第31話 靄と虹と湯気とおじさん
ゴブリンはその貧相な体格からは想像できないほどの速さで動き回っている。
死角から這い寄り、ナイフを的確に急所に滑り込ませてくる。
なんとか躱したり、杖で弾いたりして反撃を試みるが、こちらの武器が届く頃にはもうそこに姿はなく、有効打を一発も与えられていない。
「うーん、何だコレ? てか、眩しいな、君。ん? あぁ、注目しなけりゃ視えないのか。へぇ、オンオフ機能あるとか便利だな」
「くっそ! ちょこまかと! 忍者みてぇだな、こいつ! まっさん、ブツブツ言ってないで手を動かせ、手を!」
「え? あー、ごめん。じゃあ、俺が隙作るから、よろしく」
「は? よく分からんが、気をつけろよ!」
ゴブリンの黒い靄、赤木くんのレインボー、そして、俺の体から湧き出る白っぽい湯気のような何か――いや、湯気じゃカッコ悪いから、オーラ(暫定)と呼ぼう。
注視すると、それが体の動きに合わせて動いているのが分かる。
ゴブリンの場合、飛び跳ねる時は靄が足に集中し、ナイフを振るう時は腕に集まっている。
赤木くんは、メイスを振り上げる時や盾でガードする時に、レインボーがパァーって眩く光る。
俺の場合は、……顔? いや、目の周りから漂う気配が強い。
これが何なのか、今は分からない。
でも、ゴブリンを倒すのに使えるなら、使わない手はない。
「ふむ、やっぱり、こいつが次にどう動こうとしているか、靄を見れば何となくだけど分かるな。……よし、ものは試しだ」
俺は深呼吸し、杖を握り直してゴブリンに突っ込む。
湯……オーラが顔から全身へと広がり、なんだか力が漲るような気がした。
漲る力を持て余しつつ、わざと大振りに杖を振り回し隙を見せ、ゴブリンの注意を引きつける。
二度、三度と杖を回避して、ゴブリンがこちらを見て馬鹿にしたようにニヤリと笑い、一瞬グッと体に力を込める。
それに合わせて、黒い靄が腕と脚に集まっていく。
「来るぞ、赤木くん!」
「っ! 任せろ!」
思った通り、ゴブリンは俺が杖を降った後の隙をつき、ナイフを振りかざして飛び込んでくる。
だが――
――ガキン!
「ギャッ!?」
「ドゥーン! はっはー! パリィ成功!」
レインボー塗れの赤木くんが盾を掲げ、ゴブリンの突進を横合いから勢いよく弾き返す。
弾かれた反動でゴブリンの小さな体が一瞬崩れ、今度はゴブリンが大きな隙を晒す。
「今だ、まっさん!」
「さすが! ゲームで鍛えただけはある!」
その一瞬を逃すまいと、杖を握り直して振りかぶる。
オーラがブワッと揺れて、全身を厚く包み込むのが視え、異様に力が漲ってくる。
まるで身体能力がいつもより強化されてるみたいだ。
「これは、もしかして『身体強化』スキル? てことはこの湯気は魔力ってこと?」
スキルを発動するには魔力がいる、とネットの有識者たちも言っていた。
「まあ、いいか。どっこい、しょおっ!」
――ドゴんッ!
ブォンと空気を裂きながら振り下ろされた杖がゴブリンの肩に直撃し、想像以上に勢いよく畳に叩きつけられる。
「グギャアッ!」
畳に体の半分以上がめり込んだゴブリンは悲鳴を上げ、バタバタと身をよじる。
だが――、
「やったか!?」
「は!? そのセリフはフラグだぞ、まっさん!」
「あ、やべ!」
――黒い靄がブワッと湧き出て、畳でのたうち回るゴブリンの体を包み込む。
と思いきや、次の瞬間、ゴブリンの体から煙がボンッと爆ぜる。
「な、なんだ!?」
「ほら、まっさんが『やったか!?』なんて言うからー」
煙が晴れ、畳の上に転がっていたのは――、ベタベタな丸太。
「変わり身の術!?」
「いや、忍者かよ!?」
俺と赤木くんが同時に叫ぶ。
忍者っぽいとは思ってたけど、使う技まで忍者そのものとは。
魔物にもジョブがあるとしたら、間違いなくコイツは『ジョブ:忍者』だな。
黒い靄の残滓を追うと、部屋の隅でゴブリンがニヤニヤと笑っているのを見つけた。
「攻撃は当たらんし、当たったと思ったら無効化されるし、何だコレ。クソゲーか?」
「めんどくせぇ。もっかいハマってくれっかな?」
普通のゴブリンより明らかに頭は良さそうだし、戦術を理解してる節がある。
一度見せた手が二度目も通じるかどうか。
「ん? 見ろ! ナイフ持ってないぞ! よし、素手ならまだ楽だろ」
赤木くんのパリィで、持っていたナイフを弾き飛ばせたらしい。
ナイフが無いのに気づいたゴブリンは、少し慌てた様子で周辺をキョロキョロと見回している。
「これなら攻撃の手段は爪くらい……ん? 爪?」
俺はジャージの下に着ているチュニックを思い出す。
そういえば、胸元の樹脂プレートは、今は真っ二つになっていたっけ……真っ二つ?
