第47話 泥濘

私は上段に

ハミルトンは下段にそれぞれ構える

私の長剣は、大きさは普通だけれど、ハミルトンの長剣は、重く、大きい

あの男はそれを、軽々と振ることができる

そして、身体強化の魔法を使う、私と同等に

最強の敵、最強のわが師


すっと、私から仕掛ける・・・つもりで動き始めたその初動を、あっさり見抜かれる

「その右から仕掛ける癖、相変わらずだなアリシア、子どもの頃から変わっておらん」

「それはどうも」

言い終わらないうちに私は、前に・・・と思ったら先に出られた

私は後ろに飛び避ける


大剣と言っていい長剣が、軽々と舞う

私はそれを避ける


一つ一つの動きはちゃんと見えている

見切れている


力では絶対に勝てない

だけど勝機ならある


長剣を軽々とふるその隙を私はうかがう

踏み込んでは避け、また踏み込んでは避け、を繰り返す


まだお互い本気じゃない

これは様子見だ


ふっと、攻撃が途切れかけた


勝機

そう思って私は踏み込む

頭の中ではダメ、と言う声がしたけれど


にやり、とハミルトンが笑った


私は全力で体を斜めにして躱す

私の体をすれすれに剣がかすめる


えげつない

そんなことを思った

どんな戦場でもそんなことを私に思わせた剣士はいなかった


ハミルトンが笑う

私は笑わずまた様子見を繰り返す・・・つもりだった


蹴り


そう思った

間に合え

全力で体の全面に魔力を張り巡らせる

同時に、後ろに跳ぶ

お腹と胸の間に、衝撃が走る

後ろに、吹っ飛ばされた

背中から地面に落ちた

「かは・・・はっ・・・はっ」

大丈夫、呼吸はできる、骨は折れてない

息を、整え・・・

来る!

私は横に転がってそれを避けた

私の今いたところを、ハミルトンの足が踏みつけている


「何をしている?」

「・・・」

私は呼吸を整える

「殺し合いの中何をのんきいつまでも寝転がっているのだ?」

ハミルトンは笑う

でも私はその通りだと思う

今私はこの男と殺し合いをしているのだ

「はあ・・・はあ・・・」

「息が辛そうだな、どうだ?そのスモールソードでやってみるか?

私もそスモールソードに切り替えてやってもいいぞ?」

スモールソードを腰に差してもいないくせにハミルトンがそう言う

慢心だぞ、わが師よ

私は跳びこむ、息を整える最中に

「ふん・・・」

「は・・・」

弾かれた

「今のは悪くなかったぞ」

「・・・」

あれを弾くか

だけどまだ、私だって本気じゃない

「まだ、これからだ、ハミルトン」

「・・・ふむ」

「はぁ!!」

私は打ち込む

全力ではないけれど、半分ぐらいの力で、速さで

そのどれもを、ハミルトンは弾いていく

まだ、まだ届かないのか

「く・・・」

「・・・そら!!」

体勢を崩された

「あ・・・」

足がもつれる

「く・・・」

倒れないようにしたけれど・・・私は倒れた

追撃が来る・・・・

そう身構えた

でも、ハミルトンは私に追撃しないで、じっと見下ろしていた

「・・・何を」

「・・・」

ハミルトンは何を、何を思っているのか

「・・・バカが・・・お前は大馬鹿だアリシア」

「なに?」

大馬鹿と言われた

バカなのは異論はないけれど、今言うこと?

「お前がここにいることを、アーネストは知っているか?

知っていまい・・・お前は大馬鹿だ、アリシア」


構えることも追撃もせず、ハミルトンはじっと私を見下ろして言った


「何を・・・」

何を言いたいのだこの人は

「今お前がしてることが、どれほど、アーネストを苦しめているか、お前は何もわかっておらん

お前は大馬鹿だ、アリシア」

「私は、剣だから」

「戯言を言うな!!」

ハミルトンは、今私たちが殺し合っていることを、わかっているのだろうか?

「何が剣だ!ふざけるな!

お前は、お前たちはそのスモールソードと同じだ、

女子供の剣のくせに!!

自分をちゃんとした剣だと思っている!!

戦場で通じると思っている!!

何が剣だ!!

思い上がるな!!」

私は息をのむ

こんなハミルトンは見たことが・・・ある、一度だけ見たことがある

昔、伯母様にこうやって大きな声を出したことが

「アーネストがお前に望むことはただ一つだ、何もしないでただ、守られている、それだけだ、それだけでいいいのだ

お前は、黙ってアーネストに従って、アーネストに守られていればいい、それ以外のことをアーネストはお前に望まん

あいつのそばにいて、黙って言うとおりにして、守られていればいいのだ

アーネストのために何かしたい?

思い上がるな

お前にできることはただ一つだ

アーネストに従いアーネストに守られアーネストの帰りを待つ、言われた通りに待つ、そしてアーネストの帰りを迎える

それだけだ

それ以外アーネストはお前に何も望んではいない

なんでそれがわからない?

なんでそんな当たり前のことができない?」

「・・・」

伯父様

「なんでこんな当たり前のことがわからんのだ!

お前も!!グロリアも!!」

伯父様あなたは今も、伯母様を

今でも伯母様を

「なんでお前たち女にはこんな当たり前のことがわからんのだ!!!

なんで戦場に出る?

なんで戦場に出ようとする?

なんで余計なことをする?

なんで大人しく俺の帰りを待たない?

なぜだ

なぜだ

なぜ・・・・・・

・・・・・・

・・・グロリア・・・グロリア・・・」


泣いている

伯父様が

この世で一番強い騎士が


「復讐のために、私を騙し、裏切り、穢したのですか?伯父様」

「・・・」

「伯父様」

「・・・黙れ、アリシア、不愉快だ、私を伯父と呼ぶな」

「伯父様!」

「黙れ・・・その体に教えてやったはずだ

男がどんなものかを

二度と私を伯父と呼べないようにしてやったはずだ

覚えているだろうアリシア」

「・・・」

忘れはしない

あんなおぞましいこと

あんなおぞましい日々

死ぬことばかり考えていた日々

・・・私を笑いながら穢した男

でも今も、伯母様を愛している、伯父様

一体どっちが

どっちが本当の、この人なんだろう

「戯言が過ぎたな・・・そろそろ終わりにしてやろう、さあ立てアリシア

今度こそお前の心を折って、もう一度女にしてやろう」

そう言って、目の前の男は笑った


「・・・」

無言で私は立ち上がり、構えた

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