無能と言われ追放された者同士でバディを組んだら最強?の二人になりました

峰らくだ

第1話 酔いどれた青髪の女・無能の烙印・逆技能


「なんで私が無能扱いされないといけないのよお!」


 樽で作られたテーブルに、青髪の女が木製のジョッキをどんと叩きつけながら半泣きで俺に叫ぶ。

 ジョッキの中のエール酒が飛び散り、そのしぶきが顔に飛んできた。

 女は溶けるようにずるずるとテーブルに突っ伏し「じゃにゃいあんたにはわかんにゃいでひょうね」ともにょもにょと呟いた。


「いや、俺もついさっき無能を理由に追放されたばっかなんだが」


「え!!」

 がばっと顔を上げた女は俺を見た。

 その大きな目はきらきらと輝きはじめ、驚いたまま開きっぱなしの口は次第に口角を上げるようにその形を変えていく。


「仲間よ仲間、私たち無能仲間ってことじゃない!」


「ちょ、声がでかいって!」


 酒場中の視線が俺たちに集まる。

 それは好奇とも哀れみともつかない、なんとも言えないものだった。

 俺は羞恥心を覚えながら、なぜこうなっているのかを思い返していた――――。


 ◆◆◆


「クズネ、言いづらいんだけどさ」


 ダンジョンでの探索を終え脱出したあと、パーティリーダーのゼイタスから呼び出されたときのことだった。

 俺は彼が何を言おうとしているのか、その表情から容易に読み取ることができた。


 ゼイタスは俺を傷つけないようにと言葉を選びながら話してくれたが、要約すればそれは「俺が無能」という言葉ですべて片付くものだった。


 俺は初めて加入したパーティがここ、「アルティック」だった。

 数年もの間、一員として活動してきたパーティを脱退させられることは辛く、頭の中に黒く渦を巻くような感情を抱く一方で、ほっとしている自分もいた。

 それは、自分がパーティに貢献できていないことを自覚していたからだ。


 味方がモンスターの気を引いてくれているのに罠を絡ませてしまいうまく設置できず捕獲の好機を逃したり、攻撃を躱せない俺にヒーラーが付きっきりになってしまい他の味方に回復を回せずに再起不能となるなど、挙げてしまえばきりがない。


