第10話 ファンタジーとおじさん
「それでな、まっさん。彼女のすごいところはな」
「へぇー、そうなんだー」
試験会場のダンジョンゲートへと移動中、赤木くんはさっきまで泣いていたのが嘘のように秒で立ち直り、彼の「推し」について聞いてもいないのに語っている。
勿論俺は、1ミクロンも興味がないので右から左へと全てを聞き流し、脳味噌に一つも無駄な情報は入れていない。
「そういうことだから、まっさん。あとで彼女の配信を一緒に見ようぜ! 見ればまっさんも分かるって、『美人JD探索者カースちゃん』の良さが!」
「そうだね、別にどうでもいいかな」
「そんな事言うなって、な?」
端的に言って、うざい。
赤木くんて、こんな人だったっけ?
昔はもう少しまともな人間だったと思ったんだけど……。
「ほら、糞の役にも立たない君の話もそれくらいにしろよ。会場に着いたよ」
「くそって、君……辛辣だなぁ。眉間のシワすごいぞ? グランドキャニオンみたい――」
「おい、その例えはやめろ! りっちゃんが穢れるだろうが!」
「えぇ……?」
まったく油断も隙もあったもんじゃない。
昨日からこいつは人の妻をなんだと思ってるんだ。
赤木くんは「なんで莉子ちゃん……?」と呟いているけど、「うるさいよ」と無視してさっさとゲートのある中庭へと続く扉を開ける。
――シン。
静寂と神秘が混じった空気が一気に広がった気がした。
中庭の中央には、深い青緑色の池が広がり、水面はまるで磨かれた鏡みたいに穏やかで、朝日が細かく砕けてキラキラしてる。
その池の中央、ぽつんと浮かぶ小さな島に、ダンジョンゲートがそびえてた。
古びた石造りの門は、重厚で厳かな雰囲気を放ち、まるで古の関所が水の中から現れたみたいだ。
表面には苔や風化した跡が刻まれ、ところどころに薄緑色の光が滲むような模様が浮かんでる。
ゲートの周りを薄い白い靄が包み込んでて、時折、水面近くで小さな青い光がチラチラと漂う。
それはまるで魂の欠片が彷徨ってるような、不思議で少し不気味な輝きだった。
池の縁は古い石畳で囲まれ、湿った苔がびっしり生えてて、どこか時間が止まったような静けさがある。
水面に映るゲートの影がゆらゆら揺れて、現実と夢の境目みたいな景色を作り出してる。
「うわ……すげぇな、これ」
「おぉ……やべぇな、これ」
俺と赤木くんはこの素晴らしい景色を眺めながら、しばらくの間呆然としていた。
ファンタジーだ。
目の前に、現実に、ファンタジーがある。
「はは……赤木くん、そろそろ行こうか」
「お、おぅ、そうだな」
島までは、古い石の橋がまっすぐ架かってて、水面すれすれに伸びてる。
橋の表面は苔で緑がかってて、所々に水が染みた黒い跡が残ってる。
幅は狭く、二人並ぶと肩がぶつかりそうだけど、しっかりした作りで歩くたびに微かに冷たい風が足元を抜ける。
橋の先、小島に着くと、ゲートの足元に石畳が敷き詰められた広場が広がってた。
直径10メートルくらいの円形で、粗削りな石がギザギザに並んでて、まるでゲートを守る祭壇みたいだ。
広場には、すでに何人かの探索者志望者が集まっていた。
20代くらいのガタイのいい男が緊張した顔で腕組みしてゲートをじっと睨んでる。
少し離れたところでは、ピンクの派手な服の女がスマホでゲートを撮りながら、「マジで映えるんてすけど」とか言って自撮りに集中している。
広場の隅っこでは、「俺は戦士かな」「属性はレアなのがいいなぁ」とか言って目をキラキラさせながら話し合う高校生のグループ。
俺達より若そうなスーツ姿のおっさんが、俯いて何かブツブツ呟いていたり。
バラバラな人たちが、ゲート前の広場に散らばってる。
