ツチノコくんSOS!

黒澤カヌレ

前編:貴様ら、私は稀少なUMAだぞ!

 目の前に今、つま先が迫っている。

 逃げねばならない。あの足が迫ってくるのと逆方向へ、素早く床の上を這い進んでいく。


「待ちなさい! この!」


 おのれ、人間め。私のことを追い回すなんて。


 しかも、手に持っているのは明らかに新聞紙。丸めた新聞紙を使って私のことを叩こうとしてきた。


 なんという、ことだろう。

 私はとっても、貴重な種族だというのに。





 私はツチノコだ。

 姿は蛇に似ている。体は茶色っぽく、胴体は普通の蛇よりも横幅が広い。


 私はずっと、人の目に触れないように生きてきた。里には下りず、山の中で。どうやら、里では私に『懸賞金』なるものが掛けられ、捕まえれば百二十七万円もの大金が得られるという話になっているらしい。


 UMA。もしくは未確認動物。そのようなカテゴリーに私は入れられ、河童やネッシーと言った水棲生物の他、ビッグフットという巨大な猿人などと同列に扱われているらしい。


 最近、私は『移住計画』を進めていた。住み慣れていた山の木々が伐採されたため、いくつもの山や谷を越え、安住の地を求めた。


 だが、ここもハズレだったかもしれない。


 山を進む途中、土の表面にボコボコと、奇妙な形のくぼみがいくつもあった。それに何度も悩まされる中、くぼみの先にあった一軒の家に辿り着いた。


 山奥の一軒屋。ほんの少し、ここで身を休めようと思った。窓が少しだけ開かれており、私は勢いよくジャンプして中に入る。なぜか窓の隙間から一本のロープが垂らされていたため、入る時には少しだけ邪魔に感じた。


 外は寒い。一晩だけでも、ここで暖を取ろうと考えた。

 そのはずだったのだが。


「ツ、ツチノコ?」

 突然、目の前に『つま先』が現れた。


「嘘だろ? なんで、よりにもよって」


 鎌首をもたげる余裕はない。男のものらしいつま先が迫り、私を捕まえようとしてくる。すぐに素早く畳の上を這い、近くのベッドの下に隠れた。


「どうした? 何かいたのか?」

 騒ぎを聞きつけ、部屋の中には別の『つま先』が入り込んでくる。同じく男のものらしい。足首から先が太く、もっと年配の人間だと見られる。


「ツチノコだよ! 今、部屋の中にツチノコがいたんだよ!」

 若い方の声が言い、ベッドの方へと近づいてくる。


「すぐ、捕まえないと!」





 窓を閉じる音がした。


「なんで、ここにロープなんか垂らしてあったんだ?」

 年配の方の声が問う。「なんでだろ」と若い方が答えた。


 絶望感に襲われる。入ってきた道を塞がれてしまった。このままでは奴らに追い詰められ、私は囚われの身になってしまう。


 だが、諦めない。

 私の皮膚は、しっかりと空気の流れを感じ取っている。年配の男は入ってきた時にドアを閉めなかった。


 そして現在、二人のつま先は窓の方を向いている。


 素早く、私はベッドの下から這い出る。開かれたドアから部屋の外へと脱出した。

 木の床がひんやりとする。長い廊下を進み、隠れる場所を必死に探した。


 そこか!


 薄く開かれた扉。その先に入り込む。

 ピンクの絨毯が敷かれた部屋。ここで脱出路を見つけられれば。


 だが、甘かった。


「蛇! なんか蛇がいる!」

 ピンクの絨毯の真ん中に、小さなつま先があった。


 女のものらしく、足の爪には赤色の塗料が塗られている。


 まずい! まずい! まずい!

 とにかく逃げねば。すぐに方向転換して廊下へと向かった。


「お母さん、来て! なんか蛇いる!」

 甲高い声が響き、女がすぐに追いかけてきた。


 真横の床に衝撃が走る。灰色の新聞紙が丸められ、私の真横を叩いていた。


 なんてことをする。

 そんなもので叩かれたら、私だって怪我では済まない。


 とんでもない人間たちだ。





 別の部屋は、だいぶ散らかっていた。

 青色の絨毯。隅にはベッド。男の部屋らしく、プラモデルなどが置かれている。


 ひとまずはベッドの下に進む。そこにはミルクを入れた皿が置かれており、途端に嫌な予感がしてくる。この家に猫でもいたとしたら、私は更なる危険に見舞われる。


 どうすればいい。


「こっちに、逃げ込んだよな」

 足音が響いてくる。私の目線の高さだと、相変わらず足首の辺りしか見えない。


 若い女。丸めた新聞紙を持っている。

 若い男。プラスチック製らしい蠅たたきを持っている。

 年配の男。おそらく両手に唾をかけ、激しく擦り合わせる気配がする。


「なんの騒ぎ?」


 もう一人、中年くらいの女の足が入ってきた。「ツチノコがいるんだよ」と若い男が答え、「そうなの?」と履いていたスリッパを両手に持った。


 こいつら、どういうつもりなんだ。

 ツチノコである私を見つけ、追いかけたくなる気持ちはわかる。だが、その得物は一体なんだ。その辺の虫かなんかと一緒にしていないか?


