第2話
「あら、もう来てくださったのですか?」
「当然だとも。今日はなんにも予定がなくて暇だったからね」
「それは…。本当なのでしょうか?♪」
「おっと、これは内密にだったかな…♪」
ユフィの元を訪れた伯爵は、早速自身の手を彼女の体に回し、その距離を非常に近しいものとする。
その雰囲気は完全に愛人同士のそれであり、特に伯爵はこの関係を大いに期待していた。
「実は今日はセレステラとの約束があったんだが…。だが、僕は君と一緒の時間を過ごしたくてここまで来たんだ。それほどに君の事を思っているよ」
「まぁ、お姉様が聞いたらなんと言うでしょう」
「大丈夫、すでに話はつけてある。誰にも文句なんて言わせないとも♪」
伯爵は自信満々と言った様子でそう言葉をかける。
貴族としての位も高い自分がこうして声をかければ、それだけで女性は自分になつくものであると確信しているのだろう。
その行動には一点の迷いも感じられない。
…しかしその一方で、ユフィの方はその頭の中に全く違う言葉をつぶやいていた。
「(伯爵様、ちょろすぎますね。これじゃあお姉様も苦労されているんじゃないかしら?まぁ私はお姉様の嫌がる顔が見られればそれでいいのですけれど♪)」
本気で惹かれている様子の伯爵に対し、ユフィの方はセレステラが予見していた通りにこの関係をただの遊び程度にしか思っていない様子だった。
だが、そうとは思いもしない伯爵は変わらず熱のある言葉をつぶやき続ける。
「ユフィ、今度はお城を一緒に見に行かないかい?あるいは王宮でもいいぞ?伯爵としての立場を使えば、僕に行けない場所などないんだ。君の望むところに、いつでも一緒にいこうじゃないか」
「それはうれしいです!でも、伯爵様と一緒なら私はどこでも楽しめますよ?」
「ユフィ…。君は本当に素直で良い子だ!」
その言葉が素直なものかどうかなど全く分からないだろうに、自信の表れからかそう言葉を発する伯爵。
ユフィはそんな伯爵の様子を見てますますこの関係に思いを抱きながら、伯爵の心を話すまいとこう言葉をかけた。
「それじゃあ伯爵様、今夜は私の事を伯爵様のそばにおいてほしいかも…。最近なんだか寂しくて、1人で過ごす夜が苦しいのです…。伯爵様がそばにいてくれるというのでしたら、こんなに心強いことはないのです…」
「ユ、ユフィ…。し、しかしそれは…」
ここに来て、ややどぎまぎとした雰囲気を見せる伯爵。
もちろん、伯爵にだって分かっている。
ここでユフィの言った言葉は、ただそのままの意味であるわけではない。
これまで以上に互いの関係を深め、言ってみればもう戻れないところまで行ってしまうことを意味する。
「…そうですよね、私なんかじゃ伯爵様の隣にいるのはふさわしくないですよね…。ごめんなさい伯爵様、今私がいったことは全部忘れてください。私は今日も一人で…」
「いや、問題ない!」
ユフィはあえて、伯爵の事を突き放すような言葉をつぶやく。
その口調は悲壮感にあふれており、どうするべきか迷ってた伯爵の心をつなぎとめるには十分すぎる威力を持っていた…。
伯爵はまんまとユフィの仕掛けた罠にはまる形となり、彼女との時間を約束してしまう。
「ユフィ、君が悲しい思いをしているというのなら、僕はそれを放っておくことはできないさ。僕は伯爵である以前に、1人の男なのだ。自分が心を奪われている一人の女性の心を守れなくて、男を名乗ることなどできない」
「伯爵様…」
「大丈夫、僕の事を信じてくれ。君の心を寂しさから解放してみせるとも。だから大丈夫だ」
「伯爵様…!」
伯爵は理解していた。
この関係はもはや、引き返せないところまで行くことになるということを。
しかしその現実を受け入れてでも、伯爵はユフィとの関係を深める道を選んだ。
「でも、お姉様になんだか申し訳ないですね…。私ばっかり伯爵様から愛情をかけていただいて…」
「それも心配いらないさ。だって僕たちは赤の他人というわけではないじゃないか。もう家族なんだ。家族であるなら、寂しがっている思いをしている相手の事を放ってなどおかないだろう?むしろ放っておくほうが愛情がないというものだ。だから、君が負い目を感じる必要など全くないのだよ」
「ありがとうございます。伯爵様は、本当にお優しいのですね。本当なら私が伯爵様と結ばれたかった…」
「……」
そのフレーズは今の伯爵にとって強烈な刺激であった。
…ただでさえユフィとの関係に傾倒しているというのに、向こうからも自分の方に導く言葉をつぶやかれているのだ。
それに逆らえという方が、無理な話なのかもしれない…。
「ユフィ、君は本気でそれを思っているのかい?」
「はい、思っています」
「それじゃあ…。いずれ、セレステラとの関係を婚約破棄してしまおうか?そのうえで正式に君との関係を…」
伯爵はついに婚約破棄という言葉を口にした。
それを聞いた時、ユフィはその心の中でこう言葉をつぶやいた。
「(はぁ…。やっとその言葉を口にしてくれましたね、伯爵様♪)」
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