警察沙汰Lv99

自由って、慣れると孤独だ。


感傷的になりすぎる少年は部屋の天井を仰ぎ見てそう変に気分の沈む感じに身を投げ出していた。


平日の学び舎では友人と馬鹿騒ぎして暮らしているというのに、土日水の週三休みは警備員のバイトに明け暮れて、帰ってきては寮でスマホをいじって一日に幕を閉じる生活をしていた。


だが辞められぬ。あの警備バイトは拘束時間が長いが金払いが良い。それに頭を使わないからなお良い。


御む夏という地域に集まってくる変人共を多人数でカバーして追い返すという単純な仕事。


…だが、彼はあの日、あれを見てしまった。あの娘を。体験してしまった。裸に布を巻いただけの同い歳の娘。紅い髪を後ろに結んでいた娘。


彼が彼女を保護した。夏の湿ってて不快な風が吹く夜だった。


上着を被せ、彼女の腹の虫が鳴いていたので自分の弁当を食わせた。弁当といっても、野菜と肉ざく切り具だくさん中華鍋の中身を突っ込んだだけのタッパー飯。


若いからか腹が極限に減ってたのか、彼女はぺろっと平らげてしまった。


ジッと彼女は空になったタッパーを見つめたかと思うと、少年の顔を見て、上着と布を脱いで彼女自身の裸体を見せてきた。


少年はやめろ!嬉しくないから!と大声を上げてそのに抵抗し拒絶してみせるが、焦って尻もちをついてしまった。その光景を見た彼女はいやな感じに笑って、彼に覆い被さって抱きついてきた。


結局、少年はそれを振り払って無理やり上着と布を被せて逃げ出した。その事は報告書には書いてないし、誰にも言っていない。会社からも警察からも何も連絡は無いので、彼女も何も言っていないのであろう。


《速報!旧御む夏保護少女、警察署で乱闘か》


何…?Twitterで急激に膨れ上がる情報。

と、同時に携帯に電話が掛かってくる。


見ると画面にはデカデカと県警という二文字。


怪訝に顔が歪むが出ない訳には行かない。いやいや4コールぐらいで出てみると、画面の向こう側・・・・からドタバタガッシャーンと明らかに戦ってるような音が聞こえてくる。


『もしもし!高索たかなわくんかな!?春柄はるがらだけど!』

彼に聴き取りをしてきた30代の刑事だった。野太い声で、肩幅が広いのを思い出した。


「はい。高索ねいです…」


『ごめん!詳しいことは現地で言うからさ、県警本部まで来てくれる!?』


「あ、じゃあ今から行きます」


『ごめんねー!おい!機動隊はまだか!射殺する訳には──────』

怒号を最後に電話が切れたので、急いで寮を出てチャリに乗り込み、片道20分の県警本部を目指した。




市の中央に位置する県警本部はマスコミと水色の警察車両が取り囲んでおり、窓から煙が出ているのも見られた。


汗に塗れてチャリから降り、身震いしながら近付くと、マスコミが唐突にカメラを自分に向ける。


「きみ、何か知ってることある?」


「いや…よく分かんなくて…何が起こってるんですか?」

マスコミの質問に嘘は答えてない。事実、何が起こっているのかはあまり把握出来ていないのだから───


「御む夏の住民だったって女の子が保護されたでしょ。その子がなんか暴れてるらしくてさ」


あの娘の裸が頭に浮かんでくる。

ゆえに、彼の中で彼女に会いたいし、会いたくないという相反する心情がぐるぐると回っていた。


……マスコミの包囲網が厚いから中に入りずらいな。

そう考えていると、警察署から機動隊十名ほどが走って出てきてマスコミを蹴散らし、盾で道を作ってくれた。


「高索くんだね。3階まで行って」

「ありがとうございます」

その光景のせいかフラッシュが倍焚かれるのを背中に感じながら階段を駆け上がり、玄関へ。警棒と盾の武装警官隊が手を振ってこちらに合図する。


そこには春柄さんもいた。

「高索くん。いま、彼女は人質を取っている。キミが保護した娘がね。警察官4名を手錠でくくり付けてるみたいなんだ。で、彼女の要求は…キミだ。キミと2人きりで話がしたいらしい」