 そうしたミスを重ねる度、いっそ怒りに任せて俺を殴ってくれたら償えるのに、と思っていた。

 しかしゼイタス率いるアルティックのみんなは俺を責め立てることはなかった。

 むしろこんな俺を励ましてくれる優しさに心が痛むばかりだった。


 だからパーティに対して不甲斐なさや歯がゆさを感じていた俺は、脱退の通告を聞いて肩の荷が下りたような気がしたのだった。


 そして俺は今までありがとうございました、とアルティックの皆に小さく頭を下げ、パーティを後にした。


 ◆◆◆


「そうして大通りをふらふらと歩き、酒場に辿り着いて君に会ったって訳だよ」


「なに格好良い感じにしてるのよ、それこそ『僕が無能だからクビになりました』で片付く話じゃない」

 俺の経緯を聞いた後で、青髪の女は頬杖をつき、人差し指をくるくると回しながら言う。


「じゃあ君は『私が無能だからクビになって、悲しくて酒場の隅っこでエール酒片手にめそめそ泣いてました』で済むんだね」

 俺は彼女の言いぐさに対抗すべく、皮肉を込めて返してみた。


「泣いてはないわよ!」

 青髪の女は首を左右に大きく振る。肩まである髪がそれに合わせてゆらゆらと揺れた。


「……じゃあそれ以外は当たりってことでいいのかい」


「……まあ、そうね」

 伏し目がちになった彼女はエール酒をちびっと飲み、不服そうに答えた。


 俺は当たりなのか、と拍子抜けしてしまい、次の言葉を見つけることに苦労した。

 気まずくなった空気の中、何か言わなければと焦った結果、


「あ、あの、そういえば君の名前は?」

 何の脈絡のない話題を出してしまう。

 俺はコミュニケーションにおいても無能なのか。


「ファム、だけど。さっきの話からするに、あんたはクズネよね」

 ファムはジョッキを両手で持ったまま、上目がちに俺を見ている。

 俺の次の言葉を待っているようだった。


「あのさ、ファム。いきなりなんだが、俺とバディを組んでみないか?」

 その様子に焦った俺の口から、突拍子のない言葉が飛び出してきた。


「へ?」

 ファムが目を丸くする。元々大きい目がさらに大きくなったようだった。


 あ、いや、ごめん、言った俺も驚いてるくらいなんだ、と言い終わる前に

「いいけど」と返事が来たものだから更に驚いてしまった。


「……なんで言い出しっぺのあんたが驚いてるのよ」


「まさか即答でOKされるとは思ってなくて」


「まあ、私だって次のパーティどうしようかなって思ってたし。それに何もできなくて前のパーティをクビになったような無能の私をどこが受け入れてくれるっていうのよ」

 ファムはそう言って何かのモンスターのハムにかぶりつき、エール酒で流し込む。


「それは俺も同じだけどさ」

 俺はそれを一切れもらい、口へ運ぶ。大衆酒場らしい、繊維っぽさのあるものだったが、しっとりとしていて美味しかった。

 俺は店員を呼び止め、上エール酒を頼んだ。きっとこれと合うに違いない。


「いいんじゃない、決まりってことで。それに私も相方が無能だと気が楽だしね」

 ファムはジョッキを逆さにし、最後の一滴まで惜しそうに飲んだ。


 そのタイミングでお待ちどうさま、と髭を蓄えた屈強そうな体つきをしたウェイターがごとん、とジョッキを俺とファムの前に置く。


「ちょっと、これ上エールじゃない。私そんなにルッツ持ってないわよ」

 慌てたように腰に着けた巾着の中身を確認しようとするファムを俺は手で制した。


「俺の奢りだよ、バディ結成の記念にね」

 俺は乾杯をしようと、ジョッキを顔の高さまで持ち上げる。

 きっかけや経緯はどうあれ、めでたいものはめでたい。


「えっ、クズネの奢りなの!」