「でも、本当にツチノコなんかいたの?」

 年配の女が問い、若い男が「えーと」と答える。


「間違いないよ。ばあちゃんの部屋の窓が開いてて、そこから入ったみたいなんだ」


「でも、ツチノコって実在してたんだっけ? なんか、ネズミを呑みこんだヤマカガシが正体だって、ネットで見たような」

 年配の男が口にする。


 それだ、と私は閃いた。


 こいつらはきっと、私に掛けられた賞金を欲しがっているに違いない。だったら、私がツチノコではなくただの蛇だとしたら、見逃してくれるかもしれない。


 よし、と私は近場に目を走らせる。


 ちょうどよく、『笛』が落ちていた。人間の指くらいの大きさだ。

 気は進まないが、ゴクリとそれを呑みこむ。


 これを目の前で吐き出してやろう。そうすれば、私が色々と不用意に呑み込んでしまった憐れな蛇だと勘違いし、『可哀想に、外に逃がしてやろう』と思うに違いない。


 行けるぞ、と作戦が決まった。


 そう思い、身を動かそうとした時だった。

 ドカン、ドカン、と重い音が鳴り響いた。


「ああ、また」と若い男が言う。

 全員が天井を見ているのが空気でわかる。


 その隙に、私はベッドの下から這い出て行った。


「あ!」と若い女が叫ぶ。


 すかさず私は、呑み込んだ笛を吐き出した。

「オエエ、オエエ」と続けて演技する。


 私は現在、何か呑みこんじゃってますよ。体がちょっと幅広く見えますけど、それはよくわからない何かを呑みこんじゃったせいですよ。


 そう見えるよう、迫真の演技をしてやった。


「うわ、本当にツチノコ!」

 年配の女が声を出す。


 ちくしょう、と内心で毒づく。

 いい作戦だと思ったのに。





 こいつらの構成はわかった。


 年配の男が父親。同じく年配の女が母親で、若い男と若い女はその息子と娘。

 素早くドアの外に逃げた後、今度は玄関を目指す。だが当然扉は閉ざされており、廊下は行き止まりとなってしまう。


 まずいな、と、近くにあった靴の中に飛び込む。長靴に見えるが、繊維がモコモコとして多少は暖かい。おそらくブーツとか呼ばれるものだ。


「どっちに行った?」

 息子の声が聞こえる。


「見失ったか。どこに隠れたんだか」父親の声。


「ねえ、ツチノコって毒があるんだっけ?」

 娘が問い、「えーと」と父親が呟く。


「わからん。でも、見ると呪われる話はあったかな」


「じゃあ、別に良くない? 正直、ツチノコなんかどうでもいいでしょ」

 娘が言い、「まあな」と父親が言った。


 おい、それはどういう意味だ。

 私は百二十七万の懸賞首だぞ? それを『なんか』とはなんだ。


 それ以上に、少しは疑え。ほんのちょっと姿を見ただけで、私をツチノコだと認めて追い回す。私はUMAなんだ。存在するのが本当かどうか、もう少し慎重に考えろ。


「そうだ! ツチノコってさ、髪の毛を燃やした臭いに寄ってくるんだよね。それでおびき出したらどうかな」

 息子が提案し、「そうするか」と父親も賛同する。「やっぱり、ツチノコもお金にはなるんだろうからね」と娘も隣で言った。


 その直後に、遠くで何かの音がした。「ちくしょう」と息子が舌打ちする。


「とりあえず、放っておくのも気持ち悪いしな。さっさと捕まえよう」

「七輪持ってくるか」

 息子と父親が言い、すぐに別の部屋へと移動していった。


 まだ動けない。私はブーツの中に隠れたままだ。


「じゃあ、髪の毛。レンコ。ちょっとくれよ」

「嫌よ。トシフミの使えばいいでしょ」

「俺、最近前髪が怪しいんだよ! だから、頼む!」


 舌打ちの音が聞こえてきた。ハサミか何かを使う音が聞こえる。


「ぐお!」と、直後に呻く声が聞こえてきた。


 激しく咳き込む音。


「ダメよ。やっぱり屋内で物を燃やすのは」

 母親が言い、激しく廊下を行き来する音がする。


 たしかに聞こえた足音は四つ。そして、熱源が確実に遠ざかっている。


 あいつらがバカで良かった。


 だけどこの家、何かがおかしい。

 なんだろう、この違和感は。

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