【0話 後編】24時間戦えますか?

「いや、世界を救うとかなんとかって言ってたけどさ、こんな重要な場面で手違いって起きるもんなのか?

これ、完全にクレームを言っていいレベルだろ…!」


呆然と天を見上げて思考停止している場合じゃない。

こんな理不尽な状況に巻き込まれたんだ、とことん文句を言ってやる。


「そうよね〜

でもね、今ここでそれを言われても、正直どうしようもないわ

しかるべきところに言ってちょうだい」


女神はわずかに同情の色を浮かべながらも、どこか他人事のようにさらりと言い放った。


「なんだよ、それ!」


「だってさぁ

私も所詮、中間管理職なのよね〜」


「えぇぇぇ…

いや…、でもさ…

確か最初に“世界の調和”を保っているって言ってたろ」


「それは、そう言わないといけない決まりなのよ

そんなたった一人の人間が世界の調和なんて保てるわけないじゃない…」


うわぁ、こいつ、大した権限も持っていないじゃねぇか。

ただのオペレーターってやつか?

女神はさらに心配そうな表情を浮かべながら、言葉を続けた。


「それよりも、これからどうなるのかしらね…

また残業になるのかなー

いやだなぁ…」


「なんか… 大変なんだな、女神さまも」


なんだよ、異世界の組織のあり方も、俺のいた世界と大して変わらないじゃないか。

そして、という言葉にピクリと反応してしまって、ちょっぴり女神さまに同情してしまったぞ…。

異世界に転生したはずなのに、その実感がどんどん薄れていく…。


「転生は、とてつもなく大掛かりな作業で、莫大なエネルギーが必要になるの

だから、本物の勇者リュートを呼び寄せることもできないのよ…」


「え、そうなの…?

てゆーか、なんかそういう内部事情とかってペラペラ喋っていいの?

コンプラ的に大丈夫か?

俺、どうなるの?」


「一気に質問しないでよ〜」


女神もさすがに、この状況にどう対処すべきか頭を悩ませているようだった。

さらに言葉を続ける。


「本来なら、チート級のスキルを与えて

この世界を救ってもらおうと思ったのですが、

あなたには、そのスキルが適合できないということです」


「そうか…

確かに人違いという状況だからな…

ちなみに、それは体質というか、適性というか、そんな理由ってことだよな」


「いえ、そういうのは関係ありません

どちらかと言えば、、ですね…」


「はぁ?」


「勇者の『ゆ』の字も感じられない見た目…

人々から称賛されることがなさそうな見た目…

モブオブモブズという存在…」


「おい!」


「そして、オーラも欠片もなく幸薄い雰囲気…

下手すれば魔物の仲間と認識され、我ら人類の敵対勢力に寝返ってもおかしくない存在…」


「おい!」


「だから、チート級のスキルをに与えたくありません…!」


「おい!

なんだよ!

いきなり悪口のオンパレードかよ!

勇者の扱いから、魔物扱いに転げ落ちすぎて、気持ちがついていけてねぇよ…

チートスキルは、単に顔の好みで与えたくないだけって、さすがにひどいだろ

わざわざ転生されたんだから、チートスキル、くれよ!」


「タローさん、人は所詮、変わらないんですよ」


こ、こいつは…!

いきなり脈略もないセリフで返しやがって…、単にそれっぽい言葉を言いたかっただけだろ…!

くそっ、世界の平和がかかっているこの大事な局面で、人違いなんてトラブルに頭を悩ませている女神を見て、つい同情しかけた俺がバカだった。

そうだ、この女神、こういうヤツだったんだよな…。


「おい!

転生されてナーバスになっている人間に、身も蓋もないような現実を突きつけるな

こっちの世界だって『人は変れる』って希望を与えてくれているぞ!」


「ということで」


「どういうことだよ!」


「この世界を救えるのは転生された人間のみ」


「え、そうなの…?

じゃあ、なに、結局、俺がやらなきゃいけないの?

こんなに悪口を言われているのに…?

しかも、チートスキル、くれないのに…?」


「その通りです

だって、チートスキルが適合しないんだもの、仕方がないわよね…」


「適合じゃなくて、見た目で、与えたくないっていう理由だけどな…」


「地道にレベルアップしていってください」


「え?

何それ?

まずはスライムを倒して、ってか」


よくあるRPGゲームの序盤のプレイ内容を思い出し、思わず皮肉を込めて言葉を返す。


「よく分かりましたね

現在、あなたのレベルは最低の状態です

顔もね…」


「おい!

顔のことは余計だろ!」


「なので、スライムをたくさん倒していってくださいね

24時間戦えますか?」


「30年前に流行ったフレーズを、ここに持ってくるな!

前の世界よりブラックな状況じゃないか!

寝る時間も無いのかよ…」


「そして、見た目的に勇者の称号も与えたくないので

勇者代理の称号を与えます」


「なんだよ、それ、

部長代理のノリかよ

散々だな…

さすがに可哀想過ぎるだろ…、俺…」




*****




「ふう…、疲れたな…

でも、これでスライム10万匹くらいは倒したかな」


結局、俺はこの異世界に転生して女神と出会った後、最低限の装備を渡されてフィードに放り出されてしまった…。


仕方なく、地道にモンスターを倒しながらレベルアップを続けている。

だが、なぜか討伐対象はスライムだけ。

もっと経験値をくれる強いモンスターもいるだろうに、どうしてスライム以外は倒すなって言われるんだろうか…。


「まあ、いいか…

考えても分からないことは一旦置いておこう」


そして、意外にも、俺はこの異世界での生活を楽しんでいたりする。


「勇者って、言ってみれば個人事業主みたいなもんだからな

つまり、嫌な上司もいないってことで、こっちの世界の方がよっぽどホワイトに思えるよな(笑)」


もちろん、個人で動くということは自己責任が伴う。だが、それでも、自分の力で事を成し遂げるというスタイルは、どうやら性に合っているらしい。そんな新たな発見に、今さらながら驚き、これからの未来に希望を抱けるような気がした。


「あ、代理か…

勇者代理だったな…(笑)」




*****




「これで良かったのでしょうか?」


あの失礼な女神と、年配の男性の会話。

どうやら、その年配の男性は女神の上司にあたる人物らしい。


「うむ、彼にチートスキルを与えるという選択肢もあったが、間違いとはいえ、さすが異世界に転生されるだけの人材じゃのう、彼は珍しい素質がありおるわい」


「いえ、チートスキルを与えるという選択肢はありません!

見た目的に!

絶対に!」


「お主の見た目にこだわる性格は、なんとかならんかのう…」


「それで、その珍しい素質とは?」


「そう、彼は窮地に追い込まれるほど能力を発揮する

彼の世界の表現で言えば、ブラックの状況であればあるほど能力を発揮し、限界を超えてレベルアップできるという、生まれながらのチートスキルを持っているでのう」


「そんなスキルがあるんですね」


「うむ

元の世界でも、仕事の実績はエリート級じゃ

優秀すぎて周りの誰もが無能に思えていたんじゃろ」


「分かりました

それでは、このまま彼の動向を追っていきます

見た目的には追いたくない気持ちでいっぱいですが…」


「こら!」

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勇者リュートが転生予定なのに、人違いでタローがやってきた 桃鬼之人 @toukikonohito

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