異世界前髪前線

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1.ここは異世界

 僕は、ふと気がついたら、見知らぬ場所に立っていた。

 空は未だかつて見た事も無い薄紫色をしていて、幾重にも丘が連なり、広がる野山の草木もやっぱり見た事が無い色彩をしている。

 状況が判らず、半口開けて空を眺めていると、後ろから声を掛けられた。


「キミ、大丈夫?」


 振り返ると、ダチョウかモアみたいな翼の退化した大きな鳥を二羽繋げている、幌馬車のような物が停まっていて、御者台にはペスト医師みたいなのが乗っていた。


「ここ、どこ?」


 全く状況が飲み込めないまま、頭がぼんやりしていた僕は、あまり物を考えずに、そのペスト医師に向かって問い返した。


「暑さで頭がやられちゃったの?」


 そう言われれば、気温も湿度もちょっと不愉快なレベルに高い。

 だけどそう言ってくれた本人は、つばの広い帽子を被り、顔にはクチバシの付いた鉄仮面のような物を付けていて、全身を裾長のローブに包んだペスト医師だ。

 どう見たって、チノパンとポロシャツの僕の方が、ずっと快適だと思う。

 そんな事を考えつつ、僕はやっぱりぼんやりした頭で、ペスト医師を見つめていた。

 だからなんだろうけど、ペスト医師は御者台から降りて僕の傍にやってくると、親切に僕を鳥車へと導き、荷台の荷物を片付けて、わざわざ僕が座れるようにしてくれた。

 それから、たぽたぽ音のする革袋を僕に渡してくれる。


「さあ、水だ。それで、まずは君の名前を教えてくれる? 村の誰かを訪ねてきたの?」

「ありがとう」


 僕は革袋を受け取り、その中身を飲んだ。

 驚いた事に、水は冷たかった。

 てっきり生ぬるいと思っていたから、すごくびっくりしてしまった。


「大丈夫?」

「うん、平気。…ああ、僕の名前だっけ…」


 僕は、手に持っていた大きなボックスケースとは別の、肩から下げていたショルダーバッグの中から、名刺を取り出した。


鶴羽つるはくろいです」


 名刺入れの上に名刺を置いて、両手で差し出す。

 僕はサラリーマンでもなければ、営業職でも無いので、名刺交換をする機会なんて滅多に無い。

 だから誰かに名刺を渡す時は、いつもすごく緊張する。

 だけど僕が差し出した名刺を前に、ペスト医師はしばらく黙って、動かなかった。

 もしかしたら僕の手元をジッと見ていたのかもしれないけど、顔が仮面に覆われているので、表情は一切見えない。


「これ、なに?」

「えっと…名刺…?」


 差し出し方が間違っていたのかと狼狽え、僕はしどろもどろに答えを返す。


「ああっ! キミは異邦人か!」

「異邦人?」

「キミは、どこから来たの? その様子だとチキュウ人だよね?」

「はあ?」


 日本から来たの? ならまだしも、地球から来たの? って問いは、あまりにも規模が大きすぎて、僕は半口開けてどころか、ぽかんと丸開けにしてしまった。

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