「俺はあの娘を怒らせちゃったんですかね」


「何か、心当たりでもあるかな」


「保護した時、弁当あげたんスけどぉ…その、そしたら裸を見せつけてきてぇ……」


「今のは聞かなかった事にするよ。何かあったら大声で叫んでね」


彼は機動隊に囲まれつつ、ジョギングぐらいの駆け足で3階を移動する。一行は【第三備品室】と開けっ放しの扉に書かれた部屋の近くで止まった。


「ここだ…ここに彼女がいる」

「なんかあったら知らせてな。俺らここで待ってるから」

「絶対にキミだけでも無事に帰すからな」


機動隊員達が肩を叩いて励ます。が、逆に不安と緊張に駆られ、また震えつつ、彼は扉をノックした。


《キミかな?》


女の子の声が返ってくる。


《はやく入ってきてよ。2人きりで話そう》

「その前に…人質を返してください」






《なんで敬語なの?》






ぞわぁっと、乾いた氷のような殺気があたりに澱んで現れた。機動隊員らが息を飲んでいるのも分かる。


「…俺が部屋に入る前に、人質を返してくれ」


《いいけど、その代わり、部屋の前にいる18人のお巡りさんを1階に戻させて》


「駄目だ!! それは呑めんぞ!!」


機動隊員が叫ぶ。……そういえば、何故機動隊員が18人いるって分かったんだ……?


《これが絶対条件。呑めないならこの建物内のお巡りさんは全員殺すよ。オレは優しくないから》


「……俺らは独り身で編成された決死隊だ。だから死んでも構わんが、その子は傷つけさせん。もし何かしたら、日本警察の総力を挙げて貴様を───────」


《勇ましいね。でもお巡りさんは何か勘違いしてる》


《オレが彼を傷つけるなんてありえないよ。オレは心の底から彼を愛してるんだから》


少年は、こそばゆい程の愛の告白に素直に喜べなかった。話しぶりだけでも、彼女の圧倒的な“暴”と“狂”を感じ取れる。


すると、部屋から猿轡と目隠しをされ、手錠をかけられ繋がれた警察官4名が部屋から出された。生傷だらけで、制服も防塵チョッキもビリビリに引き裂かれている。


「保護しろッ!」


機動隊員らは素早く駆け付けて彼らをジェラルミン盾で庇い、後送した。


《まぁお巡りさんは居てもいいや。さ、早くおいで……待ちきれないよ》


彼は逃れられまい、と腹を決めて部屋に入った。


そこは窓側に椅子とテーブルが山積みとなっている奇妙な感じだったが、直感で狙撃手対策、外からの偵察対策というのが分かった。


その山の上には、確かにあの娘がいた。紅い髪。綺麗な顔立ち。そして警察側が用意したであろう適当な私服。彼は素直に可愛いと思った。……思ってしまった。


山から降り立ち、彼女は部屋の真ん中に立った。


《おいで》


にんまりと笑い、大きく両腕を広げ、じっとこちらを見つめる。困惑しつつ、彼は彼女にゆっくりとハグをした。温かい。柔らかい。


《名前は?》


「寧。高索寧……」


《タカナワネイ……いい響きの名前だね。後で漢字教えてね》


「キミは…?」


《なつ。御む夏のなつ》


「何で、こんな事を」


《ただキミに会いたかったからってのは、ダメかな》

困ったような、照れたような顔で笑う彼女に、少年は苦笑で返す他なかった。

青春の一ページのような台詞だが、それを口にしたのは警察本部立てこもり事件の主犯にして屈強な警察官四名を人質にした化け物である。


《オレが、怖いかな?》


彼女の温もりが心地よいのに、終始、脂汗が止まらない。


「怖いよ」

ネガティブな事を隠すためでも、嘘をついたらとてつもない目に遭わされる気がした。


《汗が凄いよ。舐めていい?》


彼女は返事を聞く間も与えず、その長くて赤い舌を小さい口から伸ばし、少年の肩と首に這わせて汗をすくい取った。恐怖と不快感で更に震えが増す。

《ネイくんの脇と……鼠径部の汗も舐めていいかな?》


それを知ってか知らずか、“なつ”は更に要求し、目を真っ直ぐ見つめる。誠意を見せているつもりなのだろうか?しかしやけに、気になるほどに息が荒く、顔も紅潮している。


「いや……普通にダメ」


《ん〜〜。残念! じゃ、また今度にしよっかな》


結局、遅かれ早かれ、そうなってしまうらしい。

これからどうなるんだろうな。と少年が未来を不安視した所で、部屋に何かが投げ込まれた。


《あ〜あ……》

彼女が呟いて舌打ちしたのでそっちに目をやって見る。


閃光手榴弾。各国の警察や軍が採用している、人質作戦御用達の非致死性兵器だった。


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カルトの天使 おかいこ @Shiveriang

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