広場にいる面々を眺めていると、ゲートの真ん前に陣取っている大学生くらいのヤンチャそうな若者達が、「あの歳で探索者とか」とか、こちらを向いて大声で笑っている。
「まっさん、君、笑われてるぞ」
「いや、赤木くんを笑ってんだよ」
まぁ、笑われるのはしょうがない。
彼らが言う通り、この歳で探索者なんて珍しいからね。
「それよりも、赤木くん」
「お、なんだよまっさん。やるのか? 舐めた若者に物申すのか?」
「やらねぇよ、物申さないよ。違うんだよ、さっきから君さ、汗すごくて臭いんだよ」
「えっ!? まじ?!」
汗が染み込んで小豆色になった赤いジャージの胸ぐらをつかみ、「くせぇかな……」とクンクンしている赤木くん。
その姿が気に障ったのか、ヤンチャそうな金髪な若者が一人、しかめっ面をしてこちらに近づいてきた。
「おい、おっさん達。何しにここに来たんだよ?」
「まっさん、俺くさい? 着替えたほうがいいかな?」
「君、昨日の酒抜けてないんじゃない? なんか、加齢臭と酒と君の汗でひっどいぞ」
「まじか……そこの池に飛び込んだら怒られるかな?」
「知らんよ。やってみれば?」
「おいっ! 無視すんなよおっさんっ!」
その時、通路から聞き慣れた声が響いた。
「はい、あなたで最後だからもう始めるよ。入って入って」
「あ、はい、すみませんっ」
「はーい、みなさん集まってくださいね。試験始めるんで」
見ると、美怜ちゃんが手にタブレットを持って、橋を渡りこちらへと歩いて来ている。
隣にはブレザーを着た背の高い女の子がいるけど、彼女も受験者か?
「え、美怜ちゃん!? 試験官なの?」
「うん、まーくんさん。私、探索者資格持ってるから、今日は引率試験官なんですよ。よろしくお願いしますね」
「マジか……知らなかったよ。りっちゃんも何も言ってなかったのに」
「お、お前が探索者!? 美怜、マジか……。よくアニキが許したな」
「勿論黙って取ったに決まってるじゃん。今はもう認めてくれてるよ」
美怜ちゃんがフフンってした顔で赤木くんを見て、タブレットをポチポチしている。
「で、そこのヤンチャそうなお兄さんはどうしたんですか?」
「ん? あぁ、なんか、何しに来たんだよって絡まれてるのよ。まっさん、なんか気に障ることでもしたん?」
「なんで俺なんだよ。何もしてないよ。赤木くんの体臭のせいじゃないの? 臭いし」
「う……確かに、叔父さんちょっと臭い」
「美怜までそういう事言うなよ! 臭いってデリケートな問題なんだぞ!」
「ひぇっ」
赤木くんが叫ぶと、美玲ちゃんの隣にいた女の子が怯えたように後ずさる。
「あ、ごめんね、この人臭いよね? 風下に立たせるようにするね」
「私の叔父が迷惑掛けてごめんなさいね」
「あ、いえ、大丈夫です。すみません」
「えぇ、俺マジで臭い? おい、臭くないよな? な?」
女の子に「このおじさん、いつもはこんなには臭くないんだよ」と教えてあげる。
赤木くんが「いつも臭くねぇよ! な、臭くないよね?」と、女の子に一歩二歩と近づく。
「ひっ!」
「おい! おっさん! 俺を無視すんなよっ!」
「赤木くん、いいから池に飛び込めって」
「臭くないよなっ!? なっ!?」
「叔父さん、それ以上近づくと事案だからやめて」
「っ、ああ、もう! もういいよっ!」
金髪くんは誰にも相手にされていないと気づいたのかそう言うと、顔をひどく歪ませながら大人しく群れに帰っていった。
群れの他の若者達に「何やってんだよー」とか言われ笑われている金髪くん。
「……なんだったんですか?」
「さぁ?」
「おい、臭くねぇよなっ!?」
「ひぇっ!」
