Act8.「輪廻」
リリーが死んだのは、一度だけではない。
リリーが過去に戻ったのも、一度だけではない。
何度も死に、何度も過去へ戻り、少しずつ異なる人生を繰り返していた。
多くの人生で、リリー・イーヴルは嫉妬に狂った悪女として、悲惨な最期を迎える。しかしリリーが悪女とならない過去もあった。
例えばサクラが、リリーとユリウスの仲を取り持つよう立ち回った場合。
例えばサクラが、誰と心通わせること無くずっと屋敷に引きこもっていた場合。
それらの世界では、リリーは嫉妬に呑まれることなく、心穏やかに自分の幸せを見つけていた。しかし一定の時間が経過すると、リリーの幸せを妨害する別の女が出現する。その女はリリーを“排除”し、新たな悪女になり替わるのだ。
義姉を殺されたサクラは、悪女に立ち向かい、物語はあるべき正義と悪の対立構造に戻る。この物語は――この世界は、それ以外の展開を許さない。リリーの結末は、悪女として命を落とすか、お役御免で抹消されるかの、二つに一つだった。
――その運命を変えるべく、たった一人で戦い続ける人物。
それがサクラだ。
最初の世界で、何かに憑依されたように憎悪に支配され、悪に身を堕としたリリー。サクラはリリーの変化に違和感を覚えた。何より、愛する義姉の死を受け入れられなかった。
悲しみに暮れるサクラは、神殿の地下深くに封じられていた禁術書に手を出す。その中に探していた蘇生の術は無かったが、希望は見つかった。サクラは“時間回帰の術”を使い、リリーを救う道を探すためにこの繰り返しを始めた。
『サクラは、お姉様を助けたいのです。お姉様に生きていて欲しいだけなのです。なのに……何度繰り返しても、変えられない。一緒にこの国から、逃げてくださいませんか』
ある世界で、サクラは自分が知る限りの事をリリーに伝えた。突飛な話を、それも一番嫌いな相手から聞かされたリリーは、当然の如く一蹴する。だがサクラは諦めることなく、毎日リリーに同じ話をし続けた。その粘り強さにリリーは根負けし、やがて少しずつ心を開いていった。
リリーとサクラは、自分達の周囲に働いている“強制力”から逃れ、新たな人生を歩むため、二人きりで逃亡をはかる。希望を求めて結界の外へと飛び出していった。旅は危険に溢れていたが、二人の距離を埋めてくれた。
『お姉様、ごめんなさい……重いですよね』
大雨で川が溢れ、足首まで浸かるほど水びたしになった道を、リリーはサクラを背負って歩く。幼い頃溺れかけたサクラは、水に足をつけるのも恐ろしいのだ。それに加え魔物との戦いで怪我を負っていた。
『気にしなくていいわ。旅を続ける内、わたしも大分逞しくなったもの。今ならユリウスも腕一本で倒せちゃうわよ』
『ふふっ、お姉様ったら! ……ねえ、お姉様』
『何?』
『本当はユリウス様と、一緒に居たかったですよね。お二人の幸せを守ってあげられなくて、ごめんなさい』
ぎゅっとリリーの背に顔を押し付けるサクラ。リリーは溜息を吐き、あやすように小さく背を揺らす。
『もう、何つまらないこと言ってるのよ。……サクラこそ彼と一緒に、』
『サクラは、リリーお姉様が一番です! ずっとずっと。初めてお会いした時から!』
『……熱烈な、愛の告白ね』
『はい!』
その一時は、幸せだった。
食料も尽き、サクラの出血は止まらず、リリーも怪我を隠していたが、現実から目を逸らし希望だけを見ていた。
隣の国まであと少し。国境に差し掛かった時、遂に二人は体力の限界を迎える。
森の中、もう歩くことも出来なくなった二人は、子供の頃に遊んだ野原によく似た場所で、柔らかな草に身を預けていた。
『どうして……どうしてこうなるの? どうして』
サクラは空に向かって嘆く。リリーは、もう慰めの言葉さえ紡げなかった。
『どうすれば、お姉様を助けられるの? どうしたらいいの?』
リリーの耳に届くサクラの声は、次第に遠ざかっていく。繋いだ手の感覚も消えていく。
(サクラ……ごめんなさい。あなたを苦しめて)
リリーは一つの人生を終えた。
『……リリーお姉様。サクラは、何度だってお姉様に会いに行くわ。絶対に諦めない。今度こそ守ってみせる。そのためなら、何だってするわ』
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