第2話・前編 無能はまず信用を得よう
「バディを組んだのはいいけど、これからどうやって稼いでいこうかしら」
となりを歩くファムが下唇を突き出しながら呟く。
「とりあえず、下位ギルドに向かおう。そこなら俺たちでもこなせる依頼があるだろう」
「嫌よ、下位ギルドなんて初心者が行くところじゃないの。あんたの
「あのな、昨日覚えたばっかなんだぞ。そんな簡単に言うなって」
「それに私、毎日おいしいエール酒を飲んでお腹いっぱいご飯を食べたいの。簡単な依頼の報酬なんてたかが知れてるじゃない」
「あのなあ、無能のお前にできる依頼なんてそんなもんしかないだろ」
「あーっ!また無能って言ったわね!何よちょっと
俺はぎゃあぎゃあと喚きだしたファムを無視しながら、金銭面について再考する。
昨日の酒場での一件の後、俺たちは宿に泊まった。
酔いが回っていたのもあるだろうが、俺が手に入れた
そして大型鳥獣の鳴き声に似たファムの不快ないびきを目覚ましに朝を迎え、宿の主に代金を支払う際、自分の革巾着のあまりの軽さに驚いた。
あの上エール酒はそんなに高額だっただろうか。
ともかく、このままではエール酒どころか今夜の寝る場所にすら困る。
したがって、今日の目標は何としても依頼を受注し達成、そして報酬を受け取ることなのだった。
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「うへぇ、なんか懐かしい依頼ばっかりね」
木製の簡素な掲示板に貼られている依頼の内容を見て、ファムが眉をひそめる。
「そりゃそうだろ、冒険はじめたての人向けのものだからな」
そう言って辺りを見渡すと目と新品の装備を輝かせた、きらきらとしている若い冒険者ばかりだ。
「なんか、浮いてるわね、私たち」
ファムが恥ずかしそうに身をよじる。彼女のもともとは白かったであろう革製のアーマーはところどころ薄く茶色がかっていて、すれ傷も見受けられた。
「あれだよな、広場でボール遊びしてたら中等学校の兄ちゃんたちが来てなんか気まずくなったときのあの雰囲気だな」
俺は昔を思い出してしまう。未来ある彼らには申し訳ないが、こちらはこちらで事情があるのだ。
「あの、何かご用ですか…?」
後ろから声をかけられた。振り返ると黒髪を後ろで編んだ、小柄な女性がおどおどとした様子で立っている。
「ああいや、ちょっと依頼を探していて」
「ここの依頼を、あなたたちがですか?」
彼女は俺たちを足先から頭まで眺めた。眼鏡の奥に見える目には警戒の色が浮かんでいる。
そりゃそうだ、俺たちはどうみても下位ギルドにいるべき見た目をしていない。
「あのね、私たちは
ファムが俺と彼女の間に割って入り、自身の
「すみませんっ、そうでしたか」
ファムのそれを見て納得した彼女は、
「近頃は初心者を狙った悪徳冒険者による詐欺が多くて、警戒しているんです」と続けた。
「こちらも勘違いさせてしまったようで申し訳ない。俺はクズネで、こっちがファム。よかったら何か良い依頼を見繕ってくれないか」
俺はファムを指し示した。
「詐欺なら気を付けた方がいいわよ。うちのクズネは
俺はとっさにファムの口を手でふさぐ。こいつは空気も読めない無能なのか。
「仲、いいんですね。私はベスティです。ここの受付嬢をしています」
ベスティはそう言って小さく笑い、それに合わせて腰まである三つ編みも揺れた。
彼女のようなおしとやかさがファムにもあればいいのに、とつい考えてしまう。
「よければ、こちらの依頼なんてどうでしょう?」
ベスティが掲示板から一枚を剥がした。
受け取ったそれを見れば、「急募!薬エール酒の材料集め!」とある。
「依頼主は酒づくりをしている方なんですが、どうやらその原料になる薬草が足りないみたいなんです」
「採集依頼か…」
無能力者向けとはいえ、ちょっと簡単すぎるな。そう思いつつ目線を下に動かすと、
