S級美少女に勉強を教えるだけの関係のはずが、いつの間にかに恋人認定されている上に甘えすぎて離してくれない

月平遥灯

S級美少女に勉強を教えることになった

#01 彼氏になってください(笑)



なぜか俺がS級美少女に勉強を教えることになった。



これも入学式からの腐れ縁というやつなのかもしれないが、俺からすれば迷惑な話だ。常に底抜けに明るく、誰からも好かれる彼女がなぜ俺を選んだのかさっぱり理解できない。



S級美少女の白水菜乃しらみずなのはなぜか向かいの席から移動し、わざわざ俺の隣の椅子に座り直して、テーブルの上に置かれていた好物のグミを食べ始めた。



もしかして、これは嫌がらせなのだろうか。



「一個食べる?」

「いや、いいよ」

「このわたしの施しを断るなんて、リン君はダメなヤツだなっ!」



リン君?

だから、俺のことは黒岡凛人くろおかりんと“先生”と呼べ。

そう言ったはずなんだけどな。どうやらこのアホは日本語が通じないらしい。



「……白水、ちょっといいか?」



肩まで伸びたまるで絹のような明るい栗色の髪。

誰の足跡も付けられていない、まっさらで初雪のような肌。

繊細なガラス玉のような瞳。

頭のてっぺんから爪先まで計算されたような黄金比のスタイル。

そして、比較的大きい胸と締まったウエスト。



そんな白水菜乃は、どこの誰が見てもS級美少女と称するだろう。



見た目は。



あくまでも見た目だけの話だ。

中身は……。



「……そのグミ、俺のなんだけど?」



噛めば集中力が高まるからこっそりグミを食べていたのだ。



「うん。そうかなって食べ始めたとき思った。じゃあさ、じゃあさ」

「……なに?」



引き込まれそうな大きい瞳をなぜか嬉々として俺の顔に近づけてくる。こいつ、なんだか距離感が近すぎるっていうか。いや、クラスではそんなことないんだけど、俺が勉強を教えているときは距離感がバグっているというか。この時間帯の図書室は誰もいないからいいけど、もし誰かに見られたら最悪俺は討ち死にするかもしれない。



それくらいに白水菜乃の人気は凄まじいものがある。

俺達は現在高校2年生。


同学年に限らず、3年生から1年生まで白水の人気は半端ではないのだ。



「はいっ」

「はいって、なに?」



グミを一つ袋から取り出すと、なぜか俺に手渡してきた。しかも押しというか圧が強い。



「食べさせて。ほら」

「ほらって……」

「あーん」

「あーん、じゃねえよ」

「ほら、そんなことじゃ菜乃のお口は待ってくれないよ?」

「はぁ……それ全部やるから、一人で食べてください」

「うし。じゃあ、わたしが食べさせてあげる。ほら、口を開けて。開けなさーいっ!」



なんなのこの人。コーラの瓶の形をしたグミを俺の唇に押し当ててくる。



「やめ、イジメかッ!!」



意地でも食ってやるものか。手を洗っていない奴が触れた食べ物なんて口に入れられるわけにはいかないだろうが。感染症怖いとか、そういう考えに至らないのか、馬鹿め。



「今日のお礼じゃん。今日も勉強教えてくれてありがとうって」

「恩を仇で返すのが白水のやり方かッ!!」

「あ~~~また名字読みしたっ!」

「……なにが?」

「なにが、じゃないよ。菜乃って呼んでよ。彼氏くん」

「だ、誰が彼氏だ、ボケぇ」



こいつの彼氏になんてなったら身が持たない。毎日、陰でヒソヒソと悪口を囁かれ、嫌がらせに机に落書きをされた挙げ句、体育館裏に呼び出されてボコられる毎日に恐怖しながら生きなきゃいけないなんて、勉強に支障をきたすだろうが。



「あはは。だから、お礼に彼氏にしてあげるって言ってるのに」

「それ本気にしたらヤバいから、俺以外にそういう冗談絶対に言うなよな」

「言うわけないじゃん。リン君ってばか?」

「……お前な。これ見ろ」

「えへ」

「誤魔化すな。そもそもなんで上から菜乃さま態度なんだよ。この俺の作ったスペシャァァルな問題の点数見てから言え」



白水に勉強を教えることになって、俺だって貴重な時間を割いている。たとえば、このスペシャァァルな問題だ。先日の中間テストの範囲を網羅しており、数学に関してはこれが解けなければ決戦の期末試験は壊滅的になりかねない。



「12点はないだろ……」

「だって、難問すぎるもん。あ、ちょっと韻踏んだっぽい」

「お前は……人の話をちゃんと聞け」

「ごめんなしゃい」



白水には危機感というものがない。

自分の勉強を最優先したいのに、なんで白水に勉強を教えることになってしまったのか。

それには深い事情がある。







中間テストの結果が教室前に貼り出された日のこと。いつもながら、生徒たちのテンションは高い。赤点になると補習を受けなくてはいけない上に課題も増えることが確定してしまう。そういった理由で廊下の掲示板前には、阿鼻叫喚の様相を呈する者や、安堵する者が多発するのだ。



その点、二位と格差をつけての一位の俺はそんな様子を、まるで巣にお湯をかけられた蟻でも見るかのごとく高みの見物を洒落込んでいた。



せいぜいジタバタするがいい。毎日の積み重ねを怠るからそうなるのだ。



“1位:黒岡凛人”



