第53話 憎悪

「・・・」

じっとアーネストが私を見下ろしている

怒っている

すごく

なんで?

なんでこんなに怒ってるの?

私何かした?

体が震える

「・・・皆、私とアリシアだけにしてくれ」

じっと私たちを見ていたい騎士たちが、

「はっ陛下」

と敬礼して、皆広間から出て行った

二人きりにしないでほしい、私はそう思った

広間にはご主人様と、私だけが残された

「・・・」

じっと私を見つめ続けているご主人様に、私も何も言えない

「・・・アリシア、なぜ俺から逃げた?」

「に、逃げた?なんのことですか?」

「・・・お前は俺から逃げた

あのブローチを使って、俺のいない場所に逃げようとした」

「・・・」

違う

なんでそんな誤解を

「お前は」

「あのご主人様」

「黙れ」

私のすべてが、ご主人様に従う、考えるより先に、従う

「・・・昨日のことを覚えてるか、アリシア」

「はい」

「・・・俺は、必死で自分を抑えた

お前が泣くから、怖いと言うから、俺は必死に自分を抑えた

・・・待とうと思った

もうお前は俺から二度と逃げない、だから待とう、そう思った」

昨日のこと、ああ、なんで今はこんなに遠く感じるのだろう

たった昨日のことなのに

「今朝のことを覚えているか?」

「・・・今朝?」

「お前にブローチを渡した時のことだ」

「はい覚えています」

「俺は、お前を信じていた

お前が俺の物であることを、お前はもうちゃんと受け入れいている、理解している

お前はもう二度と、俺から離れない

俺はそう信じた

だから、あのブローチを渡した、いざというとき、お前を守るためのブローチを」

話を、しないと

理由をちゃんと伝えないと

理由を聞いてもらえれば、誤解はすぐ解ける

私は何も悪いことをしていないんだもの

「お前は、あのブローチを一度使った

ここを襲ったやつらはたぶん、お前を拉致した奴らだ、

俺は襲ってきたやつらを殺した、

次から次へと襲ってくる奴らを切り殺しながら俺は怖かった

お前が今、どこにいるのか、わからないから

あのブローチ

あのブローチだけが、頼みだった

そしてお前は帰ってきた

あの時の俺の気持ちがわかるか?

お前を抱きしめて何度もキスした俺の気持ちが・・・

俺は初めてお前に愛していると言った

やっと言えた、そう思った

やっとお前に愛してると言えた、と」

覚えている

忘れるはずもない

何度も何度もキスしたことを

「・・・だけどお前は俺を裏切った

俺に一言謝ってから、お前は消えた、俺の知らない場所へ、俺から逃げて

・・・お前を守るために与えた道具を使って、お前を信じ切っている俺の手から、逃れようとした

だけどお前は、ふと我に返った

何もできないお前は、一人じゃ生きてなんかいけない、それに気づいた

そして、俺が必ずお前を探し出すことも、だんだんと気づいた

お前は恐ろしくなった

お前を見つけ出した時の俺を想像して、怖くなった

そして思った

自分から戻って、少しでも俺の怒りをやわらげよう、と

・・・浅ましい考えだ、アリシア」

全然、全然違う

でも、言葉が出てこない

「あの」

「黙れ」

逆らえない

「・・・今まで何度も、数えきれないぐらい、俺はお前を憎んだ

何度も何度も

俺以外の男と平気で話をしてるお前を見るたびに、

お前が俺を子ども扱いするたびに、

俺を弟扱いするたびに、

俺は、お前が憎かった

憎くて憎くて仕方なかった

何度も何度もお前が俺の物であることを思い知らせてやりたい気持ちと、

まだその時じゃないと言う焦りで、気が狂いそうだった

アリシア

俺はお前が憎くて憎くて仕方なかった

憎くて憎くて仕方なかったんだよ」

私は、この人が怖い

でも、私はこの人から逃げたりしてない

私は、この人を守りたかっただけ

何も悪いことをしてない

何も悪くないのに

なのに、何も言えない

「だがこんなに、ここまでお前を憎いと思ったのは初めてだ、アリシア

ここまでお前を憎んだことは今までなかった

こんなにお前を憎む時が来るとは思わなかった」

何か

何か言わなきゃ

そう思うのだけど、言葉が出てこない

ご主人様から目を逸らすことができない



あ、ほんとだ


私今、逃げたい、って思ってる


でも、逃げられない


絶対に


何があっても絶対に、この人からは逃げられない


もし今あのブローチがここにあってまた使えても、この人は絶対に私を見つけだす、絶対に


私は絶対にこの人から逃げることなんかできないんだ


「来いアリシア」

ご主人様は、私の手首をつかんだ

痛い

こんな強く、手首をつかまれたことはない

ご主人様は私を、こんな風に痛くしないでくれていた、今まで、ずっと

今までと違う


目の前が真っ暗になる

そんな気がした

目はちゃんと見えているのに、何も見えなくなる、そんな気がした

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