の自分を重ねはじめていたのだ。そう気がついたのはずっと後のことだった。


近くにさびれた神社があり、その境内の縁側で瞬は懐から拳ほどの葉で包まれた握り飯を取り出した。それを諒の方に見せる。諒はすぐに手を瞬の方に差し出しそれを受け取った。


「ありがとう、いただきます。」


諒は急いで葉をめくって空気と一緒に飲み込むように握り飯を頬張った。口いっぱいに握り飯を詰め込んだ。


「おいしい!」


頬に握り飯を詰め込んだまま、嬉しそうに言った。いや、正確には諒の口の中は握り飯でいっぱいだったのでそう言ったのだと瞬は解釈した。

瞬には諒に対してたくさんの疑問がうかんだ。まず聞くことはこれだ。


「諒⋯⋯お前忍だろ?」

「そうだよ。」

「俺が言うのもあれだけど、人から貰ったものをなんの警戒もせずに食べて大丈夫なのか?さすがにお前みたいな幼子おさなごでも知ってるだろ?」


瞬は幼子を諭すような口調だった。

それを聞いた諒は少し呆れ顔になりながら説明を始める。


「はぁ、さっき会った時僕は君とぶつかってあんなに無防備だったのに攻撃もしないで手を貸してくれた。それに握り飯からは毒の匂いもなかったし、変な味もしなかった。僕をどうにかしようと思うならその機会はたくさんあった。でもしなかったでしょ?それが答えだよ。」

「そうか。ちゃんと考えてるんだな。」


瞬は目を丸くして感心していた。

諒は瞬と目が合うと少し口角を上げた。そして瞬の目を覗き込む。


「ねぇ白龍の里って知ってる?僕はそこから逃げてきたんだ。あのさ、瞬は暗器あんきって知ってる?暗いうつわって書くんだ。」

「⋯⋯話は聞いたことがある。超自然現象を扱える力を持った人がいる。そしてものすごく強いらしい。」


その言葉に諒は少し目を伏せたが、瞬は気が付かなかった。

諒の肩に結わえていた紐を引っ張ってほどいた。腕の1.5倍の長さがある袖は肩に留めていた紐を外したことによってだらんと袖が伸びる。髪を結わえていた紐も取ると髪がストンと落ちた。長くなった袖から刃物のようなものが突き出した。腕から先が刃に変わったようだ。

瞬は幻を見たときと同じくらい目を丸くして諒を見つめていた。


「暗器・トウ


その後、諒は元の姿に戻ると、瞬の隣に座り直した。


「暗器は里にとってとても重要なんだ。すごく強いから里の人たちは大事にする。暗器は普通その時代に一人生まれることがほとんどなの。でも二人生まれることもある。そうすると能力は二人に分散されるんだ。