「オラァ! いい加減死ねぇ、ゴブリン如きが!」
赤木くんが慌てふためくゴブリンに向けて無警戒に突進し、頭上高くメイスを振りかぶる。
メイスが振り下ろされる、そう思った時、ゴブリンがニヤリと不気味に笑――。
「! 待て、赤木くん!」
「なんっ――スパンっ!!――ぐぇっ!!」
俺が赤木くんのジャージの襟首を掴んで後ろに引き倒すのと、ゴブリンが鋭い爪を振るうのは同時だった。
間一髪、赤木くんの前髪が
「な、なにすんだ、まっさん、く、首がっ……」
「くっそ重いな、君! じゃなくて、最初のゴブリンを忘れたか!? あいつら、爪で俺のチュニックの胸プレート切り裂いたんだぞ!」
「っ! そういやそうだった! てことは、ナイフは……」
「たぶん、フェイクだ。こいつ、油断させて爪で――!?」
「ギャハっ!」
最初にエンカウントしたスプリンターなゴブリンたち。
奴らは俺たちがステータス覚醒してない状態でも、瞬殺できるくらい弱かった。
だけど、流石は下層のゴブリンだけあって、こちらの装備を容易に切り裂くほどに鋭い爪や牙をしていた。
じゃあ、アレより強いこのゴブリンの爪は……?
目の前のゴブリンがニヤリと笑い、鋭い爪を光らせる。
「本命は爪、てことかね」
「コイツ、舐めた真似をって、ん? あ、畳になんか落ちてる……何だコレ?」
「君の髪の毛だろ? 良かったね、前髪だけで済んで。危うく俺みたいに首を切られるところだ――」
「――良くねぇよっ!!!!」
「うぉ、びっくりした!? 急に大声で何だよ!?」
赤木くんの頭からレインボーが迸り、とても眩しい。
ゴブリンもビクッと一瞬怯み、靄が霧散する。
俺の湯……オーラはそれとは関係なくモワモワと揺蕩っていて、気持ち暖かい。
「髪の毛……俺の……大切な……」
「赤木くん?」
「……ロス」
「え?」
「コイツ、ブッコロシテヤルッ!!」
「えぇ……」
前髪を綺麗に一直線にパッツンにされて、赤木くんは今にもゴブリン目掛けて飛びかからんとキレ散らかしている。
目を剥いてガンガンにキマってるし、忘れてたけどすごく山賊っぽい。
「ねぇ、俺が首を切られそうになった時はこんなキレなかったよね? 髪の毛切られたらこんなキレるって、俺は髪の毛以下なのかい?」
「コロスゥ! コロシテヤルゾォ!」
「……すげぇな、ハゲの恨みって」
「ハゲテネェヨ!」
その荒ぶり方から猪みたいに突っ込むのかと思いきや、赤木くんは盾を構え、メイスを担いでゴブリンへジリジリにじり寄っていく。
その後ろ姿に「確実に息の根を止めてやるぞ」という覚悟が視えた。
彼のレインボーも今はレインボーしておらず、力を溜めてるかのように落ち着いている。
もう少しで間合いに入る――その瞬間、ゴブリンが胸の前でまるで忍者のように素早く印を結ぶ。
「ギャは!」
黒い靄が今までより一段と濃くブワッと広がり、ゴブリンの姿が二重三重にブレる。
そして、そこには――
「はぁ!? 今度は分身の術!?」
「だから、忍者かよ!?」
「「「ギャギャギャギャー!」」」
何ということでしょう、三体のゴブリンの姿が。
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