隣の席のヘビ系ガールに懐かれた。もう逃げられないらしい。

ふぃる汰@単行本発売中

第1話 目堂さんからは逃げられないっ!



 キーンコーンカーンコーン……



「はーい、じゃあ今日はここまでー。さっき言ったところテストに出すからちゃんと復習しておくことー。日直ちゃーん」



「きり~つ、ちゅうもく~礼!」



「「「ありがとうございました~!!」」」



「はあ、やっと終わった……」



 4限の授業が終わり、昼休みに入る。

俺は鞄から弁当を取り出していつもの屋上に向かう。



「それにしても、起立と礼は分かるけどなんなんだ注目って。どこに注目すりゃ良いのかいまだによく分かんねえ」



 根津川公星、15才男性。身長171cm、岩宿高校1年B組所属。



 中3の春休み、親の転勤の都合で今まで暮らしていた千葉を離れ、引っ越し先の群馬にある県立高校に進学した。

海無し県特有……かどうかは分からないけど、山から下りてくる空っ風と砂埃が目に染みる。



「潮風でチャリがソッコー錆びる港町とどっちがマシかは微妙なところだな」



 あと豆を煮たような独特の匂いもしない。

まああれは港町だったからというよりは、近所に醬油工場があったからなんだけど。



「よし、今日もここの屋上は貸し切りだな」



 1年B組の教室がある新校舎を出て、移動教室くらいしか用の無い旧校舎へ向かい、最上階の錆びれた扉を開けて屋上へ。

ここの屋上は生徒が自由に利用できるよう解放されていて、天気の良い日は背後にそびえる赤城山を眺めながらのランチタイムを楽しめるという、岩宿高校屈指の絶景スポット……のはずなんだけど、俺以外の生徒が利用しているのを見たことが無い。



 まあこっちの旧校舎までわざわざ来なくても新校舎の屋上があるし、こっちは新校舎の屋上と違ってベンチも無いし、そもそも風強いから屋上自体あんまり人気ないし。

そんな感じで生粋の群馬県民には不人気の穴場スポットのようだった。



「こんなに良い景色なのになあ。やっぱみんな山は見飽きてんのかな」



 屋上の端にある給水タンクを背もたれにして弁当を広げる。

この給水タンクが良い感じに風よけになってくれるので、空っ風だろうが雷だろうが快適なランチタイムを過ごすことが出来る。

いや雷はさすがに無理だな。給水タンクに落ちてそのまま巻き添えからの感電死かもしれん。



「今日の弁当は……おお、チャーハンじゃねえか! 母ちゃんナイス~!」



 二段重ねの弁当箱を開けると、上の段にギッシリと詰められた色鮮やかなチャーハンが目に飛び込んでくる。



「やったぜ~今日の弁当はSSRだな」



 下の段に入ってるおかずは何だろうなあ~唐揚げかな? ハンバーグでも良いな。



「って、こっちもチャーハンじゃねえか!」



 色鮮やかなチャーハンがぎっしりと詰められた上の段の弁当箱をずらすと、ギッシリと詰められた色鮮やかなチャーハンが目に飛び込んでくる。

いやオールチャーハンはおかしいだろ。別に食えるけどさ、おかず無くても。



「まあ腹減ったしなんでも良いや、いただきまー……」



 ガチャリ、ギィィ……



「おっと」



 ギッシリ二段詰めされた大量のチャーハンを食べようとスプーンを手にしたところで、屋上の扉が開かれる錆びついた音が聞こえる。

俺がここを使うようになってから初めての展開で少し緊張してしまう。



「だ、誰だ……?」



 ちょうど給水タンクの裏に陣取っているので誰が来たのか分からず、なんとなく警戒してしまう。

あとこのチャーハンwithチャーハン弁当を見られるのがちょっと恥ずかしい。



「それで、話ってなにかな?」



「め、目堂。オレ……」



「(この声は……目堂さんか? もう一人は誰だろう、知らん奴だな)」



 屋上に現れたのは、恐らく女子一人と男子一人。

男子から目堂と呼ばれた女子は俺も知っている相手だった。



 1年B組、俺の隣の席の目堂卯沙さん。

目ん玉の目に、食堂の堂でめどう、干支の卯に沙耶の唄の沙でうさ。めどう、うさ。



「目堂卯沙とメデューサで韻が踏めるな。いや踏めてないか」



 目堂さんはいつもかったるそうに黒板眺めてボーっとしてるか、机に突っ伏して寝てるか、あくびしながら外の景色を眺めているような、ちょっと不真面目そうなダウナー系女子である。

