第14話 名前
木曜日。俺はまた朝早くから屋上に向かった。
「あら、今日も来たのね」
振り向いた鳴海華蓮は今日も金髪が風になびいている。
「まあな」
「何かまだ聞きたいことでも?」
「いや、今日は別に無いよ」
「そう、無いのに来てくれたんだ」
「そうだな。あえていえば、お前と話したかったって事かな」
「そう……でも……」
「でも?」
「『お前』って何かひどくない?」
「そう言われれば確かに……」
でも鳴海さん、って呼ぶのも何か他人行儀な気がしてきていた。
「皆川綾乃のことは綾乃って呼んでるのに……」
「そりゃ、幼馴染みだからな」
「そこで差付けるんだ」
「差を付けたわけじゃ無くて……単に照れくさいんだよ、日本人は」
「そういうのはよくわかんないけど、私も華蓮って呼んで欲しいな」
「か、華蓮かよ」
「そうよ。だって、私の名前だもん」
「そうだけど……」
「私の居場所、作ってくれてると思ったんだけど」
「う……」
それを言われると弱い。
「か、華蓮……」
「何? 航介君」
「う……俺のことも名前で呼ぶのかよ」
「当たり前でしょ。これからはよろしくね」
「マジか……」
◇◇◇
放課後までは華蓮との会話が無かったから良かったが、放課後になると綾乃と華蓮がやってきた。
「航介、帰ろうか」
綾乃が言う。
「そうだな」
「そうね、航介君、敬吾君、帰りましょう」
「え!?」
華蓮の言葉に藤崎が驚いている。
「……名前で呼んでくれるの?」
「それぐらい仲良くなったと思ったから」
「う、嬉しい! 俺も華蓮ちゃんと呼んで良い?」
「もちろん!」
「やった、華蓮ちゃん、よろしく!」
こいつ、裏では華蓮ちゃんと呼んでたけどな。
「こちらこそ、敬吾君」
「うわあ、急速に仲良くなった感じだねえ。でも、航介のことも名前で呼ぶの?」
綾乃が華蓮に聞く。
「そうよ。だめだった?」
「ううん、ダメじゃ無いけど……航介はなんて呼ぶのかなって」
「藤崎のように華蓮ちゃん、ってのは恥ずかしいな」
俺は思わず言ってしまう。
「だから華蓮でいいってば」
そう鳴海華蓮が言う。
「うん……わかったよ、華蓮」
「うん、ありがとう、航介君」
「な、なんか……うーん」
綾乃が言う。
「どうした、綾乃?」
「ううん、なんでもない……幼馴染みのアドバンテージが……」
綾乃は何か小さい声でぶつぶつ言っているようだった。
◇◇◇
今日の帰り、また俺たちはマックに来ていた。だが、みんな飲み物だけだ。食べ物を買ったのは藤崎だけ。そして、今日は藤崎のおごりである。
「いやあ、華蓮ちゃんって呼べるようになったのが嬉しくて。みんなにおごらないと気が済まない!」
すぐに人におごろうとするのが藤崎の悪い癖、いや、いい癖か。
「ありがとね! 敬吾君!」
綾乃が言う。
「え、皆川さんまで名前で呼んでくれるの?」
「だって、華蓮が呼んでるのに私が名字っておかしいから」
「そ、そうか。でも、綾乃ちゃん、って俺が呼ぶのはまずいよね……」
「え、なんで? 別にいいよ」
「そ、そっか……じゃあ、綾乃ちゃんで」
「うん!」
「うわあ……クラスの高嶺の花、皆川綾乃を綾乃ちゃん呼びなんて……」
「え、私のこと、そんな風に思ってたんだ」
綾乃が驚く。
「そりゃあね。俺にとっては手を出しちゃいけない存在って感じだよ」
「へー、でも最近は一緒に遊んでたでしょ、どう思ってたの?」
「うわあ、あの皆川綾乃がすぐそばに居るーって思ってた」
「アハハ、そっかそっか。敬吾君、可愛いこと言うね!」
「そ、そうかな……」
「うんうん、なんか嬉しいよ!」
綾乃が藤崎の腕を叩いている。こいつ興奮するとスキンシップ激しくなるからな。
と、そこに急に誰か来た。
「へー、今はこんなやつに手出してるんだ」
そこに来たのは背が高い男子だ。他校のやつだな。
「け、健二……」
「そうだよ。愛しの健二だよ、綾乃」
「もうあなたとは関係無いでしょ」
「まあそうだな。派手に振られたし」
「当たり前よ」
どうやら綾乃の元カレか。高校に入った直後ぐらいに、綾乃に他校の彼氏ができたというのは噂で聞いたことがあった。
「綾乃、また遊ばないか」
「あなたと遊ぶわけ無いでしょ」
「へぇー、そういうこと言うんだ。ならお前の写真、バラまこうかな」
「はあ? 誤解させるようなこと言わないで。ばらまける写真とか撮らせてないでしょ。キスぐらいしかしてないのに」
「だからそのキスの写真だよ。いいのか? こいつに送ってやろうか」
俺がいい加減頭にきて立ち上がろうとしたときだった。
「お前!!」
怒って立ち上がったのは藤崎だ。
「なんだよ、綾乃のキス写真欲しくないか? 俺とのキスだけどな。アハハ」
「ふざけんなよ!」
藤崎が胸ぐらをつかんだ。
「へー、いらないのか。じゃあ、SNSにでも公開しようかな」
「ちょ、ちょっとやめてよ!」
綾乃が言う。
「公開して欲しくなかったら、また俺に連絡くれ。デートしようぜ。じゃあな」
そいつは藤崎を押しやって去って行った。
「う、うぅ……」
綾乃は手で顔を覆って泣き始めた。
「あ、綾乃ちゃん、大丈夫か?」
藤崎がすぐに慰める。なんか俺の出番は無さそうだな。
「それにしてもひどいやつね。あいつ」
鳴海華蓮が言った。
「うん、でもどうしよう。あいつの言うとおりにするしか無いのかな」
「その必要は無いわ。私にまかせて。知り合いのハッカーに頼んで写真を消してもらうから」
「そんなことできるの?」
「もちろん、出来るわ。彼氏のSNSのアカウントとか分かるなら教えて」
「わかった、送るから」
「うん。これで大丈夫だから。もう無視していいわよ」
「ほんとに?」
「私を信じて」
鳴海華蓮が言う。
「う、うん……」
だが、綾乃は半信半疑のようだ。まあ、そりゃそうだな。SNSのアカウントを教えただけでそいつが持つ写真を削除する、なんて凄腕のハッカーでも難しい話だ。特にああいう脅しをかけてくる奴らはバックアップもあるだろうし。そこまで含めて消せるのは普通は不可能。
しかし……華蓮たちの技術なら可能だろうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます