第7話 幼馴染み、明日海登場


「このまんじゅう、20個入りはないの?」

「すいません、商品自体がなくなっちゃったんですよ」

「そうなのー。前に来た時買ってね、すごく美味しかったから」

「あっ、じゃあこちらはどうですか? 同じメーカーさんが新しく出した商品で美味しいですよ」

「じゃあこっちにするわ」


 そう言ってお客さんは新発売のまんじゅうをレジに持って行った。

 今日は学校が終わり次第、母さんの仕事を手伝いに道の駅『とれとれの里』に来た。

 俺が住んでいる場所は夏は海水浴場に来る客が押し寄せる所で、大きな道の駅がある。

 道の駅は車で寄れる地域の巨大休憩施設で、俺の父さんはここでラーメンを作っていて、母さんはお土産売り場で働いている。

 学校から自転車で20分くらいの国道沿いにあり、地元の海産物や山で採れた野菜やキノコ、それに名産品を売っている。

 同時にラーメンや海鮮丼、たこ焼きやクレープも売っていて、すぐ横には温泉施設もある。

 俺の仕事は主に、商品出しだ。

 道の駅は朝の8時から夜の20時まで営業していて、朝は朝市場目当てのお客さん、昼はバスが来てランチ、夜は温泉に行く人……ととにかくお客さんが途切れない。俺は部活でアニメを作りながら、週に何度かここでバイトしている。

 バイト代金もちゃんと出るし、そのお金でわりと高いアニメを作るためのソフトを買っているので問題ない。

 裏にある倉庫からひたすら商品を運んで来て品だし……そしてたまに接客。

 レジは母さんがいるからその他作業を担当している。


「よっし、これでここは完了と」


 俺は段ボールを畳んで両手に持ち、裏の倉庫に向かった。

 倉庫はトラックが常に出入りしている共通倉庫で、とにかくデカい。

 高速道路の出口が近いので、ここら辺りに配達される荷物は全て一度ここに来る。

 すぐ横が海で、船からの荷物もある。とんでもなく大きくて真っ暗な倉庫の先に、穴のように見える海が俺は結構好きだ。

 そこに見慣れた人影……、


「明日海」

「ういっす、優真。丁度良かった。あ、そっち台車に乗せて」

「りょ」


 俺は置いてあった瓶ビールの段ボールを台車に全部乗せた。

 星野明日海ほしのあすみは、同じ道の駅にある酒屋の娘だ。道の駅にある日本酒、ビール、地酒、そして地元のお茶を扱っている店で、一番人気は地元で作っている地ビールだ。

 本店は海沿いにある小さな酒屋で、そこは地元の旅館やホテル、飲食店に生ビールを配達する仕事をメインにしていて、明日海のお姉さんと旦那さんが切り盛りしている。

 その本店がうちの近くにあり、小学校低学年からの友だちで、いわゆる幼馴染みだ。

 明日海は台車を押しながら、


「クラスに音楽作ってる子がいたって?」


 実は先に軽く話しておこうと(いや俺が語りたかった)と概要だけLINEに書いておいた。

 俺は明日海を見て、


「そう。田見さん。今日からアニメ研究部入ったんだよ。YouTubeにネイロアップしてて登録者数6000人!」

「やば、天才じゃん。優真のとこ10人だっけ」

「80!! 明日海が登録した時に10人だっただけで、今は80!」

「いや、私が登録したときは7人だった」

「分かったよ、俺のチャンネルの登録者数が少ないのは分かった。でもすごいだろ、登録者数6000人の人が部活に入ってくれたんだ」

「そんな子が普通にクラスに居たってのがすごいね」

「いや、俺も全然知らなかったんだよ、偶然でさ」


 今までの経緯を話しながら台車を押して店内に移動する。

 俺は明日海を手伝い段ボールを店横のスペースに置いて、開けてビールを並べ始める。

 お。このビールのデザインは春の新作だ。

 俺はそれを手に取って、


「これ新作? 明日海が描いたのか?」

「そそ。春の新作。やっぱり味が変わらなくてもデザインが変わるだけで売れるんだよね。瓶を集めてくれる人もいてさあ」

「ピンクで可愛いじゃん」

「でしょ? わりとお気に入り」


 そう言って明日海はビールを冷蔵庫に並べ始めた。

 明日海はビールのラベルのデザインをしている。明日海のお父さんが製造元と作った地元オリジナルのビールを売りだす時に、デザインソフトが使える明日海が駆り出されたのが始まりだ。

 それから明日海は地元のビールのラベルを季節ごとに作り、最近は個人の人から依頼されたオリジナルのラベルも作っている。

 誕生日だったり、プレゼントだったり、二十歳になった記念だったり、結婚式で配る物だったり。

 明日海はビールを並べながら、


「今月はあとふたつオリジナルデザインしなきゃいけなくて、それに暑くなってきたから店も忙しいんだよ。だから部活とか無理」

「俺だって週三でバイトして、アニメ作ってるぞ!」

「私は週三でバイトして、あとは家でデザインしてるの!」


 そう言って段ボールのガムテープを取った。

 明日海は清乃とずっと遊んでいて、そこから絵を描くようになり、デザインソフトを使えるようになった。

 清乃が描いた絵をデザインして同人誌の表紙にしたり、清乃と仲が良い。

 なにより明るくてオタクに理解があるので、学校で田見さんと仲良くできる気がして、部活に入ってほしい。

 男女関係なく仲間で……! と言って、田見さんが理解してくれても、周りはどう見るのか……と考えたら当然「あれ……あのふたりって……」だろう。そんなのめんどくせえ! 俺は田見さんとアニメが作りたいし、田見さんのスタジオにも行きたい。

 俺と清乃とも仲が良いし、明日海なら田見さんも大丈夫そうだから、居てほしい!