ちなみに俺が窓側の席なので、目堂さんが外を眺めてるときはめちゃめちゃ視線を感じる気がして何となく気まずい。



「め、目堂。オレ、目堂の事が……好きだ! 付き合ってくれ!」



「(こ、告った~!! 屋上告白イベント~!!)」



 男女二人でこんなとこに来たからまさかとは思ったけど、マジであるんだこういうの……!

いや~さすがに青春すぎるだろ! チャーハン食ってる場合じゃねえ!



「あたしのどこが好きなの?」



「そ、その……ちょっとクールで大人びた雰囲気とか、あと顔とか、おっぱ……フィジカルとか」



「(ほぼ見た目じゃねえか)」



 あとなんだよフィジカルって。ウイイレかよ。

フィジカル重視で告るやつ初めて見たわ。あと絶対おっぱい目当てなの誤魔化しただけだし。



「ふーんそっかあ。フィジカルねえ……」



「やっぱその、相手と接触しても跳ね返せそうな感じがグッと来たっていうか」



 絶対おっぱいデカいからじゃん。なんだよ跳ね返せそうな感じって。

あと目堂さんもフィジカルに食いつくのやめてあげて。スルーしてあげて。



「ちなみにあたし、こういうことしちゃう子なんだけど……それでも好き?」



「えっ?」



「(な、なんだ……? 目堂さんが何かをして、男の方が戸惑ってる?)」



 ここからだと話し声しか聞こえないが、もしかして……フィジカルコンタクトMAXの大胸筋をさらけ出して……



「そ、それ……えっ? マ、マジで?」



「どう?」



「いやちょっと、さすがにそれは……ちょっと怖いっていうか、気味悪……あ」



「ごめんねー気味悪くて。じゃあ今回のご縁談は無かったということで」



「……す、すまん」



 ギィィ……ガチャリ。



「(赤城おろしで桜散る……ってか)」



 どうやら男子生徒の一世一代の大勝負は破談ということで決着がついたらしい。

なにがあったのかは分からないが、男子側が最後に謝罪の言葉を残し、再び屋上の扉を開けてた音がした。



「ふう、やっと出ていったか」



 まさか食事前にあんな青春ボイスドラマを聞かされるとは……なんかもうお腹いっぱいな気分。



「まあ良いや。気を取り直していただきまー」



「あ、やっぱ根津川だ」



「はぐぅっ! ゲホッ! ゴホッ!?」



「いきなり出てきてごめ~ん。はい、お水飲んで飲んで」



 ごく、ごく、ごく……



「ふう……」



「はいっ飲~んで飲~んで飲んでっ」



「イッキさせるなや」



 ジョイマンみたいな謝罪をしながら水をイッキ飲みさせようとする目堂さん。

今まで話したことなかったけどこんな感じなんだ。

意外とノリ良いんだな。



「根津川、お昼になるといつもすぐにいなくなるからどこ行ってんのかと思ったけど、こんな所でぼっち飯してたんだ」



「う、うるさいな……別に良いだろ。人も来ないし落ち着くんだよ」



「あたしが来た!」



「オールマイトかよ」



 別に助けとか求めてないんだが。



「さっきの告白、盗み聞きしてた?」



「人聞き悪いな。まあ聞いてたというか、聞こえたというか……ああいうの結構多いの?」



「ん~? たまにね。モテモテで困っちゃうねこりゃあ」



「さいですか」



 目堂さん、教室にいる時はこんなに口数も多くないし、いつもダルそうにしてるけど男子人気は高そうな見た目はしてるんだよな。

サバサバ気味のクール系で顔が整ってて中性的、でも身体のほうはスタイル抜群で非常に女性的。

ついでにお笑いネタと少年ジャンプネタも分かると判明。これは多分、高ポイント。



「あ、なんか美味しそうなの食べてる。ていうかどっちもチャーハンじゃん。ウケるね」



「まあ、普通こういう弁当箱ならどっちかおかずだよな……いや待てよ? もしかしたら父ちゃんの弁当がおかずだけになってる可能性もあるな……」



「あははっ! それめっちゃおもろいじゃん!」



 ヤマザキ春のチャーハン祭りと化した俺の弁当箱を見て爆笑する目堂さん。

母ちゃんありがとう、目堂さんと話せる爆笑ネタを提供してくれて。



「そのチャーハン、根津川ママの手作り?」



「もぐもぐ……ん、そうだけど」



「美味しい?」



「めっちゃ美味い。ウチの母ちゃん、中華料理得意なんだ」



 これは本当。家にガチの中華鍋とかあるし。

たまに中華料理用の見たことないでっかい魚とか仕入れてきて謎の美味い料理を作ってくれる。



「へ~……ねえそれ、あたしにもちょっと食べさせてくれない?」



「目堂さん、昼飯は?」



「売店のタマゴサンド……が、食べたかったんだけど。その前に呼び出されて買い損なった」



「タマゴサンドはさすがに今からじゃ売り切れてるだろうなあ」



 岩宿高校の売店で売ってるタマゴサンドはめちゃめちゃ美味いからな。

需要を考えてそれなりに数は売ってるから、4限が終わってすぐに向かえば買えるけど、この時間だともう残ってないだろう。



「別に少しくらいなら分けてやっても良いんだが、スプーンが1つしかなくてな……」



「気にしない気にしない。はい、あーん」



「いや自分で食えよ」



 俺の前に座ってツバメの雛鳥のように口を開ける目堂さん。

なんとなく流れに逆らえず、チャーハンを掬ったスプーンを彼女の口元に運んでみる。



「ほれ、あー……ん?」



「あむっ」



 間接キスになるのも気にせずに、差し出したスプーンを咥えてチャーハンを食べる目堂さん。

しかし、俺はそんなことを考えるよりも気になるものを見てしまった。



「もぐもぐ……ん! めっちゃ美味いんだけど! 根津川ママって料理の鉄人!?」



「ふ、普通の料理好きな主婦だよ」



 目堂さんとの会話に答えつつ、俺は先ほどの光景……いや、口景を思い出す。

口を開けた際に見えた目堂さんの舌先に切れ目が入っていて、まるでヘビの舌のようになっていたのだ。



「な、なあ目堂さん。俺の見間違いならそれでいいんだが……」



「ん、どうしたの?」



「目堂さんの舌って、スプリットタンになってんの?」



 スプリットタン。

先が蛇のように縦に裂けている舌のことで、ファッションとして一部の愛好家から支持を受けている身体改造のひとつだ。

耳や唇にピアス穴を開けてたり、舌ピアスを付けてる高校生もまあギリギリいなくはないと思うが、さすがにスプリットタンのJKはマイナー中のマイナーだろう。



「……ん、見えちゃった? まあ別に隠してないんだけどね。んべ」



「お、おお……すげえ、本当に割れてる」



「しかも別々に動かせるよ」



「おお~……!」



 二手に分かれている舌先をチロチロと器用に動かし、交互に上下させる目堂さん。



「……根津川は、あたしの舌……どう思う?」



「いや~さすがにそれは……」



「うん……」



「めっちゃカッコいいな!」



「……えっ?」



 そう、何を隠そうこの俺、根津川公星は……スプリットタンが癖なのだ。



「俺、ヘビが好きでさあ。家でもアオダイショウとかコーンスネークとか飼ってんだけど……あ、まあこの話は良いや。それでスプリットタンにも興味持って、いつかやってみたいな~とは思ってたんだけど舌先切るのとかめっちゃ怖いじゃん? 舌切ったらグルンって丸まって喉に詰まって窒息するとか聞くし」