 ファムはそれならもっと頼まなきゃ、と言って先ほどの屈強そうなウェイターをすぐに呼び戻した。

 そしてメニューの端から端まで指でなぞり、魔法の詠唱かと思うくらい早口で注文をしはじめた。


「あっ、おい、俺が奢るって言ったのは上エールのことで――」

 俺が言い終わる前に、ウェイターは力こぶを作りながら笑顔でまいどあり、と言って去っていった。


「いやあ、懐の広い相方を持ったものねぇ」

 ファムは嬉しそうに、ほくほくした表情を浮かべている。


 その様子に俺は何も言えなくなり、次々と並べられていく料理たちを眺めるしかなかった。


「ほら、クズネ、なにぼうっとしてるのよ。早く乾杯しましょ」

 ファムがジョッキを構えてそわそわしている。

 口の端で光るよだれがいまにも滴り落ちそうだ。


 俺はやれやれ、という素振りをして、もう一度ジョッキを持ち上げなおす。


「「乾杯!!」」

 ごつん、とふたつのジョッキがぶつかる。

 水面は波打ち、中身が少しこぼれた。


「ああ、もったいない!」

 ファムがテーブルの上の酒をすすろうと口をすぼめて顔を近づけていくので、みっともないからやめてくれ、と俺は両手でファムの頭を押さえた。



 ファムと出会ってからまだ数時間しか経っていないが、こいつといたら退屈はしないだろうな、と俺は酒でいい感じに痺れている頭で考えた。

 彼女も無能の烙印を押されパーティから追放されたが、きっとムードメーカーとしては有能な人材だったのではないだろうか。

 これからバディとしてやっていくうえで、彼女も知らない自身の才能に気付き、その烙印を消し去れるようになればいいn――――


「クズネぇ……私もう食べられないから残り食べてぇ……」

 下から声が聞こえた。驚いて床を見れば、ファムがその腹を風船のように膨らませて床に転がっている。

 テーブルに目を向けると、注文したうちの8割はまだ手を付けてすらいないではないか。


 前言撤回、こいつはやはり無能だ。

 自分の胃袋のキャパシティを知る能力もない人間になにができるというのか。


「あれ、能力……?」

 そうだ、忘れていることがあった。


「ファム、お前の技能スキルを見せてくれないか」

 俺は足元で転がっている風船に声をかけた。


技能スキル……?ああ、そういえばそんなのもあったわね」

 ファムはよっこいしょ、と呟きながら億劫そうに立ち上がりながら、

「初めのころはどんな風に育っていくのかと楽しみにしてたんだけど、自分がって気づいてからは全く開いてなかったわね」

 と続けた。


「やっぱお互い本当の意味で無能ノースキルってことか。まあ忘れるよな、俺達にはまったく縁のないものなんだし」


 ファムが手を開くと、パッと技能系統スキルツリーが表示された。

 そこには白い輪郭で大樹が描かれている。

 しかし、通常であればその根元から上に向かって内側を塗りつぶしていくように技能標点スキルポイントが上昇してあるはずだった。


 我々冒険者はダンジョンでの探索や戦闘などを通した経験を積むことで、個々人の才能に応じた技能系統スキルツリーが育っていき、技能スキルを獲得していくことができる。

 代表的な技能スキルで言えば、剣技の才能があれば剣技技能スラッシュスキル、回復の才能があれば回復技能ヒーリングスキルといったように。

 もちろん、複数の才能を持つ者は技能系統スキルツリーも枝分かれするように成長していく。


 ――まあ、それはな者に限った話だが。


 俺やファムといった冒険者としての経験を積んでいても何も技能系統スキルツリーが育っていかない、文字通りな人間は「どうせ見ても無駄だ」と確認をしなくなり、終いにはその存在すら忘れてしまう。