「カムフラージュに私がどうしてもほしいと」

「あ。全部口に出てた。でもマジでそれ。部室にずっとふたりだとやっぱ周りが何を言い出すかわかったもんじゃねー。じゃあ分かった。明日海のお願いってのを聞くから、それしたらちゃんと参加してくれるか?」

 

 俺がそう言うと明日海は、チラッ……と俺の方をみて、


「……あのね、今からお願いすること、絶対絶対絶対誰にも言わないでほしいの」

「おけ」

「……絶対だよ!!」

「俺お前が小三の時骨折した理由、誰にもいってないだろ」

「そうだそうだ。そうよ、優真は口が固い。だから頼みたいの」


 ちなみに明日海が右足の甲を骨折した理由は『松葉杖カッコイイから使ってみたい→自転車の回転してる車輪に足をつっこんだら折れるんじゃない?』だった。俺が召喚された理由は『折れたら動けないから、転んだことにしてお母さんに連絡してほしい』……。

 そして即行動、足の骨は見事に折れて松葉杖をご満悦で使っていた。俺たちだけの秘密だ……というかアホすぎて誰にも言えないだろ、そんなの。理解不能だ。前車輪に足突っ込む明日海を横で見てた俺の気持ちにもなってほしい。

 明日海は思いつきで行動する恐ろしい人間だ。

 明日海はビールを入れながら、


「……今日さあ、このあと、真広まひろさんのアパート、付き合ってくれない? 真広さん会社近くで売ってる美味しい餃子買ってきてくれるって」

「は? 今日? 兄貴のアパート? 状況がよく分からないんだけど」


 俺には8才離れた兄貴がいて、今は医療機器メーカーで働いている。

 清乃の病気でそっち方面に興味を持ち、今は在宅医療で使う非常電源の設置と人工呼吸器を取り扱う仕事をしている。

 ここからバスで30分くらい行ったところに一人で住んでいて、家にもよく帰ってくる。

 明日海は次の段ボールからビールを出して並べながら、


「……この前、真広さんがハンバーグ食べたいって言ってたから、私作りにいったのよ」

「明日海、お前。現在進行形でガチってるのか……男の一人暮らしの家に腐ってもJKが入り込むなよ」

「手出してほしいよ、好きなんだもんっ! 絶対絶対絶対諦めないんだから!! 真広さんより好きな人なんて永遠にできないっ!!」


 そう言って明日海は俺を睨んだ。

 俺には8つ上の兄貴がいて、清乃が入院していた間、ずっと兄貴が俺の母さんで父さんだった。

 その時ずっと一緒にいたのが明日海で、明日海は小学校中学年ごろから、ず~~~っと兄貴が好きで付きまとっている。

 何度か告白してるけど見事に玉砕。

 最後に告白したのは中三……去年だったけど「明日海は大切な妹。年相応の男の子とちゃんと恋をしなよ。大切な学生時代を無駄にしちゃ駄目だ」と真摯に断られた。

 さすがに諦めるだろ~と思ったけど、まだやってるようだ。

 兄貴は何度か彼女を作ってるけどあまり長続きせず、明日海は諦められずにいる。

 明日海は段ボールを片付けながら、


「……ハンバーグ作った時……三日前なんだけどね……怪文書を……真広さんの机に隠してきたの……」

「おいおい……怪文書っていうのは、見た人が言う言葉で、書いた本人が言うってことは怪文書どころじゃないヤツだろ!」

「……私クイズ……解いていくと告白になるの……」

「ぐっは……きっつ……致死量の痛さだ……」

「ネットで見たの! 男は謎解きが好きだって。だから作って真広さんの部屋に置いてきたんだけど、今更恥ずかしくて死にそうなの!!」

 

 そう言って段ボールで俺をガスガス殴った。いてぇ……。

 明日海の行動も、すべてがいてぇ……。

 明日海は段ボールで俺を殴りながら、

 

「すっごく変な所においたから、絶対気がついてないと思う。ハンバーグ作った時に『もうひとりで来るな』って言われたから、お昼の時点で真広さんに『優真もいます~』って返信したから。もう絶対一緒に来て貰うから! 真広さんをコンビニに連れて行って!! 私その間に怪文書回収するから! 変な場所に入れちゃったから、真広さんいたら回収できない~~」


 そう言って明日海は段ボールの上に正座して俺に頭を下げた。

 道の駅で土下座する幼馴染み、ヤバすぎる。

 俺は一緒に段ボールの上に座り、


「一緒にいくよ。秘密にしてやるから、今度こそアニメ研究部ちゃんと入ってくれるか?」

「……分かった。分かったよ! はあああ……見てないと思うんだけど、怖いなああ~~。気がついてたらLINEくると思うんだけど、来てないし。もうなんでいつも後先考えられないんだろおお、冷静になったら死ぬほど痛いのに!! どうしていつもこんなことしちゃうの?!」

「それが明日海だ……」


 頭を抱える明日海を段ボールの上に置いたまま、俺は店に戻った。

 久しぶりに兄貴の家行けるの楽しいからいっか。

 ……しかし明日海は相変わらずアホすぎる……。


 

 

 


 

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