温泉経営者である僕は、異世界に召喚されてしまった〜異世界民にいい湯を提供しよう〜
コーヒーの端
1. 異世界へ
僕、温森一(ぬくもりはじめ)は、温泉経営に携わる二十四歳である。この「ぬくもり温泉」は、父から世襲したものだ。まあ、実際のところは無理やり押し付けられたようなものだけど。
俺は一年前のことを思い出していた。
「一!お願いだ、この『ぬくもり温泉』を継いでくれ!」
父が唐突に俺の前へやって来た。
「ええ!?やだよ!だって僕もう民間企業の内定もらってるんだよ!?」
僕はもちろん否定した。だって、だって!
「『ぬくもり温泉』は継がなくて構わないって、言ってくれたじゃないか!」
声を荒らげてしまった。温泉内に僕の声がこだました。
「いやそこを何とか!そうだ、これで手を打とう。窓の外を見ろ」
何を言ってるんだ。この人は。僕の気は、今さらどんな素敵な施しを受けようと変わらないぞ。一応見ておくかぎょえ〜!
「何だこの高級車は!」
そこにあったのは、一台一億は下らない外車であった。左ハンドル!
「これ、どこで!?そんなお金ないだろ!?」
僕は真っ先にそれを聞いた。
「はっはっは。お前が「ぬくもり温泉」を継いでくれるまで、何だって買ってやるさ!父さんはもうとっくに狂っているんだ!」
次に父が指差したのは、部屋の隅にどでかい箱だった。もう嫌な予感しかしないよ。
「さあ。その箱の中を見ろ」
見た。そこにあったのは、黄金の親父フィギュアだった。高さ2メートルはある。
「いらね〜!何これ!わかった、わかったよ継ぎますから!」
親父は安堵の表情を浮かべた。
「いや〜!良かったありがとう!実はこの親父フィギュアで全財産尽きてたんだ。もうギフトできるものがない」
うわあ〜!やばいよこの人!
でも、こんなに散財できる理由を俺は知っていた。この「ぬくもり温泉」は、日本国内随一と言っていいほど、人気の温泉宿である。宿泊可能人数は、三千人、夕食は地域の食材がふんだんに使われた、旨いと話題のコース料理。極め付けは、その温泉の質。効能が他の温泉とは段違いで、体調不良や怪我などを瞬く間に治してしまう。ちょっと効能は誇張したが、本当にその能力は凄まじい。
そういうわけで、客の数は年中増減しない。一年を通して等しく満席である。
つまり、そこから得られる収入も...ということだ。
なので、僕はあまり父の散財を心配することはなかった。しかし、ここまでして僕に「ぬくもり温泉」を継がせたい理由とは何だろうか。
「詳しいことはまた後で話すよ。高校の時、ここでアルバイトしてたから、大体の業務は分かるな」
僕はうんと呟いた。まあでも、確かにここで働けたら一生安泰なのは間違いないな。だけど、それをずっと拒んできたのは、自分の力でお金を稼げている実感がなかったからだ。祖父の代から続くこの「ぬくもり温泉」の力に頼っている気がして嫌だったからだ。
だけど、少しくらいやってみてもいいかなと思った。嫌になったらやめればいい。それからでも遅くないかな、とやけにあっさり思えた。
それから僕は、明日から始まる親父からの職務指導や経営指導に備えて、早めに眠ることにした。高校のアルバイトの時に使っていた、仮眠室を使ったが、この部屋がまたでかい。仮眠室といえば、およそ三畳ぐらいのスペースを想像するだろう。しかし、この仮眠室は、二十畳というあり得ない大きさである。しかも一人用。
温泉宿泊施設自体の大きさも国内随一であるので、あまり疑問は抱かないが。
「よし、タイマーセットして」
スマホのタイマーをセットして、僕は眠りについた。明日は早い、頑張らないとな。
ピピッとタイマーが俺を起こした。
「う〜ん!気持ちの良い朝だな。あ、そうだ内定辞退の電話してない!早くしなくちゃ」
僕は目をこすりながら、携帯に目をやった。今は朝七時。業務指導は九時からだから、まだ余裕があるな。
あれ?圏外?
スマホの表示がなぜか圏外となっている。おかしいぞ。まだ通信容量残ってたはずだし。いやそれは関係ないか。
「うーん。壊れたのかな」
スマホが壊れた。つい最近買い替えたばかりなのに。いや、もしかしたらちょっと電波が悪いだけかもしれないぞ、ロビーへ出てみよう。
それから僕は、温泉施設七階(最上階は二十階)の隅の仮眠室から、外へと歩き出した。
「遠いな!」
改めて、広すぎる。廊下はやけに長い。五分ほどかかってようやく外へ繋がるロビーに着いた。しかし、まだスマホの圏外は治っていなかった。
外まで行ってみるか、と思い、パジャマのままで和風の庭園へ。しかし、そこでも結果は同じだった。
「ありゃ、おかしいなあ」
しかし、俺は電波がないことよりも、「それ」があることの方に驚いた。
「ぎゃああ!な、何コレ!?」
空を見上げると、ドラゴンがいた。あと、空気感もまるで違う。俺は腰が抜けた。
「え、え?どういうこと?夢?あ、夢か」
なーんだ。と俺は立ちあがろうとしたが、地面にある砂利の感覚が妙にリアルで寒気がした。でも、それを無視して体を起こす。
「夢ならちょっと散策してみよう」
僕はこの状況を楽しむことにした。やけに寒いな。現実は十一月半ばなので、この夢は十二月末くらいだろうか。それくらい寒かった。
「すごいな。まるで現実そのものじゃないか」
いや、本当に夢とは思えなかった。空を飛ぶドラゴンの翼が動く音も如実に聞こえる。うるさいくらいに。
すると、予想外の事態が発生した。
僕の上空百メートルほどを飛行していたドラゴンがこちらへ急降下してきたのだ。
「え?」
明らかに僕を目掛けてくる。
「わあ〜!夢でもこわーい!」
「勇者サマ!やっと見つけた!」
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