 ちなみに、誰だって冒険者になりたての頃は無能ノースキルだ。

 しかし早くて数日、遅くて数か月にはなんらかの技能スキルを習得できると言われている。

 そういう意味では、完全に無能ノースキルな冒険者は全体の1%もいないだろう。


「私は3年経っても無能ノースキルのままだけど、クズネはどうなのよ?」


「……5年」

 俺は苦虫を嚙み潰したような顔になる。


「ご、5年!?」

 ファムは頬を膨らませ、口元に手を当てる。

 そこからはぷすぷすと空気が漏れている。


「笑ったか?」


「ゎ、わらうわけないじゃ、ない」

 耳まで真っ赤にしたファムがもごもごと喋っている。


「そうか……」

 俺は自分の技能系統スキルツリーを出すべく、片手を広げてファムのいる前方へ手のひらを向けた。


 その瞬間、ファムが爆発でもしたかのように大笑いしはじめた。

 ひとしきりげらげらと声を上げた後でテーブルに片手をつき、もう片方を自分の腹に当て、ひいひいと泣き笑いをしている。


「おい、そんなに笑わなくたっていいだろ!」

 俺はその様子にムッとしてファムを咎める。


「だって、だってえ。あんたが真顔のまま手で『5』ってやってくるからあ」

 ファムは笑いすぎて呼吸が整っていない様子だ。


「違う、あれは技能系統スキルツリーを出そうとしただけで――!」

 俺がそう言い終わる前にファムに笑いの第二波が来たようなので、俺はもう放っておくことにした。



 確かに、5年も冒険者をやっていれば才能があれば1つくらいは上級技能ハイグレードスキルを得ていてもおかしくない頃だ。

 例え才能がない者だとしても、何かしらの中級技能ミドルスキルは間違いなく獲得しているだろう。

 だから、5年も冒険者をしている俺が無能ノースキルであることに笑ってしまうのは正直仕方がなかった。

 自分は大器晩成型であると信じ、今日こそは技能標点スキルポイントを得ただろうかと技能系統スキルツリーを眺めていたころが懐かしい。


 もう3年はまともに開いていなかっただろうか、久しぶりに自分の技能系統スキルツリーと対面した。


「まあ、私と同じよね」

 ファムは横から覗き込んできた後で、

「私もいずれこうなっちゃうのよねえ」

 と続けた。


 こうなっちゃう、という言葉が引っかかるが、彼女に同情するところもある。

 せっかく冒険者になることができたというのに、無能ノースキルとして生きていかねばならない辛さは俺も痛いほど分かるからだ。


「でもこれからどうやってルッツを稼いでいけばいいんでしょうね。無能ノースキルのバディが好条件の依頼を受注できるとは思えないし」

 ファムが人差し指を頬に当て、考えるように目を上に向けた。


「ダンジョンの浅いところでの採集をしたり下位モンスターを狩ったりして地道に信用を得ていくしかないんじゃないかな」


「そうよねえ、このくらい好き勝手に飲み食いできるようになるのはいつになるのかしら」

 ファムが自身のお腹をさすりながら言う。


「ほぼ全部残してるやつが何言ってんだよ…」

 そのうえ、俺は今回の支払で手持ちのルッツが底を尽きかねない。

 パーティに加入していたときは収入が安定していたとはいえ、無能ノースキルの俺の取り分はごくわずかなものだったから、日々の消耗品を買ってしまえば貯蓄などあってないようなものになるのだった。


「あ、でも、クズネ。あんたの技能系統スキルツリー、なんか私のと違くない?」

 ファムが何かに気付いたようだった。


「違う?違うって、何が」

 俺はファムの技能系統スキルツリーと自分のそれを見比べた。


「ほら、なんかこのへんがぴらぴらしてるじゃない」

 ファムは俺の技能系統スキルツリーの枝先を指さす。

 確かに、それは微風にそよぐ本の1ページのように画面の表面から小さく浮いていた。


「なんだこれ……」

 俺はその浮いている枝先を何気なく指でつまみ、手を引いた。

 白く縁どられたままの空っぽの大樹が枝の先から根元に向かってぺりぺりと捲れていき、全て剥がれ落ちたと思ったその瞬間――――


「うわあっ!」


「きゃあっ!」


 唐突に技能系統スキルツリーが強い光を放ち、画面がぐるんと逆さになった。

 そして画面に大樹の根が張っていき、幹から枝先はに向かってぐんぐんと力強く伸びていく。


「なによこれ……」

 ファムは酔いが一気に醒めたかのような表情で、目を白黒させている。


 そうしてめきめきと育ちきった大樹は白く縁どられた後で、根元からどんどん白く塗りつぶされていく。


「これって、技能標点スキルポイント……?」

 俺は5年の冒険者生活でようやく自分の技能標点スキルポイントを見ることができた喜びこそあれど、この突然の状況を呑み込めないままでいる困惑で感情がごちゃまぜになり、うまく反応できずにいる。


