人相手なら当然だろう。今度、コガネムシに挑んでほしい
パチン、とスイッチを押すと、部屋の明かりがついた。
「おまえ、一人暮らしなんだな」
「色々とありまして」
アパートの一室。フローリングの六畳一間。ベッド、テーブル、カーペット、テレビ、とそれくらいの簡素な部屋。それが、俺が住んでいるところだった。
「まあいい。たしかにここなら人目はねえからな」
「うん。話がこじれて長くなっても大丈夫だし」
水城さんを部屋に招いたのは、それが理由。
ホテル前での写真が出回れば、噂が立って、それに付随するゴタゴタが起きる。
だから、水城さんの事情がどうあれ、小野さんとの写真は消してもらわなければならない。そしてその交渉は難航するかもしれない。
というわけで、時間に制限がない俺の部屋に決めたのだった。
「お茶とか飲む?」
「甘いカフェオレがいい」
どかっとベッドに座った水城さんにカフェオレを作ってあげた。
「はい」
「さんきゅ」
砂糖丸々一本いれてから手渡し、俺は床に座った。
水城さんは、ふーふーして、あちってなってを繰り返し、結局飲むのを諦めてカップをテーブルに置く。
どうやら話せそうなので、俺は早速尋ねる。
「それで、あの写真、どうしたの?」
「偶々だよ。あいつが信号前で立ち止まってたから、30分くらい見張ってて、お前がきた。んで、撮った」
「30分? 見張って?」
「ば、ばか! 私があいつを気になってるような切り取り方はやめろ!」
「まあなんでもいいんだけどさ。俺としてはその写真さえ消してもらえればそれで」
そう言うと、水城さんは心底不思議そうに首をかしげた。
「何だ? 写真があるとお前に不都合なのか?」
「そりゃまあ」
当たり前だ。ホテル前の写真に困らないやつなんていないだろう。疑問に思うことに、逆に疑問を抱くくらいだ。
「ふーん、よくわかんねえけど……」
水城さんはニヤッと笑った。
「てめえに都合がわりいんじゃあ、消すわけにはいかねえなあ?」
「ま、そうなるよね。何したら消してくれる?」
「ずっと言ってんだろ、私の男んなれ」
「ごめん、それは無理」
「何でだよ! ……って痛っ!」
水城さんは立ち上がった弾みでテーブルに足をぶつけ、ベッドの上で悶える。
俺は、こぼれたカフェオレの始末をしながら、理由を尋ねる。
「どうして、俺を彼氏にしたいの?」
「う〜、そりゃだってお前、小野の男だろ?」
違うけど、と言いたいが、ホテル前の写真があるのに否定しても意味がないだろう。だから俺は「仮にそうだとしたら?」と言った。
「奪う。それであいつに勝ち、ヤンキー人生を終わらせる」
「どういうこと?」
「語れば長くなるが……いいか?」
「じゃあいいです」
襲いかかってきたので、頭を押さえていなす。
「聞くから落ち着いて」
そう言うと、水城さんは渋々頷いて、ベッドの上にぽすんと座り直した。そして遠い目をして語り出した。
「あれは、一年前のことだ。当時の私は、喧嘩100戦無敗、不敗神話の名で通る県最強のヤンキーだった。私が道を歩けば、皆通り過ぎるまで黙る。そんな、誰からも恐れられる存在さ」
……水城さん、痛い子だ。それもすごく。
「だが、そんな私も一度だけ敗北を喫した。親戚の集まりでのこと、遠縁にあたる小野、あいつは私にこう言ったんだ、『何その格好、ヤンキーのコスプレ?』ってな」
もはや聞くのが面倒くさくなってきた。
「当然、喧嘩になった、そして負けた」
人相手なら当然だろう。今度、コガネムシに挑んでほしい。
「私はその時の屈辱を忘れられずにいる。だからなんとか、雪辱を晴らし、全勝という肩書きでヤンキー人生に終止符を打ちたい。だがもう、喧嘩するような年でもない」
そして水城さんは俺にビシッと指をさした。
「それで男を奪うことに決めたんだ! 私の男になれ!」
「無理です、カルタとかで頑張ってください」
「何でだ!?」
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