#38 S級恋人——中編
黒岡:2ポイント
中根:1ポイント
点数差ができると焦りが出る。
メンタルがそこまで強くなさそうな中根にしてみれば、焦りに焦っているはず。
「さあ、次に中根キラキラキラっと君がシュートを外せば、かなりきっつい展開。これはまさにアラスカのクジラのホエールレジデンス」
だから、さっきから志保鈴のアナウンスが意味不明すぎて、なにがなんだか分からないんですけど?
ホエールレジデンスってなに?
くじらの住処?
全然中根に関係ないだろ、それ。
「バスケ部のくせに負けたらヤベえよな」
「黒岡もすげえっぽいじゃん。中根さん負けるんじゃね?」
「いや〜〜〜あんだけ啖呵切ったんだから、負けたら炎上コメすごいだろ……?」
「ニューチューブ接続されてるんだから、全世界に公開されて恥ずかしいだろうな」
中根の彼女の美夢さんは不安げな顔で見守っている……と思いきや、意外に真顔だった。
むしろ怒っているようにも見える。
それはそうだよな。
負けたら破局なんて勝手に突きつけられて、そう宣言した張本人が今、背水に立っているんだから怒るのも無理はないと思う。
「ゆっくりでいいぞ。中根。内心ガクブルなんだろ」
「そんな……、そんなわけねえだろ」
中根が震えているのが分かる。
人を見下しているからそういうことになるんだ。
ナノは言っていた。
スポーツで相手が自分よりもできない人であっても、全力を出すのが礼儀だって。
自分の心はいつも波の立たない海じゃないとダメって。
少し前まで俺も中根のようだった。
“2位以下になんて興味がない”
“2位以下など眼中にない”
“バカはバカだ”
俺もきっと中根みたいな奴だったんだな。
ナノにも……みんなにも悪いことをしたかもしれない。
ナノは勉強ができなくても、バスケがうまい。
みんな勉強がすべてじゃない。
それぞれ個性があってそれぞれの“強み”がある。
バカは俺だ。
ようやく中根が3投目を投げた。
だが、見るからに精度が落ちている。
ゴールリングにも届かないシュートで、本当にバスケ部なのかと思うほど弱々しかった。
「おーーーっと。致命的ギャラクシーアクシデンツ。中根選手のシュートはリビング武田と同様か、もしくはカールおばあさんの髭なみに真っ黒。これは痛い。次に黒岡ラビリンスがシュートを決めれば、優勝の小町ドラゴン」
ボールを拾って、俺はフリースローラインに立つ。
「黒岡が勝ったらナノちゃんは彼女決定?」
「でも、負ける気がしないのはなぜ?」
「黒岡くんがんばれ〜〜〜〜ッ!!」
「黒岡くん入れろ〜〜〜〜」
風向きが明確に変わった。
人は成長する姿に弱い。
1投目では弱々しい下手くそな黒岡だったのに、2投目で華麗にシュートを決めた。
さらにマントの下には“バスケできますマン”の戦闘服を着ていたものだから、みんなは俺が“バスケできますマン”と勘違いをしたのだ。
こんなエンターテイメントをSNSで見たことがある。
老人に扮したプロのバスケット選手が、若者が遊ぶバスケットコートに入り、呆れられるが突然無双をする動画だ。
途中で老人の変装を自ら破ってプロの現役のバスケット選手だと正体を明かす。
そう、そこからインスピレーションを得たのだ。
すべてはナノのおかげだ。
あいつは自称天才だが、俺も少しずつそれが事実なんじゃないかと思い始めている。
深呼吸をする。
いつもどおり。
放課後、ナノに教えてもらったフォーム。
はじめは100本シュートを打って、1本入るかどうかだった。
だが、その1本をナノは自分のことのように喜んでくれた。
少しずつ入るようになって、それから俺は自己分析に時間を費やした。
ノート1冊分くらいは自己分析に費やしたと思う。
生前の父が言っていたことがある。
努力は自分との戦いだ。
やると決めたことに後悔はするな。
時間を惜しみなく使え。
今考えると、生まれつきの天才だと思っていた父がそうだったんだ。
将来役に立つかどうか分からないバスケットボールのフリースローだが、俺は父の言葉どおりに練習を実行した。
はじめは単純に……ナノにカッコ悪いところを見せたことが恥ずかしかったからだ。
ナノにかっこいいところを見せたい。
そんな見栄からはじまった。
だが、今は違う。
ナノが支えてくれた。
だから負けるわけにはいかない。
ナノを失いたくない。
そして、ナノと立てた作戦を信じて良かったと思えるように勝つ。
この1球にすべてを賭ける。
指からゆっくりと離れていくバスケットボールがスローモーションに映る。
俺の放ったシュートはいつもどおり、キレイな弧を描いてゴールリングに呑み込まれていった。
「うわああああああああああ」
「すげえええええ」
「見たか、今のフォーム、ジャンプ、どれもかっけえ」
「なんなんだよ、黒岡。顔もまさに別人みたいじゃんか」
はじめは敵意を剥き出しにしていた男子が大集合してきて、人の頭を撫でるわ、肩を叩くわ、もう揉みくちゃだった。
「優勝は、黒岡凛人カンガルーポケットの根っこ〜〜〜っっっ」
さて、勝負はここからだ。
志保鈴からマイクを受け取る。
今回のフリースローを練習から通して、分かったことがある。
それを順に話していこうと思う。
「中根、見事に負けたな。本気で負けたな」
「く……こんなはずじゃ」
「そうだな。こんなはずじゃなかった。なんとでも言えるけど、現実は負けてしまった。負けは負けだ」
「……笑えよ」
「俺はお前を貶したいんじゃない」
「は?」
「今まで……というよりも中学の頃は悪かった」
俺は頭を下げた。
深く、今までの自身の非礼を詫びて。
人としてすべきことはまずこれだ。
「俺は当時人間不信で、誰とも関わりたいと思わなかった。だから、中根に遊びに誘われたときに冷たい態度を取ってしまった。そのほかにも勉強で勝てない中根にひがんで酷いことを言ったこともあった。本当にごめん。俺が悪かった」
「…………」
会場がシーンとする。
まさかの俺の突然の謝罪会見とか、思いもよらない展開だったのだろう。
「さて、謝罪はした。ここからはジャッジメントだ」
美夢さんはしかめっ面をしている。
破局を迎えさせられるのだから当然だ。
「負けた方は彼女と別れる……そう言ったよな?」
「ああ。二言はない」
「お前、彼女の気持ちは聞いたのか?」
「なに?」
「勝手に別れるとか、サイコパスも良いとこだぞ」
「誰がサイコパスだよ」
「お前だよ、中根。お前は人から言われて、好きな人と別れるような付き合い方をしてるのかって聞いてんの」
「勝負は勝負だろ」
「それがアホなんだって言ってんだよ、いいか、俺とナノはお前たちの破局を望んでいない。だから、それはナシとする」
「…………」
「それに俺とナノは付き合っていない」
「は?」
「だから、付き合っていない。お前が勝手に勘違いしたんだ。俺はあのとき否定も肯定もしなかっただろ」
「でも、白水さんが彼女って自分で」
「だから、それを今から精算する」
俺は深呼吸をした。
フリースローよりもずっと緊張する。
足が震えている。
だが、もうここで逃げるわけにもいかない。
「白水菜乃さん、こっちに」
俺が呼ぶとナノは眉間に皺を寄せながらも俺のとなりに来た。
台本にはないシナリオだからな。
ここからは完全に俺のアドリブだ。
反面教師。
中根には沢山教わったことがある。
中根と俺は似ている。
中根は嫌な奴だ。
そんな俺の良いところを見つけてくれて、ナノはずっと一緒にいてくれた。
「ナノさん」
「な、なに?」
「俺はナノさんにフリースローを教えてもらいました。いや、それだけじゃなくて人との付き合い方、接し方……、それに暗い俺の道を明るく照らしてくれたのもナノさんでした」
「……リン君?」
「ここでみなさんに証人になってもらいたいです。俺こと黒岡凛人は、ナノさんのことが好きです。世界一好きです。だから、ナノさん俺と付き合ってくださいッ!!」
右手を伸ばして頭を下げる。
恥ずかしくて顔から火が出そう。
はやく終わってくれーーーっと叫びたいくらいに死にそうだ。
地獄だろ、どう考えても。
俺はやっぱりバカすぎるくらいにバカだな。
ナノが俺の右手を両手で握った。
やさしく。
「はい、喜んで」
そこで割れんばかりの叫び声があがった。
悲鳴とも言う。
それと同時に半数近くの生徒が拍手をくれた。
「なんか感動したぁ」
「黒岡くんかっこいい」
「黒岡ってあんな奴だったんだ。ナノちゃんとベストカップルじゃん」
「黒岡、てめえなんだよそれ」
「全部もっていきやがった」
祝福されているのか、殺意を向けられているのか分からない状況だったが、これでナノとどこにいても一緒にいられるし逃げる必要もない。
まして追求を受けることもない。
真島に対しても嘘は言っていないことになる。
なるかな……どうだろ?
中根のほうを見ると、美夢さんと向き合っていた。
なにやら様子がおかしい。
「将来有望だと思って付き合ってやってんのに、なにダッサイことしてんのよ。あんたさ、性格悪い上にカッコ悪いんだよ」
「美夢?」
「名前で呼ばないでほしいんだけど。それに玲海とかいうクイーンだっけ。あんなやつに惑わされて、デレてんじゃねえよ。クソ男が」
小動物系のかわいい彼女だと思っていた美夢さんの顔は、
「待って美夢、俺は別れるつもりなんて」
「は? あたしが付き合ってやってたの。別れるもなにも、中根のようなゴミはもう捨てるしかないっしょ。廃棄だよ廃棄。ゴミ箱には自分で入れ、クズ」
「え……美夢、お前は俺のことが好きで」
「あたしは嫌い」
バチンッとものすごい音の平手打ちを美夢さんが中根に食らわしていた。
中根は膝から崩れ落ちて滝のように泣いていた。
これは、すごいものを見せられたな。
美夢さんって肝が据わっている上に打算的な人だったのか。
将来有望そうだから付き合ってやってた、って。
怖……っ。
「お兄様、やっぱりわたくしのお兄様はすごい人です〜〜〜」
「玲海、聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「クイーンってなんだ?」
「? クイーンとは女王を意味する単語ですが、それがなにか?」
「さっき美夢さんがぼそっと言っただろ」
「さあ。わたくしにはなんのことやら」
自覚のないあだ名なのか。
クイーンなんてあだ名がつくとなると、やっぱり黒岡家が絡んでいるのだろうか。
「リン君のばか」
「は? なんで?」
「ばかはばかなの。不意打ちの告白なんて」
「こうするしか解決法が見つからなくて……その、ごめん。恥ずかしかったよな」
「嬉しいに決まってるじゃんッ!! みんなーーー証人だよね。リン君がわたしの彼氏です。彼氏の黒岡凛人君をどうぞよろしく〜〜〜っっっ!!!」
俺の腕に自分の腕を絡ませて、引っ張られる。
みんなの前に連れて行かれて、なぜか選挙活動のような紹介をされまくった。
そういえば中根はいつの間にかいなくなっていたな。
こうして死闘が終わった。
午後はナノと一緒に文化祭を回ろうか。
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