報酬の欄には『1000ルッツ・薬エール酒の試飲』と記されている。
「1000ルッツ…!どうしてこんな報酬が良いんだ!?」
2人分の宿で1泊200ルッツ程度のことを考えると、下位の採集依頼にしては破格の報酬だ。
「その理由は、採集対象の薬草の自生地が『
「そうだなあ、
「そう、ですよね……」
報酬につられて再起不能、というわけにもいかない。これは断ろうと、依頼の紙をベスティに返そうとしたとき―――。
「ちょっとクズネ!せっかくルッツももらえてエール酒も飲めるっていうのになに断ろうとしてんのよ!やる、私やるわ!」
報酬の薬エール酒に完全につられたファムが俺の手から紙を勢いよく奪い、それに手をかざした。
ぶぅん、と青白い光が依頼の紙を包む。
『受託、完了しました』
無機質な音声が流れた。
「ふう、まさか下位ギルドにこんな好条件の依頼があるなんてラッキーだったわね、クズネ!」
なぜか満足そうな顔を浮かべるファム。
驚きと怒りのあまり目を見開いたまま動けない俺。
慌てたようにファムと俺とをきょろきょろと交互に見比べるベスティ。
「こんの……酒クズがあーっ!」
俺は吼えた。
「何よ急に大きな声出して!クズって名前についてんのはあんたの方でしょ!」
「お前なあ、
「私ちっちゃい頃うさぎさんの世話してたもん、大丈夫よ!」
ファムはそう言ったあとで、あのときは飼育小屋の扉を閉め忘れて全部逃がしちゃったけど、と両手の人差し指を突き合わせている。
「はぁ…。なあベスティさん、悪いが依頼のキャンセルってできたりしないか?」
「申し訳ないんですが、一旦受けていただいた以上は正当な理由がないと…」
「まあ、そうだよな…」
依頼はいわゆる労働契約のようなものであるから、基本的にキャンセルができないことは分かっていた。
それに、『受託したけどやっぱやめました』なんてことをしてしまえば冒険者としての信用も失われてしまう。
まずは簡単な依頼をこなしていき、地道に信用を得ていこうとしている俺たちにとって、それは絶対に避けなければならない。
「あぁ、待っててね私の薬エール酒…!」
ファムはうっとりとした表情で、その場をくるくると回っている。
俺は冷めた目でヤツを見つめながら、どうしてこいつはこんなに吞気なんだ、と考える。
この性格ならあのとき、あの酒場で放っておいてもすぐにケロッと立ち直っていたんじゃないか。
こいつには別に俺がいなくたって元気に――――。
そのあとに浮かぶ言葉を遮るかのように俺たちの足元が突如、青白く光った。
対象地点への転送が始まる合図だ。
「どうか、気を付けてください…!」
この依頼を勧めてしまったことに責任を感じているのか、ベスティは今にも泣きそうだ。
もし依頼に失敗したとしても、受託したのはこちらであるからベスティに非はない。
そのことをどう彼女に伝えようか悩んでいるうちに、光に包まれた身体がどんどんと透けていってしまう。
早く、何か伝えなくては。
「ベスティ、大丈夫よ!」
はっと顔を上げて横を見れば、笑顔のファムがベスティに向けて親指を立てている。
「こっちにはクズネがいるのよ、なんとかなるわ!」
ファムはそう言って俺にウインクをする。
「どこまでも他力本願かよ…」
俺は苦笑した。なんだかんだ、こいつの呑気さに俺は救われている。
「それに、大変な依頼の後に飲むエール酒って最高に美味しいんだから!」
「まあ、そういうことだ。すぐに帰ってくるよ」
俺もすっと親指を立てた。
「…はい!クズネさん、ファムさん、行ってらっしゃいませ…!」
ベスティは笑顔を浮かべ、俺たちに小さく手を振った。
ぷしゅんっ。
視界が真っ白になった。
これから俺たちは対象地点へ転送されていく――――。
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