超短編シリーズ ④ 「2021」
桂英太郎
第1話 『 カイダン 』
私は「怖い話」が好きだ。本もたくさん買って読んでるし、ネットではその手の動画を手当たり次第に見る。でも「怖モノ」なら何でも良いと云うわけではなく、やはり「話」自体が好きなのだと思う。
「怖い話」。別に後味が悪いものでも構わないが、その分書き手の品の良し悪しには拘る。ただ単に相手を怖がらせようとか、自分がマウントを取ろうとか、不可思議に対して礼儀を欠く輩のモノには近寄りたくない。よく言われることだが、結局一番怖いのは生きている人間だ。私はその手の輩こそが正しくそうだと思う。
そう云いつつも、私もロクでもない人間であることは間違いない。「怖い話」が好きで、おどろおどろしい表紙の本を山のように買い込み読んでおきながら、その中身はほとんど覚えていない。「あ~、何かそんな話もあったかな」程度の記憶だ。無論それらが面白くないわけではない。読んでる時はそれなりに刺激的だ(だからこそ好きなのだ)。私が好むのは実話系の短い話がほとんどだから、手っとり早く、たくさんの話が読めてしまうせいもあるだろう。しかし、それにしてもこの消費量と見合わない記憶の保存率は何だろう?それともこれには何かれっきとした理由でもあるのだろうか?
ふと考える。私にとって最恐の怪談、「怖い話」とはなんだろう?人様の「怖い話」ではない。また「怖いビジュアル」でもない。純粋に私が一番怖いと思うものとは何なのだろう?拷問とかで身体をじわじわと痛めつけられるのは確かに怖い。しかしそれは怪談とは呼べないだろう。普通に怖いだけだし、あくまで想像の範疇だ。そうではなくて今までの経験に基づく怪談、私個人の「怖い話」。
しかし生憎、私は所謂霊感もなければ、心霊スポットを巡るなんて道楽にも全く興味が湧かない。思い返しても「怪談」としての怖い経験は全くと云って良いほどない。あるのは父親とか周囲の者に怒られたり、蔑まれたり、妬まれたりと云う現実的なものがほとんどだ。それを「怪談」として受け取る人もいなくはないだろうが(人怖モノ?)、現実的である以上、そう括ってしまえば現実そのものがそのうちフィクション化してしまうおそれがある。フィクションにはオチがある。つまり普通の「怖い話」にはそれがあるわけだ。だからこそ人は安心(?)して楽しむことができる。つまり話として腑に落ちるのだ。ところが現実にはオチはない。こちらが勝手に想像するような展開もない。
つまるところ「怖い話」とは、むしろ人間の欲むき出しの現実から一時避難させてくれる【隠れ家】なのだと思う。だからそこで過ごす時間が長いと云うことは、生きている現実がその者にとって厳しくつらいものだと云う証拠だ。それには私も思い当たるフシがある。
いつの頃から私が「怖い話」にハマり始めたか。それは仕事を辞め、フリーランスの状態になった頃だ。カタ仮名で云うと格好は良いが、要は定職ではなく、常に不安定を感じつつの毎日だった(それは今も続いているわけだが…)。それまではたまにテレビで心霊特集を覗き見する程度だったのが、或る時古本屋でその手の文庫本を手にしたのがきっかけで読み出すようになった。「実話怪談」と云う謳い文句も当時は目新しかった。怪談と云えば基本現実とは一線を画すものと思っていた考えが、それによって大きく揺らいだ。それは考えてみると「怖いもの見たさ」への原点回帰だったのかも知れない。
子どもの頃を思う。当時は私も「怖い話」を現実の一部分として興味深く受け止めていた。「あなたの知らない世界」に対して「あ~、自分にはまだまだ未知の世界があるんだなあ」と素直に興味をそそられた。大人・年寄りにもその手の話をする者もまだいた。つまり「知る世界」も「知らない世界」もその頃はまだ地続きだったのだ。それがいつの間にか二つの世界の繋がりは切れ、私たちはメディアを通じてその片鱗を思い出すだけとなってしまった。夏限定の恒例行事として。
話がいささか大袈裟になってしまった。私は別に「怖い話」が置かれている現状を儚んでいるわけではない。ましてやそれに対して持論をかませようとも思わない。文庫本を買い込んでたまに熱中して読み通す体験はそれだけで楽しいし、そのジャンルの多様化を見るのも同様だ。ただ時々自分でも不思議に思えてくるのだ。こんなに次々と「怖い話」を読み続けるのは何故だろう、と。
要は【隠れ家】が好きなんだよ。子どもが山や寺の境内裏の【秘密基地】に興奮するのと同じように。それは太古の、自然と不可思議に取り囲まれた生活への憧憬なんだ…。
誰かが私の耳元でまことしやかに囁く。確かにそうかも知れない。私もそう思ってニンマリするが、先程の声が誰だったのかは確かめようもない。そして、確かめたくもない。しばしその「怖さ」を堪能するために。
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