「う、うん……」



「目堂さんのそれ、自分でやったの? それとも整形外科とか? 医者でやると結構お金かかりそうだよなあ」



「あたしのは、生まれつきなんだけど……」



 …………。



「すいませんでした。茶化すつもりとかは全然なくて、いや本当に」



 俺は誠意を込めて謝罪した。

先天性のものだったら、目堂さんのコンプレックスになってるかもしれない。

先に確認しないでズケズケと話してしまった自分が悪い。



「謝んないでよ根津川。全然気にしてないから」



「で、でも……」



「むしろ、カッコいいとか言ってもらえて嬉しかったし。いつも気味悪がられることの方が多いから」



「あ……」



 そういえばさっき、目堂さんが告白されてる時に相手の男子が急にシュン……ってなってたのは、もしかしたら……



「ていうか根津川、ヘビなんて飼ってんだ。なに? コブラとか?」



「コブラなんて飼えないよ。あ、でもアナコンダは飼ってる」



「アナコンダ飼ってんの!? やばっ!! 丸飲みにされちゃうじゃん!」



「いやそんなにはデカくないって」



 さすがに映画のイメージすぎるからそれは。

まあ、それでも俺の身長よりはデカいから危険なことには変わりないが。



「え~良いなあアナコンダ。根津川、今度ヘビ見に根津川んち行っていい?」



「うちか? ま、まあ別に良いけど……」



「やった! じゃあレイン交換しよ」



「お、おう」



 まさか入学して初めての連絡先交換が今日初めて話した目堂さんになるとは。

イベント進行が早すぎてついていけないぞ。



「根津川……公星? 下の名前、こうせい君?」



「あ、ああ。こうせいで合ってる。ちなみに中学時代のあだ名はハム太郎」



「なんでハム太郎?」



「公をハムって読んで、星は英語で……」



 …………。



「うわっ本当だ! ハムスターじゃん! ネズ川ハムスター! めっちゃげっ歯類!」



「なんだよめっちゃげっ歯類って」



「シャハハハッ!」



「目堂さんの笑い声独特すぎるだろ」



 まるでヘビの噴気音だな。いやさすがにそれはこじつけか。

でもそれくらい目堂さんの笑い声は独特で面白かった。



「は~久しぶりにこんなに笑ったかも。てか目堂で良いよ。あたしも根津川って呼んでるし」



「お、おう。じゃあ、目堂って呼ぶわ……」



 お、落ち着け俺。苗字呼び捨てくらいなんてことないだろ。



「あっいけない。そろそろ売店行かないとなんにも食べるものがなくなっちゃう」



「今ならジャムパンくらいは残ってるかもな」



「超特急で買ってくんね。それじゃあ根津川、またね~」



「おう」



 ガチャリ、ギィィ……バタン。と再び屋上の錆びついた扉が閉まり、今度こそ屋上には俺一人になった。



「ふう……なんか色々予想外のことが起きすぎてお腹いっぱいというか、胸がいっぱいというか……」



 結構時間経っちまったし、昼休みが終わる前にこのギッシリ二段詰めチャーハンを片付けないと。



 レインッ♪



「もぐもぐ……ん? って、早速目堂からレインが来たぞ」



 片手にスプーンを持ってチャーハンを食いつつ、もう片方の手でスマホを操作してレインのトーク画面を開く。



 『アナコンダ見に行くのめっちゃ楽しみにしてるから! 約束忘れないでよね!』



「はは、なんかこれだけ見ると動物園に行く約束みたいだな」



 そういやこのスプーン、目堂がさっき使って……いや、向こうが気にしてなかったんだし別になんも無いよな、うん。



 レインッ♪



「ん? またなんか……」



 『約束、絶対に守ってよね! あたしは狙った獲物は逃がさないよ~……だから根津川のことも、絶対に逃がさないから!』



「えっこわ。なにこれ怖い」



 いつの間にか俺は目堂から獲物認定されてしまったらしい。

なんなんだ獲物認定って……群馬の謎文化か? ヤンキーのパシリみたいなもん?

これから毎日放課後にジャンプして小銭チャリチャリさせられんの?



「グンマー文化、こえー……とりあえず部屋の片づけでもしておくか」



 この時の俺はまだ知らなかった。

ヘビ系女子、目堂卯沙の獲物として狙われ続ける波乱万丈な学園生活が始まることを……。

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