大事にしていた彼女を男に寝取られ、フラれた俺を慰めてくれたのは、それはそれは美人なおじさんでした。

@yk0707

第1話


 自分より辛い人なんて世の中には沢山いる。だから頑張れ。

 耳にタコができるほど言われた言葉だ。

 その時起こった出来事で1番辛いのは当事者なのに、なんて無責任な発言をする人も多い。

 

 今日。この日を持って別れたい。なんて彼女に告げられた。

 理由は弱いからだそう。今のトレンドは強い男なんだってさ。

 だからってわざわざ新しい男連れてくる必要なくない?筋肉ムキムキのいかにも悪そうな顔したやつ。


 愛の言葉で彼女の関心を取り戻そうとしたら突き飛ばされて尻もちを着いた。踏んだり蹴ったりだよ。酷い寝とられを味わった。


 無力過ぎて死んでしまいたい。

 なにがお前より辛いやつは世の中に沢山居るから、まあせいぜい頑張れだよ。人の彼女を奪っておきながらよくもそんな事が言えたもんだ。


「はぁー」


 大きな溜息をひとつ。寒空の下、公園のベンチ。人気もないから1人で泣くにはもってこいの場所だ。寒いのに、お尻が熱い。あと目頭も。

 けれど涙は出てこない。


「好きだったんだけどなあ」




 空を見上げて、彼女に告げたかった言葉をひとつ零す。


 若い高校生くらいの頃は不良がモテるなんて話をネットで見かけたことはあるけど、まさか自分が振られるなんて思ってなかった。

 

 そう思うと彼女に腹が立って。それでも好きだったことを思うと絶望を噛み締めるしかない。


「寒いし暗いし人気のない公園で1人しくしくなく男性。ぶっちゃけあやしいよ」


 漂ってくる花の香りと共に、言葉が飛んできた。


「……ほっといてくれよ」


 不躾な人だ。傷心中の人間に急に話しかけてきて、俺とは真反対の事を言ってきた。こっちはとてもじゃないけど家に帰る気になんてなれないのに。


「これでも心配してるつもりだけどね」


 


「初対面の怪しいやつを心配するなんてどうかしてる」


「3時間前からそんな場所で抜け殻みたいに俯いてたら心配くらいするだろう?普通に」


 3時間前と言われて思わず顔を上げた。


「な、なんで知ってるんだよ!ももももしかしてストーカー!?」


 サラサラの黒髪を背中辺りまで伸ばした美女が、不機嫌そうに口元をひくひくとさせている。


「は?私がストーカー?身の程を弁えろよ。あそこ、私の家だから」

 彼女は冷えきった声で、公園の向かいにあるマンションを指さしながら言った。


「あ、ああ、ごめん」


「夕方に窓の外見たら1人で座って俯いてる君を見つけたわけ。そんでさっきもう1回見てみたらまだ居ると思って、凍死されても寝覚めが悪いじゃない?」


「そのままほっといてくれれば良かったのに。女性が1人で来るなんて無防備過ぎる」


「そんな落ち込んでるやつに私をどうこう出来るわけないでしょ。てか、警察を呼ばれなかっただけ感謝して欲しいんだけど」


 彼女の言う通りかもしれない。警察ってワードで急に頭が冷えた気がする。

 よく見れば彼女の方が年上に見える。冷やかしに聞こえた言葉も、心配の言葉なのだろう。なんだ。不躾なのは俺の方じゃんか。

 

「ごめんなさい」


「別にいいよ。何か辛い目にあったんだろ?」


 少しの間を開けて、彼女は隣にストンと腰を下ろした。

 月の光に透けてしまいそうな透明感のある白い肌。足を組み、膝に肘を着いて顎を乗せる姿も絵になる。

 性格がキツそうな印象を受ける目尻の上がった切れ長目。


「わたしが隣に居たら怪しくない」

 と得意げに笑う顔には思わず見蕩れてしまう。

 

 マジもんの美女だ。寝取られのショックを数秒忘れてしまうくらいに。


「んじゃ何があったか話してみ。私が聞いてあげよう」

 

「俺より辛い目にあった人なんて世の中に沢山います」


 

「でも、君の辛さは君にしか分からないだろ。だから家にも帰らずここで泣いてたんじゃない?」


「こんな顔じゃ親が心配するから帰れなくて」


「じゃあ家においでよ。ここは寒いし、ゆっくり話を聞いてあげるから」


「いえいえいえ、女性の家に上がるなんてマネはできないです」


「あはは。すごい早口」


 つい焦って一息で出た言葉に彼女が笑った。


「だけど気にすんなよ。私。男だから」

「はい!?」

「こんなナリだけど本当に男だよ。ほれ」


 彼女は、いや、彼か。彼は立ち上がり、ズボンをペラりと捲って証拠を見せてきた。


 彼の下腹部には確かに白い肌、なだらかな下腹部には暗闇でシルエットだけしか確認出来なかったが、男の勲章が首をもたげていた。


 頭の整理が追いつかない。美人で体付きも女性っぽく見えるのに、アレが付いてる。

 胸は無いけど、アレが付いてる。


「整形じゃないぞー。天然物の美女っぽいおじさんだ」


「……おじさん。説得力ないですよ」

「あっはっは。見た目だけは絶世の美女だろう?しかも男性の気持ちがわかる都合のいい存在だ。みんなこの私を目当てに店に来る」


 指先で髪をクルクルと遊びながら彼は言った。


「お店?」

「君にはまだ早い話だな。さて、と。そんな訳だからおじさんの家でゆっくり話そう」


「言葉が怪しさ満点なんですけど」


「わざとだ。なあに、取って食やしないさ。私はモテるから」


 自虐満点なのに、満面の笑みを浮かべる自称おじさんこと絶世の美人。そんな彼の誘いに、傷心の俺はノコノコとついて行ってしまった。

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