2.異世界は落とし穴
「これでトゥルハ・クローって読むの? キミの世界の文字は、難しいなぁ」
日本語が苦手な欧米人の発音のようで、ちょっとこそばゆい。
「クロウじゃなくて、クロイ」
「クローウィ? 発音も難しいなぁ」
しみじみと面白そうに、名刺を裏返したり表に戻したりしているペスト医師を見ていて、僕はふと気になって荷台の中を見回した。
いろんな日用品なんかが雑多に乗せられているけど、いくつかは大きな木箱で、その側面には中身がなんだか書いてある。
でも、そのロンゴロンゴが簡単になったみたいな文字が、僕には読めた。
「ああ、キミにはそれが読めるんだろう?」
気になって、キョロキョロしながら身を乗り出した所為で、ペスト医師は僕が箱の文字を読んでいる事に気が付いたようだ。
「僕は読めるのに、そっちは読めないの?」
「こっち側に来る時に、異世界言語翻訳ってスキルが身に付いていると思うよ」
「スキル?」
「そうか、チキュウの人は、ステータスの数値化って概念が無いんだっけ…」
「なんだいそれ?」
「とりあえず、頭の中で数値化された自分のステータスを想像するんだ」
なんだか、ひどく滑稽な事を言われた気がしたけれど、僕はペスト医師に言われた通りの事を考えた。
すると驚いた事に、僕の目の前にゲームのキャラクターみたいなステータスウィンドウがポワッと浮かび上がった。
「うわっ、なにこれ」
「見えた? もし良かったら、ステータス情報の共有を許可してくれる?」
「どうやるの?」
「心の中で、僕に数値化されたステータスを開示しても良いって思ってくれる?」
僕が言われた通りにすると、ペスト医師がちょっと体を傾げて、僕の前に浮かんでいるウィンドウを覗き込むような姿勢になった。
「ええっと……、うわっ、こっちもチキュウ語表記なのか! でもここの欄がスキルなんだけど…」
どうやらこのスキルウィンドウは、パソコンのデジタル情報に近い扱いのようだ。
基本は個人情報として他人には見えない扱いだが、本人が同意する事によって、他の者にも視覚化されるのだろう。
同じ事をペスト医師がやってくれたら、僕にもペスト医師のウィンドウが見えるようになった。
ペスト医師の言う通り、ステータスウィンドウの並びは全く同じで、彼の名前欄には ”ウォルフ・イアン・ゴッドウィン” とあり、職業欄には ”領主” と書かれている。
もちろん文字は
「領主…?」
「この辺りを治めているんだ。まぁ、大したもんじゃないよ。それで、ココがスキルの欄だよ。僕のは、変わったところだけど医術だけど…」
「ああ、それでそんなおかしな仮面を付けているんだ」
僕のコメントに、ウォルフ様はなぜかギクッとした。
「これはその…、まぁ、うん、それもあるけど」
曖昧に言葉を濁されて、僕は色々疑問には思ったけど、しかし今はとりあえずこのステータスウィンドウだ。
ウォルフ様のスキル欄には、医術の他に、剣術Lv.3とか、人心掌握術Lv.5とかたくさんの項目があった。
「魔術って、僕でも覚えられるのかな?」
「ユニークスキル以外は、本人の努力次第で習得可能だよ。ただ向き不向きはあるけどね」
「本当に? だって僕は、魔法なんて使ったコトも無いのに?」
言ってる傍から、頭の上辺りからピロンって音がして、スキル欄に魔術Lv.1の項目が増えた。
「あ、増えた…」
「ステータスの数値化は、魔術で行うから。それで身に付いたんだと思う。へえ、魔術ってこういう風に表記されるんだ…」
僕がこの世界の仕組み、すなわち使えば覚え、鍛錬すればLv.が上がる事に感心している間、ウォルフ様は日本語に感心していた。
「さて、ココでこうしていては、日が暮れちゃうな。とりあえず、キミは僕の屋敷に来ると良いよ」
ウォルフ様は、僕を荷台よりも座りやすい二人がけの御者台に来るように勧めてくれて、自分も御者台に座ると鳥車を出した。
ゴトゴトと進み始めた鳥車の乗り心地は、正直あんまり良いものとは言いかねるけど、一応車輪にはゴムっぽい物が付いている。
僕は物珍しさに、周りの景色とステータスウィンドウを眺めていた。
「とても酷な話だけど」
鳥車を操りながら、ウォルフ様が僕に話し掛けてくる。
僕が先を促すように黙っていると、ペスト医師の仮面が困ったみたいに揺れた。
「この世界は、落とし穴の底みたいなものなんだよ」
「落とし穴?」
「この世界には転移っていう現象があってね…」
ウォルフ様が言うには、それは一種の自然現象だけど、発生する条件みたいな物は全く判らないらしい。
色んな世界の、色んな場所から、突然誰かがこの世界に転移して来る。
その話を聞いて僕は、パラレルワールドとか、時空間転移とか、某国民的マンガに出てくるアイテムにあった ”ど○でもドア” のような物の事を考えた。
僕がそう問うと、ウォルフ様は概念としては間違ってないと言った。
ただウォルフ様が転移の事を落とし穴と表現したのは、その現象が完全な一方通行だからだ。
ど○でもドアみたいに、意識的に移動先を選択するどころか、言葉通り突然足元に穴が空き、向こう側から強制的にこちらに引き寄せられて、向こうに戻る
彼が「酷な話」と言ったのは、僕はもう二度と帰る事が出来ないって事実を告げるための、前置きだった訳だ。
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