美怜ちゃんは首を傾げ「叔父さん少し静かにして」と赤木くんに一瞥したあと、ゲート前へと歩いていく。
女の子はそれに合わせてそそくさと俺達から距離を取り離れていった。
「じゃあ、今から順番に適応度審査をやります。ゲートに手をかざして、反応があれば合格。反応次第で適応したって判断するから、簡単だよ。合格した人は待合室で待機、駄目な人は帰ってね」
周りが「反応って何だよ」「緊張するな」とざわつき出す。
さっきの金髪くんがいる大学生グループは、「お姉さん可愛いね!」「彼氏いるの?」とか美怜ちゃんに言ってるけど、普通に無視されている。
「はい、チャチャッとやっちゃいましょう。じゃあ受験番号一番の人、こちらのゲートの前へ」
美怜ちゃんの合図の元、受験者達は順番にゲートへと向かい手をかざしていく。
ガタイのいい男が手をかざすと、ゲートの石に刻まれた模様が薄く青く光って、水面に小さな波紋が広がる。
「「「おおっ!」」」
俺も赤木くんも、騒いでいた大学生達も、受験者達は皆一様に驚く。
美怜ちゃんがタブレットを見て、「反応あり、合格。お疲れさま、待合室行っててね」と淡々と進める。
ガタイのいい男は「……ふん」とだけ言ってギルドの建物へと戻っていく。
次の派手な女が手を置いた時は、ゲートがピクリとも動かず、水面も静かなまま。
「無反応とかウケるー」とか言いながら、美怜ちゃんとツーショット撮って笑いながら帰っていった。
高校生達は20人くらいいた中で、反応したのは5人だった。
反応が無かった子の数人に、「反応なし、残念だけど不合格ね」と美怜ちゃんが優しく声をかけるけど、納得していないのか中々帰ろうとせず、中には泣き出す子もいたりした。
反応があった子達はなんだか気不味そうにしていて、さっきまであんなに盛り上がっていたのに今では顔が死んでいる。
みんなお通夜状態で慰め合いながら待合室へと向かっていった。
「言わんこっちゃない。だからこういうのは友達と来ないほうが良いんだよ」
「高校とか大学の入試の結果見に行くようなもんだよな」
そうそう、みんな落ちたりみんな合格だったらいいんだけどね。
「まっさん、俺が落ちて君が受かったら精一杯慰めろよ」
「そうだな……そうなったら、二度と君と会えなくなるもんな」
「え、ちょ、俺落ちたらどうなんのよ?」
「全然関係ないけど、君、カニとマグロどっちが好き?」
「……それは、漁、的な意味で?」
「海は寒いからちゃんと暖かくするんだよ?」
「え、そこまでする? アニキ」
赤木くんのアニキ、美怜ちゃんのパパは仕事柄人脈があるし、キレたら怖い人なのでそのくらいやりそう。
「おい! なんで俺達が不合格なんだよ!?」
突然大きな声がしたと思ったら、案の定ヤンチャそうな若者グループがゲート前で騒いでいる。
「おい、そういう決まりなんだからしょうがねぇだろ!」
「うるせぇ! お前は合格だったんだからいいだろ! お前みたいなグズが合格で俺達が駄目とか、納得いかねぇんだよ!」
先程の金髪くん対他のヤンチャボーイって構図だけど、なんだこれ。
美怜ちゃんも冷凍マグロになってるし。
美怜ちゃんが能面顔で何か話すと、騒いでいたヤンチャボーイ達は少し怯えた様子で大人しく中庭を去っていった。
一人残された金髪くんは、「……友達じゃなかったのかよ」と呆然としていて、「パシリかなんかだったのかね?」と赤木くんが呟く。
そんなこんなでこの場には俺と赤木くん、最後に美怜ちゃんと入ってきた背の高い女の子が残った。
「はい、次は……あなたね」
「は、はい! が、かんばります!」
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