分散されるっているのは半分じゃないんだ。多く持つ方と少なく持つ方に分かれることもある。そしたら、少なく持つ方はいらない。」


まるで自分に言い聞かせるように言った。

つかの間の沈黙が流れる。

今度は瞬が口を開いた。


暗鬼あんきって知ってるか?暗い鬼って書くんだ。」

「知ってるよ、見たことないけど暗殺の鬼。もし暗殺の瞬に会ったら一瞬で死ぬんだよ。」


諒は少し恐い顔をして言った。

意味ありげに瞬は少し沈黙した。


「⋯⋯今のところお前は死んでない。」

「えっ嘘でしょ?⋯⋯もしかして⋯⋯」


また瞬からつかの間の沈黙があり、そしてさも真剣な顔を諒へ向けた。

そしてゆっくりと頷く。

諒は今度ばかりはさっと青ざめたような顔でこう聞いた。


「本当に暗殺の瞬なの?」

「依頼はきている。」


瞬は百面相をする諒に心の中で盛大に笑った。取り繕おうとしたが笑みは口の端から現れニヤニヤしてしまった。


「おっと悪い。諒があんまりにもいい反応をするもんだから怖がらせちまったな。今証明は出来ないが俺は暗殺の瞬だ。

だが依頼は暗殺じゃない。⋯⋯お前の守人もりびとだ。」

「えっ?守人?」

「俺はお前がこの絵と同じ人物であるか100回くらい心の中で何度も問いただした。」


そして瞬は髪留めの飾りから小さい紙を取り出し、それを広げて諒に見せた。

なんとも言えない独特な筆使いは諒に似ているような似ていないような絵だった。

諒はまじまじと紙を覗き込んでいる。諒は鼻から蒸気を出すようにシューと音を立てて出すと、その紙を瞬の胸元に乱暴に返して真正面から瞬を見てきっぱり言った。


「違うと思う。」


そこに木の上に止まっているらしいカラスが二回カーカーと瞬の代わりに返事をした。


「カラスがそうだって返事してるぞ。」

「絶対にしてない。」


瞬は森の奥の方を見た。こちらに向かう複数の気配を感じる。


「諒、俺は人を守るということは分からない。だがお前の敵である白龍の追っ手を見つけ次第始末することは出来る。」


諒にも瞬が大真面目に言っていることは分かる。諒は口をぎゅっと閉め、もう一度あけると勢いよく言った。しかし声が少しうわずっていた。


「僕は⋯⋯僕自身が戦わなくちゃならないんだ。それがけじめってやつでしょ?」


そう強がった諒の手は震えていた。

それを見た瞬は初めて一人で暗殺の任務をした時の事を思い出していた。

心の中で何度も大丈夫だと言い聞かせても薄っぺらい言葉に感じて安心することは出来なかった。いくら準備して用意周到にしても落ち着かず、ターゲットが怪我でもしていれば良いのにと都合の良いことを願った。どんなに居心地が悪くても通らなければ行けない道。逃げ出したいと思う反面、逃げることは出来ないこともわかっていた。そんな不器用で小心な昔の自分を諒に重ねていた。


どんなに孤独で大変な道でも諒が自分で進まなければならない試練なのかもしれない。瞬はそう考えていると、諒は気配のあった森の奥をみつめた。そして諒は暗器になると気配がある方へ向かっていった。瞬は距離を取りながら邪魔にならないようについて行った。


相手は三人いるようだ。

諒のもとへ早く着いた一人と交戦を始めた。諒の動きは良かった。相手がクイナを右から諒の足の方へ投げると左手刀ひだりしゅとうで軽くいなし右手刀みぎしゅとうで相手の腹部の端から端へ弧を描くように切る。相手は後ろにぴょんと飛ぶと短剣に右手をかける。諒はそのまま遠心力で身体を回転させ背中を相手に近づけるように動く。


右手刀が相手の腹部に触れるくらい近づくと相手が短剣を引き抜く前に左手刀を相手の腹部にねじ込む。

相手からはくぐもった苦しそうな声が聞こえてきた。諒は左手刀を相手からは引き抜きながら相手の背中側へくるりと回る。

左の方から手裏剣が飛んできたが一人目の敵を盾にして防いだ。


次は二人目の敵だ。

そして近くの木に向かって走り暗器を解除し両手でその木にガシッと飛び移ると器用に登っていく。

相手が諒の飛び移った木の方に手裏剣を投げる。飛んでいった手裏剣はキィーンキンと金属音を立てて弾かれ下に落ちてくる。それと同時に諒の方から手裏剣が相手に飛んでいく。木の上でガサゴソ音がしている。二人は攻防しているようだ。


ちょっとすると相手が地面へと降りた直後に諒も降りてきてそのまま相手の肩に乗りちょうど肩車のようになると両手を刀に変化させ、左右の手刀を相手の首の前で交差させると首を掻っ切るように手前に勢いよく引き切る。

遠くの木から息を殺して見ていた瞬は別の方角から来ている敵を始末しに行った。


「なかなかやるじゃねーか。そしたらこっちに向かっている奴は始末しとくか。」


【次回予告】

次回は瞬と諒がそれぞれ戦いを続けます。しかし謎の男がやってきて⋯どうなってしまうのでしょうか?

次回の作者にすみイチオシの台詞↓

「僕を殺しに来たんだね。」

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