その文字だけを確認して教室に入ろうとすると、目の前で白水菜乃がプルプルと震えていた。順位表を見て驚愕している様子で、いつも陽キャテンション爆上げの白水からしたら様子がおかしい。



「あっ、リン君」

「どうした?」

「ううん。なんでもない。大丈夫」



全然大丈夫じゃない様子で白水は教室の中に駆け込んでいった。どうせ順位が100位以降で赤点を回避できなかったのだろう。白水はスポーツ万能だが、学業の方は疎かな様子だからな。だが補習を受けて再テストで合格点を取ればいいだけの話。別に拷問に遭うわけでもない。ただ帰りが人より遅くなり課題に時間を奪われる。



それだけの話しだ。そんなものにクヨクヨする必要はないだろう。



放課後は欠かさず図書室で勉強をしていくのが俺のルーティンだ。図書室は静かで勉強をするには快適すぎる。さっそく教科書を広げて今日の復習からすることにした。



そうして、しばらく集中をしていると首が痛くなってくる。



「はぁ~~~」

「おつかれ。リン君」

「は?」



テーブルの向かいにはなぜか白水菜乃がいた。小さい顔を両手で支えるように頬杖を突きながら俺を見ている。



こいつ、いつからいたんだ?

集中していたこともあって、白水が目の前に座ったことにも全然気づかなかった。もしかして忍者とか暗殺者の家督を継ぐ、すごい奴なのかもしれない。侮れないな。



「ねね、リン君」

「あ、それについては遠慮しておく」

「まだなにも言ってな~~~い」



白水との出会いは入学式のときのことだ。



俺達の通う私立光西こうざい学園高校は、ほぼ内進生で占められている。内進生とは中学からのエスカレーター式で上がってきた生徒たちのことで、受験をして入学を決めた外進生は数が少なく、十数人しかいなかった。そして、その外進生に俺や白水は含まれる。



つまり肩身が狭い思いをしたのだ。ほとんどの生徒は周りがみんな知った顔なのに対して、俺と白水は完全にアウェー。敵陣のど真ん中に置いてけぼりを食らった歩兵のような気持ちだった。少なくとも俺はそうだった。しかし、俺の隣の席になった白水は違った。



『なになに。黒岡……なんとかびと。なんて読むの?』

『くろおかりんと』

『わたしは白水菜乃。末永くよろしゅ~~お願いします』

『こちらこそ。“末永く”は余計だと思うけど』

『凛人君内進生?』

『いや、俺は外進生。肩身が狭いよな』

『そっかそっか』



なにを考えたのか白水は立ち上がり、大きく息を吸い込んでピンっと右手を伸ばした。



『はい、ちゅうも~~~くっ! わたしは外進生で現在この学校に友だちがいませんっ! ってことで友だちになってくれる人挙手っ! っていないんか~~い』



入学式が終わって教室に戻り、オリエンテーションがはじまる前の静かな時間だった。そんな場面にもかかわらず、白水が突然そんなことを叫んだわけだから注目されないわけがない。しかも見た目がS級美少女だから、余計にクラスメイトの心を鷲掴みにしたのだった。



『それで、この人。えっと、凛人君もこのままだと全人類ボッチ計画の人柱にされてしまいそうなので、友だちになってくれると嬉しいじゃけんのー、と本人が言っています。はい、どうぞ』



俺は白水に腕を掴まれ無理やり立たされて、握った手をマイクに見立てた白水からインタビューされてしまったのが運の尽きだった。なぜか静まり返った教室内で強制自己紹介をさせられた挙げ句、なにを話していいのか分からずに、



『よろしくお願い……します』



と無難な回答をするに至ったのだった。かわいいし、底抜けに明るく面白いS級女子と、その隣の陰キャな奴……なんて印象付けられて、まるで白水芸人のバーターのようで気恥ずかしくなった苦い思い出がある。それからというもの、白水菜乃は馴れ馴れしくも俺に色々と注文をふっかけてくるようになった。



『あ、購買行く? 焼きそばパンあったらお願いシャス』



なんてことが日常茶飯事となった。俺はパシリじゃない。



想像から現実に戻る。

白水は向かいの席で口を尖らせていた。



「そう言わずにさぁ」

「焼きそばパンは自分で買え。もう白水の手のひらで踊らされないからな」

「それってなんの話なの。そうじゃなくて、えっと……」

「テストの結果、100番以降で赤点だからか」

「えっ!? 違うけど?」

「は? 白水って馬鹿じゃないの?」

「ひどくない? それはリン君に比べたらおバカさんかもしれないけど、」



貼り出された順位表は当然ながら自分の名前しか見ていない。2位以下に興味なんてないし、他人の順位を気にかけている暇など俺にはない。もちろん、自分が1位だからといって浮かれたり、人を見下したりはしない。テストはあくまでも自分との戦いだからな。



「一応80位で赤点はギリギリ回避したんだけど」

「ならいいんじゃないか」

「ダメなの。このままじゃヤバいの。だから、あの」

「らしくないな。言いたいことははっきり言えばいいだろ」

「リン君……わたしの彼氏になってくださいっ!」



ああ、そういうことなら仕方がな——は?






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