11月10日 M野リホ
「うそ……」
オウルのタイムラインに流れてきた動画を見て、あたしは自分の顔から血の気が引くのを感じた。
そこに映っているのは、四つん這いになった裸の女が後ろから男に抱かれている動画。この男はあたしが二ヶ月前まで付き合っていた彼氏、そして女は――あたしだ。
「なにこれなにこれなにこれ……!」
明らかにアダルト動画。でもそんなものに出演した記憶はない。だけど、映されているこの状況には覚えがある。
場所は一人暮らししている彼の部屋で、あたしは目隠しされている。確かこの時、彼がたまには気分転換をしたいと目隠しをしたがったのだ。でも、あたしは嫌だった。元々行為中の写真を撮りたがる人だったから、見えないと何をされるか分からなくて怖かったのだ。
だから断りたかったけれど、断ったら別れられてしまうと思って断りきれなかった。だって彼は大学生で、あたしは高校生。元々無理を言って付き合ってもらってるから、嫌なことでもあんまり強く言えない。でもその代わり約束したのだ。絶対に動画や写真は撮らないと。
だけど、この動画があるということは約束は守られていなかったということ。しかもこんなふうにネットに上げて、アダルトサイトの広告に使っている。
彼が自分で広告主に提供したのか、偶然拾われてしまったのかは分からない。でも、ネットに上げたのはきっと彼の意思だ。
動画は本当にこれだけなのか、それとも他にもあるのか。というよりこれはあたしだと誰かに分かってしまわないか。目隠しをしているけれど、でも知り合いが見たら――そう思ってあたしと分かる特徴がないか確認していると、裏腿の下の方に三つのほくろを見つけた。
「終わった……」
このほくろは、あたしのコンプレックス。中学の時に男子に指摘されてからというもの、隠したくて隠したくてしょうがない部分。
だけど制服のせいで、高校のクラスメイトもこのほくろの存在を知っている。これを知っている人がこの動画を見てしまったら……愕然とするあたしの目に、更に衝撃的なものが飛び込んできた。
「待って、これ……ゴムしてない?」
動画は繋がっている局部がはっきりと映るように撮られている。見たくないけど、でも見なきゃいけない。だってそこに映っているそれに、避妊具らしきものが見えないから。
「やだ、なんで……いつから? この時だけ? 生理……そう、生理……っ……最後いつ来たっけ……? 待ってどうしよう、なんで……」
頭が真っ白になる。元々生理不順だから、あんまり時期を意識して生活していない。だけど今はそれがもどかしかった。大慌てで記憶を辿るも、少なくとも彼と別れてからは一度も生理が来ていないということしか思い出せない。
「どうしよう……」
まだ高校生なのに。親にバレたら殺される。いつもよりもずっとたくさん殴られる。
そう思うとあたしはいてもたってもいられなくて、慌てて自宅を飛び出した。
§ § §
それからは散々だった。買ってきた検査薬で妊娠の心配はないと安堵したのも束の間、あの動画はたくさんの人の目に触れていたと知ったからだ。
ああいうものに興味がある人もない人も関係なく、多くの人がオウルの広告であの動画を目にしていた。その中には勿論、クラスメイトもいた。見なかったふりをしてくれた人はいるかもしれない。だけど、わざわざスクショを撮って周りと共有する人の存在しかあたしの耳には入らなかった。
そしてそういう人達のせいで、あたしはアダルト動画に出演しているという噂が立ってしまったのだ。
『ねえ、エロ動画ってバイト代いくら出るの?』
そう聞いてきたのは全然話したことのない女子だった。『わたしえっち好きなんだよね』薄ら笑いで言う彼女に、そんなに棒が欲しいならお前の頭に突き刺してやろうかと、酷い暴言が口から出そうになる。
『顔が映ってるやつは上げてねぇよ。ほら、今度報酬分けてやるから気にするなって』
あの動画を見つけた直後に問い詰めた元彼は、電話越しでも全く反省していないのが分かった。こんな奴、うんと苦しんで死ねばいい。確か溺死が苦しいと聞いたことがある。だったら溺れて、怖がりながらゆっくり死んでいけばいい。
『何やってんのあんた。こんなことされたら私が恥かくじゃない!!』
金切り声で母があたしを殴る。いつもは平手打ちなのに、あれから蹴られるようにもなった。母のつま先があたしのお腹をえぐる。痛くて、熱くて、苦しい。
あんたも味わえばいいのにと言いたいのに、痛みで一度もうまく声が出なかった。
「――……疲れた」
頭の中を、たくさんの嫌な記憶が駆け巡る。不都合なデジタルタトゥーなんて、あたしには無縁だと思ってた。ちゃんとネットリテラシーはそれなりに守ってきたつもりだったのに、あんなバカ男と付き合ったせいで人生終了なんて笑えない。
あたしにはもう、居場所がない。学校では女子にビッチとバカにされ、男子にはヤラせろと迫られる。女子はお金欲しさに、男子は快楽のために大勢であたしを捕まえる。生が好きなんだろって避妊もしてくれない。そしてまた、動画を撮る。最近では他校にまで噂が広がって、どこを歩いていても誰かに見られていると、急に襲われるんじゃないかと不安で外に出られなくなった。
大人は、守ってくれない。どれだけ事情を説明しても先生は自業自得だと言うし、唯一の保護者である母は、あたしを汚らわしいものとして扱う。
……あんな奴ら、みんな死ねばいいのに。
「そんなに見たいなら見ててよ」
椅子の上にスマホのカメラを立て、録画ボタンを押す。数歩歩いた先にあるのは、家の梁に括った縄。
台の椅子に上り、輪っかに首を入れる。
「お前らのせいであたしは死ぬんだ」
カメラをじっと睨みつけて。どうかあいつらも全員苦しんで死にますようにと、願う。
そうしてあたしは、椅子から飛び降りた。
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