「なんで急に技能系統スキルツリーに生えて、技能標点スキルポイントが一気に溜まるのよ!?」

 ファムも混乱しているようだ。酔っぱらいすぎて幻覚を見てるのかしら、とジョッキを置いて水をがぶがぶと飲み始めた。


「俺もわからない」

 本心だった。何なら、俺が最も理解できずにいるはずだ。

 俺が固まったまま動けずにいると、画面に「逆技能リバーススキルを解放しました」という文がぽんっ、と表示された。


「なによ、クズネ、逆技能リバーススキルって!そんなの聞いたことないわ!」

 ファムが俺の肩を掴んでぐわんぐわんと揺らしてくる。

 こいつ、思ったより力が強い。


「だから、俺もわからないんだって」

 俺は揺らされたまま答えた。

 酔っぱらった頭がシェイクされるようで非常に気持ち悪い。

 だが、そのおかげで頭の中の情報や知識、直観や経験が都合よく混じり合い、ある一つの推測に至った。


「もしかして、俺がすぎて、技能標点スキルポイント技能系統スキルツリーもマイナス方向に育ってしまったとか……?」


「そんなことがあっていいわけないでしょ!じゃあ私はどうなるのよお!」

 ファムが耳元でわあわあと喚く。

 すぐに自分の技能系統スキルツリーを開きなおし、枝の部分を指先で何度もつまもうとしているが何も起こらずにいる。


 そんなファムを横目に、俺は自分の技能系統スキルツリー、いや、「無能系統リバーススキルツリー」に目を移す。


「ええと、これまでの技能標点スキルポイントによって獲得した逆技能リバーススキルは……」

 白く塗りつぶされた枝を指でなぞっていくと、「詐欺師スキャマー」に行き着いた。


詐欺師スキャマー!?そんな技能スキル、あっていいわけないだろ!」

 詐欺は重大な犯罪であり、そんな技能スキルが習得できてしまうならばこの世界の治安はめちゃくちゃになってしまうだろう。


無能ノースキルが得られる技能標点スキルポイントなんて、言ってしまえば無能標点ノースキルポイントでしょ。それで獲得できる逆技能リバーススキルなんて悪いもので当然なんじゃないの」

 自分に無能系統リバーススキルツリーがないことを認め、ムッとした様子のファムが口を尖らせて言う。


「でも、どうやってこんな技能スキル、どうやって使えば……」


詐欺師スキャマーなんでしょ、試してみなさいよ、ほら」

 ファムはそう言って屈強そうなウェイターを呼び、「特上エール酒、あるだけ持ってきて!今日は相方の奢りなの」とウインクをする。


 ウェイターは流石に驚いたようであったが、すぐに笑顔に戻りかしこまりぃ!とまた力こぶを見せつけてくる。


「ちょ、ちょっとファム!そんな代金、2人合わせたって払えないだろ!」

 俺は巾着を取り出してテーブルの上で逆さにする。

 100ルッツの銀貨が数枚、じゃらりと出てくるのみだ。


「だから、クズネ。あんたは詐欺師スキャマー逆技能リバーススキルを手に入れたの、分かるわよね?」

 ファムが俺にそう囁く。

 俺が頭を抱えていると、あのウェイターですら息を切らすほど大きなジョッキで特上エール酒が運ばれてきた。

 ファムはこれまでで一番の笑顔でジョッキを抱え、我先にとぐびぐびと飲み始めた。


「おいっしい~!ねえクズネ、私これ毎日飲みたい!」

 口の周りに泡で髭を作ったファムがきらきらとした眼差しで俺を見る。


 俺も自分の分に口を付けたが、この後をどうしようかという不安からか、味がしない。

 なんせ技能スキルを獲得したのが初めてで、発動の仕方すら分からないままで窮地に追い込まれているのだ。

 自動的に発動するのか?それとも任意のタイミングか?

