第28話 一年生
「じゃあ、そろそろ台本は読み終わった?」
はい、と一年生三人が元気よく頷く。
いつもより声が大きいのは、きっとみんなわくわくしているからだろう。
役をもらって台本を読んだ後って、そうなるよね。
どんな風に演じようとか、みんなはどんな風に演じるんだろう、とか。
いろんな想像が膨らんで胸が高鳴る。私は、そういう瞬間が好きだった。
うわ、やばい。
なんか全然そういうタイミングじゃないのに、泣きそう。
演劇部から逃げ出して、演劇自体からも離れていて。久しぶりに好きだった演劇ができるのだと思うと、感情があふれて泣きそうになってしまう。
「愛莉さん」
一年生には聞こえないように名前を呼んで、玲央が私の背中をそっと撫でた。
心の中を見透かされたみたいで、それがどうしようもなく嬉しい。
「じゃあ次は、今後のスケジュールを発表するね。なるべく早く立ち稽古に入りたくて……立ち稽古っていうのは、実際に動きながら練習すること。基本的に、立ち稽古の開始日までに台詞は頭に入れてきてほしい」
私が話すと、三人が慌ててノートにメモをとる。
色違いのノートはたぶん、購買で三冊セットで販売しているものだ。
部活用にって、一緒に買いに行ったんだろうな。
仲良くしてくれてるの、すごく嬉しい。
「立ち稽古開始までは基礎練習に追加して、本読みの練習をする予定。本読みっていうのは、台本を見ながら、台詞を読んでいく練習のこと」
動きがない分、台詞に集中して練習できるのは本読みのいいところだ。
最初は、いつもの自分と違う口調で喋るだけで違和感があるものだから。
「で、いつから立ち稽古を始めるかだけど……」
台本を覚えるペースは、人によって違う。台詞量や台詞の長さ、口調によって覚えやすさも異なる。
無理をしてほしいわけじゃないけど、最初に期限を伝えるのは大事だよね。
部長として、やたらとみんなに厳しくしたいわけじゃない。だけど、しっかり私が決めないと、部活としてちゃんとまとまらないから。
「一週間後。一週間で、自分の台詞を覚えてきてほしい。できる?」
一年生たちが顔を見合わせる。たぶん、まだあまりイメージもついていないんだろう。けれどすぐに頷いて、はい! と気持ちのいい返事をしてくれた。
「ありがとう。とりあえず基礎練習して、今日も本読みしてみようか。あ、それとこれは単なる提案なんだけど……」
玲央が首を傾げる。この話は玲央にもしていなかったから、当たり前だ。
「仲良くなるためにも、今日からみんなには玲央のことを堂嶋先輩じゃなくて、玲央先輩って呼んでほしいんだよね」
呼び方というのは結構大事なのだ。呼び方につられて距離感が決まってしまうこともある。
それに、差があるのはよくない。私のことはみんな名前呼びだけど、玲央のことは苗字呼びだもん。
人数が少ないうちはいいけど、そういう些細なところから派閥ができたりするのが部活だから。
「玲央もみんなのこと、下の名前で呼んで。いいかな?」
特に反対意見はなく、みんな頷いてくれた。先に話を通していなかったから、玲央は少しだけ不満そうな顔をしていたけれど。
◆
「じゃあ、今日の練習はここまで。おつかれさま!」
練習が終わると、一年生たちが集まってわいわいと話を始める。聞こえてくる話題は、初めてやった本読みについてだ。
みんな、分かりやすいくらい緊張してたなぁ。
「去年の玲央も、あんな感じだったよね」
「……そうですか?」
「うん。初々しくて可愛かった」
入部当初の玲央は私以外に知り合いがおらず、常に私の隣にいた。練習後の感想も真っ先に私へ伝えてくれたし、私が同級生と話していると寂しそうな顔をしていた。
妹がいたらこんな感じなのかも、なんて、はりきって世話を焼いたものだ。
「……今も、結構可愛いと思いますけど?」
ねえ、とあざとい顔で玲央が覗き込んでくる。相変わらず自分の顔を武器にするのが上手だ。
「一年生、台本ちゃんと覚えられますかね」
「覚えてくれると思うよ。時間かかる子もいるかもだけど、やってるうちに覚えるものだし」
「まあそうですね」
「一人ひとり、得意不得意もあるだろうから、私たちがちゃんとサポートしないとね」
最初からみんな上手くやれるなんて思ってない。私だって、一年生の頃はよく注意されてたし。
自分がされて嫌だった注意の仕方とか思い出して、自分がしないように気をつけなきゃ。
「玲央。今日、寄り道して帰らない? 眠いだろうけど」
「いいですよ。めちゃくちゃ眠いですけど」
顔を見合わせて、同時に笑い出す。どこに行こうかな、なんて考えるだけで、心の底から幸せな気持ちになれた。
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