旦那様は義妹を孕ませてしまったようです
大舟
第1話
「セレステラ、この後は君と出かける予定になっていたが、他の用事が入ってしまってな。あいにくだがキャンセルさせてもらうよ」
先に予定していたのは私との約束だったというのに、全く悪びれる様子もなくそう言葉を発するクレイル伯爵様。
私が彼に婚約者として選ばれてからというもの、こんなことは毎日のように繰り返されていた。
彼が私以上に優先する人物が、他にいるのだ。
「いやぁ、君と婚約するにあたって君の妹であるユフィといろいろと話をしていたんだが、なかなか可愛らしい子で困っていてね。彼女と過ごすにはいくら時間があっても足りなくて困っているんだよ」
伯爵様が夢中になっている相手、それは他でもない、私の妹であるユフィだった。
「しかし、君とユフィは本当に姉妹なのか?比べてみると彼女の方が数倍は魅力的でびっくりしてしまったよ」
伯爵様がそう感じるのも当然の事、だって私とユフィには血のつながりはないのだ。
私は幼い時に両親が離縁して、そのまま母親にあずかられることになった。
その母親はその後すぐに再婚を果たすことになり、その時の相手の連れ子がユフィだったのだ。
それゆえか、ユフィと私の性格は全く異なるものだった。
「なんというか、ユフィといると興奮させられるんだよ。彼女は僕の事を本当に理解してくれていてね、僕の胸を熱く弾ませてくれるんだ」
それは、互いの思惑が一致しただけの事では?
伯爵様は私よりもユフィの方が魅力的だったというけれど、結局は浮気をしたかっただけなんじゃないのだろうか?
その上で自分の事を興奮させてくれるなら、相手は誰でもよかったのではないだろうか?
その気質はユフィの側にもあり、彼女もそういった略奪婚的な関係に興奮を覚える節があるのだ。
「伯爵様、ユフィのどのあたりがお気に入りなのですか?」
「そうだなぁ…。一言では言い表せないが、彼女は僕が興奮するツボを良く抑えているとでも言っておこうか。セレステラ、君は姉として情けなく思った方がいいぞ?なにせ妹の方が君より上回っているのだからな」
「……」
まったく、伯爵様はどんな気持ちでその言葉を口にしているのだろうか。
婚約者は私であるというのに、最初からユフィと婚約を果たしていたとでも言わんばかりの表情を浮かべている。
「ああそうだ。これからユフィに会いに行くわけだが、どっちの衣装が雰囲気に合っているかを見てくれ。セレステラ、君なら彼女の喜ぶ方がどちらかわかるだろう?」
「私がですか?」
「そうだとも」
伯爵様は屈託のない表情を浮かべたまま、私に向かってそう言葉をかけてきた。
これはもう、本気でその言葉を口にしているのだろう。
私に嫌がらせをしたいとか、私の嫌がる顔が見たいとか、そういった雰囲気があるわけではなさそうで、本当に純粋にユフィに褒められたいから私にそう質問を投げかけてきているのだろう。
「さあ、どっちがいいと思う?」
「それじゃあ…。こちらの方がよろしいのではないですか?」
「そうかそうか、参考にさせてもらうよ」
この時、私は何と言うべきか迷った。
あえてユフィが嫌いそうな雰囲気の衣装を選ぶべきか、それとも素直に自分の思いを答えるべきか。
けれど、私は結局素直な思いで答える事にした。
その理由は、可愛そうになるくらい伯爵様がユフィに洗脳されてしまっているからだ…。
「ユフィの話は君もよくよく聞いておいた方がいいぞ?彼女の魅力は大いに見習うべきところがあるからな」
「……」
ユフィはいつもこんな調子だった。
私に好きな人ができた時、彼女はそれをすぐに察してその相手を誘惑にかかり、私から奪っていく。
私に恋人ができたなら、その時も全く同じやり方で略奪を行っていく。
要は、人のものを奪っていくことにしか興味をもたない人種なのだ。
自分の欲を満たした後は、一方的に捨てるだけだというのに…。
そんな相手に気に入られ、心を掴まれ、話してもらえない伯爵様の事が、私はなんだかかわいそうにさえ思えてきた。
「…今日は長く楽しまれてこられるのですか?」
「まぁ雰囲気次第といったところか。ユフィも僕との時間を心待ちにしてくれている様子だし、短い時間で終わることはないだろうな。セレステラ、あんまり妬くんじゃないぞ?僕はあくまで家族としてユフィとの関係を深めたいと思っているにすぎないんだからな」
「……」
言葉でこそそう言っている伯爵様だけれど、私にはよくわかる。
彼は本気でユフィの事を愛しているのだろう。
義妹を溺愛する旦那様、なんてまるで小説の中のお話のようだけれど、本当にあるんだと思ってしまう。
「よくわかりました。ユフィにもよろしくお伝えください。私の予定を上書きしてまで伯爵様はあなたとの時間を選んだのだから、私の分まで楽しんできてと」
「ほう、なセレステラにしてはかなか言うじゃないか。よしよし、きちんと伝えておこう」
伯爵様は私にそう言葉を告げると、そのままユフィの元を目指して足を進めていくのであった。
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