限界社畜OL(Lv29)は異世界の最終兵器になりました
ハセ
第1話 -1
瞼を開けたら見知らぬ人々に顔を覗き込まれていて、私は夢を見ているのだと思った。
何故って、頭上にぐるりと並んだ人々の顔は、誰一人として日本人らしい平たい顔族のものではなかったから。彫りが深くて直線的な、ざっくり言って欧米的な、コーカソイドの人々が、揃ってこちらをじいっと見ていた。
「〜!」
「〜〜! 〜〜!?」
口々に何か言っている。金髪の人も茶髪の人も、中には赤毛の人もいて、女の人はみんなかなりしっかりお化粧している。中の一人が輪から抜け、どこかに走って行った。
ぼうっと視線を漂わせていると、目の前でひらひらと手を振られた。強引に焦点を合わせられたところに、一人の若者がぐっと顔を寄せてくる。
線の細い、まだ少年の無邪気さを顔に残した若い青年だった。
「〜〜? 〜〜、〜?」
もしかしなくても、私に話しかけているのでしょうか。
瞬きしていると、彼は同じ言葉を繰り返した。
同じ言葉だ、ということは分かる。でもさっぱり聞き取れない。可愛らしい顔に似合わず声は低くて男らしいのだなと、あさってのことを考えてしまう。
どうにも頭が働かなかった。
眠りの深い真夜中に、地震で揺り起こされたときのような感覚だった。なんか揺れてるぞ、と理解していても、腕も頭も持ち上がらない。たぶん起きた方がいい、身の危険があったらヤバいとは思いつつ、全力で睡眠に引っ張られてそのまま負けてしまう感じ。
変だなあ、と思う。夢の中にいるというのに、猛烈に眠いなんて。
疲れてるのかな。疲れてるよな。昨日も終電ダッシュだったもんな。昨日、てか今日か。てかもうそろ起きないとヤバくない? もう外明るい感じじゃない?
あれ、と思った。
なんだろう、これ。
外、明るい。私、ベッドに寝てるっぽい。首にあたる枕の感じがちょっと変。草っぽい、土っぽい匂いがする。それに布団。私、こんな生成りの寝具持ってたっけ。
木目の天井。ここ、私の家じゃない。すると、ここはどこだろう。この人達は誰だろう。
え。待って。
なんかちょっと、いろいろ、おかしい。
目の前の青年を凝視してしまった。ふわふわと柔らかそうな髪の明るい茶色は、眉の色とお揃いだ。瞳はそれを少しだけ焦がしたような色。長い睫毛もたぶん天然のものだろう。
驚いたように丸く大きく開かれたその目は、一拍後にきゅっと細くなった。彼は私に微笑んだのだ。にっこりと。
おかげで私は理解する。
あ、これ、夢じゃない。
まじのやつ。
反射的に起き上がろうとして、失敗した。思い切り頭を殴られたような衝撃に耐えられず、5センチも身体を浮かせられずにベッドに着地してしまう。
「〜〜!?」
目の前の人が慌てる。言葉は分からないが意味は分かった。大丈夫ですか、みたいなこと。
いいえ。
まったく、全然、だいじょばないです。
重い首と腕を動かして起きたいムーブをしていると、青年が肩を支えて助け起こしてくれた。とても心配そうな顔をされるが、私は愛想笑いの一つも返せない。
がんがん響く頭痛は止まらず、動悸が収まらない。
なんだ、これ。
彼はなんだかクラシックな服を着ていた。オーバーサイズのフリルシャツに深緑のジレ、はお洒落の範疇として、腰のベルトに刺しているそれは、もしかして剣、なのでしょうか。
女性達はほとんどが、チューブトップにカーディガンを羽織ったような格好をしていた。きらきらした布地が素敵なのだが、薄手すぎてかなり肌が透けている。アラジンのジャスミンをものすごくセクシーにしたみたいな。長い髪に隠れているからいいようなものの、下着をつけていないのが丸分かりのお胸。
コスプレ、にしては、みんな気合いが入りすぎ。
もしや私も、と思って己を見下ろせば、至って見慣れた服を着ていた。ランタンスリーブの白ブラウスに黒のワイドパンツ。どちらもGUで買ったやつ。パンツは週3でヘビロテのやつ。
ごく僅かにほっとして、いや、と思い直した。何も安心できなくない? ますますこれ、夢じゃなくない?
「~~~、~? ~~!」
「~~~……」
「〜〜! 〜〜!」
飛び交う会話はさっぱり分からないままだった。K-POPから中華アイドルからタイBLまで一通りの有名どころは履修して、リスニングにはちょっとばかし自信がある私の耳をもってしても。
「半身条約、ふんだんにして? 嵐!」
「視野狭いんしんどい豆……」
「原田! 原田!」
聞こえる音はそんな感じだ。欧米圏は守備範囲から外れるものの、とりあえず英語ではないと思う。
まじで、何が起きているのでしょうか。
ここは、一体どこですか。
9と4分の3番線の壁に飛び込んだ覚えもなければ、図書館で古い本も開いていないし嵐にも雷にも遭遇していない。ああでもちょっと前に読んだ悪役令嬢転生ものは、交通事故で死んで目が覚めたら異世界でした、だったっけ。
死んだ?
もしかして、私、死んだ?
痛くてたまらない頭で必死に考えを巡らせる。
思い出した光景は駅のホームだ。
会社最寄りのJR駅は、日付が変わった深夜でも、利用客はそれなりの数がいる。中には当然同じ会社の人もいて、今日なのか昨日なのかもっと前なのか、とにかく最後のその日は、同期の村井と後輩の鈴木ちゃんの姿も見つけた。肩が触れそうな距離で話す二人はかなり親しげな空気を纏っていて、あ、へーえ? と思いながら私は回れ右をした。
村井は外出先から直帰だったはずなのに。鈴木ちゃんはまだ研修期間だから、早めに帰れるはずなのに。へー。ふーん。とか思いながら。
最終電車が参ります、というアナウンスが聞こえていた。近づいてくる車両のライトが見えていた。そのとき、ふいに背後から「あのぉ」と話しかけられた。女性の声だったと思う。
え、と振り向いた瞬間、肩に強い衝撃を感じた。
その後のことは覚えていない。
あれは、何だったんだろう。
駅にホームドアはなかった。線路を挟んで向かいのホームは、垂直のコンクリートの壁だった。もしここでうっかり落ちてしまったら、逃げ込める空間もないし死ぬやつだな、と常々思っていた。
そういうこと、なのでしょうか。
まじっすか。
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