 なぜ俺は前のパーティメンバーに聞いておかなかったのか、と自分を責める。


「前パーティをクビになって今日は最悪、だなんて思ってたけど最高の日になっちゃったわね」

 俺が思考を巡らせている間にファムはジョッキを空にしてしまっていた。


「じゃあ、私お腹たぷたぷになっちゃったから、先に外でて散歩してるわね」

 そう言って席を立ったファムは俺の横まで来て、

「無銭飲食で犯罪者になるか、あんたの詐欺師スキャマーでそれを回避するか。どっちがいいか分かるでしょ」

 と耳元で俺に囁き、酒場を出ていった。


「あっ、待て、ファム!」

 なんてやつとバディを組んでしまったのか。

 俺は更に自分を責め立てた。


 テーブルに残された大量の料理と空のジョッキたちをじっと見つめる。

 この量の支払いなんて、できるはずがない。


「お客さん、大丈夫ですか?」

 酒を飲んだというのに青い顔をしている俺に、例の屈強そうなウェイターが声を掛けてくる。

 彼が俺の肩に置いた手は大きく厚く、そこに繋がる腕や肩は隆々としていて丸太のようだった。

 俺はなぜ彼がウェイターをやっているのだろうか、冒険者の方がよっぽど適しているのではないかとぼんやり考えた。


 ウェイターはテーブルに散らばった数枚のルッツ銀貨をちらりと見た後で、何かを察したように「一度お会計をしていただいてもよろしいですか?」と顔を少しこわばらせて言った。


 間違いなく、これはピンチだ。


「ああ、もちろんだよ」

 俺は可能な限り平静を装い、席を立ってウェイターと共に勘定場へと向かう。

 途中、脚に力がうまく入らずに何度かよろけそうになる。


「お客さん?」

 勘定台を挟んで立ったウェイターがじっと俺を見る。


 まずい、まずい。何とかしなくては。


 俺は床に向けて手を開き、無能系統リバーススキルツリーを確認する。

 勘定台のおかげで、彼からは死角になっていた。


 間違いなく、俺は詐欺師スキャマーを獲得している。

 あの食いしん坊のせいで犯罪者になるのだけは御免だ。

 ここはイチかバチか、やるしかない。


「あのさ、実は俺、代金を払う必要がないんだ」

 ボロが出たら負ける。俺は極めて冷静な顔でそう言った。


「はい?」

 ウェイターが眉をひそめる。彼の腕に張り巡っている血管がぴくり、と脈動する。


 彼の反応から、詐欺師スキャマーが発動していないことはすぐに分かった。

 ただ、発動条件がまるで分からない。

 どうする、どうする。


「払う必要がない、とはどういう意味でしょうか?飲食していただいた分のお代をいただけないと困ります」

 彼の語気が強まる。

 なるほど、彼の屈強な肉体は俺みたいな客に対処するためにあるのか、と真っ白になりつつある頭の中で考えている自分がいる。


 どうしたら切り抜けられる?どうやったら誤魔化せる?

 頭の中で思考が奔流のようにどうどうと巡っている。

 ウェイターは険しい顔になり、俺が何を言うかをじっと待っている。

 早くしないと。早く、何かを言わないと。

 自分の心臓がひどく跳ねているのが分かる。


 そのとき、出入り口横の窓をこんこん、と叩く音がした。

 目を向けると、左頬をガラスに押し付けたファムが退屈そうに「クズネ、はやくしてよ~」と喚いている。


 ――――プツン。

 俺の中で何かが弾けた音がした。


 このトラブルはあいつのせいだ。

 あいつが好き勝手やったせいで俺がこんな目に。

 なのになぜ、当の本人はあんな呑気にしていられるんだ。


 俺がファムに対する怒りで満ちたその刹那――――。


詐欺師スキャマーが発動しました』

 俺の頭の中で声がした。


「なるほど、こうなるのか」

 その声で冷静になった俺は呟く。

 不思議と頭の中は明瞭で、心拍もすっかり落ち着いていた。


「あのさ、ウェイターさん」

 俺は彼の目をまっすぐ見て、「だから、俺は払わなくていいんだって」と続けた。


「……?」

 堂々と話す俺を見て、ウェイターは困惑した様子だ。

 ここしかない、そう感じた俺は畳み掛ける。


「実はあの料理とか酒は、今この酒場にいるみんなからご馳走してもらったものなんだよ。だから、俺が払うものではないんだ」

 そういって振り返り店内の客を指差すと同時に、俺らのいたテーブルをちらりと見る。


詐欺師スキャマー上級逆技能ハイグレードリバーススキル瞬間鑑定モーメントチェックを発動しました』


 よし、あいつが注文した料理は完璧に把握した。


 そしてウェイターが俺に釣られ、視線を客たちに向けたその瞬間、この店の注文伝票を勘定台から拾い上げる。


詐欺師スキャマー上級逆技能ハイグレードリバーススキル究極模倣ウルティマコピーを発動しました』


 俺はウェイターの筆跡で、それらを他の客の伝票へ素早く書き込む。

 技能スキルがある人間はこれほどのスピードで動けるのか、と感動した。

 そして、巻物のように長くなっていた俺の伝票はくしゃくしゃと懐にしまってしまう。


「見てよ、伝票。俺らが頼んだ料理、他の客の伝票につけられているだろ?」

 そういって勘定台に並べられた注文伝票をとんとん、と指で叩く。


「いや、でも、確かに私はあなたたちの伝票に……」

 彼は混乱したように伝票をひとつひとつ拾い上げて確認していく。

 しかしそこにあるのは完全にウェイターの筆跡で書かれた料理名で、彼は余計に混乱する。


詐欺師スキャマー上級逆技能ハイグレードリバーススキル慈愛話術ロマンストークを発動しました』


「なあ、ウェイターさん。あんたいつも笑顔で働いててさ、すげえ優しいんだよな。だからみんなこの酒場が好きなんだろうな」

 俺は突然何を言い出すのか。

 自分でもよく分からないまま、口から言葉がすらすらと出てきて止まらない。


「だからさ、ここには自然とすげえ優しい人が集まるんだ。だから、俺と青髪の女が『無能ノースキルでパーティを追放された』って話しているのを聞いて、今日の支払をみんなで分散して持ってくれることになったんだよ」


「そう、だったんですか……。すみません、疑ってしまって」

 そう言って、ウェイターは小さく頭を下げた。



 ◆◆◆


「ちょっと、遅かったじゃないの!」


 店の外に出ると、ファムが声を掛けてきて「ねえ、クズネ。あんた本当に何も払わずに出てきたの?」と続けた。


「いや、ちゃんと払ってきたよ」


「なあんだ、あんたって意外とルッツもってたのね」

 ファムがつまらなさそうに口を尖らせた。


 違う。俺が店を出るときに支払ったのは最初に頼んだエール酒だけだ。

 俺がファムとバディを組み、その記念に乾杯したあの酒だけは、きちんと自分で支払いたかったのだ。


「クズネ、ご馳走さま!結成の形はどうあれ、これから頼むわね」

 俺の少し先を歩いていたファムが振り返る。

 夕陽が彼女の笑顔をきらきらと照らしていた。


「こちらこそよろしくな、無能ノースキルさん」

 俺はそう言ってにやりと笑う。

 好き勝手飲み食いして俺を困らせた仕返しだ。


「ちょっとクズネ!あんた、ちょっと技能スキルあるからって調子乗らないでよね!私もすぐ獲得するんだから!だいたい、あんただってほんの数時間前までは無能ノースキルで――――!」

 ファムが顔を真っ赤にして喚きはじめる。

 本当に喜怒哀楽がころころと変わるやつだ。


「はいはい。ほら、早く行くぞ。他の客が会計をしはじめたら厄介なことになるんだ」

 俺は5年間経ってようやく手に入れた、この逆技能リバーススキルについて知りたいことが山ほどある。

 他にどのようなものがあるのか、それによって俺には何ができるのか。

 一般の冒険者が得ることのできない技能スキルを使えば、俺たちは最強のバディにだってなれるかもしれない。

 それに、ファムだって逆技能リバーススキルを獲得する可能性だってある。

 俺は様々なことに思いを巡らせ、期待で胸を膨らませながら歩きはじめた。



「なんで私が無能扱いされないといけないのよお!」


 ファムの叫びが、夕暮れの街にずっと響き渡っている――――。


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