大きい桐谷さんと小さい霧谷さんに狙われる話。

佐藤 扇風機

第1話 2人のきりたにさん

 「よし、ホームルームはもう終わりだ。寄り道しないで帰るように!」

 

 担任がそう言い終わると、教室は一気に騒がしくなった。椅子を引く音、走って教室を出る足音、友達同士でふざけ合う声、様々な音が入り乱れる。


 僕、篠崎 玲しのざき れいは机の上の教科書をゆっくりカバンに詰め込みながら、ちらっと時計を見た。夕方の4時。窓の外には夕陽が差し込んでいて、グラウンドでは部活動に勤しむ人たちが見える。


「ねえ、玲くん。」

 

「……うわぁ!」

 

 突然、背後から肩をポンと叩かれた。驚いて振り向くと、そこに立っていたのは桐谷きりたに 優奈ゆうなだった。


 桐谷さんは、バスケ部のエースで、校内でもかなり有名な存在だ。何せ身長が180センチを超えている。男子生徒にフィジカルで勝ち、スリーポイントをポンポン決める。

 そして豪快なダンクまでする男子顔負けの実力者。黒い髪にポニーテールをしていて、凛としていてキリッとした目が特徴的。そのため男子だけではなく女子からも告白されるほどの人気者である。

 桐谷さんとは中学が同じで結構仲良くさせてもらった。

 あくまでとしてだけれど。


「玲くん、今日さ、一緒に帰らない?たまにはさ、いいでしょ?」

 

「えー。部活は休みなの?」

 

「休みなの!玲くんに拒否権はないからね。一緒に帰ってもらうから!」


 桐谷さんは強引に俺の肩をつかんで、まるで戦場の兵士を連行するみたいにグッと引き寄せた。近い、いや、デカい。肩幅も広いし、腕の太さも俺よりたくましい。まるでプロスポーツ選手みたいだ。


「ちょっとちょっと!しのっちから離れてください!玲くんは私と帰るんですから!」


 声が聞こえたかと思えば、今度は教室の入り口から、小さな影がぴょんっと飛び込んできた。


「霧谷さん……。」


霧谷詩織(きりたに しおり)。軽音部でギターを担当している、身長145センチの小柄な女の子だ。長い前髪と大きな瞳、ちょこんと跳ねたショートカットが特徴的で、校内でも人気の“マスコット”的存在だ。

 詩織とは親同士の付き合いで小さい頃から仲良くしている。世間的に言うと幼馴染というやつである。


 霧谷さんは、俺の袖をぎゅっと引っ張りながら、桐谷さんをじっと睨んでいた。


「しのっちはこれから私の演奏を聞いてくれる約束したんだから。」

「え?してないけど……。」

「今したの!」

「さすがにそれは……無茶苦茶だよ。」

 

「ちょっと霧谷さん、割り込むのはやめてくれない?」

「そっちこそ桐谷さん、力任せに押し通そうとするのやめなよ。」

「力任せじゃなくて、正当な理由があるの。」

「どんな理由よ!」

「今私が先に一緒に帰ることを約束したということ。」

「それは理由じゃない!」


 二人の間に、バチバチとした火花が散った。


──いや、そんな張り合われても困るんだけど。


「ちょ、ちょっと待って、俺は別に……。」

「ちょっと玲くんは黙ってて!」

「ちょっと玲くんはこっちきて!」


 俺の言葉は全く届かず、二人は俺の腕を左右から引っ張った。


「いったたた……! 引っ張らないでくれ!」


──何がどうしてこうなったんだ。帰ろうとしてただけなのに。

 

「どっちが玲くんと帰るか、勝負しよっか。」

「いいね。負ける気はしないから。」


 やあ、そこの2人僕のために争わないで!なんて口に出すと2人から何をされるかわからないので何もしないことを選択した。


「じゃあ、私が勝ったら優斗くんは部活の後、アイスを奢ってもらう。」

「私はギターの弦を張り替えるのを手伝ってもらう。」


 「なんで、どっちも僕が対価を支払わないといけないんだ?僕は1人で帰るから。」



「ダメ!」

二人の声が重なり、ピシッと空気が張り詰めた。


腕を左右から掴まれたままの俺は、どちらにも逆らえず、ただ苦笑いを浮かべることしかできない。


「いやいや、ちょっと待って。そんな勝負しなくてもさ……」

「玲くんが選んでもいいよ?」

「そうそう、私でも霧谷さんでも。」


二人がじっと俺を見つめる。


──え、これ選ぶ流れなの?無理無理無理。


だって、桐谷さんは身長差があるせいでいつも見下ろされる形になるし、霧谷さんは逆に見上げられるから、それはそれで破壊力がすごい。なんていうか、この状況って逃げ場がない気がする。


「えっと……うーん。」

迷っていると、霧谷さんがピョコッと俺の腕に自分の額をこすりつけてきた。


「しのっち、私と帰ろ?ね?」

──うっ……近い。見上げる大きな瞳が、まるで子犬みたいに潤んでる。


「いや、でも……。」


「……ねぇ、玲くん。」


今度は桐谷さんが、俺の肩に顎を乗せてきた。


「中学の頃みたいにさ、一緒に帰ろうよ?」


耳元に直接響く声。距離が近すぎて、桐谷さんの髪が頬に触れる。さらさらしてるし、いい匂いまでしてきてなんか落ち着かない。


「どっちがいい?」

二人がじっとこちらを見つめた。


──これ選んだらどっちかに恨まれるんじゃないか?いや、どっちを選んでも後で修羅場になるやつだ。


「……じゃあ、今日は三人で帰ろうか。」


そう言ってみたものの、二人の顔は全く納得していない様子だった。


「むー。」

「つまんない。」


霧谷さんがぷくっと頬を膨らませ、桐谷さんは「ふぅ」とため息をついた。


「じゃあ仕方ないね。今日は許してあげる。」

「次はないからね?」


どちらもどこか不満げだが、なんとか納得してくれたらしい。俺は内心ほっと胸をなでおろす。


だけど、この時の俺はまだ知らなかった。

──こんな日が、何度も繰り返されることになるなんて。


 

 

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