数に限りのある発言券
ちびまるフォイ
一般人たちの沈黙
『というわけで、私は思うわけですよ。
今の政治は~~で、若者はーーなんです』
テレビのワイドショーでは知識人が発言を繰り返していた。
(いい~~なぁ~~……こんなに発言できて)
自分のような一般人はこんなに発言できない。
ネットの普及により情報が過剰になると、
今度は有益な情報だけを流すべきという風潮になった。
そこで登場したのが「発言券」。
発言券を消費しないと発言できない。
テレビに出ている知識人などには多めに発言券が渡され、
色んな場所で持論を発言できるというわけだ。
(俺が発言券を使うときなんて、
コンビニのレジで袋要らないことを伝えるくらいなのに)
昔は自由に発言できていたらしい。
それゆえに不用意な言葉で傷つけたりしていたので、
発言券の導入で言葉選びに慎重になったのはいいことのような悪いような。
ばくぜんとした不安を感じながらバイト先に行くと、
バイトリーダーが死刑宣告を発言した。
「君、正月も出勤ね」
「!!!」
そして今日に限って発言券の配給日前。
ちょうど発言券が切らしていたので何も答えられない。
「断らないってことはYESってことで」
「!!!!」
必死に顔を横に振る。
しかし発言していないことには認められない。
そうして正月もバイトをする羽目になった。
(はあ……発言券のない人間は、
貧乏くじばかり引かされるなんて不条理すぎる……)
そんなことを思っても自分に発言券はない。
発言すべきなのは、もっと知識や経験があって。
学力があって、みんなの人気者が発言すべき。
自分のような陰キャ弱者が発言をして場を荒らすのはもってのほか。
そんな顔をしてたのか、怪しい人がカウンター越しに話しかけた。
「兄ちゃん、発言券ほしくない?」
「!?」
「発言券を特別に横流しするルートがあるんだよ」
「!!!!」
「ほしくないかい?」
顔を縦にふりまくった。
こんな見ず知らずの人に話しかけることなど、
発言券があり余っている人くらいしかできない。
男についていくと、ある波止場近くの倉庫に通された。
「うちじゃ発言権を金で売買してるんだ。
兄ちゃんも欲しくないかい?」
(発言券があんな束で……!!)
発言券の紙が帯で巻かれているのを始めてみた。
普段、自分に配給される発言券なんて10枚程度。
あんなに発言できるなんて考えもしない。
「買います!!」
発言券を消費し、大量の発言券を手に入れた。
発言券を手に入れるや生活は劇的に変化した。
真っ先に変化の矛先となったのはバイト先。
「正月三が日のバイトだけど、君出られるよね?」
発言券のストックがないと見越して、
貧乏くじを引かせようとするバイトリーダー。
束になっている発言券の1枚を抜いて答えた。
「 ム リ で す!!! 」
思わぬカウンターにバイトリーダーは目を点にした。
カウンターに対して発言を重ねると、リーダー側の発言券が消費される。
無駄な消費は抑えたいとそれ以上提案することはなかった。
(自分の意見が言えるのって、こんなにもいいものなんだ……!)
発言券の消費をおそれて沈黙を続ける現代。
その中で大量の発言券を使って、発言できるのは気持ちがよかった。
「よくわからんけど、今の世界はまちがってるーー!」
「みんなが不幸せなのは多分、宇宙のせいだーー!!」
普通に生活していても発言券が余っちゃうので、
発言券を意味なく消費するように発言を繰り返していた。
すると自分の周囲にも変化が現れた。
「あんなにも発言券を持っているなんて!」
「きっとタダ者じゃない! 相当な知識人だ!」
「そうじゃないとあんなに発言なんてできない!」
知識人や人気者に発言券が多く与えられていたのでその逆。
発言券を多く持っている人はすごい人っぽく見られ始めた。
自分の発言券の保有量はすでに知識人を超え、
ひいては政治家なども超えてしまうほどに増えていった。
「みなのもの! 俺の発言をきけーー!!!」
「教祖様! お言葉を!」
「貴重な発言券をこんなにも使えるなんて!」
「やっぱり教祖様の発言には価値があるんだ!!」
崇め奉られるほどの地位になった。
こうなるともう無敵で、信者が自分のグッズを買う。
その金で発言券を買い漁る。
発言券を使って信者が増える。これの繰り返し。
「わっはっは。永久機関が完成しちまったなぁーー!!」
発言券で満たされた「発言券風呂」に浸かりながら、
水着の美女を横にはべらせて記念写真。
この世界はどれだけ成功したかではなく、
どれだけの発言券を手に入れたかで成功の是非が決まる。
発言券を持っている人間は圧倒的にすごいのだ!!
「ふふふ。さーーて、今月の発言券のチャージにいくかな」
もはや通学路より通い慣れた波止場の倉庫に向かった。
ただしその風景はいつもの光景とは異なっている。
(ぱ、パトカー!?)
赤いランプが倉庫を取り囲み、
発言券の売人たちがどんどんパトカーに乗せられている。
(嘘だろ……バレちゃったのか……?)
慌ててその場から逃げようとしたがすぐに捕まってしまう。
「この発言券、偽物だろう!!」
「ちがう! ほ、ホンモノだ!」
「バカが! ブラックライトを当てると、ニセって浮き出るんだよ!
発言券の複製を闇取引する売人を追うための罠だ!」
「ひいい!!」
あれだけ有り余っていた発言券はすべて没収された。
しまいには嘘つきということで自分の発言券の供給枚数もゼロに。
嘘つきは発言を禁止されるという。
(あんまりだ! 明日には信者たちへの講演会があるのに!
発言券が1枚もないと、発言できない!!)
「こいつなんか言おうとしてるぞ」
「気にするな。どうせたいしたことじゃない」
(鬼! 悪魔~~!!)
あえて地位は没収せず、発言券が失われたことも公表されなかった。
それが今まで発言券で知識人扱いされた人間への一番効く制裁だと知ってのことだろう。
翌日、自分は大量に集まった信者の前での講演会に登壇させられた。
周囲には警察もいる。
もしも自分が発言券もないのに発言しようものなら、
これ幸いと逮捕の口実ができるというものだろう。
「教祖様だ!! 教祖様が話されるぞ!!」
「教祖様!! ありがたいお言葉を!!」
「きゃーー! 教祖様ーー!!」
熱狂する信者たち。
誰もが発言券を失った自分の次の言葉を待っていた。
「…………ッ」
もうこれしかないと思った。
発言はできないので必死にマイクの前でボディランゲージ。
用意していた難しい言葉をボディランゲージで表現するのは厳しい。
「お、おい……アレ……」
「教祖様……?」
にわかにザワつき始める。
やはり無理があった。
もうこの立場にはいられない。
完全に支持を失うと思ったはずがーー。
「教祖! 教祖! 教祖!!」
なぜか支持者が熱狂。
過去イチの盛り上がりを見せた。
「あえて沈黙で私達で言葉を届けようとしてるわ!」
「俺達は言葉でのコミュニケーションに頼りすぎていた!」
「教祖様はこれからは沈黙の時代だと伝えているのね!」
理由はよくわからないが、自分の沈黙がかえって効果的に働いた。
各々の想像力に任せるという都合のいい解釈をされたのだろう。
「これからは沈黙による会話の時代だ!」
「教祖様が新しい時代を開いたのね!」
「行間や無言の中からコミュニケーションを築いていこう!!」
こうして発言券の時代は終わった。
数日後、「黙秘券」が導入されたことで
次はいかにひっきりなしに喋り続けられるかが問われる事となる。
数に限りのある発言券 ちびまるフォイ @firestorage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます