悪夢の入学式、再び
成瀬ケン
悪夢の入学式、再び
私立 キングダム・オーク学園。
県下でも指折りの名門校だ。有名大学への合格率も高く、スポーツにおいても全国区の成績を誇っていた。
今年も全国から優秀な生徒が集い、体育館にて新入生歓迎式典、俗にいう入学式が開催されようとしていた。
多くの生徒がガヤガヤした響きと共に体育館へと続く通路をいく。
『今年もよくこれほど集まったものだ』そんな風に教師達が囁いている。
『遠くは沖縄から来た生徒もいますな』『海山中学でトップだった生徒もいるな』そんな内容。
それは頼もしいかぎりだと思った。つまらない高校生活は送りたくない。
体育館に入る直前で、その光景は広がっていた。
数人は並んで通れそうな通路を、何故か一列に並んで進んでいる。
辺りに漂う異臭。錆びた鉄のような、吐き気を覚える臭い。
多くの女性徒が視線を逸らして、ハンカチで口元を押さえて進んでいる。中には気分を害して倒れ込む生徒もいる。
「見るな
言って彼女の肩に腕をまわした。
こくりと頷く彼女、この場には似つかない小さな身体だ。少なくとも彼女だけは、手の届く範囲だけは守りたい。
異臭の原因はすぐに分かった。
壁際に背を預けて座り込む人物のせいだ。ボディービルダーを彷彿させる、逞しい肉体の持ち主。それを誇張するように、黒い革ジャンと革パン姿。
異様なのはその口元が歪み、大量の血を吐いていることだ。
ブクブクと泡立つ飛沫、前歯が数本折れている。小刻みに息をする度スーハーという音がもれる。
こんな屈強な男を、誰がここまてしたのだろう。まるで熊にでも襲われたようだ。
おそらく男は教師だ。その周りを同僚教師が囲み『どうしたんです? 誰にやられました』と訊ねている。
しかし男は答えない『あの銀髪野郎』と、目を掻き開き、うわ言のように繰り返し呟くだけ。
一年生はともかくとして、殆どの上級生はそれを気にも留めない。
『またケンシロウの奴、セクハラ行為したらしいぜ』『調子に乗りすぎなんだよ、
担架が運ばれてきて、セクハラケンシロウは連れて行かれる。
どんな学校にも、問題教師はいるんだな、そう思った。
そういえばこの学園には、傭兵にも似た教師がいると訊いた覚えがある。危険なカマキリやサルもいるらしい。
気を引き締めないとダメだということだ。
そうこうしているうちに、体育館入り口まで進んだ。
足を一歩踏み入れれば、そこには新しいステージが広がっている。一年前に、憧れのあの人も見たであろう、最高の光景が。
そして追いかけてきたその背中が、その先にはあるはず。
ふーっと大きく息を吸い込み、気合いを籠めて足を踏み入れた。
やけに熱い、天井の照明が眩しく感じる。ざわざわとうごめく人の波、口々に何かを叫び捲し立てる。
体育館中央には『みんなで一緒に卒業式を迎えよう』とのスローガンが、デカデカと掲げられている。
いいセンスだと思った。『これは始まりに過ぎない。卒業するまでの三年間、気を引き締よ』そんな意味が籠められているのだろう。
立ち止まっているだけで、人波に流される自分がいる。いつしか壁に張り付き、傍観者のひとりになる。
ひんやりと冷たい壁に背を預けて、暫くそのままでいる。
この光景、一年前にあの人も見たんだろうな……
ガヤガヤと響き渡る人の声。狂気と情熱が混在して、怒号となって飛び交う。
恐怖に怯える悲鳴は、それらに掻き消されるだけ。
体育館中央には、特設のリングが設えてあった。
リングといってもパイプ椅子で仕切られた簡易的なもの。それらが二つ設置されている。
大勢の生徒が取り囲むその中で、
故にそこは興奮の坩堝と化している。
誰の趣向なのか、そこにどんな思惑があるのか、それは分からない。
しかしそのステージに立つものから、独特のオーラが感じられるのは確かだ。
大勢の衆目に晒されようと、見世物パンダにされようと、そこに一切の躊躇いはない。固い覚悟と身体を流れる熱い血潮が、引くことを許さないから。
引くことは敗北、戸惑いは絶望を意味する。己を信じて、拳だけが全てだと、最高の高みを目指してきたのだから。
「おい、お前」
その声ではっとした。
いつの間にかすぐそばに男が立っていた。ひょろ長いカマキリみたいな男。
もしかしたら、あの人が言っていた危険なカマキリだろうか?
詰め襟に付けられた校章から察するに三年生だろう。色が違うからそれは理解する。
小バカにした表情だ。少年を『弱そうな奴』だと感じているのだろう。
壁際にいるのは女子やひ弱そうな一般生徒ばかり、そう思われても仕方がない。
「この場を仕切ってんのは、学園最大派閥
永瀬という名には聞き覚えがあった。学園の三年生で、三年の半数程を掌握している。
つまりこの趣向は永瀬のものだ。
「どうして名前を訊くんです?」
「そりゃーおめー、ルーキーの実力を知る為さ。それなりに強い奴はあそこで闘わせて、合格点がついたら俺らの仲間にしてやるのさ」
それで理解した。
男の手にはなにやらプリントのようなものが握られている。おそらくは名簿、一年生の名前が記されている。だからこうして名簿の人物を捜しているんだ。
そして名の通った一年生同士を闘わせて、その実力を見極めようとしている。
そうすることで、自らの威厳も示せる。そういうことだ。
「早く言えよ、今年は小粒揃いだが、中には特Aレベルもいるからよ」
すかさずその手から名簿を奪った。
愕然となる男だが、気にすることなく名簿に目を通す。今年の特Aレベルは四人、一番上に名を連ねているのは……
「てめーなんてことしてんだ!」
しかしそんな少年の行為を、男が黙って許す筈もない。
ムカつき加減に少年の襟首を締め上げる。
「この名簿は極秘資料なんだよ、てめーみてーな小僧が、易々と見れる代物じゃねー!」
確かに大切な名簿らしい。極秘との印が記されていて、端には通し番号がふってある。
これを含めて三枚、同じものが存在する。
チッと舌打ちする男。
「どうやら仕置きが必要か。ここじゃギャラリーが多すぎる。こっちにきな、この学園の恐ろしさ、その身に叩き込んでやるからよ」
言って少年の背中を押し払った。
その反動で彼女と繋いだ手が引き剥がされる。
有無も言わさず、薄暗い穴ぐらに引きずり込まれた
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