楽しい演劇部(side:野中風音)

第29話 そう思うくらいには

「結構、多いな……」


 机の上に広げた台本を見ながら、ぼそっと呟く。

 家に帰り、自分の台詞だけを蛍光ペンでなぞってみた。改めて自分の台詞を確認すると、かなり多い気がする。


 まあ、彩もステラちゃんも、同じくらいだけど。


 意図的なのか偶然なのかは分からないけれど、一年生三人の台詞量はほとんど同じだ。それに三人それぞれに合った役をもらったから、この役がよかった! なんて気持ちはない。


 物語のあらすじはこうだ。

 太陽の魔法使いと月の魔法使いが喧嘩をしたことで、村人たちもそれぞれの陣営に分かれて険悪な雰囲気になってしまう。

 それを聞きつけた他の村が攻めてきて、村のために二人の魔法使いが再度協力する。

 無事に敵を倒し、二人も仲直りする、という結末である。


 私は、その二人をなんとか仲直りさせようと動きまわったり、対立する村人たちの間を取り持とうとする村長役だ。


「これを一週間で覚えるんだよね」


 そう思うと、かなり大変な気がしてくる。でも、覚えるのが遅れてしまったら、その後の練習スケジュールにも影響するのだ。


「頑張らなきゃ」


 風呂に入る前に何度か自分の台詞だけでも声に出して読もう、と考えているとスマホが鳴った。彩からのメッセージだ。


『台詞覚え、大変だけど頑張ろ!』


 元気いっぱいのメッセージと、お気に入りのスタンプ。

 今頃彩も台本を見ているんだろうと思うと、嬉しいような、焦るような気持ちになる。


 彩が演劇部に入ると言った時はかなり驚いた。私に誘われるのを待っている彩が、自分から演劇部に入ると言い出すことはないと思っていたから。


「今のところは、正直すごく楽しいけど……」


 彩と一緒になにかをするのは新鮮で、毎日が楽しい。だけどこの楽しさが、ずっと続くのだろうか。

 彩は私より運動神経がいい。手先だって器用だ。でも、演技の上手さなんて比べたことはない。


 まあ、私が彩より上手くできるなんて、思わないけどね。


 そんなことを考え、考えてしまった自分に嫌気がさす。

 彩は私と一緒に部活をやりたくて、演劇部に入る決断をしてくれた。それなのに私は、相変わらずうじうじと悩んでばかりいる。


 私より彩の方が演技が上手かったら、私はまた辞めるの?


 今まではそうだった。惨めな気持ちのままなにかを続けたくなかったし、そうした方が、彩との関係も良好に保てると思ったから。


 私が辞めたら、部員は四人になって、部活として成り立たなくなる。なにより、誘ってくれた愛莉先輩に申し訳ない。

 それに。


 私だって、頑張ってみたい。


 なにをしても、どうせ彩に勝てない。小さい頃からそう思い続けてきたせいで、なにかを長く続けられたことなんてない。

 今度こそ、逃げたくない。


「よし」


 気合を入れるために、両手で頬を叩く。


 愛莉先輩は、いろんな役があって、どんな子でも輝けるのが演劇部だと言っていた。

 その言葉が本当なら、きっと私だって輝けるはず。

 これ以上、彩と自分を比べずに済むはずだ。





「風音!? その顔、どうしたの?」


 いつもの待ち合わせ場所で顔を合わせた瞬間、彩が目を丸くした。酷い顔をしているのは自覚済みだから、あまり指摘しないでほしかったのに。


「台詞、夜通し覚えてたの」

「えっ!? まだ全然、時間あるのに?」

「一週間って言われたけど、早い方がいいでしょ。全員が早く覚えたら、その分早く次の練習に進めるんだろうし」

「確かに。私まだ全然覚えられなくて。風音、頭いいもんね」


 勉強は私が彩よりも得意な数少ないことの一つだ。といっても同じ高校にきているわけで、私たちの学力に大した差はない。


「私、風音と一緒に舞台に立てるの、楽しみにしてるから」

「ありがとう」

「風音は?」


 真剣な目で見つめられると、つい、どきっとしてしまう。

 彩がこの目で私を見てくれるから、私は一度だって彩以外と親友になったことがないのだろう。


 クラスが離れたり、部活が別々になったりして、他の子と仲良くなる機会はいくらでもあった。別に、彩以外にも友達はいる。


 私より可愛くなくて、私より頭が悪くてどんくさい子を選べば、劣等感を抱かずに生きていける。

 最低な考え方だけど、そう思ったことだってある。


 でも私は、結局彩とずっと一緒にいることを選んできた。


「楽しみだよ。……本当はずっと、私も彩と一緒になにかをやってみたかったから」


 嘘じゃない。ただその気持ちに、私の劣等感がずっと蓋をしていただけ。


「風音、大好き」

「なに、急に」

「言いたくなったの!」


 大声で笑って、彩が私の手をぎゅっと握る。手を繋いで歩くのなんていつぶりだろう。


 ああでも、なんか、彩の手って、しっくりくるな。


「風音は? 私のこと好き?」

「じゃなきゃ、こんなにずっと一緒にいないでしょ」

「そうじゃなくて、ちゃんと言葉にしてよ」


 拗ねたように彩が唇を尖らせたけれど、同じ言葉は照れくさくて返せない。

 いつか、彩みたいに笑顔でそう言える日がくるんだろうか。


 くればいいな。

 そう思うくらいには、私は彩のことが好きなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る